ハイスクール 鬼と竜   作:謎の旅人

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第35話

俺は曖昧だったときの記憶を綾乃に言われてやっとはっきりと思い出した。思い出して刺された腹部に痛みが走る。その痛みに思わず手を腹にやる。だがその痛みの原因は傷があるからではない。

 

腹には傷ひとつない。痛みを感じたのは幻の痛みだ。脳がそう錯覚したのだ。俺は綾乃を心配させないためにすぐに腹から手をどかす。

 

 

「兄さん?」

「ん? どうした?」

「い、いえ、なんでもありません」

 

 

どうやら綾乃はさっきの俺に気づいたらしい。俺は顔には出さなかったのにそれを察してくれたことに俺はうれしく思った。

 

 

「それでですね、兄さん」

「何だ?」

「兄さんは……私をめちゃくちゃにしていいんでむぐっ」

 

 

俺はすぐに口を塞いだ。

 

 

「お・ま・え・は! いきなり何を言っているんだ!!」

「んぐ!」

 

 

そして頭に拳を落とす。口を塞いでいるため、綾乃はうまく声を出せなかった。

 

 

「もっと慎みを覚えろと言ったばかりだろう!! なんでいきなりそんなことを言うんだ!!」

「ん、ん~~!! ん~~~~!!」

「お前は俺に何を期待しているんだ!! 確かに俺はエロくて毎日そういうことを考えているが、そんな俺でもちゃんと限度を弁えているつもりだ!!」

「ん~~~~~!! んっん……………ん………………………………」

「それにな、めちゃくちゃにしていいなんて言っているが、本当にそれがどういうことか分かっているのか? 世の中を見ろ。そうされて心と体に傷ができる人だっているんだ。まあ、たとえ俺がお前に対してめちゃくちゃにするとしても、そんな傷は付けないけどな」

 

 

一応大切なことなので言っておいた。

 

 

「とにかくな、俺はお前とそんなことはしない」

「………………………………」

「おい、聞いているのか?」

「………………………………………………………………………………」

「お、おい? 綾乃?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 

綾乃は息ができずに目を回していた。それは俺が口と鼻を手で塞いでいるせいだった。

 

 

「やばっ」

 

 

俺は慌てて手をどかした。

 

 

「あうっげほっげほっ」

 

 

綾乃はその場に座り込み咳をする。しばらく綾乃が息を整えると、俺を見上げて睨んでくる。俺が悪いので何も言えないし、返せない。

 

 

「私を殺す気ですか?」

「ご、ごめん」

「まあ死にたくても死ねないんですけどね。本当に便利な体です」

「やっぱり死ねないのは嫌なのか?」

「さあ? どちらでしょうね」

 

 

綾乃はくすっと笑った。相変わらず見惚れるほどの笑顔だ。俺はきっと幸せなやつだな。

 

 

「それでなんであんなことを言ったんだ?」

「あんなこと? あんなことって……ああ、私をめちゃくちゃに――――」

「それ以上言ったらまた塞ぐぞ」

「唇で、ですか?」

「なわけないだろう」

 

 

本当にどうしてこの子はこんなにそういう考えばかりなのだろうか? 俺のこの子の評価は何度も言うけど見た目はいいけど中身に難ありというものだ。

 

 

「たくっ、話が逸れるな。それでなんであんなことを言ったんだ?」

「………………………」

「だまるな」

「……そう言ったのは兄さんへの罪滅ぼしですよ。私は兄さんを救うためとはいえ、化け物にしたんです。そうされて文句は言えない立場なんです」

 

 

俺は思わず頭を抑える。やっぱりそのことを気にしていたのか。でもだからといってなんでそっち方面の責任の取り方なのだろうか。もうちょっと別の責任の取り方があるだろうに。

 

いや、確かにその方面の責任の取り方は男である俺にはうれしいものだ。しかし、だからと言ってその責任でというのは違うと思うんだ。

 

 

「俺は前に言わなかったか? そのことで俺に責任を取るなんてことはしなくていいと。そしてこうも言ったはずだ。感謝していると。だからお前が責任なんて感じる必要なんてないんだ」

「そ、そういえばそうでしたね。で、でもやっぱりその責任を取りたいんです」

 

 

綾乃はどうしても落とし前として責任を取りたいらしい。仕方ない。それで綾乃が納得してもらうなら。

 

 

「分かった。取っていいが別のもので取れよ」

「分かりました。別のを考えます」

「そうしてくれ」

「はい!」

 

 

これでこの件については完全に終わったな。さてと終わったならデートの続きだな。綾乃には強盗解決をしてもらったんだ。もうちょっと贅沢をさせてもいいだろう。とはいえ、高いものは無理だが。

