「そうだといいです」
全く綾音は綾乃と何があったんだ? そう思ってしまう。綾乃の綾音を話した感じだと別に何もないように感じたんだがな。
「では、そろそろ話しましょうか。休憩にはもう十分ですからね。私の正体は単純なものです」
「単純なのか」
「ええ、単純ですよ。私の正体は綾乃の姉であり妹です」
「は?」
綾乃の意味の分からない言葉に間抜けな声を出す。姉で妹? 意味が分からないだろう。俺が困惑しているとそれを察した綾音はなぜかくすっと笑った。
「姉でもあり妹でもある。これが分からないんでしょう?」
「ああ、どういうことなんだ?」
「これの意味は普通の人間でも当てはまる存在はいますよ」
「お前たちと同じような存在がか?」
「ええ、いますよ。兄さんだってそういう人たちに会ったことがあると思いますよ」
「そうか?」
俺は考える。姉でもあり妹でもある、か。それは綾乃や綾音のような、言っては悪いが化け物じゃなくても人間でもありえるらしい。小さいころの記憶から今までの記憶を思い出し、該当するような二人組みを探した。
やっぱり思い出せない。いや、そもそもよく分かっていないから該当するもなにもなかった。
「分かりませんか?」
「分からないな。それでなんなんだ?」
「言いますよ。姉でもあり妹でもあるのは双子ということですよ。ほら、双子は先に生まれたほうが姉とか言いますし、逆に奥にいたから長くいるということで後から生まれたほうが姉とか言いますよね。結局のところ分かりません。なのでこの曖昧な言い方にしたんです」
なるほどな。確かに双子ならそういう表現が正しいな。でも、双子だと? 綾乃と綾音が? 普通ならありえなくもないが、綾音は綾乃の心の中にいるのだ。それはありえないだろう。無理だろう。
「まだよく分からないという顔をしていますね」
「当たり前だろう。双子ならなんでお前には体がないんだ? 双子なら体はあるし、綾乃の中にいるわけがないだろう。ん? え? おい、どうした?」
そのときの綾音の顔は泣き出しそうな顔になっていた。俺は慌てて肩に手を回して慰める。
「す、すみません。えっと、話しますね。ほ、本当は言うつもりはなかったんですけど、私を悲しくさせた罰です。ちょっと聞いたもらいます!」
どうやら俺は綾音の心に傷を付けてしまったようだ。綾音はもうやけになっている。
「ぐすっ、いいですか? 今から言う話はさっきと同じように綾乃には言ってはダメです。これは私が言うんですからね!」
「ああ、分かった」
「言いますね。まず最初になんで私が悲しい思いをしたかと言うと兄さんが体がないって言ったからです! 私だって私だって体はあったんです! みんなと同じように体があったんです! 自分だけの体があったんです! けどなくなっちゃったんですよ!! もうこの世にどこにも存在しないんですよ!! うぐ、ひぐ、うえええええええん!!」
ついには泣き出した。それも盛大に。目からは涙が多く流れる。俺の持つ綾音に持っていたイメージはこんなに泣く子ではなかったので、さらに俺を慌てさせる。なんだか昔の綾乃を思い出す。前にもこんなふうに泣いたことがあったな。あのときも俺は慌てたな。
「ごめん! 俺が悪かった! お前のことを考えずに言ってしまった!」
「本当ですよ!! ひぐっ、ちょっとは察して言ってほしくはありませんでした!!」
綾音は泣きながら俺に怒る。こんなに泣くんだからよほどのことがあったのだろう。俺はしばらく抱きしめ頭を撫でた。言葉で慰めるなんてできない俺にはこうやって行動で慰めるしかなかった。
しばらくそうやって慰めているとようやく綾音は落ち着き、ハンカチで涙を拭いていた。拭き終わると俺を見上げる。さっきまで泣いていたので涙目と上目遣いというコンボが発生していた。ぐっ、しかも素で綾音はやっているので余計に破壊力がある。
「……情けない姿を見せました」
「別にいいって。俺はお前の兄貴だぞ。思いっきり見せろ。ちゃんと受け止めてやるから」
「えっ? わ、私は綾音ですよ?」
「ああ、知っているよ。分かっている」
「わ、私も妹でいいんですか?」
「? 何当たり前のことを言っているんだ。それにお前は俺のことを『兄さん』って言っていたじゃないか。兄妹じゃなきゃそう言わないだろう」
俺はずっと綾音を妹として接していたが、綾音のほうは違ったようだ。それは当たり前かもしれない。何せ俺とこうやってしゃべったのは今回が初めてだからな。それで自分は俺の妹じゃないと思ったのかもしれない。俺にとっては綾音も妹だからな。もう自然と思っていた。
「はい! 私は兄さんの妹です!」
