真面目新訳第二章 おてんば姫の望見 おまけ   作:赤色ねんね

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(64) ソレッタへの道中にて

良い香りがした。自分の空腹を否が応でも自覚されられる。寝袋のまま体を起こす。

「おはよう。よく眠れた?」

と、焚き木前、銀髪の彼女と目が合った。

まだ少し薄暗いが、すぐに明るくなるだろう。

「おはようございます、はい、よく寝られました」

本当にぐっすり。無防備な人だと思われただろう。しかし疲労には負ける。

「スープ、あなたの分もあるのだけど、食べる?」

鍋が火にかけられていた。

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて!」

ちなみに、自分の言葉遣いは変ではないかと心配になる。彼らの中での、敬語を使ったり使わなかったりする様に振り回されそうになる。

スープを頂く。へその奥まで暖まるような心地がした。

「おいしいです」

「それは良かったわ、ちなみに私が作ったのではなくて、彼」

として目線の先には、距離を空けて、遺跡壁面に背を預けてうつむく、暗紫の剣士。寝ているようにも見える。

彼らの自己紹介を聞けていないのは、昨夜寝る前から気になっていた。

私の表情はいつも雄弁に語るようで、

「なら、私達の話でも、一方的に話そうかしら。気にせず食べて?」

「ありがとうございます」

銀髪ショートの彼女は、リフィルという。ブランカ地方イセリアという村で教師をしていて、しかし定期的に知見を深めるため、村を出て旅に出る。今回もその旅の途中だ。ただし、いつもは基本一人旅なのだが、今回は村の子供であり、生徒のうちの二人、ロイドという少年とコレットという少女がこの旅に同行している。その同行は本人や親の希望であって、また親からは用心のため傭兵を手配するというので、そこまで言うのであればと、同行の旅となったらしい。暗紫の剣士がその傭兵、クラトスだ。

彼女は切り出した。

「私達がパデキアを探しているのは、コレットのためなの」

「え?」

今彼女は少し離れた場所で、眠っているようだが、昨夜も、病人には見えなかった。

「天使疾患って知ってる?」

初めて聞く病名。私は首を振った。

「体が徐々に固まっていき、最後には石像のように、固まった状態になる病気と言われているわ」

どうだろう、クリフトの症状とも言えなくはない? 彼女は続ける。

「体の作りも次第に、エメラルドのように淡い緑色に透過して、そういった像としか見えなくなるそうよ。彼女、コレットも、旅の途中でそれが。左肩の付近にそんな症状が出ている」

いや、それは本当に知らない。クリフトの体を見ることはブライから禁止されていたからだ。それってもしかすると? であれば、無機結晶症という名前、イメージしやすい響きに思えてくる。

既に乾パンもスープも食べ終わっていた。

落ち着こう。今、何を判断しても意味が無い。疑うものは無い。私のやるべきことは変わらない。

と同時に、私はやるべきことがすでに明確なので良いとして、この彼女らはどこまで自信を持ってパデキアを探しているのか気になった。

初めて私から、話し始めた。

「……私の知人も、間接的に聞いた程度ですが、似たような症状でした。そして私達は、占いで、パデキアの根が効くだろうと言われ、ソレッタに向かっています。あなたたちはなぜパデキアを?」

嘘を二つついた。余計な問答を作らないために。しかしこれはこれで、そんな根拠でパデキアを?と心配されるかも知れないなと、口に出して気付いた。

「その占い師、凄腕ね。私達は、本に、そう書いてあったから。百年以上は昔の、医者の手記ね。それを私は以前読んだことがあって、その記載を覚えていた。何という本か思い出せないけれど、それだけを頼りにしてるわ」

パデキアは効くかもしれないという自信を少し分けようと思っての私の発言だったが、私の方こそ少しの勇気を貰ってしまった。パデキアが聞くという見解が、確かに存在しているのだ。

天使疾患、無機結晶症。呼び方は違うがそれは些末に思えた。夢ではなかったと、信用できると私は直観する。私の直観は父が保証する。そんな楽なロジックはないともう一人の私は苦笑しつつ。

私は、折っていたパンの包みをカバンにしまった。

「お話、ありがとうございました。活力が得られました」

「こちらもね」

彼女は立って見送ってくれた。

ペース配分に気を付けて、とも言われた。

それは何度目だろうか。そろそろ私の肝の銘としよう。

そして南のソレッタに向けて跳んだ。

一人ではあるが、三人で旅をしたときのように、小休憩、大休憩を意識する。区切られた道程を順に消化する。疲労は一定のラインからは顔を出さない。すでに暗くなって1時間ほど。自分の内だけに自然と集中する。高揚感だけが募る。近づいていると実感する。

そして。

私はソレッタに到着した。

 

ソレッタ。

一息吐こうとすると、存外深呼吸になってしまう。すると座り込みたくなるが、まだ足は動いてもらわないと困る。いける。顔を上げ、呼吸し、周りを観察する。辺りは暗い。広い? どこにも城は見えない。

四、五軒の木小屋は見えるが、街がそもそも、どの方向に行けばあるのか?

と、声をかけられた。

「なんだぁおま? 今こに来たんか? 一人け?」

背の低い、がっしりとした男性だ。歳50くらいだろうか?

ええと、なんだろう?

一人か聞かれたのだと思う。

「は、はい、一人です」

「一人け? あんら、そいたぁごかぁなこって」

発音や発流の捻れがひどい。一人であることに驚かれた、のだと思う。

「あ、あの! 私、パデキアを探して来たのですが、どこで買えますか?」

暗がりだからこそ、彼の白目がよく認識できた。

「パデキア! パデキア、なんだ?」

なんだ?

