衆議院議員選挙の期日前投票が行われる期間、その限られた時だけ行われる秘密のアルバイトがある。僕は流されるままに投票所に向かった…

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安全な闇バイト〜期日前投票の闇

列に15分くらい並んだ後、やっと番が回ってくる。

受付の女性が

「お名前と住所、生年月日をお教え下さい」

と聞いてくる。差配の人が言った通りだ。

僕は事前に覚えておいた、誰のものとも分からない名前と住所と生年月日を答える。

答えると受付の女性は簡単な説明をしてから、投票用紙を僕に渡してくれた。

実にあっけない。

というのが初めの感想だった。

えっ?でもこんなチェックで大丈夫なの?

次に出て来たのは疑問だった。

そして、

「悪用している自分が『大丈夫なの?』は無いよな。全然、大丈夫じゃ無いよね、これ」

と心の中で自嘲した。

 

僕が今いるのは衆議院議員選挙の期日前投票所。

そして、やろうとしてある事は替え玉投票だ。

差配の人の指示で、別の誰かに代わって投票をする。

投票する候補は毎回同じ人、同じ政党に入れる。

恐らく、その候補か、政党が依頼主なのだろう。

まあ、僕にはどっちでも構わない。

差配の人が運転するバンに乗せられて、いくつかの投票所を移動していて、そのバンには僕の他にも性別、年齢層がバラバラな人達が乗せられていた。

投票所に着くと差配の人が、どこで手に入れたのか分からないリストを元に、それぞれの性別で、年齢の近しい人を選んで替え玉を指示する。

僕は今日が初めてだったけど、他の人達は何度か替え玉を経験している様だった。

みんなあっけらかんとして、談笑している人達もいる。

それでも替え玉投票なんて犯罪だ。

バレたら逮捕されてしまう。

僕は怖くなって差配の人に

「これ、本当に大丈夫なんですか?」

と聞いた。

既にこの質問を僕がするのも何回目かなので、差配の人も一瞬ムッとした表情を浮かべたが、すぐに元の穏和な、その癖目の奥が全く笑っていない笑顔で、

「大丈夫ですよ。投票所にも警察にもウチの関係者が大量にいるんでね。そりゃあ上から下まで。あと、マスコミにも弁護士にも大学教授にだって身内のもんがありますわ!わっはっはっ!」

と先程にも聞いた説明をしてくれる。

その頼もしい豪快な笑い声に励まされつつも、後ろめたい気持ちは心の奥に引っかかっている。

そんな僕の表情を見て、差配の人は、

「まあまあ、投票に行きとうても行けない人はおるもんでね。事情は色々ですわ。そんな人の代わりに投票する。これも一つの人助けゆう事ですわ。」

と、僕をこの闇バイトに誘った時と同じ台詞を言った。

 

小さい時から不器用だった。

人付き合いもはじめは良いけど、徐々に人は離れていく。

そんなだから、仕事も何をしてもうまくいかなかった。

子供の頃は

「人の役に立つ仕事がしたい。」

なんて思っていたけど、他人どころか自分の食い扶持すら満足に稼げない。

住む所や食費を削って最低限の生活をしていても、生きているだけで借金が増えていった。

アルバイト先を半ば強制的に辞めさせられたある日、

「どうやって借金返すつもりだ!」

としこたま借金取りに叱られた後、その人は僕に差配の人を紹介してくれた。

顔だけで笑い、目の奥で僕を値踏みしているその男を見て僕は、

「ついに行き着く所まで来てしまったんだな」

とあまり未練もないこの世との別れを諦めと共に確信したが、男が僕にやらせようとしていた仕事は意外にも「替え玉投票」だった。その時、男の口から出た言葉か、

「色んな事情で投票に行けない人の代わりに投票に行く。これも一つの人助けゆう事や。」

だった。

そんな事は詭弁だと分かっていたけど、その時僕が思い出していたのは、今は亡き母に「僕、人の役に立つ仕事をする!」と言って母から頭を撫でられた、そんな子供の頃の記憶だった。

 

朝の9時頃に始まった投票所巡りが、終わった頃には辺りは真っ暗になっていた。

その日は結局、20ヶ所以上回って投票をした。

差配の人がいう通り、受付で一度も呼び止められもせず、あっけない程、簡単に投票出来た。

今では僕の中に残っていた罪悪感は薄らいでいた。

そういうシステムなんだと思った。

この制度を作った人が元々こういう抜け道を用意してくれているのだ。

だから僕達が悪いのでは無く、元々そういうものなんだと自己弁護する。

最後の方は、バンに乗る他の人と談笑する余裕すら出来た。

差配の人はそれに加わらなかったが、その様子をにこやかに見てくれていた。

最寄りの駅の近く、車の中で差配の人からお金の入った封筒を受け取る。

「投票1件につき、2,000円だから」

と事前にも聞かされていた説明を聞かされる。

封筒の中には1万円札が4枚と千円札が数枚入っていた。

お金を渡す時、差配の人が、

「今日は初めてだったのに堂々としたもんだった。良かったよ。また明日も頼むね」

と褒めてくれた。

「はい!」

と答えた僕の声は思った以上に大きかった。

その時も差配の人は笑ったが、目の奥にいつもあった冷たい感じがその時ばかりは無くなっていたのが、僕には嬉しく感じた。

そして、帰り際に差配の人は、

「くれぐれも今日の事はご内密に。この町の若い人はみんな都会に行っちゃうから、お兄さんくらいの若い人、なかなか見つからなくて大変ですからね。是非とも明日以降もお願いしたいので、秘密厳守でね。お互い長生きしたいものですから。」

と元の目の奥が笑っていない笑顔で告げるのを見て、少し寂しい気持ちになる。

バンが走り去っていくのを見ながら、明日もまた差配の人のあの笑顔、見られるかな?なんて呑気な事を考えていた。

 

…翌日、町のとある投票所にて

目新しい流行のファッションに身を包んだ男が投票に来ていた。

「おっ母には選挙なんて行かねぇって言ったけど、たまの里帰りだし、俺ももう社会人!国民の義務果たさなきゃな」

東京で一旗挙げて、忙しくしていたが、たまたま店の改装で3日ほど休みが出来たので数年ぶりの里帰り。バスを降りて家路を急いでいると、途中で期日前投票所を見つける。住民票を移動しておらず、政治にも興味がない為、選挙には長らく行っていなかったが、最近、女性の総理大臣が誕生して若い従業員達もよく政治の話をしているし、オーナーの俺が国民の義務を放棄しているのも外聞が悪い。免許証が有れば投票出来るというので軽い気持ちでフラッと参加してみようと思い立ったのだ。

受付で名前を伝えると、受付の女性はパソコンで何かを入力している。

受付の女性から住所と生年月日を聞かれ、答える。

「…あれっ?」

思わずといった感じで女性が声を漏らす。

そして、男の方をみて、

「すでに投票はお済みになられておりますが?」

 

そこから小さな町で起きた不正事件が、日本各地で常習化されていたことが発覚し、数千人もの逮捕者を出した大事件に発展するのだった。当然、逮捕者の中に僕もいた。

 

パトカーに乗せられている最中、

「まあそりゃそうだよな」

と自嘲気味に笑った僕の目はやっぱり笑ってなかったと思う。


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