綾音は満面の笑みでそう答えた。やっぱり笑顔がいいな。綾乃と同じ体で笑っているのだが、綾乃と違った笑みに見えるのは錯覚なのだろうか? 綾音は俺の胸板に頬を摺り寄せていた。
「えっとこのまま話していいですか?」
「ああ、そのままでいい」
「私の体はありません。でも昔はありました。今から話すのは綾乃に話す内容の一部を簡単にしたものです。ただ簡単に言います」
綾音はさっきとは変わり真剣な表情になる。
「まず最初に私は綾乃と双子なんです。これは言いましたね。私はちゃんと綾乃と一緒に生まれました。ああ、もちろん私たちの今の名前は違いますよ。私たちを生んでくれたママが……ごほん、お母さんが付けた名前です。今のはここに来てから付けられた名前です」
「昔の名前はなんだったんだ?」
「もう……忘れました。ずっと呼ばれませんでしたからね」
「やっぱり昔の名前がよかったのか?」
「分かりません。忘れてしまった名です。なんとも言えません。もしかしたら未練があるかもしれませんけどね」
綾音は遠い目をする。それを見ると本当に俺の知らない綾乃と綾音がいるんだなと感じる。
「それで私の体が失ったのはいつかになりますが、それは生まれてすぐです」
その言葉に俺は驚き目を見開く。そしてあまりのことに頭が真っ白になる。俺が思い浮かんだのはひとつ。それは嫌な答えだった。だが、それ以外にはありえない。自然と綾音を抱く腕に力が入った。きっとその力は痛いはずなのに綾音はそんな素振りを見せない。本当は力を緩めたかったのだが、それは無理だった。動揺して逆に強く抱きしめてしまう。
「ま、まさかお前は生まれてすぐに……し、死んだのか?」
俺の声は震えていた。それに肯定するように綾音は儚く笑う。
「はい、生まれてすぐに私は死にました。これが私に体がない理由です。死んだから私の体はないのですよ」
「そう……か」
「ふふふ、そんな顔をしないでください。確かに私は死んで体もなくなりましたけど、ほら、私はこうしてここにいるんです。私や綾乃がそんな顔をするならまだしも、このことに兄さんは関係は全くしていないんですから」
「そんなことを言っても俺はお前の兄貴だ。そのお前が死んだって聞いたんだ。だったら悲しむに決まっているだろう!」
「そう思ってくれてありがとうございます。それだけで十分ですよ。でも、もう悲しまないでください。もう過ぎたことで私はここにいるのです」
綾音は俺を逆に抱きしめた。そして、背中を撫でられた。誰かにこうされるのは母さん以外では初めてだった。俺はなぜかこうされて安心感が沸いてきた。まさか逆に慰められるなんてな。それがなんとも心地いい。まるで母さんにされているみたいだ。
こういうのを母性というのだろう。綾音はいい母親になるだろうな。だが、それは口にしなかった。できなかった。彼女に体はない。精神だけだ。それは子どもを作ることができないということを示す。言えるわけがないだろう。
しばらくそうされていて、綾音は離れた。ぬくもりが消えたので名残惜しく感じる。昔の俺もそう感じたのだろうか。ちょっと子どもの気持ちが分かったな。
「死んだ私は魂となり彷徨いました。もちろん赤ん坊なので死にたくない、生きたいなんてものは思いませんでしたよ。ただ彷徨っていて綾乃の体に宿ったんですよ」
「それは……可能なのか?」
「何がです?」
「一つの体に二つの魂が入るということだ」
「ふふふ、いいところに気が付きましたね。まあ、見てのとおりと言いたいのですが、結論から言って一つの体に複数の魂が宿るなんて無理ですね」
「無理なのになんでお前は?」
見てのとおり一つの体に二つの魂がある。さっき言ったことと話が食い違うな。
「それは私が死んだ原因に関係します。私が死んだ理由は魂にありました。私の魂は半分しかなかったのです」
「半分? もう半分は?」
「もう半分は綾乃の中です。つまり綾乃も半分しか魂がなくてその半分を埋めるように私の魂の半分があったんです。そして綾乃の魂の半分も私の魂の半分を埋めて。綾乃が生き残れたのは運がよかったと言ってもいいほどです」
互いの魂の半分が入れ替わっていたということか。そんなことがあるのかよ。そして、生きれたのは運だったのか。つまり、もしかしたら二人とも死んでいたということか。
「ん? 待てよ。半分って言ったよな? ならその半分にも意識があったのか?」
「いえ、ありませんよ………………………………多分」
「多分なのかよ」
「き、聞こえていたんですか。でも、兄さん。正直に言うと分からないんですよ。だって魂ですよ、魂。世の中では多くの科学者さえもまだ魂があるのかさえも分かっていないんです。なのに私が分かるわけがないじゃないですか」
