残り二人は銃を綾乃に向ける。しかし、撃てなかった。仲間がいたからだ。だから二人の男たちはすばやく拳銃を構えた。俺はそこまで専門ではないのでよく分からないが、おそらくはアサルトライフルは威力が強いからだろう。
だから、威力の弱い拳銃に切り替えたのだ。その判断は正しかっただろう。もしアサルトライフルを使っていたら仲間がハチの巣になっていた……と思う。俺は感心した。へえ~、武器を変える程度の判断はあるのか。
二人の男たちは綾乃に向けて発砲。それに対し綾乃はやはり簡単に避けてしまう。しかも、次は上半身だけを素早く動かして。全くどこのアクション映画だよ。本当に綾音の戦闘能力には驚かされる。
「あ、あの……」
俺が綾乃たちを見ていると、人質の一人が俺に声をかけてきた。この銀行の銀行員のようだ。
「どうしました?」
俺は丁寧に言う。ふっ、俺だって大人に対しての言動くらいできるのだよ。
「これは……夢、なんでしょうか? 女の子が一人で強盗犯をやつけるなんて……その、ありえなくて」
「そうですね。これはもしかしたら夢かもしれませんね。だから俺たちは見ていましょう」
誤魔化した。だってこれをどう説明する? 『俺の妹って真祖の吸血鬼なんですよね~。だから、この通り銃の鉛弾なんて避けられるんですよ!』と、説明するのか? そうなれば俺が痛いやつだと思われるだろう。
それに絶対に信じないだろうな。吸血鬼なんて空想の生き物と認識されているのだから。だから、人質の彼女らからしたらこれは夢なのだ。ただの人間はこちら側に入らなくていい。ここからは俺たち化け物の世界なのだから。
「夢、ですか。そうですね。そうなんでしょう」
そう言って銀行員の女性は納得する。その話を聞いていたほかの人質もそうだと納得していた。子どもたちはただ呆然と綾乃と強盗犯の戦いを見ていた。話は聞いていない。子どもたちは純粋な好奇心で満ちていた。
これは子どもたちにとって今までで一番衝撃的なものだったからだ。それは子どもたちの見る『特撮』の世界だったからだ。目の前でそれと同じようなことが起きているのだ。夢中にならないはずがない。
だが、子どもに見せていいものではないな。これは現実で綾乃が撃ったせいで強盗犯たちは血が出ているのだから。親たちは子どもたちにその光景を止めることはできなかった。親たちは強盗に襲われるという恐怖に捕らわれたからだ。
それだけでなく女の子が弾を避けて、逆に相手のほうを倒していく。そんな光景を見ればそっちのほうが衝撃的で子どもが見ることを止めることなんてできなかったのだ。もしも俺がすでにそういう超不思議的体験をしていなければ、俺だって同じような反応をしていただろう。
綾乃は避けながらチラッと俺を見た。そして、目が合った瞬間、綾乃は優しく微笑む。俺は苦笑いで返すしかない。
「さて、もう終わらせましょう。兄さんが待っているようですし」
いや、待ってないよ。ただ俺の障壁への集中力が切れそうだ。
「ふ、ふざけるなあああっ!!」
二人のうち一人が吼える。もう一人はリーダー。やはり冷静か。
「冷静になれ。焦って撃てば弾の無駄だ」
「でもっ!!」
「冷静になれと言っているだろう。このままじゃ俺たちは終わりだ」
「くっ!!」
興奮していたもう一人は多少冷静になる。だが、それは無意味。綾乃の前では無意味だった。なぜなら彼女は圧倒的だったからだ。それは二人だって分かっているはずだ。仲間を四人もやられたから。
綾乃はついに再び銃を構えた。狙いは一瞬で定まっている。
「ばあん♪」
次は可愛らしくウインクをしながら撃った。綾乃は撃ったそのときの反動をわざと大きくする。どこの警察系アイドルだよ。というか、よくこんなときにそんな風にふざけることができるな。
「うぎゃっ」
綾乃の撃った弾は見事に銃を持ったほうの肩に当たる。血は傷から吹き出た。血は床を汚す。男は銃を落とした。
「弱いな~。本当に弱い。人間ってやっぱり弱い。はあ……さっきは楽しめていましたけど、無双ってすぐに飽きます」
「ほら、あと一人だぞ。がんばれ」
「そう言いますけど飽きちゃうとそういう気になれませんよ。兄さんの言葉で私のやる気を沸きあがらせてくださいよ」
綾乃は見るからにやる気を失っていた。その隙をと思ってリーダーは素早く撃つ。弾は綾乃に向かって飛んでくるが、すでに弾を避けようとはしなかった。俺が慌てそうになる。そのとき綾乃はなぜか笑顔だった。俺はその顔に見惚れてしまい、綾乃を守ることができなかった。
俺の鼓動がドキドキとしていた。う~ん、俺も女たらしにでもなったのか? いやいや、そうだとは思いたくはないな。って、違う!! 今、綾乃に向かって銃弾が飛んでいる途中なんだ!!