 

俺は腕を組んで考える。やっぱりどこかへ行くのが一番なんだが、この町で一番店がある繁華街はさっきの騒ぎがある。なので無理だ。どこがいいだろう。分からないな。そう考えていると綾乃が首を傾げ、

 

 

「何を考えているんですか?」

 

 

と可愛らしく聞いてきた。

 

 

「どこへ行こうかなと考えていたところだよ。だけど、全く思いつかなかった。どこか行きたい場所はあるか?」

「行きたい場所、ですか。もう一度繁華街はどうですか?」

「それは考えてみたが、やっぱりあの銀行強盗のあとだ。あまり行かないほうがいいと思ってな」

「でもその騒動は繁華街全体ではないでしょう? 一部だけです。それに繁華街は大きいです。そこを通らないように行きましょうよ」

「う~ん」

 

 

再び考える。はっきり言って綾乃の言うとおりだ。繁華街は大きい。そして銀行は繁華街の端っこにあった。なので中央、もしくは反対側を中心に動けばいい。それに繁華街の銀行側には俺たちのような若い者が好む店はあまりない。あるのは四十くらい大人たちが行きそうな店ばかりである。

 

逆に反対側は赤ん坊から俺たちまでの若者に合うような店が多くなっている。そして俺たちは若者だ。俺たちに会うのはもちろんひとつだ。つまり反対側を中心に動くことになる。よし、そうしようか。

 

 

「そうだな。繁華街に行くとしようか」

 

 

俺は綾乃の手を引いて歩き出そうとするが、綾乃は歩かずにその場に止まった。どうした?

 

 

「まだ……話があるんです」

「話? なんだ?」

 

 

俺に心当たりはない。

 

 

「兄さんは私のこと、好きですか?」

「…………………………………………………………………………………………は?」

 

 

本当にこの子には何度も驚かされる。今日だけで何度驚かされただろうか? それは素でやっているのか? それとも計算してやっているのか? 後者だったら将来は悪女になるな。

 

個人的にはそんな子にはなってほしくないけど。この子のそのことについては置いといて、ちゃんと返事をしないとな。

 

 

「当たり前だろう。好きに決まっているじゃないか」

 

 

そう言って俺は綾乃の頭を撫でた。しばらくうれしそうに撫でられる綾乃であったが、自分から離れて撫でられるのを止めた。

 

 

「それは……嘘、ですね」

「なんでそう言うんだ。本当だ。俺はお前のことが好きだよ」

「いえ、嘘ですよ。兄さんは私のことなんて好きじゃないですよ。最初から分かっていましたから。手を繋いだ時だってそうです。心からうれしそうに繋いでいません。そんな顔を見て私がああ、この人は私のことが好きなんだって思うことができますか? できません。だからもう一度聞きます。正直に答えてください。私のこと好きですか?」

「…………………………」

 

 

俺は沈黙を続ける。本来なら即答できるはずの質問だった。だが、俺は答えられなかった。理由は分かっている。沈黙が数分続き、そしてようやく口が開いた。

 

 

「そうだな。俺はお前のことは好きじゃない」

「……っ。は、ははは、やっぱりそうなんですね。私のこと好きじゃないんですね」

「ああ。だけど嫌いでもないからな。もしも嫌いなら手なんて繋がないし頭も撫でない」

「でも、好きじゃないんですよね」

「ああ。でもそれは異性に対する好きじゃないだからな。それ以外なら俺はお前のことは好きだ」

「あまりうれしくないですよ。私が欲しい好きは異性に対する好きなんですから」

 

 

その顔は今にも泣きそうだった。俺は本当はそんな顔をしてほしくはなかった。しかし、ここで言ったのは本当の気持ちを言わないと彼女のためにはならないと思ったからだ。

 

 

「どうしたら私のことを好きになってくれますか? 私は兄さんのためならどんなことだってしますよ」

「無理だ。そう言っているだろう」

「だからなぜです」

「それは自分でも分かっているだろう。俺がなぜお前を好きにならないと言ったのかを」

「……………………………………………………………………………………ああ、つまり兄さんは気づいている、ということですね。一体どこからです?」

 

 

さっきの今からにも泣きそうな顔から一変して小さく弧を描く笑みを浮かべた。

 

 

「最初から」

「最初から? 本当ですか?」

「ああ、最初から分かっていたよ。お前は()()()()()()()()、だろう?」

 

 

そう言った瞬間、その表情は大きな弧を描いた笑みへと変わった。その笑みは口が三日月を描く妖しい悪魔のような笑みだ。容姿がいいだけにその笑みの妖しさを増す。

 

 

「はははははははははは!」

 

 