「それもそうだな。それでどうやって綾乃の中に?」
「私が私の魂の半分を追い出したんです。そして、代わりに私がその半分に入ったんです。それでこうなったんですよ」
「残りはどうなったんだ?」
「残りは知りません。綾乃の中に入ったのも赤ん坊の考えでしたから。まあ、おかげで綾乃の魂は安定しました。だから生きています」
なんだか赤ん坊の時点で色々とぶっ飛んでいるな。
「それから私はそのまま生きました。綾乃が成長すれば私も成長していき、自我が生まれると…………」
「ん? どうした?」
「ここからは言えません」
「どうしてもか?」
「はい」
「頼んでもか?」
「はい」
「土下座してもか?」
「もちろん」
なんて中途半端な部分で終わったんだよ! めちゃくちゃ気になるじゃないか! 綾音はそんな俺を見てくすくすと笑っていた。
「まあいい。とにかくお前は綾乃の防衛用の人格ではないと言うことだな?」
「ええ、ちゃんと魂を持つ人ですね」
今回はそれだけが分かっただけでもいいな。でも、なぜ綾音は綾乃にそう説明したのだろうか? やっぱりほかにまだ何かありそうだな。だが、これ以上は聞けないし聞かない。綾音はこれ以上は何も言わないだろう。
「ちょっと質問していいか?」
「いいですけど絶対に答えるというわけではないですからね」
「ああ、分かっている。多重人格ってのがあるが、あれも同じなのか?」
ちょっとした疑問を聞いてみる。
「いえ、同じではありません。別物です。多重人格というのは私のように魂が分かれているのではなくて、記憶が分かれているんです」
「記憶が?」
「ええ、だから魂が分かれた私たちのように個性がある。記憶が分かれたことにより白紙の記憶ができ、そこに記憶が書き込まれて新たな人格ができるんです。多重人格はある意味自分なんですよ。人格なんて育った環境などで変わりますからね。多重人格はある意味IFの自分を示していると言ってもいいでしょう。ですが私は違います。私はちゃんと存在があり、魂があります。これでいいですか?」
「ああ、よく分かったよ。ありがとうな」
「い、いえ! 兄さんのお役に立てたならそれで……」
礼にと俺は頭を撫でた。こんなものが礼でいいのかと思ったが綾音は十分に喜んでいるようだった。
「さて、私の正体も兄さんの聞きたいことも終わりましたし、次へ行きましょうか」
「そうだな」
話をしている間に結構な時間が経った。これじゃ行ける店も少ないだろう。まあ、これからも会うって約束したことだし、今日だけじゃないのだ。今日だけで満足しなければまた時間があるときに行けばいい。
ただ綾乃のほうも構ってあげないと絶対に後で嫉妬するだろう。嫉妬されるということは愛されているという証明になるが、嫉妬が原因で綾音と綾乃の仲が悪くなってほしくはない。二人とも大事な妹だからな。さて、急いで行かないとな。俺は綾音の手を取る。
「あっ、行く前のちょっと話し忘れたことがあるんです」
「なんだ?」
「ちょっとした大事な話です。私としてはさっきの話よりも大事ですね」
大事なのにちょっと話し忘れたのかよ。俺は繋いでいる手を放そうするが綾音のほうが放さない。
「ハーレムってどう思います?」
「ハーレム? ハーレムって複数人の異性に囲まれる、あのハーレムか?」
「はい。そのハーレムです。好きですか?」
「まあ、嫌いじゃないな。男なら一度はあこがれるだろう」
なにせハーレムは異性に囲まれるのだ。異性に囲まれてうれしくないやつはいない。そして、ハーレムではみんなが自分に好意を抱いているので、多少は異性に対してエロいことができるのだ。
あんなことやこんなことも。だが、綾乃がいる身だ。ほかの異性を好きになることなんてないだろう。それにもしハーレムができたとしても多くの女性を平等に愛せない。俺はただ好かれるだけというのは嫌だからな。
ちゃんとこちらからも好きにならないと。しかし、残念だが俺に多くの女性を好きになるなんてことは無理だ。最高で二人か三人がいいところだ。そこまでなら平等に愛せる。
「そうですか。では兄さんはハーレムになりたくありませんか?」
「う~ん、なりたくはないな」
さっきのとおり俺は二人か三人までが限界だ。これじゃハーレムは無理だろう。まあ、二人か三人に囲まれているからハーレムには違いないのだろうが。
「そう、ですか」
「なんでだ?」
「いえ、ちょっとした疑問です。ではハーレムはダメでも二人を愛するのはいいですか?」
「二人か。それってハーレムに入らないのか?」
