平野から、山間へ、そして山に囲まれた砂漠に変わるその入口は、夕方に到着した。
砂漠に変わる境に小さな宿があるとは聞いていた。それは確認できる。
それを囲む、テント、テント、テント。
「なんだろう? なんだかデザフェスを思い出すね」
砂漠とテントから安易に連想しただけだ。
「なんでしょう、が、この様子では、宿は少なくとも満室でしょうね、一応は、宿を見てみますか」
「なるほど」
横目でテントを見ながら歩く。
武器? いや、他にもいろいろと商品を陳列している、お店のような。
テントの数、10ほどか、その割に、客として歩くものはいない。
それぞれのテントに店主と思しき人はいる。何をやっているんだろう? 陳列準備中? いや、どうだろう……。
そうして宿、その受付に着く。
結論、全室、空室だった。
そうですか、と流すクリフトを置いて、「どうして!? あのテント群は!?」と店員に聞いてしまった。
目が細く、やる気も薄い大柄の従業員は答える。
「ありゃ、単なる通行もん。商人の集団だな。エンドールから来て、集団でこの砂漠を越えるんだと」
宿泊客用の用紙を渡されたクリフトは、すらすらと書いていく。
「宿、使わないんだ……」
「誰が泊まれるかで仲間内で喧嘩になっちまうからって、誰も泊まらないってな。不思議な連中だよ。そのくせ場所代はって勝手に置いてってな」
ということは彼らはあのテントで一夜を過ごすということだ。店舗としてではなく、宿泊用か。そうは見えなかったが。
「今、彼らは何やってるの?」
「仲間内で交流会をやるとよ。7時からって話だ」
商人同士の交流会、なるほど、商品のお披露目かな? それでなんとなく雰囲気に合点がいった。妙な連帯感があったのだ。
「そうなんだ……。てっきりデザフェスみたいなものかと思って」
あ、目の前の店員の反応は、デザフェスを知らない人のそれだ。
「サントハイム南東のゼクラス砂漠で、年に一度市が立って、それがデザフェスって言われているの」
「へー」
あ、これは全く興味ない人の反応だ! いやいや、見たら絶対楽しいよ? しかしどう表現すればそれをわかってもらえるか。彼も宿屋の、商人の一人であるなら、
「……店の数は100ほど集まって、」
ちらりと彼は私を見た。
「──販売税は公式に全額免除」
「マジか!」
いや、これはデザフェスの楽しさとは関係ないな! しかし彼に会心の一撃は与えられたようだ。
彼は数秒視線を彷徨わせたあと、
「情報の釣りだ、」
として続ける。なにか有用情報?
「砂漠を渡るのか?」
「はい」
とここからは、記入の終わったクリフトが答える。
「軽装すぎる。どうやって方位を確かめるつもりだ」
「方位磁石ですが」
「はっ」
彼は、待ってましたというような笑いを一つ上げた。
「ここの砂漠は砂に磁力が混じってる。方位磁石は効かんのよ」
「……」
クリフトを見てみる。
あ、固まってる。あ、動いた。
「どのように、通るのが一般的なのでしょう?」
「夜進むのさ、星を見て。昼や曇りの時は体力使わず、その場に留まって待機がいい」
それほど慎重に? つい私も口を開く。
「方角を知るために風景はあてにならないの?」
「まず、体力を浪費しないために夜が前提だ。夜の風景なんてまず無理だ」
「なるほど?」
しかし日中になれば、太陽の位置で方角はわかるだろう。他にも、
「砂漠の外周に沿って進むのは?」
「ないな。距離は2倍以上なるし、結局足場は悪いんだ、本当に効率が悪い。それは迷ったときの最終手段」
といっても、私達ならそれしか方法はない?
