『 灰被りの海兵 』   作:meiTo

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第9話 「鬼の子、海へ」

 

 

 

東の海(イーストブルー)ゴア王国。

 

 

華やかな「高町」から見下ろす先には、世界の縮図のようなゴミ山――

 

 

「不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)」が広がっている。

 

 俺は白いスーツの裾についた汚れを払いながら、腐臭の漂うゴミ山を歩いていた。

 

 

「……南の海(サウスブルー)の出生記録はダミーだったか」

 

 

ヴェルゴからの指令は『ポートガス・D・エースの捜索と捕獲』。

 

 

ドフラミンゴは鋭い。

ロジャーの血筋が生きているという噂を嗅ぎつけ、それが将来的に「ジョーカー(闇の仲買人)」としての切り札になると踏んだのだろう。

 

生憎と俺は、彼がどこにいるか最初から知っている。

 

コルボ山。

山賊ダダンのアジトがある森の奥深く。

 

 

「……いた」

 

海岸沿いの断崖絶壁。

 

そこに一人の少年が座り込んでいた。

 

そばかす顔にオレンジ色の帽子。

鉄パイプを背負い海を睨みつけている。

まだ旅立つ前の17歳のエースだ。

もちろん背中にはまだ白ひげのマークはない。

 

 

俺は気配を消して近づいたが、彼の野生の勘は鋭かった。

 

 

「……誰だ」

 

 

エースが振り返る。

その目には、大人全員を敵とみなすような獰猛な光が宿っていた。

 

 

「海軍本部曹長、アッシュだ」

 

「海軍……ッ!」

 

 

会話もそこそこに、エースが跳躍した。

 

速い。

 

鉄パイプが風を切って俺の脳天へ振り下ろされる。

 

まだ覇気も能力もないはずだが、その身体能力は既に怪物の域だ。

 

 

――バシュッ!

鉄パイプは俺の頭をすり抜け、黒い煤を撒き散らして地面を叩いた。

 

 

「な……!?」

 

「残念だったな、俺は悪魔の実の能力者だ。物理攻撃は効かない」

 

 

俺は上半身を再構成しながら、冷淡に告げた。

 

エースが舌打ちをして距離を取る。

 

 

「能力者かよ……卑怯な!」

 

「海賊になるなら慣れておけ。グランドラインにはこんな奴が沢山いる」

 

 

俺は手袋を直し、一歩踏み出した。

 

 

「ポートガス・D・エース。……いや、ゴール・D・エースと言うべきか」

 

 

その瞬間、周囲の空気が凍りついた。

 

エースの顔から血の気が引き、次いで…どす黒い殺意が湧き上がる。

 

 

「……テメェ……!」

 

「落ち着け。俺が知っているということは、上の奴らも気づき始めているということだ」

 

俺は嘘をついた。

まだ確信を持っているのはドフラミンゴ(と俺)くらいだろう。

海軍本部はまだ彼の生存を確定できていない。

 

 

こうでも言わないと、この石頭は動かない。

 

 

「『ドフラミンゴ』という男がお前を探している。海軍もだ。お前がここにいれば山賊たちも、あの麦わら帽子の弟も全員巻き添えになるぞ?」

 

 

ルフィの名前を出した途端、エースの動きが止まった。

 

 

「……ルフィに手を出したら、殺すぞ」

 

「俺は出さない。だが…他の奴らは違う。ここはお前のいるべき場所じゃない」

 

 

俺は懐から一枚の紙を取り出し、風に乗せてエースの方へ飛ばした。

 

それは海軍の航海図だ。

ただし、検問の薄いルートに印がついている。

 

 

「早く消えろエース……海へ出ろ」

 

「あァ?」

 

「ここに留まれば、お前はただの『犯罪者の息子』として狩られるだけだ。だが海へ出れば、お前は何者にもなれる。……海軍大将さえも焼き尽くす『炎』になれ」

 

 

エースが怪訝そうに俺を見た。

 

 

「海兵が…海賊に逃げろって言うのか!?」

 

「俺はお前を捕まえに来た。何もしないで逃せば俺が疑われる…だからお前は強すぎて取り逃がしたと言う事にする。」

 

俺はわざとらしく自分の腕を「煤」で爆破し、制服をボロボロに裂いた。

 

そして、顔に泥を塗りたくる。

 

 

「これで報告書も書きやすい」

 

「……変な野郎だな」

 

 

エースは口元を緩め、ニカっと笑った。

 

その笑顔は、ロジャーによく似ていた。

 

 

 

「恩に着るなんて言わねェぞ。次に会ったらぶっ飛ばす」

 

「望むところだ。その時までに強くなれ」

 

 

 

エースは航海図を拾い上げ、小舟の方へと走っていった。

 

一度だけ振り返り、帽子を直して、彼は海へと漕ぎ出した。

 

小さな小舟が、大海原へと消えていく。

 

俺はその背中を見送りながら、溜息をついた。

 

これでいい。

彼はやがてスペード海賊団を結成し、メラメラの実を食べ、白ひげと出会う。

 

 

 

 

その運命を変えてはいけない。

 

彼が海に出なければルフィも成長しない。

 

俺は電伝虫を取り出した。

 

ヴェルゴへ繋がる回線だ。

 

 

「……こちらアッシュ」

 

『どうした。確保したか』

 

「失敗しました……奴はバケモノです。武装色の覇気を使われ船ごと逃げられました」

 

『何だと?…東の海のガキが覇気を?』

 

「ええ、ロジャーの血は伊達じゃないようです。……申し訳ありません」

 

 

 

俺は平然と嘘をついた。

ヴェルゴはしばらく沈黙した後、舌打ちをした。

 

 

『……チッ…まあいい。深追いはするな。本部から帰還命令が出ている』

 

「了解」

 

 

通信を切る。

 

俺は海に向かって、手のひらから黒い煤を放った。

 

それは風に乗ってエースの船を追い風のように押した。

 

 

 

 

 

 

「行けよ、エース。……また会おう」

 

 

 

 

俺の「煤」は、炎を生むための触媒だ。

 

 

燃え尽きるその時まで、俺はこの世界を汚し続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、ふと後ろに人の気配がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の背後に、巨大な影が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ゼハハハハ!! 随分と面白いことやってるじゃねェか、えぇ?海兵さんよォ!!」

 

 

 

心臓が止まるかと思った。

 

振り返るとそこには黒い髭を生やし、隙っ歯を見せて笑う大男が立っていた。

 

 

 

白ひげ海賊団の、マーシャル・D・ティーチ。

 

 

 

 

 

なぜ、こんな東の海の果てに?

 

 

 

 

 

 

まさか…彼もエースを?

 

 

いや、まだサッチ殺害前だ。

 

彼はまだ「猫を被っている」時期のはず。

 

 

 

 

 

 

「……何者だ、海賊」

 

「何、ただの通りすがりだ。……だが、今の『煤』か?面白ェ能力だなァ。闇に似て非なるもの……ゼハハ!気に入ったぜ!」

 

 

 

 

 

ティーチは俺の肩をバシバシと叩き、興味深そうに覗き込んできた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ…お前、名は?」

 

 

 

「……アッシュ」

 

 

 

 

「アッシュか!よーく覚えておくぜ。お前、いずれデカいことやる顔をしてる」

 

 

 

ティーチはそれだけ言うと、酒瓶を煽りながら去っていった。

 

嵐が過ぎ去ったような静寂。

 

俺の背中は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 

最悪の男に目をつけられたかもしれない。

 

 

 

だが、賽は投げられた。

 

 

 

「……やれる事をやるだけだ」

 

 

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