閲覧の際はご注意ください。
尚、アンアンの両親の状況、両親への喋り方は自己解釈です。ご了承ください。
#0-1 決意
「おはよう、アンアン。目玉焼きの焼き加減は半熟で良いかい?」
「おはよう、アンアン。髪を梳かしてあげるわね」
わがはいの朝の食卓は、いつだって完璧で、幸福だ。父も母もわがはいの望み通りに動き、穏やかな笑顔でわがはいに奉仕をしてくれる。両親の瞳には一切の曇りがないし、わがはいに不快感を与える要素は一つもない。
当然だ。だって、わがはいがそうなるように「洗脳した」のだから。
この父と母……いや、かつて父と母だったこの「肉人形」たちは、わがはいの罪の集大成作品だ。
まだ幼く、己の力の存在も知らなかった頃、わがはいは無意識に彼らにそれを使った。言葉一つで他者に命令を遂行させる「洗脳」。それを使って、彼らから自我を、自由意思を全て奪い去った。
結果、彼らはわがはいが望むことしかしない都合のいい奉仕者へと成り下がった。今日はあれが食べたいという小さなワガママから、アイツを殺せという倫理に反する命令まで、彼らは笑顔で頷く。廃人と化した彼らは思考を挟むことなく、絶対服従の愛を注いでくる。
(ああ、気持ち悪い)
胸の奥で、どす黒い感情が渦巻く。だからと言って、今更「まともになれ」なんて命令をしたってどうにもならない。一度壊れた人間は、元には戻らない。体の損傷も、心の損傷も、あまりひどく傷つけばそれはもう治らぬ不可逆のものなのだ。
……ただ、どうしても不可逆であるとわかっていても、どうしても期待をしてしまう。
「……パパ、ママ。私、中学校に行ってみたい」
それは、気まぐれな嘘だった。当然、そんなところに行くつもりなど毛頭ない。それに、長年引きこもって社会性や協調性が欠如している挙句、洗脳などと言う忌まわしき
だから、これは一種の試し行動と言っていいだろう。もし、彼らに少しでも人としての理性が残っているなら、「お前には無理だ」「別のことをしましょう」と否定をしてくれるはずだ。わがはいは、親に親であるところを見せてほしかった。
「ああ、いいよアンアン」
「素敵な考えね、じゃあ、すぐに手続きをしましょう」
……帰って来たのは、当然肯定だけだった。わがはいのオネダリに対し、コンマ一秒の遅延もない全肯定。そこには心配も、葛藤もない。
(そうか。二人は、本当に終わってしまったのだな)
期待したわがはいが馬鹿だった。やはりなかったことにしよう。このまま学校に行っても、馴染むことなど到底できやしない。所詮自分が傷つくか、人形を増やすだけだ。ならばこの閉じた世界で、人形たちに
そう思って、口を開きかけた瞬間、ふと両親の笑顔にわがはいの目が奪われる。
(本当に、それでいいのか……?)
わがはいは自問する。この二人は、もともと何を望んでわがはいを産んだのだ? 自分たちを支配する魔女を作るため?
違う。
彼らは「人間」を産み、育てようとしたのだ。人として悩み、人として学び、人として友を作り生きていく。そんな当たり前の子供の成長を、願っていたはずだ。
なら、わがはいが外界を拒み、この閉じた世界に居座り続けてしまっては、親を壊したどころか親の願いを一つも叶えられない。
(ならば、償わなくては……)
両親の心を殺したのはわがはいだ。その罪は消えない。だが、ここで引き籠って腐っていけば、彼らがわがはいを産んだ意味さえも殺す。それは、彼らへの冒涜に他ならない。
ならば、わがはいは、人間として生きなければ。この洗脳の力を封印し、人として他者と関わり、苦悩し、笑い合い、生きていく。それがわがはいに出来る、唯一の彼らへの贖罪なのだ。
「……ああ」
震える声で言葉を紡ぐ。恐怖で呼吸が浅くなる。口を開けば、また誰かの心を殺してしまうかもしれない。それでも……。
「手続きを……してくれ。わがはいは、人として生きる」
ここにもう居ない、「本当の両親」の願いを叶えるために、わがはいは人になるのだ。