夜の方位か。季節ごとの星座は覚えているが、日と時間ごとに正確な方位を割り出せるかと言われると、自信はない。あ、いや、北極星だけ分かれば良いのか。それなら私でもできる。
でもそれだけでは足りないのだろう。彼は私達を、軽装過ぎると言った。日中はテントを張って、どっしり休むのが良いのだろう。一方、夜が過ごしやすいとしても、砂で足場は悪く、移動速度は遅くなる。単純に日数がかかる。水も食料も必要。
「相当の装備が必要ってことね?」
「そういうこった」
と彼はニヤリとした。
しかし装備を整えるのは、初めて砂漠を越えようとする私達には難しい話だ。どのくらいの装備が必要か見積もれない。
私達だけでは、ハードルがある。
そしてこの時点で多分、ここの四人全員がたどり着いている手があった。クリフトが口を開く。
「商団の、代表者はどこにいますか?」
集団の一番端のテントがそれだった。それも砂漠側。
そのテントも入口が開かれており、内外の柵に武器が立てかけられている。
店主は武器の並びを整えているところだった。
「すいません、よろしいですか」
とクリフトが話しかける。
「はいはい、なんですかな?」
ふくよかな、ニコニコとした男性だった。年齢は40ほどだろうか。
「トルネコさんですか。私達は捜し人のために各地を回っているものです。相談があります」
「なんでしょう?」
「砂漠を集団で南下されると聞きました。私達は装備が貧弱なもので、多少融通していただきながら、同行を許可いただけないかと」
「ふむ……」
と男性は、私達をさっと眺めた。そして口を開く。
「対価は、商団の護衛を務める、というところですかな?」
「はい」
「そうですか、では──」
私と目が合った。
「──あなたのお名前を教えていただけますかな?」
私だ。名を告げることに迷うことはない。
「レナ。レナ・スタンフィードです」
彼は口ひげの下で微笑んだ。
「エンドール武術大会の優勝者、ですな」
「はい。……まさか、見てましたか?」
「いえいえ、そんなことはありませんが、見に行った知人がね、いたく感動していましたよ。橙の風を見た、と」
橙? 私の服か!?
社交の場でドレスを覚えられることは名誉だが、最近はいつもこの服だからなぁ。いや、そもそも社交の場からは両極端の場所に立っているのだけど。それにしても、レナは随分と有名になってしまったようだ。
彼は続ける。
「わかりました、お互いメリットがあるということで、その話、受けましょう」
「ありがとうございます」
とクリフトが返し、
「つきましては、この商団の今後の計画ありましたら共有いただきたいのですが」
「はいはいはい、こちらからも聞きたいことがありますので。そちらで良いです?」
と、テント奥、人数分座れる広さのマットを指す。
テーブルもある。
そこへ皆で移動する少しの秒間、
「どなたをお探しなんですか?」
とトルネコは聞いてきた。
「デスピサロという男です。武術大会に出場していました」
とクリフトが答え、
「ああ! 決勝戦前に姿を消した、謎の男ですね! 私は全く情報を持ってませんが、他の方々にご存じの人がいるかもしれません、聞いてみると良いでしょう」
……人捜しという嘘が大きくならないことを願うばかりだ。
そうして、明日夕方出発であることを知った他、こちら側の装備や用意の内容共有や、今行われようとしている商団内でのアイテムお披露目会についてといった話をした。
翌朝。宿屋で目を覚ます。そうだ、私達はテントを持っていない唯一のグループだったため、商団の皆から、宿を使うことを勧められたのだった。譲ってもらった代わりに、今日の行軍ではお役に立たなければと自分に誓う。
昨夜はアイテムお披露目会の流れで、ちょっとした酒盛りがあり、私達も参加した。商団は8名で構成されていた。商人が七名、護衛が一名。皆、気の良い人達ばかりだった。
さて本日。午後7時から出発のこと。
それまでは外で、体をほぐしながら、砂漠の上での体の使い方をゆっくりと確認していた。足場が良くないため、あまり地面を使わず、自分の体重を利用して攻撃を乗せる方が良さそうだった。
そして夜、砂漠へ出発。商隊は四台の馬車に分散し、私達も分散して乗り込み、魔物が近づけば降りて相手をするという行軍方法だ。順調に南下していく。
商団のリーダーであるトルネコが多才で、夜空の星を確認することで現在位置を割り出すこともできた。方角だけ分かれば良いと思っていた自分が軽率だった。現在位置がわかれば、精神的にかなり楽になる。商団に同行させてもらって本当に良かった。