そして綾乃は、いや、綾音は声を上げて笑い出した。本当に妖しさが似合う子だった。絶対にラスボスにふさわしいな。

 

 

「そうですか。なるほど! 今思えば兄さんのすべての言動に納得できます! ああ、おかしいとは思ったんです。私が誘惑しても全く反応しなくて返ってきたのは拒絶だけ。ははは、ここまで私が気づかなかったなんて。いえ、気づいていたのかもしれません。やっぱり私はショックだったんですよ、兄さんに拒絶されたことが。それで目を背けていたんですね。やっぱり長い間生きても私は私ですか」

 

 

さっきまでは妖しい笑みを浮かべていた綾音だったが、次はいつも綾乃が見せるような笑みを浮かべた。

 

 

「でも、やっぱり疑問に思うのは最初です。本当に私が入れ替わったって分かったのは、最初ですか?」

「ああ、最初からだ」

「でもあのときの兄さんは私と綾乃を見分けられるかを心配して、私が嘘を付いたら安心したって言ってましたよね? それはどういうことですか?」

「あれはそのままの意味だよ。俺は綾乃とお前を見分けられないと思ったが、綾乃がお前になって見分けることができたから言ったんだ」

「うう~それってどちらのときでも言えますよね。確かめようがありまあせん」

 

 

確かに俺が本当に分かっているのか分かっていないのか、どちらにも取れる言い方をしたからな。

 

 

「そもそもなんで入れ替わったことが分かったなら言わなかったんですか?」

「まあ、その前にその入れ替わったことを言わないで、俺が気づくかどうかをしたのは綾乃だろう?」

「む、なんで知っているんですか? まさか私の知らない間にそういう作戦でもしていたのですか?」

「いや、なんとなくな。そんな気がした。それでなんで言わなかったのかだが、綾乃がそうしたんだから何か理由があると思ってな。だから気づいていないふりをしたんだよ」

 

 

そうなんとなく感じた。

 

 

「むう~なんだか綾乃と通じ合っているみたいでむかつきます」

 

 

頬を膨らませてそう言ってきた。それにしても綾音は何というか違和感がない。この違和感がないというのは精神と体がぴったりと合っているということだ。俺は別に多重人格の人間にあったわけではないが、普通なら精神と体に()()があるはずだ。

 

だってその体には持ち主がすでにいるのだから。多重人格は体の持ち主が何か苦痛などに耐えられなかったときに自分を守るための人格だ。そのためその人格と体にはズレがある。しかし、綾乃の体と綾音にはズレがない。

 

これはどういうことだろうか。いや、待てよ。俺は不自然に思われないようにそっと綾音の瞳をのぞく。瞳は()()に輝いていた。いつもなら赤い、いや、()()瞳だった。俺は人格が変わるたびに体に変化するなんて聞いたことがないし、絶対にありえない。俺は瞳を見続けた。

 

 

「に、兄さん? は、恥ずかしいです」

「ん? ああ、ごめん」

「どうしたんですか? 私の顔になにか付いていましたか?」

「いや、何も付いていない。だがな、お前にちょっと聞きたいことがあるんだ」

「なんですか? 言っておきますけど正体がばれた以上さっきみたいにエッチなことは無理ですからね」

「何度も言っているだろう。そんなことは頼まない。それに俺には綾乃がいるんだ。そんなことをすれば浮気になるだろう」

「おや、さっきは好きじゃないと言っていたのにですか?」

「それはお前に対してだ。綾乃のことは好きだ」

 

 

好きじゃないなんてありえない。綾乃のことは兄妹としての愛も深く、異性としての愛もあるのだ。嫌いになるはずがない。おっと、綾音と話すと話が逸れるな。

 

 

「それで話を戻すがお前に聞きたいことがあるんだ」

「ええ、いいですよ。何ですか?」

 

 

ようやく綾音は真面目になってくれた。

 

 

「お前は何なんだ?」

 

 

俺は綾音の正体が気になったのだ。だから聞くことにした。

 

 

「何なんだって私は私ですけど?」

「いや、そういうことじゃない。違うんだ。お前は誰だ? いや、違うな。お前の存在は何だ?」

「存在? 意味が分かりませんよ。さっきも言ったように私は私ですよ」

「そうじゃない」

「何を言っているんですか? 分かりませんよ」

 

 

俺も何を言っているのか分からない。

 

 

「お前は綾乃に綾乃が作り出した防衛用の人格と言ったんだろう?」

「ええ、そうですけどそれが何か?」

「それは嘘だろう? お前はそんな存在じゃない。だからそれを聞いているんだ」

「なんでそう思ったんですか?」

 

 

