翌朝。日の出前。
出久は鮫子に引きずられるようにして、例の荒れ果てた海岸にいた。
「Tシャツ」と書かれた無地のTシャツを汗で滲ませながら、彼は砂浜に膝をついている。
「ヒーローストーキングが趣味なお兄ちゃんよ。修行の前に、妹の個性がどんなものなのか、お前の考えを聞かせい」
不意に、鮫子が立ち止まった。
彼女はにこやかな笑顔を絶やさないまま、黒いコートのフロントをがばっと左右に開く。コートの下、黒いビキニに包まれた胸元が露わになり、惜しげもなく前へ突き出された。
「ちょっ! な、な、なにしてんの!? 鮫子!」
「妹の乳房に動揺してないで、得意の『ぶつぶつ完全詠唱』を始めよ。さもなくば部屋にあるオールマイトフィギュア(ご神体)を、すべてラビットヒーロー・ミルコに挿げ替えるぞ」
「どんな脅し!? 僕の限定品(ヴィンテージ)がッ!」
凄まじい冒涜的宣告に、出久は悲鳴を上げた。
だが、鮫子の瞳が冗談を言っていないことを察すると、彼は慌てて自分の胸に手を当て、数回深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
思考を切り替える。
妹の露出への羞恥心を脳の端へ追いやり、長年「緑谷鮫子」という隣の怪異を観察し続けてきた、収集家の視点へと。
「ブツブツ……ブツブツ……」
スイッチが入った。出久の瞳から光が消え、情報処理の濁流が溢れ出す。
「異形型と発動型の混合……? でも鮫子の作った【水分身】は鮫子の記憶を持っていた。ただの水分操作では、意思のない水の人形のはず……チャクラ? 経絡系? ……自分で生成した未知のエネルギーの操作、かな……??」
兄の緻密な分析を耳にしながら、鮫子は恍惚とした表情で体をよじり、頬を紅潮させて答える。
「あぁ、いいぞー……またぐらが濡れてくるわい! おおむねそれで正しい。【精神エネルギー】と【身体エネルギー】を練り上げ、【チャクラ】というエネルギーに変えて操作しておる。体の構造については、水の操作に適した『そういう身体』だということに今はしておけ」
何やら独りで興奮している鮫子に動揺しつつ、出久はその怪しい言い回しに引っ掛かりを覚えながらも、続きを聞く。
チャクラを練ることで、身体能力を爆発的に高めたり、吸着によって垂直な壁や木を登ったり、さらには水面を歩くことさえ可能になるのだという。
「すごい! そんなことまでできるんだ! ……でも、それが僕の修行にどう影響するの……?」
「わしにチャクラを流す経絡系があるということは、双子の兄であるおぬしの体にもある! ……かも? めいびー?」
「ほんと!? ……って、ほんと!? あんなに自信満々にタンカを切っておきながら、そんなに曖昧なの!? 逆にびっくりだよ!」
普段の絶対的な自信がどこへやら、鮫子の視線はあっちこっちへと泳ぎまくっている。
「……いや、無かったらガッカリさせちゃうし……。それに、あったとしても経絡系を無理やり開くときに死んじゃうかもしれないし……。まあ、そのときはわしも腹を切るし……」
「腹を切る!? だめだよ鮫子、そんなことしちゃ! ……というか今さらりと怖いこと言わなかった!? 死ぬの!? 僕!」
心配して詰め寄る兄の顔を、鮫子は再び恍惚とした表情で見つめていたが、すぐに気を取り直して。
「ごちゃごちゃ言ったが、何にも起きない可能性もある! そんときはパンツ上げるし、普通の筋トレには付き合うから許して!」
テヘぺろ、と可愛らしくウィンクと舌を出して誤魔化す妹。
「パンツなんていらないし!」
「やはりオールマイトか……」
「どういう意味だよッ!」
二人の不毛なやり取りを、波の音だけが虚しくかき消していく。
だが、鮫子の瞳の奥には、冗談では済まされない「賭け」の熱が宿っていた。
「……ま、冗談はさておき。やるからには本気じゃ。出久、その『無個性』の殻を、わしが内側からぶち壊してやるわい。シャシャシャ!」
それは、史上最も狂暴で、最もデタラメな「ヒーロー育成計画」の第一歩であった。