月日は流れ、あれから3年が経過した。
北の海の海賊たちにとって「第80支部」は鬼門となっていた。
理由は二人の海兵の存在だ。
一人は、圧倒的な身体能力と武装色の覇気で敵を粉砕する『鬼竹(きちく)のヴェルゴ』。
もう一人は、黒い灰で視界と呼吸を奪い、戦場を静寂の死地へと変える『灰葬(はいそう)のアッシュ』。
「――曹長。左舷、片付いたか」
「完了しています、ヴェルゴ中佐」
燃え盛る海賊船の甲板で、俺は敬礼した。
俺の肩書きは曹長になっていた。
17歳での曹長昇進は異例のスピード出世だが、それも当然だ。
この3年間、俺はヴェルゴの影となり、彼が表沙汰にできない汚れ仕事を――文字通り「煤」で覆い隠すように――処理し続けてきたのだから。
ヴェルゴは今や中佐。支部の実質的なトップだ。
彼の頬には、朝食の食パンの耳がついている。
「……中佐、頬にパンの耳が」
「ん? ……ああ、ありがとう。今朝は急いでいたからな」
ヴェルゴは何食わぬ顔でパンの耳を取り、口に入れた。
このシュールな光景にも、もう慣れた。だが、慣れてはいけないのが、彼の「裏の顔」に対する恐怖心だ。
俺はこの3年で、ヴェルゴが「ドンキホーテファミリー」のために何をしてきたかを知っている。
海軍の捜査情報の漏洩、敵対組織の壊滅(を海軍の手柄にする)、そして武器の横流し。
俺はそのすべてを見て見ぬふりをし、時には「優秀な部下」として彼の指示通りに動いた。
そうすることでしか、信頼を勝ち取れなかったからだ。
「アッシュ。君の『灰』の硬度……上がったな」
ヴェルゴが俺の腕を見た。
俺の右腕は今、漆黒の光沢を放っている。
武装色の覇気ではない。
極限まで圧縮した煤の結晶化――ダイヤモンドには程遠いが、黒鉛(グラファイト)に近い硬度を持たせた『炭化武装(カーボン・アームズ)』だ。
六式の『鉄塊』の原理を、ロギアの能力で再現した俺のオリジナル技だ。
「はっ。中佐のご指導のおかげです」
「謙遜するな。……君は使える。本部へ行く時も、連れて行きたいくらいだ」
その言葉に、背筋が凍る。
それは「一生、俺の共犯者でいろ」という死刑宣告に等しい。
「光栄です」
俺は無表情で答えた。心の中では冷や汗が滝のように流れている。
◇
支部への帰還中、軍艦の船室でヴェルゴに呼び出された。
机の上には、一枚の極秘指令書と、手配書が置かれている。
「極秘任務だ、アッシュ曹長」
ヴェルゴの声色が、海兵のそれから「ファミリー幹部」の冷徹なものに変わる。
俺は生唾を飲み込んだ。
「『オペオペの実』。……聞いたことはあるか?」
「……究極の悪魔の実、ですね。確か、政府が50億ベリーで取引しようとしているとか」
知っているどころの話ではない。
この世界の歴史を変える、最重要アイテムだ。
「そうだ。その取引の情報が漏れた。ある海賊団がその実を手に入れ、海軍との取引を画策している」
「それを阻止するのですか?」
「いや、確保する。……ファミリーのために」
ヴェルゴがサングラスの奥で目を細めた。
「だが、問題が起きた。ファミリーの幹部『コラソン』が、裏切り者のロシナンテ中佐とともに姿を消した。どうやらその実を横取りし、病気のガキ――『トラファルガー・ロー』を治そうとしているらしい」
来た。
歴史の分岐点。
ルフィの未来の同盟者、ローの過去編。
そして、コラソン(ロシナンテ)の死に繋がる悲劇。
原作通りなら、ヴェルゴは現地でコラソンを半殺しにし、ローを取り逃がす。
「我々はこれより『ミニオン島』へ向かう。表向きは海賊の掃討作戦だが、真の目的は裏切り者の始末と、オペオペの実の回収だ」
ヴェルゴが立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
「アッシュ。君には私の補佐についてもらう。……島全体を『灰』で覆い、ネズミ一匹逃さない檻を作れ」
逃げ場はない。
俺の能力でローとコラソンを追い詰めろということだ。
もし俺が手を抜けば、勘の鋭いヴェルゴは即座に俺を殺すだろう。
だが、本気でやれば、トラファルガー・ローはこの島で死に、未来が消える。
「……イエッサー、中佐」
俺は敬礼した。
部屋を出て、甲板の冷たい風に当たる。
手すりを握る手が、炭化して手すりをへし折ってしまった。
「クソッ……どうする?」
俺の実力は、今のヴェルゴには遠く及ばない…。
正面切って戦えば、瞬殺される。
だが…俺には「情報」がある。
コラソンがセンゴク元帥のスパイであること、ローが宝箱に隠れること、ドフラミンゴが鳥カゴを使うこと。
俺の介入で、コラソンを救えるか?
それとも、自分の命を優先して歴史通りに見殺しにするか?
遠くに、雪の舞う島影が見えてきた。
運命の島、ミニオン島だ。