「遅いぞナジャラン、飯でも食ってたか?食い過ぎて重量オーバーはごめんだぞ」
最後の搭乗者、ナジャランは焦る様子もなくグライダーのタンデム座席中央に移った。待っていたと言わんばかりに確認抜きで傭兵と学生が急いで搭乗階段のロックを外して部屋の隅にあるフックにストラップで固定する
彼らに会釈せず、ゼネスの軽口も無視するかのようにベルトを締め、調整に入るナジャラン
「ナジャランどの、緊急サイレンから時間がいささか掛かっておられます。もう少し緊張感を持った方がよろしいかと」
まるで相棒のゴリガンの様に苦言を呈すコクピットのオ・ライリーに対してナジャランは「ごめん、トイレ行ってた」とだけ返答する「あわわわ!失礼した」
「?なんで謝るの?それよりベルト締めたよ」
ナジャランもゼネスも前にいる座席シートをノックした。『準備完了』の合図だ
ハンドルを回しながらトサカの様に伸びた前開きのキャノピーが降りるとガチャン、と締めた音が響く
ふと無臭だが煙が見えた事に気が付いた人物がいた
「そういえばゼネス殿、密閉になりましたので喫煙は遠慮していただきたい」
オ・ライリーが苦言を呈すると彼は反論する
「はぁ?俺はタバコは吸わんぞ!?しかもこれはタバコではない!」
「やれやれ、喫煙者はいつもそういうのです…コレは葉巻だのナンタラ煙草だの逃げ道を作って」「だからタバコじゃないと何度も…いいだろう、見せてやる。今しがたグリスも塗り終えた所だ」
ゼネスは自分の座席横にある魔道具を取り出した。陶器のティーポットの様に綺麗で白く金色の模様が美しい、滑らか質感が特徴で指にいくつもの穴が空いて煙をあげている。それをゆっくりと隻腕にあるソケットに近づけると吸い込まれるように一体化した
「接続部の調節に時間が掛かったがうまくいった様だな、我ながらいい出来だ」見せびらかすようにブシューと水蒸気の様な煙が噴き出した「ホラ喫煙器だ」「テ…テメェ」
「冗談ですぞ、見た所その義手はスペルカード『ブラックスミス』で無理やり魔道具をアイテム化した物と見受けられる」
「ほぅ、よくわかったな、昨日バイヤー相手に最後の交渉で手に入ったものだ、掘り出し物だぞ?秘密兵器として」
「興味ない。それより早く発進しようよ、オ・ライリーさん?」
ナジャランはゼネスが説明している所を無視するかのように説明書を広げボタンの確認をしていた
「はやる気持ちはわかりますがナジャ殿、季節風が吹いている目標地点まで未だ着きませんぞ。今しばらくの辛抱です」「急かせるだけ急かしてしてまだ待てなんて…変なの」
ゼネスはナジャランに対して違和感が先ほどから拭いきれない、まるで妖精『リトル・グレイ』の魔法で夢遊病になったような…
そんな違和感を消し去るように機体がガクガク揺れ正面にあるスピーカーから音声が流れる
「減圧を開始した、ハッチの展開も滞りない。そちら問題はないか?」
グライダー正面にある発進管制室からだ。壁と一体化していて分厚い窓ガラスから1人の学生が通信機を握りしめている。もう一人の学生は伝声器でやりとりしてこちらを見てる
この格納庫は急ごしらえで増設したものなのだろう。通信設備も何もかもやっつけ作業だ
が頑丈な作りなのだけはホアキンも認めている
こちらは発光信号のライトとカードの詰まったブック以外持っていない。3人はサムズアップで返事をした。その様子を確認するとスピーカーからまた声が流れる
「この真理の探求者号は間も無く交戦だ。あり得ないとは思うがもし想定していない距離でも発進するケースもあるかもしれない。覚悟してくれ」
「多分そんなケースならこの船はもう沈んでいるだろうな」
ゼネスは義手を眺めながら不吉な独り言を吐いた
──
「亭主の脚の仇だ!タマ張りな!ビジョン!!」
突如として巨大な空を飛ぶ帆船が飛行船の前方から守るように姿を現す。それも3隻だ。
そして召喚するやいなや機首を横にして艦砲射撃が始まる、幻影で出来た幽霊船は速度を保ったまま砲撃出来てその上シールド艦としての機能を果たしている。しかし肝心の射程距離が望むような飛距離は無い。結果として遠く離れたデュミナスには届かず水柱が立つばかりだ。
