東の海(イーストブルー)ゴア王国。
華やかな「高町」から見下ろす先には、世界の縮図のようなゴミ山――
「不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)」が広がっている。
俺は白いスーツの裾についた汚れを払いながら、腐臭の漂うゴミ山を歩いていた。
「……南の海(サウスブルー)の出生記録はダミーだったか」
ヴェルゴからの指令は『ポートガス・D・エースの捜索と捕獲』。
ドフラミンゴは鋭い。
ロジャーの血筋が生きているという噂を嗅ぎつけ、それが将来的に「ジョーカー(闇の仲買人)」としての切り札になると踏んだのだろう。
生憎と俺は、彼がどこにいるか最初から知っている。
コルボ山。
山賊ダダンのアジトがある森の奥深く。
「……いた」
海岸沿いの断崖絶壁。
そこに一人の少年が座り込んでいた。
そばかす顔にオレンジ色の帽子。
鉄パイプを背負い海を睨みつけている。
まだ旅立つ前の17歳のエースだ。
もちろん背中にはまだ白ひげのマークはない。
俺は気配を消して近づいたが、彼の野生の勘は鋭かった。
「……誰だ」
エースが振り返る。
その目には、大人全員を敵とみなすような獰猛な光が宿っていた。
「海軍本部曹長、アッシュだ」
「海軍……ッ!」
会話もそこそこに、エースが跳躍した。
速い。
鉄パイプが風を切って俺の脳天へ振り下ろされる。
まだ覇気も能力もないはずだが、その身体能力は既に怪物の域だ。
――バシュッ!
鉄パイプは俺の頭をすり抜け、黒い煤を撒き散らして地面を叩いた。
「な……!?」
「残念だったな、俺は悪魔の実の能力者だ。物理攻撃は効かない」
俺は上半身を再構成しながら、冷淡に告げた。
エースが舌打ちをして距離を取る。
「能力者かよ……卑怯な!」
「海賊になるなら慣れておけ。グランドラインにはこんな奴が沢山いる」
俺は手袋を直し、一歩踏み出した。
「ポートガス・D・エース。……いや、ゴール・D・エースと言うべきか」
その瞬間、周囲の空気が凍りついた。
エースの顔から血の気が引き、次いで…どす黒い殺意が湧き上がる。
「……テメェ……!」
「落ち着け。俺が知っているということは、上の奴らも気づき始めているということだ」
俺は嘘をついた。
まだ確信を持っているのはドフラミンゴ(と俺)くらいだろう。
海軍本部はまだ彼の生存を確定できていない。
こうでも言わないと、この石頭は動かない。
「『ドフラミンゴ』という男がお前を探している。海軍もだ。お前がここにいれば山賊たちも、あの麦わら帽子の弟も全員巻き添えになるぞ?」
ルフィの名前を出した途端、エースの動きが止まった。
「……ルフィに手を出したら、殺すぞ」
「俺は出さない。だが…他の奴らは違う。ここはお前のいるべき場所じゃない」
俺は懐から一枚の紙を取り出し、風に乗せてエースの方へ飛ばした。
それは海軍の航海図だ。
ただし、検問の薄いルートに印がついている。
「早く消えろエース……海へ出ろ」
「あァ?」
「ここに留まれば、お前はただの『犯罪者の息子』として狩られるだけだ。だが海へ出れば、お前は何者にもなれる。……海軍大将さえも焼き尽くす『炎』になれ」
エースが怪訝そうに俺を見た。
「海兵が…海賊に逃げろって言うのか!?」
「俺はお前を捕まえに来た。何もしないで逃せば俺が疑われる…だからお前は強すぎて取り逃がしたと言う事にする。」
俺はわざとらしく自分の腕を「煤」で爆破し、制服をボロボロに裂いた。
そして、顔に泥を塗りたくる。
「これで報告書も書きやすい」
「……変な野郎だな」
エースは口元を緩め、ニカっと笑った。
その笑顔は、ロジャーによく似ていた。
「恩に着るなんて言わねェぞ。次に会ったらぶっ飛ばす」
「望むところだ。その時までに強くなれ」
エースは航海図を拾い上げ、小舟の方へと走っていった。
一度だけ振り返り、帽子を直して、彼は海へと漕ぎ出した。
小さな小舟が、大海原へと消えていく。
俺はその背中を見送りながら、溜息をついた。
これでいい。
彼はやがてスペード海賊団を結成し、メラメラの実を食べ、白ひげと出会う。
その運命を変えてはいけない。
彼が海に出なければルフィも成長しない。
俺は電伝虫を取り出した。
ヴェルゴへ繋がる回線だ。
「……こちらアッシュ」
『どうした。確保したか』
「失敗しました……奴はバケモノです。武装色の覇気を使われ船ごと逃げられました」
『何だと?…東の海のガキが覇気を?』
「ええ、ロジャーの血は伊達じゃないようです。……申し訳ありません」
俺は平然と嘘をついた。
ヴェルゴはしばらく沈黙した後、舌打ちをした。
『……チッ…まあいい。深追いはするな。本部から帰還命令が出ている』
「了解」
通信を切る。
俺は海に向かって、手のひらから黒い煤を放った。
それは風に乗ってエースの船を追い風のように押した。
「行けよ、エース。……また会おう」
俺の「煤」は、炎を生むための触媒だ。
燃え尽きるその時まで、俺はこの世界を汚し続ける。
その時、ふと後ろに人の気配がした。
俺の背後に、巨大な影が立っていた。
「……ゼハハハハ!! 随分と面白いことやってるじゃねェか、えぇ?海兵さんよォ!!」
心臓が止まるかと思った。
振り返るとそこには黒い髭を生やし、隙っ歯を見せて笑う大男が立っていた。
白ひげ海賊団の、マーシャル・D・ティーチ。
なぜ、こんな東の海の果てに?
まさか…彼もエースを?
いや、まだサッチ殺害前だ。
彼はまだ「猫を被っている」時期のはず。
「……何者だ、海賊」
「何、ただの通りすがりだ。……だが、今の『煤』か?面白ェ能力だなァ。闇に似て非なるもの……ゼハハ!気に入ったぜ!」
ティーチは俺の肩をバシバシと叩き、興味深そうに覗き込んできた。
「なぁ…お前、名は?」
「……アッシュ」
「アッシュか!よーく覚えておくぜ。お前、いずれデカいことやる顔をしてる」
ティーチはそれだけ言うと、酒瓶を煽りながら去っていった。
嵐が過ぎ去ったような静寂。
俺の背中は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
最悪の男に目をつけられたかもしれない。
だが、賽は投げられた。
「……やれる事をやるだけだ」