海軍本部情報処理室。
深夜の静寂の中、俺は山積みの報告書に目を通していた。
先日階級は少佐に上がった。
それに伴い、閲覧できる情報のレベルも格段に跳ね上がった。
「……おかしいな」
俺の手が止まる。
東の海、コノミ諸島担当の『第16支部』からの報告書だ。
海賊被害の報告は「皆無」。平和そのものだ。
だが、その割には支部大佐ネズミからの上納金の額が、他の支部と比べて異常に多い。
平和な村からこれほどの税収が上がるか?裏がある。
脳裏に原作の知識が蘇る。
――アーロンパーク。
魚人海賊団アーロン一味による支配。
そして、ナミの悲劇。
本来ならルフィが到着するまで放置されるべき事件だ。
ネズミ大佐が情報を揉み消しているせいで、本部はこの事態を把握していない。
「……汚ねェ金だ」
俺は報告書を握りつぶしその場で黒い粉に変えた。
ヴェルゴに相談すれば「余計なことはするな」と言われるだろう。
あるいは、その金をファミリーの資金源に吸い上げるだけだ。
正規の手続きで告発すれば、査問会が開かれる間にナミの村は更地になるかもしれない。
「……現地調査に行く。個人的な休暇だ」
俺は誰にも告げず単身、東の海へと飛んだ。
ドラ○ン○ールの金斗雲を真似『煤』を雲の様に固め浮かす応用技
『煤雲(スス・クラウド)』に乗って。
◇
コノミ諸島、ココヤシ村。
空から見たその島は異様な雰囲気に包まれていた。
巨大な門。
そびえ立つ「アーロンパーク」。
俺は村外れの林に降り立った。
村は静まり返っていた…正に恐怖による支配。
「……アンタ、見ない顔ね」
周辺を見渡していると背後から声をかけられた。
振り返ると、オレンジ色の髪を短く切った少女が立っていた。
泥棒猫ナミ。
まだルフィに出会う前。
その左肩にはアーロン一味の刺青がある。
「旅行者だ。道に迷ってな」
「へェ……旅行者ね。こんな何もない村に?」
ナミの目が鋭く俺を観察する。
同時に俺の懐の財布の位置を確認しているのが分かった。
流石だ。
だが、俺は気づかないフリをした。
「海軍の支部を探しているんだが」
「海軍!?」
ナミの表情が凍りついた。
希望の色ではない、嫌悪と諦めの色だ。
「……あいつらは、何の役にも立たないわよ。お金の計算しかできないクズばかり」
「そうらしいな」
俺は苦笑した。
その時、遠くから怒号が響いた。
「おい人間どもォ! 今月の『奉納金』の時間だァ!!」
魚人たちだ。
村人たちが青ざめて家から出てくる。
ナミが唇を噛み締め、俺のことなど忘れたように走り出した。
俺はその場から動かなかった。
身体を煤に変え、気配を消し様子を伺う。
アーロンがいる。
懸賞金2000万ベリー。
偉大なる航路の基準で見れば雑魚だ。
今の俺なら武装色の一撃で沈められる。
首を刎ねれば、この村は救われる。ナミは自由になる。
俺は右腕を硬質化させた。
…殺るか?
その時、ナミがアーロンの前に立ち、札束の入った袋を投げつけたのを見た。
「……約束よ、アーロン!あと少しで1億ベリーだわ!そうしたら村を返してもらう!」
「シャハハハ! ああ、約束だとも。俺は金銭の契約は破らねェ」
ナミの目には、まだ光があった。
自力で村を買い取るという絶望的な希望。
俺の手が止まった。
もし俺がここでアーロンを殺せば、彼女は「海軍に救われた」ことになる。
だが、その海軍こそが彼女を裏切り続けてきた元凶(ネズミ)なのだ。
俺ごときが手を下しても、彼女の心の傷は癒えない。
彼女に必要なのは組織の正義じゃない。
理不尽な世界をぶっ壊す自由な海賊だ。
それにここでナミが麦わらの一味に入らなければ、未来で空島へ行くことも、ロビンを救うこともできない。
「……クソッ、残酷なもんだな。未来を知ってるってのは」
俺は硬質化を解いた。
目の前の事をただ黙って見過ごすほど、俺は大人になれていなかった。
◇
その日の夜。
第16支部の軍艦が、ココヤシ村の沖合に停泊していた。
船長室では、ネズミ大佐がアーロンからの賄賂を数えていた。
「チチチチ、今月も豊作だ……」
その背後の窓の隙間から、黒い煙が室内に滑り込んだ。
「――随分と汚い金だな、大佐」
俺は実体化し、ネズミの背後の椅子に腰掛けた。
「なッ!? き、貴様誰だ!!」
「本部少佐のアッシュだ」
俺は身分証をチラつかせた。
ネズミの顔色が真っ青になる。
「ほ、本部だと!? なぜこんな辺境に……! まさか査察か!?」
「いや。ただの散歩だ」
俺は机の上の金貨を指先で弾いた。
金貨は一瞬で真っ黒な煤に覆われ、ボロボロと崩れ去った。
『炭素分解』
物質の結合を緩める、新しい技術だ。
「ヒッ……!!」
「いいか、大佐。俺は今日…何も見なかった。……だが」
俺は立ち上がり、ネズミの顔を覗き込んだ。
全身から殺気を放つ。
ヴェルゴ仕込みの、冷たい殺気だ。
「お前のその薄汚い顔、覚えたぞ。……もし今後、この村の『希望』を根こそぎ奪うような真似をすれば、その時は査問会なんて生ぬるい場所には送らん」
俺の手がネズミの喉元を掴む。
ゆっくりと首元から顔に向かって黒い煤が広がる
「……穴という穴から煤が入ったらどうなると思う?」
ドサッ。
俺は腰を抜かしたネズミを見下ろし、窓から飛び出した。
警告はした。
原作では、ネズミはナミの貯めた9300万ベリーを没収し、彼女を絶望の淵に叩き落とす。
俺の脅しが効いて、彼が思い留まるか?
それとも、恐怖で逆に強硬手段に出るか?
今出来ることはやった。
帰り際、俺は村のミカン畑に立ち寄った。
ナミの家の軒先に俺の財布が落ちていた。中身は案の定空っぽだった。
苦笑し、懐から予備の金――約50万ベリーをミカンの木の下に置いた。
「……偽善だな。」
ほんの少しの手助け。
これが、ルフィが来るまでの間の彼女の命綱になればいい。
俺は東の海を後にした。
もうすぐ、時代がうねり始める。
次の任務地は、始まりと終わりの町――ローグタウンだ。