「ありがとうございましたー!」
空がオレンジ色に染まる夕暮れ時、D.U.の街の中でそんな元気な声が響いていた。
麦野レン...彼女がラーメン屋台を始めてしばらく、あれからそれなりの人数相手にラーメンを振る舞うことが出来ていた。
初めは誰1人見向きもされず閑古鳥が鳴いていた状態だったが、どこからか噂が流れたのか今では少数ではあるが屋台へ足を運んでくれる人が増えている。
その事実は当然彼女にとって夢のようであり、毎日お客が帰った後にニヤニヤしながら高笑いするというルーティンも出来上がりつつあった。
....が、欲が満たされれば新たな欲が生まれるのが人の人理というもの、それはレンにとっても例外では無かった。
(....足りない)
確かに食べてくれる人は増えた、ラーメンの美味しさを伝えられた、それは事実だ。
(もっと、もっと沢山の人に...)
だがラーメンの素晴らしさを知ってもらうにはまだ足りない....より多くの人に見て、味わって、感じて欲しい。
そう思ったレンの行動は素早かった。
「まだ見ぬ土地へ、匂いを味を届けに!!!」
レンは屋台の前で拳を掲げ、それを見上げながら高らかに叫んだのだった。
....その間通行人に奇妙なものを見る目を向けられていたが、今の彼女には何も入らなかった。
それから数日後
「だ、大丈夫、大丈夫....」
レンはそう小さく何度も呟きながら、恐る恐る路地の中を進んでいく。
「ラーメンがあればどんな人でも分かり合えるって本で見たし....」
何故ここまで怯えているのか...それは今彼女がいる場所が原因だった。
ブラックマーケット、そこは様々な犯罪組織や良い噂を聞かない会社などの関係者が蔓延っており他にもヘルメット団やスケバンなども彷徨いている。
その規模や性質から独自の治安が形成されており、警察なども介入出来ないまさに裏の自治区。
そんな明らかに危ない場所にも関わらず、レンは1人屋台を引いて歩いていた。
あの時新しい場所を開拓しようと意気込んだ彼女だったが、ラーメンを食べてくれる人が増えたことで完全に調子に乗り、"自分ならばどんな場所でもどんな相手でも問題ない"という根拠なき自信をつけてしまっていたのだ。
その結果ブラックマーケット入りを果たし、今更ながらに後悔が押し寄せてきているのだが時すでに遅し...かなり先の方へと進んでおり今から戻るにしても時間がかかってしまうだろう。
「きっと優しい人もいるはず....みんながみんな恐い人ばかりじゃ...」
そんな希望を抱きながら大丈夫と独り言を呟いていたレン、だがその時だった。
「きゃっ!」
「わわっ!」
顔を俯かせて地面ばかり見ていた彼女は、曲がり角から現れた人物に気づかず盛大にぶつかってしまった。
ドンッという音と共によろける身体、それと同時にレンは一瞬で考えを巡らせる。
この場所にいる人物、それはつまり噂通りの"そういった人"ということ。
「あ、ああああの!ご、ごめんなさい!前をちゃんと見てなくて....お、お金なんて持ってません!だからお許しを...」
慌てて頭を下げて謝り倒すレン、だがそれから頭の上から聞こえてきた声は彼女が予想していたものとはまるで違うものだった。
「お、お金?別に取ろうだなんて思ってないけれど...大丈夫?怪我はないかしら?」
そんなこちらを心配してくれているらしい声に思わず顔を上げると、そこには1人の少女が立っていた。
ピンクの髪に顔の横辺りから見える2本の角、1番目につくのは肩にかけるように身につけている大きなコート。
少女はレンの方を見つつ、彼女の後ろにある屋台へ不思議そうな視線を向けている。
「屋台...?こんな所に?」
「アルちゃーん、何かあったー?」
そうしていると、アルと呼ばれた少女の後ろから別の数名の少女達が駆け寄ってきた。
「問題発生?」
「あ、アル様の邪魔をする方でしたら私が...」
「いえ大丈夫よハルカ、ただ私がこの子に不注意でぶつかっちゃっただけだから...そうでしょう?」
楽しそうに笑いながら持っているカバンを揺らす少女に、パーカーのポケットに手を入れレンの方を様子見る少女、そしてどこか危うげな雰囲気を漂わせている少女...彼女達にアルという少女は事情を話しながらレンに尋ねてくる。
「え、は、はい...!」
緊張であまり頭が回っていなかった彼女はそんな返事をしてしまうが、彼女達の1人が改めてレンの背後の屋台を見て声を上げる。
「って、ラーメン?もしかして屋台やってるの?」
「えっと、はい...」
「へー、じゃあ折角依頼も終わったし食べて帰るのもいいんじゃない?」
「そうね...丁度お腹も空いた所だし」
「あ、アル様が食べるものなら何でも大丈夫です...!」
「確かこの前も食べなかった?...まあ別に良いけど、それよりお金は?さっきの依頼も結局準備費用とトントンだった気がするけど」
「うっ....へ、平気よ!見てなさい!」
そう言ってレンの目の前まで近づいたアルは耳元でこそこそ囁き始める。
「ね、ねえ、一応聞きたいんだけど...ラーメン一杯っていくらかしら」
「い、一応お金はとってないですけど...」
「本当!?...コホンッ、ま、待たせたわね!私の交渉で今回は無料になったわ」
「わー、アルちゃんすごーい」
「さ、流石アル様です!」
「はぁ....」
紫髪の子はキラキラと目を輝かせ、残る2人は何かを察したような態度を見せている。
アルは3人にそう告げながら、レンの方に申し訳なさそうに目配せしていた。
(...もしかして、この人達結構面白い人達なのかも...?)