だが、すでに遅い。正気になったときには弾は避けるには無理なほどの距離にまでになっていた。別に当たっても綾乃は大丈夫なのだが、綾乃は俺の恋人で女の子だ。そんな綾乃に治るからといって傷を負わせたくはない。俺は綾乃が銃弾によって傷つく綾乃の姿を未来に見た。
だが、その未来は来なかった。綾乃へと向かった弾は…………弾かれた。そう、肌に触れる直前に弾かれた。なんだ? なにが起こった? 俺は分からなかった。だが、よかった。綾乃の体に傷が付くところなんて見たくはなかったからな。
想像するだけでも怒りが沸いてきそうになるな。もしも傷が付いたら俺があの男を襲っていたかもしれない。そして、俺はその命を止めていたかもしれなかった。綾音には殺すなと言ったくせに俺は殺そうと思ったのだ。
だが、それほどまでに綾乃を傷つけられたくはないのだ。俺はほっとした。
「ふふ、びっくりしました? こう見えてちゃんと障壁を張っているんですよ。ほら」
そう言って悪戯な笑みを浮かべて、綾乃は自身の障壁を可視化させた。
「!!」
綾乃の張っている障壁は俺のとは比べ物にはならないほどのものであった。それは障壁の数だ。正直に言ってめちゃくちゃと言ってもいいほどの障壁で数だった。だが、数だけじゃなかった。よく見ればおそらく硬さまでもがめちゃくちゃと言っていいほどの硬さだったのだ。
一枚一枚が俺の全力での障壁と同レベルのものだ。物理障壁と魔法障壁で構成されたその障壁の塊をなんと呼ぼうか。それは障壁であって障壁でない別のものだ。人間業じゃない。というか、どんだけ魔力があるんだよ。
これだけの数だ。障壁を張るのに結構魔力を使うはずだ。だが、障壁を張るだけなら魔力は消費し続けない。消費し続けるのは障壁にダメージを受けたときにだ。綾乃は俺の反応を楽しんだらしく障壁を不可視にした。
「ちなみにこれって無意識に展開しているんですよ」
「……………………」
何も言えなかった。俺は改めてレベルの差があるのだなと感じた。それはとてつもなく高いレベルの差だ。俺は今、障壁を張っているが、ある程度集中しているから障壁を張れている。
もし、その集中力がなくなれば、この障壁は消えてしまうのだ。本当にどうなっているんだよ。もしかして、みんなもできるのか? だが、
俺にもできるのだろうか。できたらきっと便利になるだろう。しかし、きっとそうなるまでには莫大な時間を消費するだろう。そうならあの人
「本当にお前ら……なにもんだよ。お前の彼氏は確実に心臓を撃ち抜いたのに生きているし、お前なんて俺たちの弾を全部避けていた。弾幕の雨の中をな。そして、最後はそれだ」
綾乃と対面するリーダーは笑いながら綾乃に向けて撃った。綾乃は避けない。銃口から飛び出た弾丸は綾乃に向かう。しかし、さっきと同じように弾は弾かれた。
「くくく、弾が当たる直前に弾かれる。ここは夢か? はは、違うな。これは現実だ。だが、その現実にこんな夢みたいなものがあるなんてな。今回の失敗はお前たちというイレギュラーがいたからだ。お前たちがいなければ今頃は上手く逃げ切れたはずだ」
「それを言うということは潔く捕まるということですか?」
「ああ、そうだ。そういうことだ。俺はリーダーだ。こいつらを守らなきゃならねえ。もしかしたらこれは俺の逃げかもしれん。それで仲間に罵られるかもしれんな。だからそうではなかったとしておきたい。俺はお前と戦いそれを証明する」
リーダーはそう言い、銃を捨て重心を落とし拳を構えた。それを見れば今からの戦いがさっきのような銃を使う中・遠距離の戦いを仕掛けようとしていないと分かる。リーダーは近接での戦いをするつもりなのだ。
俺は綾乃を見る。別に綾乃が負けるとは思っていないが、心配なものは心配なのだ。綾乃はしばらく考えた後、
「いいですよ。倒してあげます。次に目が覚めるときは刑務所の中で、です。ゆっくりと刑務所ライフを楽しんでくださいね」
その戦いを受けた。綾乃は持っていた銃をぽいっと投げ捨てた。そして、綾乃は構えはせずにただ立っているだけだった。
「おい、構えなくていいのかよ」
「おや? 優しいのですね。でも、今は意味がありませんよ。あなたは私には勝てないんですから。構えないのはハンデとかもあってです」
「なめやがって……」
