街中に出たは良いものの、人の多さに私とリブロムは圧倒されていた。
前を見ても後ろを見ても、右も左も人間だらけだ。恐らくは深夜に差し掛かろうという時間であるのに老若男女入り混じっている。人の流れがこれほどまでに途切れない場所など、私の世界でも、
それに──『どいつもこいつも緩んだ顔してやがるぜ』
リブロムの言うように、視界に映る人々の殆どは平和そうである。身なりも良い。皆、仕立てのよさそうな衣服を身にまとい、肌つやの血色も良く、やせ細っていない。
『ここがどこなんだか知らねえが、少なくとも俺たちの世界よりはまともそうだな』
「良いことじゃないか」
『悪いとは言ってねえだろ!』
もう少し街中の様子を観察してみようと私は歩き出した。
深夜に差し掛かっているとは言ったものの、街の至る所は人工的な灯りに溢れており、店と思しき建物の中にも沢山の人間が集まっている。そう、その建物の造りも立派だ。木材や石材やレンガ造りではないし、ガラスが当然のように使われている。
左右の通路を分断するよう敷かれた広い道には、鉄の乗り物が走っていた。馬が曳いていないことに驚いた。以前、追体験の中で戦った【ウロボロス】という魔物を思い出す……。ウロボロスの元になった科学者の男は、馬を必要としない自走する馬車を作ろうとし、周囲からの理解を得られず魔物と化した。もし彼が、この世界に生まれていれば魔物になることもなかっただろう。
「やはりかなり文明の発達している世界のようだな」
『これだけ発展している世界なら、魔法を使うヤツもいねえんだろうな』
「だが、魔物になる者もいなさそうだ」
……それにしても。行き交う人々の視線が気になった。
どうも私を見ているようだが、その半分は顔をしかめ、もう半分は奇異の表情である。「何かおかしいだろうか?」
リブロムに問うと『テメエの姿を見てみろ』と言われた。ちょうど都合よく近くにあった建物のガラス窓で確認してみると、そこに映っていたのは東方風の衣装を身に着けた少女が一人。
「……どういうことだ? この姿は追体験の中での姿のはずだ」
『俺にもわかんねんけどよ、恐らくだがこの世界に来た際に姿が書き換えられちまったんだろうぜ。だがまァ……元のお前の姿よりは多少はマシだろうよ。あんな大男がこんな街中に現れたらそれこそ大騒ぎになるだろうぜ』
「……」
私の元の姿とはそんなに酷いものだったのか。少々ショックだ。
曇り一つないガラスに映る自分をまじまじと観察する。頬に触れてみると柔らかな皮膚の感触があり、確かな現実だと実感した。青みがかった黒髪のショートカット、白い肌にやや丸みを帯びた頬、長い睫毛に縁どられた藍色の瞳……。いつも同じ姿で追体験するのも面白みがないからと、リブロムの肖像のページで自分の姿を弄っていたのが仇となったようだ。
「だからってジロジロ観察されるのも心外だな」
『露出がイカれてんだよ、他の奴らに比べて。あと多分、オメー臭いんだよ。俺らはあのウス汚ぇ牢にブチ込まれて長いから麻痺しきってるが、水浴びなんてどれくらいしてねぇんだって話だ』
「言われてみれば確かに」
今、私が身に着けている服は真横から見ると肌がほとんど出ているが周囲の女性は着込んでいる者が多い。臭いに関しても袖に鼻をくっつけて嗅いでみても自分では分からないが、リブロムの言うように相当酷い臭いだろう。つまり、おおよそ人前に堂々と出ていい存在ではないのだ、私は。
「……確か、さっき落下した場所に水が流れているポイントがあったな」
『さては急に人目を気にしだしたな?! 正解だろ? ギャ~ハッハ! てめえにも人並みにそういう感覚があったんだな、驚きだぜ!』
「少し黙ってくれないか」
他者に不快な思いをさせてはいけないという感覚くらい私にもある。
私は踵を返し元来た道を早足で辿り始めた。「なにあれ、コスプレ?」「配信者かなんかでしょ」「それにしてもすっげー恰好」などといった囁き声が耳に突き刺さる……意味は分からないが、珍獣のように思われているのは分かる。
雑多な人ごみを抜けるのには思いのほか苦労し、供物を一つ使ってしまった(どこかで回復できれば良いのだが)。
雑踏のざわめきが遠くに聞こえる暗がりに戻って来て、ようやくホッと息を吐くことができた。何気なく手をついた壁を見てみると【■■公園】と刻印されている金属の板が掛けられていた。
「ここは公園だったのか」と独り言ち、気付く。
この世界の言語が理解できている。思い返してみれば、先ほどの逃走中にも人々の囁きが自然に耳に流れ込んできていた。
『不思議っちゃあ不思議だが、特に困るようなモンでもねえだろ。むしろ他人と接触するのに手間がなくてイイじゃねえか』
とはリブロムの談。
確かに一理あるが……。
「まァ、分からないことを考え込んでいても仕方がないな。なによりも今は水浴びだ」
『オメーのそういう細かいこと気にしない面は好きだぜ。果たして公共の場で水浴びして怒られねえのか心配ではあるがな』
公園に一歩踏み込んだ瞬間、慣れた気配を感じた。魔物と対峙したとき特有の背筋が震えるような、全身の毛がそそけ立つようなあの感覚──。
一見して平和そうなこの世界にも魔物がいるらしい。そして、魔物がいるということはそれを狩る魔法使いの組織もあるハズだ。もし、彼らと接触できれば元の世界に帰る方法も分かるかもしれない。
瞬時にそこまで考え私は気配の濃い方へ走った。
目の前に周囲の闇よりもさらに濃い闇の帳が降りているのが見える。あそこに魔物がいるに違いない。右手に槍を召喚し中に突入する際、誰かが制止するような声が聞こえたが私はそれを無視した。
「んえ?」
「は!? 誰?」
「……一般人? なんでここに」
3人の男女の子供と、初めて見る姿の魔物が対峙していた。
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