しかし「私は怒っています」や「話し合う気は一切ありません」や「ブっ殺してやる」といった明確な意思を伝える事にこれ以上の方法は敵の死体をぶら下げる以外人類は知らない。
その様子をデュミナスは呆れた様子で見つめる。正確には彼の握る人頭杖だが
「まったく、デカい音を鳴らして喚き散らす、発情期のイエティが如くの野蛮ぶりだな」
デュミナスが水平に手を振ると空中に浮いたカードが現れる。そのうちの中央のカードをつまみカードを展開させた
途端、彼の左腕は細くて一対の長く平たいプレートに変貌した。黒くて鋭くない形状で剣の様に切りつける用途とは違うのは明白だ
「しかしあの飛行船の中にはどれくらいの規模の人間がいるやら、沈めた時は是非近くに寄ってその声を耳に収めたいわい」
細長いプレートとプレートの間に紫電が走り、デュミナスはもう一枚の手札を指で掴んだ
「ハッ!あの女将派手にやりやがる、シーフードもいいがたまには牛か豚頼んでみるか」
「敵の攻撃を引き付けるからってスマートじゃないよあれ…」
艦橋から呆然とビジョンの砲撃を眺める操舵のアルダだがヒュンケルは子供のみたいにはしゃいでいる
「景気よくやるほうが見る側としちゃスカッとするさ、それにな」
力説の途中で遠方から何か光った。その瞬間正面にいたビジョンが爆発した
「ルーフ!タレ!何か見えたか!?」
「恐らくはアイテム武器である『カタパルト』の砲撃です。あそこまで離れた距離に当てるとは」
ルーフ達は眼鏡を上げながら耳に仕込んだ魔道具である念話拡声器、通称『インカム』で話し合う
「さすがはルーフ、目がいいですね…ですが恐らくは弾に仕掛けがあるとみていいでしょう。操舵さん『ビジョン』を確認してください」
アルタのゴーグルは飛行船前部のカメラとリンクしている。注意深く観察すると思わず驚いた声をあげる
「なにか白いものが見える…骨!?人の骨が武器持ってあの船の中で暴れてるよ!?」
「やはり…何かあるかと思ったが『スパルトイ』か。防衛部隊はシールド系アイテムで対応、絶対当てさせないように。スケルトンがあふれ出しますよ」
「だそうだ、タレの指示通りにバックラーを展開、出来る限り接近する」
無数の骸骨戦士の重みに耐えきれず幻影の船は一隻空中から海に沈んだ
それを追うようにもう一隻のビジョンの高度が落ちていった…アルタはふいに白い骸骨がマストに登りこちらに指を向けている姿を見たがそれ自体は慣れた行為なので「三下が」とだけ呟いて無視することにした
伝声管を握り上をヒュンケルは気嚢と機関室がある上部を見上げる
「機関室に通達!もっとエネルギーを上げな!全速を保ちつつホアキン砲を発射する!」
「こちら機関室長ホアキン!二つ同時にやると速攻で爆発すると念を押したよ!?それとホアキン砲はやめてくれアレは試製壱号」
「ホアキン砲じゃなかったのアレ!?」「嘘だろ!?ホアキン砲だって!」彼のすぐ近くで同僚からホアキン砲に対しての話で溢れた「もうホアキン砲でいいよ…滅茶苦茶恥ずかしいな」
「じゃあ速力に回せ!威力はどうでもいい!脅しでいいから一発だけ撃てるようにしろ!」
猶も速度を上げる飛行船に人頭杖は鼻で笑う
「イエティという評価だったが訂正する」
そして空中に浮かぶ3枚のスペルカードを睨み発動させた「知能すらないG・ラットの群れだ」
チカチカチカと無数の光が黒いセプターの周りを照らした途端、勢いよく何かが迫ってきた
攻撃系スペル『マジックボルト』だ
スペルの射程内に入ったのは僥倖と同時にいよいよ魔物の口に手を突っ込む様な危険度がせり上がる。そして魔物喉元を通り過ぎてもこちらの攻撃範囲には程遠い事を念頭に置かなければならない。セプターとしての能力は向こうが規格外なのだから
「マジックシールドが間に合わねぇ!回避だろ!左弦に行けばまだ最小限で済む!」
ヒュンケルは大声でアルタに指示したが無視する様に舵を右に回した
「やめろ!攻撃が当たる!」「仕方ないけどそうなる様にしてる!」「なっ」
気嚢部分の直撃は避けたもののヒュンケルの予想通り数発は右の船体部分に直撃した、船体が直撃に悲鳴をあげ大量の煙が湧き上がる
「テメェ!何考えて
