『 灰被りの海兵 』   作:meiTo

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第3話 「煤と雑巾」

 

 

海軍の朝は早い。

 

日の出のラッパが鳴る一時間前、午前4時には雑用係の一日が始まる。

 

 

「……皮肉なもんだな」

 

 

第80支部、厨房の裏口。

 

俺は大量の汚れた皿と、油のこびりついたレンジフードを前に呟いた。

 

俺の能力は『ススススの実』。

 

あらゆるものを黒く汚す能力だ。

 

それなのに与えられた最初の任務は「基地内の徹底清掃」だった。

 

 

「おいアッシュ! まだ終わってねェのか! 6時までに大砲の手入れもしとけよ!」

 

「イエッサー、曹長!」

 

 

先輩海兵の怒号が飛ぶ。

 

俺はため息をつきつつ、誰も見ていないことを確認して、レンジフードの排気口に手を突っ込んだ。

 

 

「『集塵(ダスト・ギャザー)』」

 

 

能力を発動させる。

 

本来、自然系(ロギア)は体から要素を生み出すものだが、俺は「同化」の応用を試みていた。

 

排気口に溜まった分厚い油汚れと煤(スス)が、俺の指先に吸い寄せられるように集まり、そして俺の体の一部として取り込まれていく。

 

一瞬で、ギトギトだった換気扇が新品同様の輝きを取り戻した。

 

取り込んだ汚れは、後で体外に排出して捨てればいい。

 

掃除、洗濯、煙突の煤払い。

 

普通なら半日かかる重労働を、俺は能力を使って数分で片付けていった。

 

浮いた時間は、全てトレーニングに費やす。それが俺の生存戦略だ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

深夜、人気のない海岸。

 

俺は一人、月明かりの下で能力の検証を行っていた。

 

 

「『煤鉄砲(スス・ガン)』!」

 

 

指先から圧縮した煤の塊を弾き出す。

 

バシュッ、という鈍い音と共に黒い塊が飛び、岩に当たって砕け散った。

 

 

「……ダメだ。脆すぎる」

 

 

岩には小さな黒い染みがついただけ。ダメージは皆無だ。

 

煤は炭素の塊だが、ダイヤモンドのような結晶構造ではない。

 

所詮は燃えカス、ただの脆い炭だ。

 

これでは人を殺せない。

 

物理攻撃力が低い。

これが『ススススの実』の最大の欠点だ。

 

マグマ(サカズキ)のような圧倒的火力も、氷(クザン)のような拘束力もない。

 

だが、俺には現代知識がある。

 

 

「物理で殴れないなら、環境を変える」

 

 

俺は両手を広げた。体を霧散させる。

 

黒い霧が周囲一帯を包み込む。

 

 

「『暗黒界(ブラック・ワールド)』」

 

 

月明かりが遮断され、周囲が完全な闇に包まれる。

 

ただの煙幕ではない。

 

高密度の微粒子が眼球に付着し、瞬きすら許さない強烈な異物感を与える空間。

 

さらに、微粒子を肺に送り込めば呼吸困難を引き起こす。

 

これなら覇気使い以外の敵は完封できる。

 

だが、決定打に欠ける。

もっと「殺傷力」のある使い方は……。

 

 

 

 

 

その時、ふと思いついた。

 

石炭産業の歴史。炭鉱事故。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……粉塵爆発」

 

 

 

 

 

 

 

 

前にも使ったが、あれをもっと意図的に大規模に起こせないか?

 

俺はポケットからマッチを取り出し、火をつけた。

 

自分の体(煤)を空気中に最適な濃度で散布する。

 

自分自身が燃料になるわけだから、爆発すれば俺もただでは済まないかもしれない。

 

だが、ロギアの体は物理的な衝撃を受け流す。

 

試す価値はある。

 

俺は空気中に漂う自分の体の一部に、意識を集中させた。

 

 

「――ッ!?」

その時、海岸の岩陰から人の気配がした。

 

俺は即座に実体化し、身構える。

 

見回りの兵か? いや、殺気がない。

 

 

「誰だ!」

 

 

岩陰から出てきたのは、意外な人物だった。

 

目深に被った帽子、あごについた食べかす。

そして、特徴的なサングラス。

 

 

「……パンだ。パンを落としてしまった」

 

男は地面に落ちたフランスパンを見つめ、心底残念そうに呟いた。

 

俺の心臓が跳ね上がる。

 

この男を知っている。

知っているどころの話ではない。

 

 

ヴェルゴ。

 

後の海軍中将にして、ドンキホーテファミリー最高幹部「コラソン」。

 

なぜ、こんな北の果ての支部に……いや、逆だ。

 

彼は北の海出身で、海軍に入隊してのし上がっていく過程なのだ。

 

今、彼はまだ一兵卒(あるいは下士官)のはずだ。

 

 

「……あんた、第80支部の兵か?」

 

「ああ。新入りだ。君は?」

 

「……雑用の、アッシュだ」

 

 

ヴェルゴは俺をじっと見た。

 

サングラスの奥の目は読めない。

 

彼が今、どの程度の実力者なのか。

 

既に覇気を習得しているのか。

 

冷や汗が流れる。

 

もし彼がスパイだとバレるような素振りを俺が見せれば、即座に消される。

 

 

「アッシュ君。……顔に、ついているぞ」

 

 

ヴェルゴが指差した。

 

俺は慌てて頬を拭う。煤だ。

 

 

「君が噂の能力者か。……夜遅くに熱心だな。だが、パンは大切にしたほうがいい」

 

「……肝に銘じます」

 

「それと、明日は忙しくなる。早く寝たほうがいい」

 

 

ヴェルゴは拾ったパンをパンパンと払い(泥がついているのに気にせず)、一口かじると、そのまま闇夜に消えていった。

 

明日は忙しくなる?

 

どういう意味だ?

 

翌朝、その言葉の意味を知ることになる。

 

基地内に非常呼集のサイレンが鳴り響いたのだ。

 

 

「総員配置につけェ!! 『ドンキホーテファミリー』傘下の海賊団が近海に現れた!!」

 

 

俺にとっての初陣。

 

そして、敵は因縁のファミリー。

 

昨夜のヴェルゴの言葉が、重くのしかかった。

 

 

 

 

 

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