先程までの緊張はどこへやら、残されたレンは目の前の4人を見てそんな事を1人考えながら、屋台の準備を始めたのだった。
「ふぅ...じゃあいつものをくれるかしら?」
「アルちゃん、初めてなんだからいつものとかないでしょ?」
「それにラーメン屋台で言う台詞じゃないと思うけど」
「こ、こういう時は雰囲気が大事なの!」
あれから席についた彼女達、レンはそんな彼女達を見ながら具材やスープのチェックをしていた。
「まあいいわ、とりあえずオススメをくれるかしら」
「オススメですか...わかりました!」
そう言われ早速頭の中で正解案を考えを巡らせていくレン。
(さっきこの人達は依頼が終わったって言ってた...もしかしたら身体とか沢山動かして疲れてるかもしれないし...)
丼の湯煎作業をしながら思考を纏めた彼女は、丼を拭き取りすぐさま塩ダレの壺を手に取りタレと香味油を4つの丼の底へ投下、それからすぐに背後の木箱から主役である麺を取り出していく。
今回使うのは細めのストレート麺、それらを4玉分取るとてぼへと入れ茹で釜の中で菜箸でほぐしていく。
その間にレンは少女達に軽い雑談として質問を投げかけた。
「そういえば、お客様はどんなお仕事をされてるんですか?」
「ふふ、よく聞いてくれたわね。便利屋68....そう言えばわかるかしら?」
アルは指を絡め、不敵な笑みを浮かべながらレンを見つめる。
そんな彼女を見て...
「べんりや、しっくすてぃーえいと?」
「ええっ!?うそ、何も知らないの!?」
レンはポカンとした表情を浮かべていた。
それもそのはず、レンの頭の1番上には常にラーメンが占拠しているのだ。
他の学園やどんな組織があるのか、はたまたどんな事があったのかすら知らない....まさにラーメン頭である。
「まあうちもまだまだって事でしょ、それに最近の依頼なんて逃げ出したロボット犬を捕まえてとかそういうのばっかだし」
「し、しぃーー!それは言わない方が格好がつくでしょう!?」
4人がそんな会話を繰り広げる中、早くもレンは次の工程へ取り掛かっていた。
丼をスープで満たし、先程茹で釜へ入れたてぼを湯切りしスープの中へ流れるように投入、後はトッピングだ。
チャーシューを2切れずつ飾り付け、刻みネギ、キャベツ、人参をバランス良く配置し胡椒を軽く振りかける。
最後にすり潰したニンニクを軽くスープの上へとおけばあっという間にボリュームのある塩ラーメンが4つ出来上がった。
「はい、お待ち!」
今回もその出来栄えに満足そうに頷いたレンはそう言いながら丼を彼女達の前へと置いていく。
「あら、もう出来たのね....じゃあいただくとするわ」
「い、いただきます...!」
目の前に漂うスープの匂いにアル達の鼻が僅かに動く。
パチっという割り箸の音が響くと同時に、ズルズルと麺が口の中へと流れる音が一斉に響き出した。
「っ!これ...」
「ん〜結構美味しいじゃん」
動いて疲れた身体に染み渡る塩味、啜りやすく噛みやすい麺、トッピングとして盛り付けられた野菜も味変として丁度良く機能している。
空腹だった彼女達にとって、その刺激は我慢できるものではなく、あっという間に全てを平らげてしまった。
「ふぅ....とても美味しかったわ、ありがとう」
「いえ!満足していただけたなら良かったです!」
(はぁ〜〜〜!今回も完璧満足大成功!!!やっぱりラーメンは全ての人を繋ぐんだ〜〜)
相変わらず大興奮の最中にいたレン、だがそれからすぐ彼女の耳元にある言葉が飛び込んできた。
「まさか他にも美味しいラーメン屋があるなんてびっくりだね〜」
「そうね、あそこも良かったけどこっちも中々...」
(.....ん?)
不意に溢したそんな何気ない会話、だがレンにとっては聞き捨てならない重要な会話だった。
「すみません!今の話詳しく聞かせてもらっていいですか!?」
「わっ!え、ええいいけれど....」
突然前のめりになって顔を近づけてきたレンに驚くアルだったが、そのまま語り始めた。
「──って事だけど...」
「成る程、柴関ラーメン.....そんなラーメン屋台が...」
やがて話を聞き終えたレンは目を瞑りまだ見ぬラーメン屋台を思い浮かべる。
同じラーメンを愛するものとして...それと同時にラーメン屋台のライバルとして、必ずやその屋台を見つけて調査しなければ。
「ありがとうございました!早速準備をしなければ、それでは!」
そう言って頭を下げたレンは、猛スピードで来た路地裏を引き返していった。
「...な、なんだったのかしら、あの子...」
「まあいいんじゃない?面白そうだったし」
残された4人は走り去っていったレンと屋台を見送りながら、自分達も事務所へ戻ろうと歩き始めたのだった。