表情を変えずに綾音は聞いてきた。さっきと変わらない表情は俺の言ったことがあっているのかが分からない。

 

 

「それは綾音という人格と体にズレがなかったからだ」

「ズレ?」

「そうズレだ。つまりな、綾乃とお前が入れ替わったあのとき、綾乃が綾音という人格のことを俺に話さずに部屋を出て行き、別のところで入れ替わり部屋に入ってきたなら俺はきっとその体を綾乃の体と気づかずに綾音の体だと思っていたということだ」

「? やっぱり分かりません」

 

 

綾音は困ったような顔をして首を傾げる。くそ、俺は説明が下手だな。

 

 

「あー、さっきの説明は忘れてくれ。最初から言うと本来ならその体は綾乃のものだから綾音がその体を使うと、なにかしらの違和感があるんだがそれがお前にないってことを言っているんだ」

「ああ、なるほど。そうでしたか」

 

 

分かったらしい。俺が分かりやすいようにと思って言った例が、余計に分かりにくくしていたようだ。最初から普通に言えばよかったな。

 

 

「まあ、そうだと思いますよ」

 

 

綾音は自分の体を、いや綾乃の体を見る。体を確かめているようにも見えた。

 

 

「ズレがなくて当然と言ってもいいでしょうね」

「それは何故なんだ?」

「そうですね。まあ、綾乃にはまだダメですけど兄さんには言っていいでしょう」

 

 

俺が良くて綾乃がまだダメ? なんでだ? だが聞いても教えてくれないだろう。なんとなくそんな気がする。

 

 

「兄さん、これから言うことは綾乃に言ってはダメです。これはいつか私の口から言いますからね。いいですか?」

「ああ、分かった」

「じゃあ、言いますよ。兄さんが感じるそのズレがないのにはちゃんと理由があります。まず最初にこの綾乃の体が私の体でもあるからです」

「それは綾乃の中で生まれた人格だからか?」

「いえ、それは違います。それに言うと私は別に綾乃の中で生まれたわけではありません」

 

 

綾乃の中から生まれていない? まさかとは思っていたが後付けされた人格だったのか。でも、それだとズレが解決できないな。

 

 

「私は最初から綾乃とともに生まれたんですよ」

「つまり、綾乃の実の母親のお腹にいるときからお前は存在していたのか?」

「そうとも言えますしそうとも言えません。これを言うには私と綾乃の最大の秘密を言うことになります。どうです? こう、最大の秘密なんて言うと気になるでしょう?」

「ああ、気になるな」

「ふふふ、そう言ってもらえるとうれしいですね」

「それで何なんだ?」

「もう! いくら聞きたいからって急かさないでください。こっちにも色々とあるんですから」

 

 

そうは言っても気になってしょうがないのだ。そうなるのも仕方ないだろう。

 

 

「本当は物語風に言ったほうが話も色々と分かって面白いんですが、兄さんには悪いですけど兄さんには言えないんですよね」

「お前の正体はいいのにか?」

「ええ、私の正体なんてそれほど重要ではないので」

 

 

俺はそれはそうとう重要だと思うんだがな。そっちも気になるが言えないのならしょうがない。

 

 

「では言いますよ。でもその前にそこのベンチに座りませんか? さっきから立ってばかりなのでちょっと疲れました」

 

 

そうだった。俺はともかく綾音は強盗犯と戦って休みもせずにここに来たのだったな。全く俺は気が利かないな。俺たちはすぐに綾乃が指差したベンチへ向かいそこに座った。座って改めて公園内をゆっくりと見回すとここら辺にはあまり人はいなかった。

 

ここら辺はあまり遊具はなくどうやら散歩コースのようだ。今は昼なので昼食のためか散歩をする人はいないみたいだな。

 

 

「ん~、ここはちょうど日陰なので気持ちいいですね~」

 

 

ベンチに座った綾音は両腕を真上に上げ、伸びをしていた。

 

 

「そうだな。また今度来るか」

「おや、私は綾乃じゃありませんよ? 綾音ですよ」

「そんなことは分かっているさ。だが、お前だってずっと精神世界ってところにいて退屈だっただろう。綾乃だってお前のためならちょっとは体を貸してくれるだろう」

「そうだといいですね。綾乃は貸してくれるのでしょうか?」

「貸してくれると思うぞ。それはお前のほうが分かっているんじゃないのか?」

「そ、そうですけどやっぱり心の奥は分かりませんよ。ダメって言ったらどうするんですか?」

「俺も説得するさ。だがそんな必要はやっぱりないと思うけどな」

 

 

綾音と比べると少ない時間かも知れないが、これでも綾乃の兄を現在進行形でなっているのだ。綾乃のことは十分理解しているつもりだ。

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