『 灰被りの海兵 』   作:meiTo

4 / 10
第4話 「怪物の片鱗」

 

 

 

 

轟音と共に、支部の防壁の一部が崩れ落ちた。

 

海賊船からの砲撃だ。

 

 

「撃てェ! これ以上近づけるな!」

 

「ダメです! 敵船、接舷(せつげん)してきます!」

 

 

怒号と悲鳴が交錯する。

 

俺、アッシュは弾薬箱を抱えて前線を走っていた。

 

本来なら雑用係は後方待機だが、手が足りない。

 

敵は『狂乱の斧海賊団』。

 

ドンキホーテファミリーの傘下末端組織の一つだ。

 

船長は懸賞金1200万ベリー。偉大なる航路(グランドライン)なら雑魚だが、北の海の支部にとっては十分な脅威だ。

 

 

「ヒャハハハ! 海兵どもを皆殺しにしろォ!」

 

 

鉤縄が投げ込まれ、海賊たちが雪崩れ込んでくる。

 

白兵戦が始まった。

 

 

「くそッ……!」

 

 

目の前で先輩海兵が斬り伏せられる。海賊が俺の方を向いた。

 

逃げるか? いや、背中を見せれば撃たれる。

 

俺は弾薬箱を投げ捨て、両手を前に突き出した。

 

 

「『灰被り(アッシュ・コート)』!」

 

 

掌から大量の煤を噴射する。

 

殺傷力はないが、視界を完全に遮る黒い幕が海賊の顔面を覆う。

 

 

「ぐあッ!? なんだ、目が……!」

 

「今だ、撃て!」

 

 

怯んだ隙に、後方の海兵が発砲する。海賊が倒れる。

 

俺は安堵する暇もなく、次弾の装填を手伝う。

 

地味だ。だが、確実に戦果にはなっている。

 

その時だった。

 

 

 

 

 ズドンッ!! という重い衝撃音が響き、周囲の海兵たちがまとめて吹き飛ばされた。

 

 

「弱ェなァ……もっと骨のある奴はいねェのか!」

 

 

現れたのは、身の丈3メートルはあろうかという巨漢。

 

巨大な両刃の斧を引きずっている。

 

船長の『赤斧のボロス』だ。

 

 

「大佐を出せ! それまでこの基地の人間、端からミンチにしてやる!」

 

 

ボロスが斧を振り回す。風圧だけで人が飛ぶ。

 

俺は咄嗟に煤になって回避しようとしたが、間に合わない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そう思った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影が割って入った。

 

 

「……少し、静かにしてもらえないか」

 

 

戦場に似つかわしくない、平坦な声。

 

一人の海兵が、ボロスの斧を「素手」で受け止めていた。

 

ヴェルゴだった。

 

昨夜の帽子を目深に被り右手には何処で拾ったのか、折れた鉄パイプが握られている。

 

 

「あァ? なんだテメェは……雑兵が英雄気取りか?」

 

 

ボロスが鼻で笑い、さらに力を込める。

 

だが、ヴェルゴは微動だにしない。

 

俺は目を疑った。

 

斧の刃は、ヴェルゴの左腕に食い込んでいるはずだ。

 

なのに、血が出ていない。

 

金属音がしている。

(まさか……『鉄塊(テッカイ)』か?)

 

六式の一つ。肉体を鉄の硬度にまで高める防御技。

 

一介の新兵が使える技じゃない。

 

 

「パンを……踏んだな」

 

「あ?」

 

「さっき、お前たちの砲撃で私の朝食のパンが床に落ちた。……許しがたい」

 

 

ヴェルゴの殺気が、一瞬だけ膨れ上がった。

ボロスが本能的な恐怖を感じたのか、バックステップで距離を取ろうとする。

 

だが、遅い。

ヴェルゴが地面を蹴った。

 

――消えた。

 

 

いや、速すぎるのだ。これも六式の移動術『剃(ソル)』に近い速度。

 

一瞬で懐に潜り込んだヴェルゴが、鉄パイプを突き出す。

 

ただの突きではない。

 

「『鬼・竹(おに・たけ)』……の代わりだ」

 

 

ドォンッ!!

 

 

大砲が直撃したような音が響いた。

 

ボロスの巨体が「く」の字に折れ曲がり、砲弾のように吹き飛んで、基地の石壁にめり込んだ。

 

 

一撃。

懸賞金1000万クラスが、たった一撃で沈黙した。

周囲の時間が止まる。

 

海兵たちも、海賊たちも、口を開けたまま動けない。

 

ヴェルゴは平然と鉄パイプを捨て、ボロスの死体に歩み寄った。

 

俺は瓦礫の影から、その様子を見ていた。

 

ヴェルゴが、ボロスの耳元で何かを囁いているのが見えた。

 

 

「……ファミリーへの上納金が遅れている。これは制裁(ケジメ)だ」

 

 

虫の息だったボロスの目が、恐怖で見開かれる。

 

次の瞬間、ヴェルゴは無慈悲に踵を振り下ろし、トドメを刺した。

 

完全に「海軍としての討伐」に見せかけた、ファミリー内部の「粛清」だ。

 

 

「敵船長は沈黙した! 残党を捕縛せよ!」

 

 

ヴェルゴが声を張り上げると、我に返った海兵たちが喚声を上げて突撃していく。

 

一気に形勢が逆転した。

 

俺は震えが止まらなかった。

 

強い。強すぎる。

 

今のヴェルゴは、既に本部将校クラスの実力を持っている。

 

それを隠して、一兵卒として紛れ込んでいるのだ。

 

その時、ふとヴェルゴが振り返った。

 

サングラスの奥の視線が、瓦礫の陰にいる俺を捉える。

 

口元には、まだハンバーグのソースか何かが付いていた。

 

「……アッシュ君」

 

ドキッとする。聞かれたか?

 

「君の能力、煤の煙幕……あれのおかげで近づけた。いいサポートだった」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 

俺は直立不動で敬礼した。

 

ヴェルゴはニコリともせず、ただ頷いて去っていった。

 

 

(……気づかれてない、よな?)

心臓が早鐘を打つ。

 

彼が味方のフリをしている間はいい。

 

だが、もし俺が彼の「裏の顔」を知っているとバレたら、次は俺がああなる。

 

この第80支部には、海賊よりも恐ろしい怪物が潜んでいる。

 

俺は、とんでもない場所に就職してしまった。

 

戦いの後、ボロスの死体を見下ろしながら、俺は強く誓った。

 

強くならなければ。

 

六式を覚え、覇気を纏わなければ、この男の隣には立てない。生き残れない。

 

 

「……まずは『鉄塊』の原理を解析するか」

 

 

俺は自分の体を煤に変えながら、硬度を高めるイメージを練り始めた。

 

ロギアの流動性と、六式の硬度。この二つを組み合わせられれば、あるいは――。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。