瞬間、凄まじい勢いで闇の火球が通り過ぎた、『イビルブラスト』だ。揺さぶりをかけての必殺の攻撃系スペル、回避出来たのは勘もあるが遺跡にありがちなトラップを回避した経験である
唖然とするヒュンケルにアルダは怒鳴り声をあげた
「ボサっとしない!反撃!」
畜生、仰る通りにと呟くとタブレットパソコンによく似た端末が瞬時に現れる、信じられないがヒュンケルのカードから出たクリーチャーだ、画面にはフードを被った老人とConjurerと記された文字。
「コンジャラー!今撃ったスペルカードから距離と位置を正確に計算!」
「ハイ、お時間を、いただきマス」
「その後、ポイントにバ・アルを展開しろ!」「了解しマシタ」タブレットは文字と独特な魔方陣が勢いよく動き出した
緊急の通信回線が開いた、最悪の予想である機関部からの報告ではない事に安堵していたが「大変だ!遊撃部隊から脱走者が出た!!」悪い予感が当たったのは間違いない「へっぴり腰のセプターがっ!!」ヒュンケルは頭を掻きむしった。よりによって一番期待していた飛竜使いのアロンダが大型の荷物を積んで他2人のセプターと一緒に甲板から飛び立ったと報告が来た
「探索者でもよくある事さね、後ろから刺されない分マシだと思いな」
アルタのフォローになってない励ましを聞きながら片手で頭を押さえるヒュンケルだが冷静な声がインカムから聞こえる
「丁度いい、ついでにグライダーを発進させてください」タレだ
「同感です。まだ敵の砲撃を窺ってクリーチャーに乗りながら後ろに隠れているはず、良い目くらましになります」賛同するルーフにヒュンケルは両手で頭を支えた
「私も賛成、どうする?艦・長?」操舵含め3対1、どうにでもなれと彼は格納庫の伝声管を開けた
──
グライダーで待機してるナジャラン達は目の前の学生達が慌てふためいている所を眺めている。先ほどの攻撃で通信設備がフリーズしたらしい、学生はしきりに窓を叩いている
「何かあったの?私たち殺されるとか?」「バカいえ」
もう一人の学生は親指を下に振り下ろして合図を送った
「ほら死んだじゃん」ナジャランがそういうと足元で何かが勢いよく外れる音がした、車輪のロックが外れたのだ
「ナジャランどの、あれは我々を降ろすの合図ですぞ」慌てる様子もなくオ・ライリーは答えた
途端にスルスルと勢いよくグライダーが滑りだし、空に出た
「滑空に成功…これより母艦右側面まで移動開始……成功、これより発光信号までこの状況を維持。」言葉を出しながらスムーズにグライダーを操縦する彼にゼネスは珍しく驚いた
「ほぅ、慣れたものだな」
「春の季節によく似たようなものに乗っています、花畑にグリーンモールド由来の自然農薬を上から撒く作業をやっておりましてこれが案外たのしく」
そう語るオライリーの話にも耳をかさずにナジャランは飛行船に指を指した
「船に煙がでてるよ?ゼネス、アレ沈むの?」
「いや?根性でどうにかしてるんだろう、それよりアレだ」
ナジャラン達はキャノピー越しにクリーチャーに跨ったセプター達3人を見た、いずれも空戦を期待された歴戦のセプターだ
「あの人達はなんでいるの?出撃はまだじゃない?」ナジャランは不思議がって2人に質問した。
ゼネスはその1人と知己がある、飛竜使いアロンダだ
ナジャランと初めて会った大会の日、セプターとの激戦が見れると思いきや日和った戦いに苛立ち、会場にテンペストを打ち込み滅茶苦茶にした恥ずべき無法者だった頃、彼女と目があった、彼はその時を想起した
恐怖を伴う引き攣った顔だ、大方逃げる算段でもしてるのだろう、今回も棄権するのかと半ば呆れている
彼女達のクリーチャーは全員、主人と白い布に包まれた荷物を抱えている
詰め込み過ぎたのか、ホーネットのセプターから金の杯や絵画がポロッと落ちた
こういう時、アロンダのワイバーンが有利だ、身の丈ある荷物が器用に包まれている
「医療器具の類か?手慣れてるな」その様子を鼻で笑うゼネス
「ナジャ殿、あれは」「陽動だ、俺たちが飛行する時にさらに敵の目を欺く必要がある」
オ・ライリーのフォローを遮った「ガスクラウドを使ってるセプターもいるのは心強いな、煙幕がさらに広がってる様に見える