リーダーは多少怒りが滲み出ていたが、それでも頭の中は冷静でいた。それにしても、今って強盗されているんだよな。なのになんでこんな展開になっているんだよ。言っておくがここは現実なんだぞ。
漫画の世界じゃないんだ。お二人はそこのところを分かっているのか? そう思いながら俺は切れかけた障壁の集中力を高めた。二人はしばらく睨み合う。最初に動いたのはリーダーだった。
「はっ!!」
リーダーは綾乃に向かって拳を放つ。その動きからしてやはり手だれだった。何らかの武術をしているのだろう。なんの武術かは分からない。ただの突きだからな。いや、他の技とかを見ても分からないんだが。
綾乃は向かってくる拳をひらりと横に避ける。だが、それはリーダーも分かりきったことらしく、避けられた拳を裏拳打ちをした。しかも、勢いをつけるためにもう片方の手で裏拳をした腕に向かって、掌底を放っていた。手だけの掌底なので威力は低いため、その腕の骨などにはダメージはなく、小さなダメージとなった。
この強引な裏拳打ちには俺は驚いた。だが、そのやり方は確かに効果的だ。避けたと思ったのに再び拳が向かってくるのだから。そして、それは腕一本での裏拳打ちとは違い、威力が高かった。
「っ!!」
これにはやはり綾乃も驚いていた。綾乃はすぐに頭を下げた。綾乃の頭の上をリーダーの拳が通る。綾乃はすぐに一旦後ろへ下がった。
「危ない危ない。まさかそういう攻撃をするなんて思いませんでした。どこの武術です?」
「どこの? はっ、俺のは我流だ。ただし、長年の経験による我流だ」
「なるほど。それであんな技ですか。あなたの体は確かにそういう無茶な技ができるようにできていますね」
「へえ、分かるのか」
「もったいないですね。なんでこんな犯罪をしたんですか? その技術があればもっとなにか役に立てたはず……」
「はっ、甘いな。世の中そういう風に上手くいかねんだよ。そう思うのはお前が子どもだからさ。何も知らない奴だからそう言えるんだ。分かるか? 分からないよな。分かりたきゃ大人になりな」
リーダーは自身の体験を教えるかのようだった。どうやらあの人も人生の中で何かあったようだった。
「そうですか。でも私だってこう見えて幾度も危険な目に会ってきたんです。自分だけがつらい目に会ってきたなんて思ったら大間違いですよ」
リーダーの言葉に答える。そういえばそうだった。綾乃は数百年を生きてきたそうだ。彼女からしてみれば、リーダーの体験なんて小さなことに過ぎないのだろう。
「本当にあんたはなにもんだよ。子どもかと思えば大人みたいな雰囲気を出しやがる。本当に子どもか?」
「さあ? どうでしょう。それよりも戦いましょうよ。もうすぐで武装した警察が入ってくるかもしれませんからね。それは嫌でしょう?」
「そうだな。そうなってはだめだな」
男は再び構える。綾乃はさっきと同じように何も構えないが、だがその目にはリーダーへの警戒心があった。さっきのことがあってだろう。しかし、それでも構えないところを見ると綾乃はリーダーのことを警戒はするが、構えるまでもないほどの敵と認識しているのだろう。
なんだか不憫だな。リーダーは本気なのに綾乃は本気だが遊ぶための本気なのだから。しかし、俺はそれでいいと思う。俺たちは吸血鬼。化け物。怪物。人外。物の怪。エトセトラ、エトセトラ……。俺たちはそう呼ばれる。俺たちは人間ではないのだ。
人間よりもはるかに高い身体能力を持つ俺たち。もしも俺たちが本気を出せば人なんて簡単に潰れたり、弾けるだろう。それが俺たちなのだ。だから、別に相手に無礼だぞ、なんて思ったりも言ったりもしない。俺が思う一番大事なものは命だ。
誇りが大事なんて言う人がいる。俺はそれを分からないまでもない。しかし、やはり大切なのは命なのだ。命あれば誇りがどうなっても再び取り戻すことができるから。俺はそう考えている。
再び両者の間に睨み合いの沈黙が続く。そして、最初に動いたのはやはりリーダーのほうだった。リーダーはステップを踏み、綾乃に近づく。拳は顔の前。もしかしてボクシングか? その姿から俺はそうしか思えなかった。
だが、さっきの一度の攻防からして、リーダーは我流だそうだ。だからこのスタイルを取ったからといってボクシングとは限らない。
「しっ!」
