第四章 ディンゴ、散る
高速道路へ入る直前、ベッドフォードQLRは速度をわずかに上げた。
荷台にはゴールドマグロの生命維持ユニットが搭載されている。
急激な加速や激しい振動は、そのまま中のゴールドマグロへの負担になる。
そのため、QLRは本来の性能を十分に発揮できない。
『もう少しだけ速度を上げます!』
無線から、輸送車両の運転手の声が響いた。
『高速道路で合流する予定のディンゴ部隊が前方にいます。合流地点まで急ぎます!』
「了解!」
ジェレミーはセンチュリオンの車内から前方を見た。
QLRが先行し、その後ろを護衛車両が追う。
しかし、QLRが加速したことで、ジェレミーたちの戦車は少しずつ距離を離されていった。
「……ちょっと待て。俺たち、少し遅れてるぞ」
リチャードが無線を入れる。
「仕方ないでしょう。あの荷物じゃ、無茶な加速はできません」
「分かってる。だが、あまり離れると面倒だぞ」
そのときだった。
前方から、数台の偵察車が姿を現した。
「ディンゴ部隊です!」
ダイムラー・ディンゴ。
高速道路での合流を予定していた、正義実現委員会の偵察部隊だった。
『こちらディンゴ隊。輸送車両を確認しました』
「こちら護衛隊ヒフミです。予定通り合流をお願いします」
ディンゴはQLRの前方へ出ると、そのまま護衛に入った。
最高速度は約88km/h。
戦車よりもはるかに速い。
「これなら前方の安全確認もできそうですね」
無線から安堵した声が聞こえる。
だが――。
道路の先。
遠くから、二つの小さな車影が近づいていた。
「……来たか」
ルクス。
ゲヘナ学園・美食研究会の二号偵察戦車L型だった。
一号車。
ハルナが操縦席に座り、アカリが20mm機関砲を向ける。
二号車。
イズミが操縦し、ジュンコが砲手を務める。
そして車長席には、ジェームズ・メイ。
「前方にディンゴです」
ジュンコが報告する。
メイは双眼鏡を下ろした。
「ディンゴ……なるほど。高速道路を利用する以上、彼らも速度を重視しているようですね」
「追いつけるの?」
ハルナが尋ねる。
「通常のルクスなら、少々厳しいでしょう」
メイは落ち着いて答えた。
「ですが……この車両には、少々手を加えてあります」
メイがスイッチに手を伸ばす。
「では、使いましょう」
――カチッ。
エンジン音が一段高くなった。
「何これ!?」
イズミが驚く。
「亜酸化窒素、NOSまあ、ニトロです」
「ニトロ!?」
「ええ。短時間だけですが、エンジン出力を引き上げられます」
メイは淡々と説明した。
「ただし、長時間の使用はできません。エンジンにも相当な負担がかかります」
「つまり……」
ジュンコが砲塔越しに前を見る。
「一気に近づくためだけに使うってこと?」
「その通りです」
メイが微笑む。
「ディンゴに追いつく。それだけに使います」
次の瞬間――。
ルクスのエンジンが唸った。
車体が一気に前へ飛び出す。
「速い!」
アカリが声を上げた。
先行するディンゴとの距離が、急速に縮まっていく。
『後方から何か来ています!』
ディンゴの乗員が気づいた。
『確認します!』
車体を振り返る。
『……ルクス!?』
ディンゴの乗員が息を呑んだ。
本来なら、速度では圧倒的にディンゴが有利なはずだった。
だが今、ルクスはその差を一気に詰めている。
『敵車両接近!』
『迎撃します!』
ディンゴがサイドブレーキを引き車体が横を向く。
サイドターン、スピンターンとも言われる技術だが、一長一短でできる技ではない。
ボーイズ対戦車ライフルがルクスに向けられる。
ドンッ!
弾丸がルクスの脇をかすめる。
「撃ってきた!」
イズミが叫ぶ。
「慌てないでください」
メイは冷静だった。
「ボーイズは強力ですが、撃つためにはこちらに正面を向ける必要があります」
「じゃあ、どうするの?」
「正面を向かせなければいい」
メイの指示を受け、二号車が急激に進路を変更する。
ディンゴが照準を合わせようとする。
しかし――。
ルクスは横へ。
そして輸送車の反対側へ。
ディンゴの照準線から逃れるように蛇行する。
「くっ……!」
ディンゴの乗員が再び狙う。
だが、撃てない。
下手に撃てば、後方から近づいてくるQLRに当たる可能性がある。
その一瞬。
ルクスが横へ回り込んだ。
「今です!」
メイが叫ぶ。
20mm機関砲が火を噴いた。
ドドドドドッ!
ディンゴの装甲に命中。
車体が大きく揺れる。
「一台、動きが止まりました!」
「まだだ!」
もう一台のディンゴが側面から回り込む。
「こちらも来ます!」
ハルナが操縦する一号車が、その進路へ入った。
「アカリさん!」
「分かってる!」
20mm機関砲が連射される。
ディンゴは急旋回。
だが、逃げ切れない。
ドドドドッ!
側面に命中。
ディンゴの車体が停止した。
高速道路の上に、二台のディンゴが止まる。
「……やりました」
ジュンコが息を吐く。
メイは後方を見た。
そこには、ようやく追いついてきたジェレミーたちの戦車があった。
センチュリオン。
クルセイダー。
そして、ゴールドマグロを積んだQLR。
「来ましたね」
メイが呟く。
「ここからが本番です」
ルクス二両が再び動き出す。
ニトロによる加速は、すでに終了していた。
だが、メイにとっては十分だった。
目的はディンゴを倒すことではない。
ディンゴを排除し、護衛戦力を分断すること。
そして――。
その先にいるトラックへ到達すること。
「ハルナさん、アカリさん」
「はい」
「イズミさん、ジュンコさん」
「何?」
「次は、あの輸送車両です」
メイが静かに前を指差す。
その視線の先には、黄金色のゴールドマグロを積んだQLRが走っていた。
その後方から、ジェレミーのセンチュリオンが追いつく。
砲塔が旋回した。
「……来るぞ」
ジェレミーが呟く。
戦車とルクス。
高速道路上で、両者の距離が急速に縮まっていく。
「ゴールドマグロを守ります!」
ジェレミーの声が無線に響いた。
その瞬間――。
ルクスの20mm機関砲が再び火を噴いた。