ナジャランがそのセプターに手を振った。ギクリと震える彼の身体が揺れてカードがいくつか落ちるのが見えた
そうした変化を人頭杖は見逃さなかった。気の短さが今回は幸いしたのである
「船に隠れてこちらに向かう気か?浅慮だな」
何もない空中から突然巨大な炎の塊が姿を現し、アロンダや他のセプターに襲い掛かる。当然連鎖的にナジャラン達が乗るグライダーも余波に巻き込まれるだろう
「超攻撃型スクロール『ヘルブレイズ』だ!!防御部隊はスモークトーチを展開!!」
誰がどう見ても間に合わない距離で艦長が命令した
「死ね!!愚かなセプター…ども?」
だが豪火は海に吸い込まれるように下に逸れ、まるで叩きつけられたように爆散した
「思った以上の効果だな」
この飛行船のセプターの戦闘要員は大きく分けて二つある遊撃と防御
そして能力のない、ただの人間の戦闘要員が一つある
「タリホー!タリホー!こちらガンツ隊!救援に間に合った!」
「ペ…ペ…ペガサスに乗った人間だとぉ!?」
アロンダ達の前方にはガンツとその部下の傭兵達が魔力を弾き返すクリーチャー『ペガサス』に跨って誇らしげに飛んでいた
「怯むな戦士どもよ!死神は臆病者のケツにキスするんだ!ヴァルキリー(戦女神)の接吻が欲しけりゃ付いてこい!ゴーアヘッド!」それは反撃の狼煙を知らせる声にしてはむさ苦しくそして勇者に相応しい掛け声だった
「単なるコケ脅しが勇みおって…そうまでして地獄がみたいか…!人頭杖が歯を鳴らして合図する
途端に魔法陣が展開され中から風の王に乗ったミゴール族が5騎出現した
「喰い散らかせ!臭いはともかく食い出があるぞ風の王よ!」
その瞬間をヒュンケルは見逃さなかった「艦首ホアキン砲!撃て!」光の矢が飛行船から撃ちだされる
「バカが!あくびが出るわ!各員散開せよ」
風の王がデュミナスを中心に散り散りになる。ホアキン砲が直撃するも防御障壁に阻まれ霧散する。最大出力でも似たような結果だったかもしれない
「まるで花火でも上がったかと思ったわ、とか思ってるかな?そりゃそうだ、水中から見える合図なんだもの」
ヒュンケルはその様子を見て笑った
二つの影が水中からデュミナスを捉え、勢いよく水柱が吹き上がる。『リリース』のスペルカードを使って水中に身体が適応しての奇襲
タレとルーフは挟み込む形で包囲した。近づいた際に念話を気取られぬようにインカムは既に捨てている
「ビジョンの砲撃による水柱はこいつらを悟られぬ目くらましか!」
もはや風の王との連携は期待できない、人頭杖はそれがどうしたと言わんばかりに正面のタレを睨む
気が付けばヘルブレイズで撃ち漏らした敵が逃げていく。杞憂であったと同時にその苛立ちの感情は沸き立つばかりだ
「雑魚はこちらが片付ける、ミゴールは正面の飛行艇とペガサスを攻撃。逃げた羽虫は無視しろ」
最低限の指示を送り、デュミナスは戦闘モードに移行した。「決めたぞ、貴様らは手足を削いで生きた魔力タンクにしてやる…!」
オ・ライリーは彼らが脱出をする様子を確認した、風見効果で風の様子を確認しているのだ
ある程度の距離でワイバーンがグンと伸びのいい動きを見た時、飛行船にチカチカと携行ライトで信号を送る、『風を掴んだ』と
船上のデッキから煙の中、傭兵たちがグライダーの赤い色を頼りにぶつからない様に注意深く観察していた
「艦橋に連絡、竜が風を掴んだ」
アルタは伝声管を握り機関室に繋いだ「竜が飛び立つよホアキン」
彼は計算尺使って柱にある地図と軽く睨めっこをすると叫ぶ
「距離ギリギリだ、あとはナジャラン達に任せよう、こちら機関部兼参謀。艦長!最終許可を」
デッキからの発光信号が緑に常時点灯した『何がなんでも行け』という合図だ
「承知致した、我が身を隠せ」
オ・ライリーが『カモフラージュ』のカードを発動させる
グライダーはまるで光学迷彩の様に空の色に溶けこんだ
煙の流れさえ完璧に再現していて絶え間無く保護色が蠢いていた
「続いてエンジン点火、4、3」
「こんなに激しい戦闘なのに何でみんなは逃げないんだろ…」
カウントダウンを聞きながらナジャランは嘯く
「そうか、みんな死にたいんだ」
爆音と共に両翼のジェット燃料が火を吹いたがそれすらもカモフラージュが包み込もうとしていた