『 灰被りの海兵 』   作:meiTo

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第6話 「沈黙の雪と灰色の嘘」

 

 

ミニオン島の極寒の吹雪が、俺の頬を叩く。

 

だが、寒さよりも遥かに恐ろしいものが、頭上を覆い尽くそうとしていた。

 

鋭利な糸のドーム…『鳥カゴ』だ。

 

ドフラミンゴが到着したのだ。

この島はもう、逃げ場のない処刑台と化した。

 

 

「……ハァ、ハァ……」

俺は瓦礫の陰に身を滑り込ませた。

 

ヴェルゴ中佐(今は海賊基地への潜入工作を終え、海軍将校のコートに戻っている)からの通信が入る。

 

 

『アッシュ、東区画はどうだ。ガキは見つかったか』

 

「……いえ、吹雪で視界が悪く。引き続き捜索します」

 

『急げ。ファミリーが到着した。裏切り者は必ず炙り出す』

 

 

通信を切る。嘘だ。

俺の『灰探知(アッシュ・ソナー)』

――空気中に散布した微細な煤が風の流れを読み取り、障害物の位置を把握する能力――は既に"それ"を見つけていた。

 

俺は雪を踏みしめ、半壊した石造りの倉庫跡へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

そこには、血の海に沈む男がいた。

 

 

 

 

「……!」

 

 

ドンキホーテ・ロシナンテ。コードネーム「コラソン」。

 

ヴェルゴに全身の骨が砕けるほど殴打され…虫の息だ。

 

だが、彼はまだ意識を保っていた。

背後にある「宝箱」を守るように背中で隠し、震える手で拳銃を俺に向けようとする。

 

 

「……来る、な……海兵……」

 

 

その目は絶望に染まっていた。

 

ヴェルゴの部下が来たと悟ったのだろう。

 

ここにはもう、希望がないと思っている。

 

俺はゆっくりと両手を挙げ、敵意がないことを示しながら近づいた。

 

 

「銃を下ろしてください、ロシナンテ中佐。……俺は、あんたを殺しに来たんじゃない」

 

「……!?」

 

「ヴェルゴ中佐には『何も見つからなかった』と報告済みです」

 

コラソンの目が大きく見開かれる。

 

俺は視線を彼の背後――宝箱へと向けた。

 

あの中に、オペオペの実を食べたトラファルガー・ローがいる。

 

 

「……白い町の少年は、その中ですね」

 

 

コラソンが激しく咳き込み、血を吐きながら俺を睨む。

 

 

「……あいつに、手を出すな……!!」

 

俺は首を横に振った。

助けたい。だが、無理だ。

 

俺がここでコラソンを担いで逃げれば、鳥カゴに阻まれる。

ドフラミンゴに見つかれば、俺もローも全員死ぬ。

 

原作(史実)通り、コラソンが命を懸けてローを隠し通すしか、生存ルートはない。

 

だが、生存確率を上げることはできる。

 

 

「あんたはもう助からない。……それは分かっているはずだ」

 

 

残酷な事実を告げる。コラソンが痛みに顔を歪めた。

 

 

「だが、少年を逃がす手助けはできる」

 

 

俺は手袋を外し、右手を宝箱にかざした。

コラソンが悲鳴を上げようとしたが、声が出ない。

俺が放った煤が彼の口元を一瞬覆ったからだ。

 

 

「静かに。……その宝箱、赤くて目立ちすぎる」

 

 

俺は能力を発動した。

 

 

 『煤化粧(スス・メイク)』

 

 

掌から放たれた黒と灰色の微粒子が、鮮やかな宝箱の表面に付着する。

一瞬にして、それは瓦礫の山に転がっている「ただの汚れた木箱」へと変貌した。

雪と煤にまみれた背景に完全に溶け込んでいる。

 

さらに、俺は周囲の雪に散らばっていた「真新しい足跡」と「血痕」の上に、厚く煤を振りかけ、古びた汚れに見せかけた。

これで、視覚的な痕跡は消えた。

 

 

「……な、なにを……」

 

「カモフラージュです。ドフラミンゴの目は誤魔化せても、部下の目は節穴じゃない。これで、遠目にはただの瓦礫に見える」

 

