『 灰被りの海兵 』   作:meiTo

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第2話 「海軍第80支部」

 

 

倒した男の懐から奪ったのは、僅かばかりのベリー(小銭)と一片のビブルカードだった。

 

カードの端は少し焦げている。

 

そして男の腕には、あの不吉なマーク

 

――斜線で消されたスマイリーの刺青があった。

 

 

「……よりにもよってドンキホーテファミリーの下っ端かよ」

 

 

俺はため息をつき、その場を早足で立ち去った。

 

北の海の闇は深い。

 

ドフラミンゴがこの海を実質的に支配し始める時期だ。

 

あんなチンピラでも、組織の末端なら報復が来る可能性がある。

 

ここに長居は無用だ。

 

俺は記憶を頼りに、島の北端にある港町を目指した。

 

そこには海軍の支部があるはずだ。

 

道中、人気のない森の中で俺は自分の能力を確かめることにした。

 

歩きながら指先を崩す。黒い粉が風に乗って漂う。

 

 

「ススススの実……」

 

 

エースの『メラメラ』のように派手な破壊力はない。

 

クロコダイルの『スナスナ』のように乾きを与えるわけでもない。

 

ただ、汚れるだけだ。

 

だが、俺は前世の知識を総動員してこの「煤(スス)」の特性を分析した。

 

煤とは、有機物が不完全燃焼した際に生じる炭素の微粒子だ。

 

非常に軽く、付着しやすい。そして――

 

 

「……集めれば、固形化できる」

 

 

俺は掌に煤を集め、強く念じた。

 

黒い粒子が凝縮し、歪だが硬度のある小さな「炭の塊」が生成される。

 

これを高速で撃ち出せば、簡易的な散弾銃にはなるか?

 

いや、それよりも脅威なのは「視界封じ」と「呼吸阻害」だ。地味だが、生物相手には特効に近い。

 

それに、もう一つ試したいことがあった。

 

俺はライターを点け、漂う煤の中に放り投げた。

 

――ボッ!!

小規模だが、空中で爆発が起きた。粉塵爆発だ。

 

微粒子状の可燃物が空気中に適度な濃度で浮遊している時、火種があれば爆発的な燃焼を起こす。

 

火種さえあれば、俺は爆弾魔になれるわけだ。

 

 

「よし。これなら『ハッタリ』は効く」

 

 

俺は煤けた顔を拭うこともせず、再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

ルベック王国の港町にそびえ立つ、巨大な要塞。

 

 『海軍 第80支部』。

 

カモメと天秤のマークが描かれた白い帆が、寒風にはためいている。

 

正義の砦というよりは、威圧的な監獄のような佇まいだ。

 

北の海の海兵は荒いと聞く。

 

ジェルマ66のような科学戦闘部隊や、凶悪な海賊たちを相手にしているからだ。

 

俺は門番の前に立った。

 

ボロボロの服、痩せこけた体。

 

どう見てもスラムの浮浪児だ。

 

 

「失せろガキ。ここは炊き出し所じゃねェぞ」

 

 

案の定、銃剣を持った海兵が威嚇してくる。

 

 

「入隊希望だ」

 

「あァ? 雑用係(チョアボーイ)の募集も終わってんだよ。帰って母ちゃんの乳でも吸ってな」

 

 

海兵たちが下卑た笑い声を上げる。

 

これだ。

 

この時代の地方海兵なんてこんなもんだ。

 

コビーが見たら泣いて逃げ出すだろう。

 

俺は引かずに、一歩前へ出た。

 

 

「海賊を殺した。賞金首じゃないが、ファミリーの構成員だ」

 

「ハッ! お前みたいなモヤシが? 嘘をつくならマシな嘘を……」

 

門番が俺の胸倉を掴もうと手を伸ばした。

 

その瞬間、俺は能力を発動させた。

 

門番の手が、俺の体をすり抜けた。

 

俺の体は瞬時に崩れ、黒い煙のような煤となって四散し、門番の背後で再構築(実体化)した。

 

 

「な……ッ!?」

「え……?」

 

 

門番たちが凍りついたように動かなくなる。

 

目の前で起きた現象が理解できていない。

 

 

「あ、悪魔の……実……?」

 

「体が、消えた……?」

 

 

偉大なる航路(グランドライン)ならいざ知らず、ここは最果ての北の海。

 

悪魔の実の能力者は都市伝説に近い。

 

ましてや物理攻撃を無効化する『自然系(ロギア)』など、彼らにとっては神か悪魔の類だ。

 

 

「責任者を呼んでくれ。俺は海兵になりたい。……この力、あんたらの役に立つはずだ」

 

 

俺ができるだけ平静を装って言うと、門番の一人が慌てて基地の中へ走っていった。

 

数分後、重い軍靴の音が響いてきた。

 

現れたのは、白衣のコートを羽織った男だった。

 

頬に大きな傷があり、口には葉巻。階級章は『大佐』。

 

この支部のトップだ。

 

 

「騒がしいと思えば……ロギアのガキが来たってのは本当か?」

 

大佐の眼光が俺を射抜く。殺気だ。

 

俺は冷や汗が背中を伝うのを感じたが、視線は逸らさなかった。

 

ここで目を逸らせば、ただの実験動物として政府に売り飛ばされるかもしれない。

 

あくまで「戦力」として認めさせる必要がある。

 

 

「本当だ。俺の名前はアッシュ。ススススの実の煤(すす)人間だ」

 

「煤だと? ……ふん、随分と薄汚ねェ能力だな」

 

 

大佐は鼻で笑ったが、その目は笑っていない。

 

彼は腰のサーベルに手をかけた。

 

 

「試してやる。俺は第80支部大佐、グレイガ。ガキだろうが能力者だろうが使えなきゃ海には沈める主義だ」

 

――ジャキッ!

 

挨拶代わりの一撃。

 

速い。さっきのチンピラとは次元が違う。だが、今の俺には「物理無効」という絶対的な盾がある。

 

俺は動かなかった。

 

刃は俺の首を切り裂き――そのまま通り抜けた。

 

首の断面から黒い煤が溢れ、瞬時に元通りに繋がる。

 

 

「……ほう」

 

「斬っても無駄だ。覇気が使えないならな」

 

 

俺がカマをかけると、グレイガ大佐の眉がピクリと動いた。

 

やはり。本部の中将クラスならともかく、支部の将校レベルで「武装色の覇気」を扱える者は稀だ。

 

 

「生意気なガキだ。知識はあるようだな」

 

 

大佐は剣を収めた。

 

 

「合格だ。雑用(ざつよう)から始めろ。ただし――」

 

 

大佐は俺の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。

 

 

「もしその力を制御できずに基地を汚したら、海楼石の手錠をかけて海に沈める。……わかったな?」

 

 

ぞくり、と悪寒が走る。

 

だが、これで第一関門は突破した。

 

 

「イエッサー、大佐殿」

 

 

俺は不格好な敬礼をした。

 

こうして、灰被りの少年アッシュの海軍生活が始まった。

 

目指すは本部。そして、来るべき頂上戦争。

 

だがその前に、俺はこの過酷な第80支部で雑巾がけから始めなければならないらしかった。

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