王城の皆の不在を確認した後すぐ、サラン、大聖堂へ。
マーテル、ブライと三人で聖堂門をくぐったところで、クリフトと、その父、教皇でもあるカイラス様が二人だけで出迎えてくれた。
先ほど王城からサランへ発つ際、クリフトは聖堂へ先行すると言うので別れていた。
「無事で何よりでございます」
と跪かずに手を広げてカイラス様は言う。そして小声で続ける。
「騒ぎになるとあれですので、ここでお待ちしていました」
「そう。話を聞かせて」
「はい。私の部屋まで」
そして、先月に訪問した記憶の新しい、カイラス様の部屋。
いるのは、カイラス様の他、ブライ、クリフトと私の四人だ。
マーテルは部屋に入って来なかった。
「さて、多少は聞かれてますかな? どこから話しましょうか」
「一から、お願い」
「承知しました。それでは、時系列順で良いでしょうか」
私は頷いた。
異変は5日前の朝に起こった。
午前六時。サランの夜勤隊員のうち一人が、自身の番の最後の業務としてサントハイム城に戻り、サランが異状無しであることを伝える、というちょっとした儀式がある。
逆も然り。同じ時間にサントハイム城の夜勤の一人がサランに来るのだ。
時間はほどほどに正確。
サランからの隊員、サントハイムからの隊員は、結ぶ道の途中ですれ違うことになる。
しかしその日。サランを出発した隊員は、道中で同僚に会うことはなかった。
ただ、可能性が無い話ではない。彼にとっては初めてのことだったが。
そう不思議に思いながら城に近づき。門番も巡回係も不在? 城門は閉まっており、反応も無い。
それが発端だった。
不審に思った彼はサランに一度帰り、別の隊員も引き連れ、ロープで城壁を登って侵入。
城内には誰もいなかった。痕跡も無い。
身に着けたものごと、人が消え去ったような。もちろん城内の住居区も全て。
翌日、サランにいたオリオンにより改めて城内外が捜索されたが、何も手がかりは無かった。
直ちにフレノールの、第二隊長ロノフに帰還依頼が出される。王城の外の領地にて分散して警備についているのは当時オリオン二番隊だった。
王城外の領地とは、サランもフレノールも、旧王墓もオーボンヌ教会跡も含まれる。
ちなみに当時、一番隊は王城警備、三番隊は例外勤務していたものを除き、王城拠点として訓練期間中という番割り当てだ。彼らはそのまま行方知れず。
また同日、オリオンから聖堂へも、城が空であるという情報展開がなされた。
聖堂側で何か情報を持っていないか?と。
「もちろん情報なんか持っていない。俺も疑って城内を見に行ったくらいだ。……何もわからなかったがね。ただ、空振りにはなったが、組織外である聖堂に迅速に情報が行ったのは良かった。日頃の連携のおかげだな。おっと失礼しました」
と、乱れかけていた自身の言葉を、カイラス様は正す。
「そしてこの事態の原因解明は、正直すでに諦めています。今は、いかに以前の王城の役割を、ハリボテでも補えるか、聖堂を上げて対応しているところです。具体的には、王城にあった書類をこちらに移動させ、その中身の解釈からです。オリオンの仕事はオリオン第二隊が縮小継続してくれています。我ら、あなた様のお帰りをお待ちしていました」
カイラス様は一拍空けた。
「ご無事で、何より」
何が無事なのか、わからない。
「現状までの経緯を荒く説明いたしました。何かありますか?」
とカイラス様は聞く。
よくわからない。
聞きたいことはたくさんあるはずだが、話を聞いて聞きたいことが増えるたびに、全体がよく分からないものになる。
ぐちゃぐちゃになる。
そしてそれとは別に、一つ気づいたことがある。おそらくカイラス様に何を聞いたとしても。私が聞きたかった言葉は出てこない。
と。
私の沈黙は時間にして五秒も無かったと思う。
カイラス様は早々に話を切り上げた。
「エンドールからお急ぎだったと聞きます。ひとまず、今夜は休まれると良いでしょう。宿を取っています。マーテルを同行させますので、少々お待ち下さい」
と言ってカイラス様は部屋の外のマーテルと話しに行く。
少しして、カイラス様に促され私も部屋を出ると、そこにはマーテルの他、第二番隊長ロノフが控えていた。
ご無事でと言われたので、少し言葉を交わし。
マーテルに案内された宿に着き。
食事は不要。
早々に休んだ。
……休めなかった。
体を横にしても、目を閉じても、眼球が安定しない。眠れない。
目を開けて、体を起こし、部屋を見渡す。
一人。……王城と同じ。
私の拠り所が無くなってしまった。
私もずっと王城にいれば、こんな寂しさは無かったのではと。
本当、考えても無駄なことばかりが去来し、一向に考えが進まない。
進んだところで。私に何が出来る?
何も考えたくない。
しかしそのぐるぐるで。
気づけば、気づかないうちに、一旦は、眠ることができた、ようだった。
そして何度目のことか、目が覚めた。
睡眠を挟んで多少は頭が回るようになったが、ではその用途はというと、自分に都合の良い妄想を生み出す程度だった。
可能性を考えるのは良いこと、と自分に言い聞かせ。半覚醒の中、ゆらゆらと。
いや、わかっている。
そして。
扉のノックで意識が固定化される。
「姫様、起きていらっしゃいますでしょうか?」
マーテルの声だ。扉の方を見る。マーテルは続ける。
「朝食はいかがされますか」
朝か。
「あの、食欲が無くて、しばらくは不要です」
「そうですか……」
私は待たせてしまっている人たちがいるのだろうが、私に何を期待するというのか。
マーテルが言葉を続ける。
「ここの姫の護衛を、今からクリフトに引き継ぎますので、何かありましたら彼にお伝え下さい。では失礼したします」
クリフト。扉の外にいるの?
彼から何も言葉は無い。
私は。何を期待しているんだろう?
やめよう。私は布団を被った。
何時間後かもわからない、次に私が布団から顔を出したときも、変わらず部屋は薄暗かった。夜だ。
疲れた。ひどく、疲れた。ずっと、何も考える気力が無い。脳がすり切れている。
私が持っている全ての情報をもって、もうこれ以上救いは探索できなかった。
もはや退屈だった。絶望でもあった。しかし疲労は絶望を上回った。
今まで考えていたことがしっかり薄れてしまうほどに。
でもだからこそ、現状を、今の私ならばやっと、受け止められるかもしれない。
外に出よう。
しかしその前に、まずは呼吸がしたい。あちらに水差しがあったはず。
と。
ベッドのサイドテーブルに、水の入ったグラスがあることに気づいた。
これは、無かったはず。グラスは汗をかいている。
あれ? もしかして、クリフトが入ってきた?
扉には鍵をかけていた。しかし、鍵があればもちろん外から開けられる。鍵があるのだろう。
クリフトが侵入している間、私は布団を被ったまま。
それは、なんだか、恥ずかしいな。
先ほど定めた、現状を受け入れるというちょっとした覚悟が揺らぐ。
だからこそ、私はコップに入った水を飲み込んだ。
あ、れ。……美味しい。
口を付けた瞬間からわかる、柑橘系の清涼感。舌の横に広がる、微量の青。青臭いとまではいかない何か。
なんだか、とても晴れやかな気持ちに、なるような。そのくらい疲弊していたということ?
あー、これは。眠れる。
もう寝れないと思っていたのに。
不思議だ。どうせ外は夜。寝てみよう。
久しぶりに、明日のためと思って、目を閉じた。