「私の感覚だと入りません。三人くらいならハーレムですね」
俺は二人以上からハーレムだと思っていたんだが、これは俺が間違っているのだろうか? そもそも複数を愛するんだから二人以上でいいと思ったのにな。
「それでどうですか? 二人なら愛せますか?」
「ま、まあ、多分」
「ほ、本当ですか!」
なんでそんなにテンションが上がっているんだ。綾音は喜んで小さくガッツポーズを取っていた。
「話は終わりか?」
「いえ、まだあります」
綾音はニコニコとしながら言った。
「兄さんは双子の特性を知っていますか?」
「いや、しらないな」
「まあ、都市伝説みたいな話ですが、双子は好みなどが一致するんですよ」
「そうなんだな」
「ええ、そうなんです。実際、綾乃の好きな食べ物は私の好きな食べ物なんですよ」
「へえ~そうなんだ」
「はい、もちろん全部じゃないですけどね。でも、結構一致しています。食べ物以外に挙げると……異性の好みとか」
「そうか。でもそれが?」
なんとなく双子の特性のことだけに話をすると言った訳ではないとわかる。正直に言って双子の特性なんて無意味だからだ。だから、この話には続きがあるはずだ。綾音は頬を膨らませる。なんだかちょっと呆れられているように見える。
俺が何かまずいことでも言ったか? そんなことはなかったとは思うが……。だが、そんな顔をしているしな。
「もう兄さんはにぶいですね。私の好みは綾乃と同じ好みって言っているんです! これじゃ分かりません?」
「? 分からないな」
「うう~どこの主人公ですか~。普通分かると思うんですけどね。まあいいです。兄さんですから」
「おい、バカにしてんのか?」
「半分だけ」
喧嘩を売っているのかって思う。
「兄さん、ちゃんと言います。兄さんに遠まわしは通じないみたいですから」
「なあ、本当は半分以上バカにしているだろう」
「綾乃は兄さんのことが好きです」
「まあ、そうだろう」
自分でそういうのは恥ずかしいが、ここは自信を持って言わないと綾乃に悪いだろう。言うときは言う。ちゃんとそうしないとな。あいつは俺のものだと示すためにもな。
「そして、双子である私の好きな人がいるんです」
ん? 話がつながっていない? 綾乃は俺のことが好き。綾音に好きな人がいる。どこも繋がっていないよな。
「さっき言ったように双子である私の好みは綾乃の好みと一緒」
そう言っていたな。異性の好みも同じだとか。
「つまりですね、私も兄さんのことが好きなんですよ」
「は?」
俺は間の抜けた声を出した。だが、仕方ないだろう。だってこの娘はなんと言った? 俺の耳が悪かったのか? それとも聞き間違いか? 俺はこの娘の口から俺のことが好きだと聞いたような気がする。
だが、こんなことがありえるだろうか? 俺と綾音は今日会ったばかりだ。初対面だ。いくら一目惚れなんてものがあるからといっても、それで惚れてもやっぱり時間はかけるだろう。ということは……
「からかっているのか?」
「…………泣いていいですか? 大声で」
「いや、待て! 泣くな!」
本当に泣きそうになる綾音を止める。
「ならもう一度言いますからね。ちゃんとしてください」
「分かりました。ちゃんと聞きます」
「お願いしますね。はあ……あう~せっかくの告白がこんなことになるなんて」
「本当にごめん」
「本当にそうです。では整えて」
綾音は俺に背を向けてのどの調子を確かめていた。そして、手を後ろに組みながら俺のほうを見る。ちょうど茜色に染まりかけた日が綾音の顔に光が当たる。ただでさえきれいで可愛くて誰もがそう思うような顔なのに日がさらにきれいにさせる。
どうやらさっきのことをなかったことにして雰囲気を作り出したようだ。夕日にその日の光が当たる顔。そして、俺たちは公園で二人きりだ。本当に告白にはいい雰囲気だよ。
「私、兄さんが、いえ、一誠さんのことが好きです」
そう言い終わって少し。ただただ見つめ合っていた。風が吹き綾音の髪がなびいた。綾音の顔は次第にだんだんと赤くなり、おどおどとし始めた。
「え、えっとそれでですね。本当だったら付き合ってくださいって続きたいんですけど、私の体は綾乃の体で今みたいにずっと綾乃の体を使えません。でも、それでも私と付き合ってくれませんか?」
「……お前の気持ちは分かった。正直に言ってうれしいよ。体があるないはこの際関係ない。しかし、お前は一番分かっているはずだぞ。俺は綾乃と付き合って将来まで約束した仲だ。だから、お前とは……」
「ええ、分かっています。だから私も恋人にしてくださいってことです。私と綾乃が兄さんの恋人です」
そのときの綾音はニコッと笑っていた。