 

俺はコラソンの前にしゃがみ込み、小声で早口に告げた。

 

 

「俺はヴェルゴの部下として、南側へ誘導をかけます。『海軍の艦が来た』と騒いで、ファミリーの注意を逸らす。……その隙に」

 

 

コラソンの目から、涙が溢れ出した。

彼は俺が何者なのか、なぜ助けるのかを問わなかった。ただ、深い感謝と覚悟の色を浮かべ、微かに頷いた。

 

 

「……すまない……恩に着る……」

 

「礼はいいです。……あの子を、自由にしてやってくれ」

 

 

俺は立ち上がった。

遠くでドフラミンゴの笑い声が聞こえる気がした。

 

時間はもうない。

俺は踵を返し、わざと足音を立てて走り去った。

通信機を取り出し、声を張り上げる。

 

 

「こちらアッシュ! 南の海岸に人影! 能力者と思わしき反応あり! 繰り返す、南へ急行せよ!」

 

 

嘘の報告が、冷たい夜空に響く。

 

背後で、最期の銃声が聞こえるのを覚悟しながら、俺は雪の中を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

数時間後。

ミニオン島の悲劇は幕を閉じた。

ドンキホーテファミリーは撤収し、海軍が制圧した。

 

 

瓦礫の中から、笑顔で死んでいる男の遺体が見つかった。

 

そして、その近くにあったはずの「汚れた木箱」は、いつの間にか消えていた。

 

俺は軍艦の甲板で、遠ざかる島を見つめていた。

 

隣にはヴェルゴがいる。

彼は不機嫌そうに、頬にハンバーグを付けたまま葉巻を吹かしていた。

 

 

「……逃げられたか」

 

「申し訳ありません。吹雪が強すぎて……」

 

「言い訳はいい。だが、コラソンは始末した。最悪の事態は免れた」

 

 

ヴェルゴは手配書を握りつぶした。

 

俺はポケットの中で、強く拳を握った。

 

俺の手はまだ、微かに煤で汚れている。

 

ローは生き延びたはずだ。

俺が変えたのは、宝箱の色とほんの少しの運命の流れだけ。

だが、その「微改変」が13年後の世界を大きく変えることを俺は知っている。

 

 

「行くぞ、アッシュ。本部への栄転が決まった」

 

「……はっ」

 

俺はヴェルゴの背中を見つめた。

 

いつか、この男を倒す日が来る。

 

パンクハザードの決戦か、あるいはもっと早くか。

 

その時まで、俺はこの「煤けた正義」を貫く。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミニオン島の悲劇から数日後。

北の海の孤島、スワロー島。

 

路地裏のゴミ捨て場で、一人の少年がうずくまっていた。

 

トラファルガー・ロー。

 

かつて「白い町」の亡霊と呼ばれた彼は、今、ただの孤独な子供として震えていた。

 

「……コラさん……」

涙は枯れ果てていた。声も掠れている。

 

体中が痛い。

だが、あの奇病――珀鉛病(はくえんびょう)の白い斑点は、嘘のように消え始めていた。

 

『オペオペの実』の能力。

不老手術さえ可能な究極の実を、コラソンは命と引き換えに彼に食わせたのだ。

 

ローは膝を抱え、自分の記憶を反芻する。

 

あの時、自分は宝箱の中にいた。

 

外からはコラソンが撃たれる音が聞こえた。ドフラミンゴの笑い声が聞こえた。

 

そして、ドフラミンゴたちが去った後、コラソンは最期の力を振り絞って、自分を逃がしてくれた。

 

だが、一つだけ不可解なことがあった。

(……あの宝箱、赤かったはずだ)

 

 

派手な装飾のついた、赤い宝箱。

雪の中では目立って仕方がないはずだった。

なのに、ドンキホーテファミリーの幹部たちは、誰一人としてその箱に気気付かなかった。

 

いや、それだけじゃない。

自分が箱から這い出した時、手についたのは雪だけではなかった。

 

 

 ――黒い、煤(すす)

 

 

箱全体が、まるで焼かれた後のように真っ黒な粉で覆われていたのだ。

 

誰かが、隠した?

あの極限状態で?