リーダーの声と共に右拳が放たれる。その速さはプロでもない限り避けるのは難しいものだった。が、それは人間が相手の話。綾乃はさっきも言ったように人間はない。この程度のパンチを避けるなんて簡単なものだった。
綾乃の顔に向かって放たれたリーダーの拳を綾乃は髪が当たるか当たらないかの所で避けた。最小限の動きで避けているのだと分かる。リーダーはそれからも何発も拳を左右交互に放った。
それもまた綾乃は軽々と避けた。おそらくテレビでもこんなレベルの高いものは見られないだろう。リーダーは時折、蹴りも放ってくるようになる。だが、それも避けられる。
「さすがです。強いですね。きっと世界取れますよ」
「だったらその世界を取れる俺の拳を避けるお前は何なんだよ」
「ただの女の子ですよ。ただの、ね!」
そう言って初めて綾乃から攻撃をした。綾乃はその細い腕で小さな拳で殴った。
「なっ!?」
リーダーは驚く。だが、それはいきなり攻撃されたからではない。その速さに驚いたのだ。綾乃が放った拳の速さはリーダーよりも速かった。リーダーの拳の速さでプロでも避けるのが難しいのだ。
それを上回る速さ。それはもうプロでは避けきれず、人間では避けれるものではなった。したがってリーダーは綾乃の拳を避けることはできなかった。
「ぐへっ」
綾乃の拳がリーダーの腹に埋まった。そして、リーダーの体はその場に踏みとどまることができずに力の向きに従い、壁まで飛ばされた。壁にはダメージはなかったが、リーダーは壁にぶつかりかなりのダメージを負った。
きっと内臓にもダメージがあるだろう。リーダーはそれだけで終わった。ただ一撃で。それだけ。たった一回。たった一発で。それでリーダーの戦闘は終わり、綾乃の遊びは終わった。
あんなに激しいかと思われた戦いの終わりは一瞬で終わったのだった。綾乃は壁に叩きつけられ前のめりになり床へと倒れていくリーダーを笑いながら見下ろしていた。倒れきったのを見ると綾乃は俺へ視線を向ける。そして、
「終わりました」
「そう……みたいだな」
「さあ、デートを再開しましょう♪」
にこりと微笑みながらそう言った。まるで強盗犯たちとの戦いがなかったかのように。俺は苦笑いしかできなかった。綾乃は手を俺に差し伸べる。なぜとその意図がつかめなく、ただ立っている俺に綾乃はむーっとした顔になった。
「察しが悪いですね。今からデートなんですよ。手を繋ぐに決まっているじゃないですか」
「いや、分かるんだけどさ、それは。でもなんていうか、なんで今なのかなと。だって強盗があったんだぜ」
「はい、ありましたね。でも、終わりました。それで?」
「だから、きっと警察が来て色々と話を聞かれると思うんだが」
「?」
なぜか綾乃は首を傾げる。何を言っているんだという顔だ。いや、何を言っているんだとは本当はこっちのほうだからな。
「いや、ほらこういうときって事情聴取があるだろう? だから、な? デートはできないと思うんだ」
絶対に泣きそうな顔をするだろうと思ったが、綾乃はそうならなかった。なぜかくすっと笑った。
「兄さん、私たちは人間ですか?」
「いや、吸血鬼だ。人間じゃない」
「そうですよね。そして、さっきの遊びですが、あれは人間業ですか? あの、えっとアサルトライフル? マシンガン? の秒速九百メートル以上の弾幕の雨を至近距離で避けるあの業は。そして兄さんのあの障壁は」
その答えを言うのに少々躊躇う。
「人間業じゃない。人間ではできない業だった。人間じゃない者ができる業だった」
「そうですよね。それをどうやって説明します? 言っても信じられませんよね。だから私たちへの事情聴取なんて意味がありません」
「つまりどういうことだ?」
「逃げるってことです」
「に、逃げる!? どうやってだ。今、警察に囲まれているんだぞ。無理だろう」
なぜだろうか。なぜ俺たちが強盗犯側みたいなことを考えなければならないのだろうか? こっちは一応被害者なのに。
「もう! 兄さんは私の話をちゃんと聞いていたんですか? 言いましたよね、人質を助ける方法があると」
俺は思い出した。そうだった。綾乃がそのほうがあると言ったことを。
「その顔は思い出したようですね。そうです。私の魔法で逃げるんですよ」
綾乃は胸を張ってそう言った。