ソレッタへ、鬱蒼とした森の獣道じみた道を走る。頭は随分明瞭に動くのだと感じる。目標が無いと人はなんと弱いのか。いや、目標があれば人は強くなるのだと。いや、そんな良い表現でもない。目標があると単に楽なのだと思う。治る見込みがあるというだけで、5日間クリフトの元を離れる決断も容易にできた。
あるいは、妖精のくれたあの水に特殊な効果があるのだとも思う。
走りながら、彼女への感謝を叫んでみるも、特に反応はない。それで良い。……名前を聞けばよかったと反省しつつ。
そういえば彼女には、王城の人がなぜ消えたか聞いても良かった。いや、私にそれを伝えなかったため、きっとそういうことなのだろう。あるいは本当に知らないか。……考えても仕方が無い。
ソレッタ王国は私の足で2日の距離と見積もっている。今走ってはいるが、焦らず、ゆっくりと行こう。そう思っていた。
薬をソレッタから持ち帰る際は気が逸るだろうとは思っていたが、ソレッタに向かうだけで、やはり、気は逸るもの。
1日目に野営する地点はもともと計画していて。森の中に朽ちた遺跡があるという。
それが近いという立て札を見て、月明かりで砂時計を確認し、計画よりもペースが速いと知り、一旦速度を緩め、今夜の野営地をもっと先に設定し直そうか考えながら歩こう、としたのがまず誤りだった。
速度を緩めると、どんどん緩まる。足が上げられない。自分の呼吸が戻ってこないことにも気づき出す。ペースが速すぎた。地面に這いたくなるのをこらえる。今魔物がもし出てくれば、これは少し、良くないかも知れない。挑戦的に立てた計画速度を上回って喜んだ先程の自分の愚かさを呪う。学んでいない。
小さい光が先に見えた。近づく。人だ。四人? 遺跡の前で野営しているようで。私にとっては誰でも良くて、
「はぁ! はぁっ、あの、はぁっ、やす、休ませて……っ」
なんて言って彼らの隣まで来て地面に突っ伏し、それはそれで苦しかったので、仰向けになった。
彼らは、
「魔物に追われているのか? 仲間は?」
とか、
「一人!? 一人ぃ!? ミントスから!? マジかよ!」
とか
「水、水お持ちしますね!」
とか、
「あなた、怪我してない!? 今回復呪文かけるから!」
とか、上から聞こえてきた。
不審者に見えるだろうに。申し訳なかった。
「どうも、お騒がせしました、ありがとうございます」
と、一息落ち着いた私は、四人に頭を下げた。
遺跡前。彼らは野営をしていた。
「いやいや! こういうのってお互い様だろ? 情けは人のためになるってな!」
とは一番元気な少年。濃い茶髪をつんと逆立たせ、若干オーバーサイズの赤い装束を身につけている。剣士。私よりも若そうだ。
「あなたそう覚えているの? 情けは人のためならず、です!」
とは、橙色のチェスターコート、黒のベレー帽を被った、ショートの銀髪の女性。関係性は、母親にしては若い気がするし、そもそも似ていない、とは失礼か。
「むしろ意味は逆だよね?」
とは、純白の絹に紺の幾何学柄が刺繍されたポンチョをまとう少女。教会の祭服に似ているな、と最初思った。金色になびく長い髪もそれによく似合っている。
「え!? 助けるなってことかよ!?」
「違います! 他人を助けると、巡り巡って自分に返ってくるということです」
「なんだそっちか~。だけど俺、自分のために助けてるわけじゃないけどな」
「ロイドはそれでいいと思うよ」
「なんだか馬鹿にされてないか、俺?」
「素直に褒めてるのに……」
などと三人賑やかだ。
そこに入ってこない男性一人。暗紫の鎧に身を包んだ、年齢はどうだろう、30歳から40歳ほどの、これも剣士。ロイドと呼ばれた少年よりもやや明るいブラウンの髪は顔の輪郭を隠す程には長く、目も隠れ気味で。しかし上の髪が少々立っているのは、少年ロイドに少し似ていると言える。
「落ち着きましたか? こんな時間に一人で、ソレッタへ? 事情は聞いておかないと」
と、銀髪の女性が言う。
先程までは私が何か言おうとしても、「まだ息が上がってます。落ち着いてから話しましょう」と、彼女に遮られてしまっていた。
気を遣ってくれていると分かる。
「あの、本当にありがとう、助かりました。私はレナと言います。急ぎの用で、ミントスから一人ソレッタまで行こうと」
「急ぎって、それ聞いていいのか?」
と少年。
「知り合いが病気で、パデキアを取りに」
と、この程度なら答える。
彼ら三人は顔を見合わせた。
「え、それ、俺達と同じじゃないか」
「え!?」
「ストップ!」
と、これまた銀髪の女性に遮られた。いや、どちらかというと少年を遮った。
彼女は続ける。
「命がかかっているかもしれない急ぎなら、不要な会話はやめておきましょう」
そのくらいの表情を私がしていたのかもしれない。
「とはいえ、一人で行かせられないわ。私達もソレッタへ向かっているの。私達と一緒に行くのはどう?」
それは、想定していなかった提案だった。
「いつ到着予定の計画ですか?」
「二日後ね」
遅い。
「私は、一日で行くつもりです」
「ええっ!?」
三人が驚く。
「いやいや、」
と話そうとする少年を再度彼女は手で制す。
「……ここまでミントスから、何日かかったの?」
「10時間」
彼女は顔を伏せ、大きく深呼吸した。
「わかりました。私達は、足手まといになるわね。止めないわ。私達に気にせず、ソレッタに向かいなさい。だけどせめて、夜明けまでは休むでしょう? 私達が見張りをするから、ちゃんと休むように」
「あ、ありがとうございます! では、日の出まで休ませてください」
「わかったわ、日の出には起こします。……ああ、うるさくしないようにするけど、うるさかったらごめんなさい」
として、彼らの野営の隣で寝かせてもらえることになった。確かに、パデキアについて会話しても良かったかも知れないが、それは私にとって有用になるかはわからない。話が盛り上がってしまえば、こちらから話を切り上げにくくもある。これで良い。
パデキアがソレッタにある、その確信が得られただけで、良かったじゃないか。
彼らを本当に信頼して良いかはわからないが、警戒はしているつもりではあるが、なんだか安心して、眠ることができた。