登校時間。折寺中学校の校門を潜る緑谷兄妹の姿は、いつも以上に異彩を放っていた。
正確には、出久の背負ったカバンからこれ見よがしに突き出している、風呂敷に包まれた「巨大な何か」がクラスメイトたちの視線を釘付けにしていた。
教室に入ると、早くもざわつきが広がる。
「……おい、デクの奴、なんか物凄いデカいもん持ってんぞ。筋トレ器具か?」
「いや、あれ風呂敷だろ。まさか弁当かよ、デカすぎだろ」
席に着くや否や、出久は周囲の困惑を余所に、その巨大な荷物を開封した。
現れたのは、もはや弁当箱という概念を通り越した、三段重ねの特大タッパー。蓋を開ければ、鮫子が水分身と共に作り上げた高タンパク、低脂質、そしてビタミンとミネラルが計算され尽くした「アスリート専用特製弁当」がぎっしりと詰め込まれていた。
「いただきます……」
出久は覚悟を決めたように箸を動かし始めた。
一口ごとに、鮫子のチャクラが練り込まれたかのような濃密な栄養が身体に染み渡る。授業が始まるまでの僅かな時間、彼はひたすら無心で飯を詰め込み続けた。
「え? 早弁? 今から一時間目だぞ?」
「しかもあの量……デクの奴、何があったんだ」
クラスメイトの正当な困惑を完全に無視し、出久の隣でその様子を眺める鮫子は、頬を染めてうっとりとした表情を浮かべていた。
己の用意した「糧」によって、愛する兄の血肉が作り替えられていく。夢に向かって泥臭く足掻き始めた兄の姿に、鮫子はもはや隠し切れない情欲と愉悦を滲ませていた。
「あぁ……いい、いいぞ出久……。もっとわしを食らえ、わしの愛を血肉に変えるのじゃ……」
「……鮫子、声に出てるよ」
出久は頬をパンパンに膨らませたままツッコミを入れるが、鮫子の熱い視線は止まらない。結局、授業のチャイムが鳴る直前まで、彼は必死に栄養を摂取し続けるのだった。
放課後。
夕日に染まる校舎の影で、出久は消え入りそうな声で鮫子に切り出した。
「ごめん、鮫子……弁当、どうしても三段目は食べきれなかった。せっかく、あんなに一生懸命用意してくれたのに……」
カバンに収まった、まだ少し重たい弁当箱を抱え、心の底から申し訳なさそうに謝る出久。
だが、その「力不足を悔いる兄」の姿こそ、鮫子にとって最高のスパイスだった。
「あはぁ……っ! 気にするな出久よ、修行はまだ始まったばかりじゃ。胃袋もまた筋肉と同じ、鍛えれば広がるもの。そのうち三段弁当どころか、わしの愛(全十段)すらぺろりと平らげられるようになるわい、はぁ、はぁ……」
「あ、ありがとう。……でも、十段は流石に物理的に無理だと思うな」
ぞくぞくとした快感に熱い吐息を漏らす妹を、出久は若干引き気味に、しかし感謝を込めて見つめる。
「さて、栄養補給が済んだところで、放課後の修行じゃ! 今朝は基礎の『流れ』を作ったが、今日はそれを実戦でどう生かすかを叩き込む。……【組手】を行うぞ!」
「組手……! いよいよ、格闘の訓練に入るんだね」
「詳しいことは海浜公園で説明する! 準備はよいか? 走るぞ、わしに遅れるな!」
「お、おー!」
夕焼けを背に、二人は再びあの砂浜へと駆け出した。
チャクラという未知の力を得た出久にとって、それは初めて体験する「闘い」の入り口であった。