また彼は、剣を使って戦闘をこなすこともできた。その剣術は、基本不動で、体の柔らかさと剛力を駆使して剣を連続で振るう、独特のものだ。正直美しくはないが、あれはクリフトの剣技では崩せないだろう。私なら、おそらく。
また、剣技だけではない。扱う剣も特別。念じて振るうと炎が巻き起こる魔剣を携えていた。
魔剣!? 初めて見た。クリフトもそういったものは見たことがないとのこと。ブライは見たことがあり、サントハイム国宝にそういった武器があるらしい。……てっきり国宝なんて、実用性からはほど遠い鑑賞品ばかりかと思っていたが、考えを改める。
サントハイムの宝物庫の鍵を開けることができていれば、そしてブライに何も聞かなければ、性能に気付かず売り払ってしまっていたかもしれないな……。
なおトルネコの魔剣は国宝レベルほどの価値はないそうで。しかし武器詳細は企業秘密と言われてしまった。
ちなみに、私はその魔剣を特別に1度振らせてもらった。剣は華奢な見た目に反してなかなか重量があり、狙った場所に炎を放つにもかなりの訓練が必要そうだった。
剣技と炎で魔物を蹴散らすトルネコで前への備えは概ね足り、その補助に護衛の槍使いを配置、私達は側面と後方を守る立ち位置だった。
さて、そして朝日が半分出たところで1日目の野営。聖水で周囲を守られたテントの中、また夜まで待機する。私達はトルネコのテントを利用させてもらっていた。テントの中で休みつつ、といっても暑くてあまり気は休まらないのだが、時間つぶしに彼と雑談することがあった。私の武器の話になった。
「見せてもらってもよろしいです?」
とトルネコ。武器を渡す。
彼は様々な角度で私の武器を眺め、視線もそちらに釘付けにしたまま、口を開く。
「鉄の爪、という武器をご存じですか?」
「はい、エンドールで見て、それから着想し、作ってもらいました」
「ああなるほど、オーダー品ですか……。爪ではなく、ナイフのような」
「はい。引っ掻くように斬る、だけでなく、甲を当てるように斬る、または刺す、くらい制限無く使えないと」
「ほうほう。また、鉄の爪の場合、腕まで守るのですが、これは」
「はい! 腕まで覆うと掌底が使えず、何かと不便なので」
その分、斬ることにおいては力が入れにくいのは事実だ。
「となるとしっかりとは固定して装備できなくなりますが、まさかそれも、狙い?」
「そう、そうなんです! ここを離すことでこの剣爪(けんそう)、ああ、剣爪と呼んでいるんですけど、簡単に片手で離せる狙いです。重いので、これを外した方が良い局面もあるかと思って、すぐ選択できるように」
「なるほどなるほど……しかしこれでも十分軽く、いや、面白いですね」
クリフトやブライよりも話を聞いてくれて、なんだか嬉しい!
これは王代行時に、ちょっとした息抜きで設計し、また冒険が始まるというので、その簡素な図をテンペのゴーラに送って作ってもらった代物だ。多少重いことにも目をつむれるくらい、最高の品だった。
ということで、一連のアピールポイントをまくし立て終わった。
「なるほど……、なるほど。鉄の爪をベースに、あなたの戦い方に合わせた工夫が散りばめられた武器のようですね。これを装備できるのはレナさんだけでしょう。私には装備できないようです。店屋ではこいつの価値はまずわからんでしょうな」
「……店屋?」
「いや、失敬! つい売れるかどうかで考えてしまって。癖みたいなもので、他意はありません!」
うーん?
マリア先生ならこの武器の価値をわかってくれるかもしれない。むしろ改善点を上げてくれるとまた楽しくなる。
「しかし面白いですねぇ、武器と使用者には相性というものがありますが、ここまで極端に尖らせるというのも」
とトルネコは言った。彼は続ける。
「私の探している剣の話は昨日しましたが」
「はい、天空の剣、ですね」
「使用者は神に認められたという剣です。最強間違いないと信じてるんですが、果たしてそれは剣の形状をしてるのかと、ふと思いました。よほど特殊な形状をしていて、常人には扱えないかもしれません。だって、だってドラゴンのごとき剣って、どういうことだと思います!? 破壊力や強靱さのことと今まで思ってましたが、そもそも剣とは何かと思わせるような何か、なのかも知れません」
「剣術とは何か、という話にもなるかも」
「そう! そうですね、ロマンですなぁ!」
いや、正直私にはいまいちピンとこない話だが、ただもし、そんな剣があるのだとしたら、一目見てその結論だけは知りたいと思えた。
クリフトもこの話を聞けば、少しは興味を持ったかも? そういう太古の話って好きじゃなかった?
しかし彼は既に寝袋の中にいて、話は聞いてないのだろう、残念。