 

コラさんじゃない。

彼はもう動けなかった。なら…誰が?

 

ザッ、ザッ、ザッ……。

表通りから、規則正しい軍靴の音が聞こえてきた。

 

ローの体が硬直する。海軍だ。

 

あいつらは、コラさんを見殺しにした。

ドフラミンゴと繋がっている裏切り者たちだ。

 

恐怖と憎悪で足がすくむ中、ローは木箱の隙間から通りを覗き見た。

 

先頭を歩くのは、サングラスの男…ヴェルゴ。

 

ローの脳裏に、コラソンが殴り殺される映像がフラッシュバックする。

 

呼吸が荒くなる。殺される。見つかったら殺される。

 

ヴェルゴの後ろにもう一人、若い海兵が歩いていた。

 

灰色の髪、無機質な目をした曹長クラスの男。

 

 

 

「……!」

ローは息を呑んだ。

 

その若い海兵が、ふと足を止めたのだ。

 

そして…何気ない仕草で手袋を外し、路地の壁に手を触れた。

 

ジュッ……。

壁の一部が黒く変色し、そこから少量の煤が噴き出し、風に乗ってローの隠れているゴミ捨て場の方へと流れてきた。

 

その煤は、ローの目の前で一瞬だけ「矢印」のような形を作り

 

 

 

――路地の奥、逃走ルートを指し示した。

 

 

 

そしてすぐに崩れ、ただの黒い塵となって雪に混じった。

 

 

「……アッシュ曹長、どうした」

 

 

ヴェルゴが振り返る。

 

 

「いえ。……ネズミがいたようですが、見間違いでした」

 

 

その海兵――アッシュと呼ばれた男は、表情一つ変えずに答えた。

 

その視線は、確かにローが隠れている場所を一瞥していた。

だが、そこには「捕獲」の意志はなかった。

あるのは、奇妙な共犯者のような静けさだけ。

 

 

「行くぞ。本部の船が出る」

 

「ハッ」

 

 

二人の海兵は去っていった。

 

ローは呆然と、雪の上に残った黒い染みを見つめていた。

 

 

(あいつだ……)

 

あの海兵が、宝箱を隠したのか?

ヴェルゴの部下が、なぜ?

コラソンの味方だったのか? 

それとも、別の何かなのか?

 

 

 名前は、アッシュ。

 灰(Ash)。

 

 

「……覚えといてやる」

 

 ローは涙を拭い、立ち上がった。

 

憎むべき海軍の中に、たった一人だけ、自分を見逃した「煤けた男」がいる。

いつかこの海で生き残り、力をつけたら必ずその真意を問い質してやる。

 

 

ローは雪の中、海軍とは逆の方向へと走り出した。

 

背中の「CORAZON」の文字が吹雪の中に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

一方、軍艦へのタラップを登りながら、俺(アッシュ)は小さく息を吐いた。

 

 

(……生きてたか)

 

一瞬、路地の奥にあの特徴的な帽子が見えた気がした。

 

見つかればヴェルゴに報告する義務がある。

 

だが、俺は「見なかったこと」にした。

 

それどころか、能力を使って逃げ道を示唆した。

 

これは反逆だ。

だが、不思議と後悔はなかった。

 

 

「何ニヤついている、アッシュ」

 

 

ヴェルゴに指摘され、俺は慌てて真顔に戻った。

 

 

「いえ。……本部へ行けることが嬉しくて」

 

「ふん。殊勝な心がけだ。……本部に行けば、"先生"のシゴきが待っているぞ」

 

ヴェルゴが口元を歪めた。

 

 

「"黒腕"のゼファー先生だ。覚悟しておけ」

 

 

俺は頷いた。

 

ローは生き延びた。

コラソンの意志は繋がれた。

なら、俺も自分の戦いを始めなければならない。

 

 

 

 

海軍本部。

そこは化け物たちの巣窟。

 

サカズキ、ボルサリーノ、クザンの三大将。

 

そして、英雄ガープ、仏のセンゴク。

 

俺の「ススススの実」が、世界の頂点でどこまで通用するか。

 

 

巨大な正義の門が、ゆっくりと開こうとしていた。

 

 

 

 

 

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