「無い!? 無いのですか!? 取りに来たのですが」

「あんだって?」

何だって、と、多分、聞き返されている。

これは、そう、これは、会話が成立していない!

……頭が働かない!

どう、どうしよう。

「あんさん、ちょまちょな!」

として彼は、一つの小屋に入っていった。一番明るく、賑やかな声も聞こえる。酒場?

多分、この場で待っていると良いのだろう。すると、ひとりの大男が中から一人で出てきた。

扉が小さかったのか?

いや、近づいてきて、わかる、身長2mはあろう大男だ。

前髪含む、黒い長髪をまるごと無造作に一本へ束ね、背中で揺らしている。

短いひげを顔下半分に生やしている。年齢は40歳ほどだろうか?

彼は少しふらつきつつ、両手を広げた。

「ようこそ、ソレッタへ。一人でここまでとは恐れ入る。訳ありか?」

力強さがあるが存外、声に粗暴さは無かった。

いやいや! 彼とは言葉が通じそうだ!

「あの! パデキアを探してここまで来ました。どうすれば手に入りますか?」

彼は眉をひそめたようだった。

「パデキアか。残念だが、三年前、いや四年前か、干ばつをきっかけとして栽培に失敗してな、」

私は視線を地面に落とした。

「──今は無い」

暗さが増した。

いや。

でも、でも諦めるのは早い、パデキアが無いとはどのように確認した結果か、薬はどのくらい保存は利くのだろうか、他の街で残っている可能性は?

「急ぎか?」

と聞かれた、ようだ。

はい、と、私は視線を地面に落としたまま、答えた。

いや。

ハッと、彼の顔を見る。何か手があるということ?

彼は一呼吸置いて、続ける。

「ここから南に三日の距離に、五十年ほど前に封印された、国の保管庫がある。そこに種が保管されているという記録が残っている。準備が整い次第、そこを探索する計画だ。時期は約束できないが、パデキアは国として復活させるべきと思っている。効能に諸説あるようだが、あれにはまだ可能性がある。であるから、また手に入るようには、なる」

一気に確認事項が増えた。思いついたものを優先度順に並べ直す。

「パデキアの種を得たとして、そこから、根の薬を得るまでに必要な期間はわかりますか?」

数ヶ月を覚悟すればよいのか。

「朝から昼の、半日あれば十分だ」

「半日!?」

そんなことが、あり得るのか。いや、疑わない。それほど早いようなら、他の街を当たるよりも可能性が高いように感じられる。

「では、その探索計画の詳細について、誰に問い合わせるのが適切ですか? ソレッタ国王でしょうか」

「私だな」

……はい? 聞き方が悪かった、それでは彼が、国王という意味にも捉えられる。私は今は王代行という立場でもないので、そちらの王を意識する必要も無い。しかし、

「……失礼いたしました、わたし、」

彼がここの王とどう繋がっているかわからない。話がこちらの方が早い可能性もあるとして、

「──わたくし、アリーナ・サントハイムと申します」

スカートの丈は短い。私は架空の裾をつまみ上げた。

「サントハイム……。私は、ルーグ・ソレッタ。この国を治めている」

ソレッタ国王。ああやっぱり、と何故か思った。彼は腕を組み、続ける。

「サントハイムというと、サントハイム王国、ゆかりのものか?」

「はい。国王クラウスは私の父です」

過去形にはしない。

「それは、それは何と言えばいいのか、……本当か?」

それはあなたに対する私の台詞でもある。今は、農夫と小娘の道ばた雑談でしかなかった。

「申し訳ありませんが、私を証明できるものは今ありませんわ。私が何者か、やはり重要でしょうか?」

「いや! そうではないが、一人で、ここまで? 今!?」

ああ、混乱させてしまっている。私も若干、頭を整理したい気持ちもあり。

「休んだ方が良いのではないか? 食事は!?」

「そう、ですね、食事は、まだ」

「そうか! いやしかし、そこしか、無いのだが」

と、王は、先程出てきた小屋を指す。

酒場のようで、どうやら今、食事が提供可能なのはそこしかない、ということだ。

「良いですね、ご相伴いただきましょう」

「君は、本当に王族か?」

「あなたと同じですよ」

彼について行き、店に入ると、確かに小さいながら酒場然とはしていて、先客三人のテーブル一つ、空きテーブル一つ、ああ、彼も食事の途中だったのだ、王は仲間と二三話しながら、食器類一式を空きテーブルに移し、私を招く。彼らの笑い声が大きくなる、私のことで、かな?

「すまないな、こんな感じになるが」

「いえ、好都合です。私達の話すことは彼らには伝わらないのでは?」

「なるほど、それはその通りだ」

と、

「ほぁよ!」

と、店員(さっきそこのテーブルで混じってお酒を飲んでいなかった?)がスープとパンを持ってきてくれた。ああ、私はお腹が減っていた。

「頂きます」

器を持ち上げ、スープを一口、おお、塩が強い、いやむしろ、今の私の体はこれを求めていたのかもしれない。二、三口進め、ああそれどころではなかったと、器を置く。

「……スプーンを持ってこさせようと思ったが」

「お心遣いありがとうございます。このフォークだけで十分です」

「そうか」

一息つけた。

「さて、早速ですが質問させていただきます。私はサントハイム王国のため、一人分のパデキアの根を必要としています。それも、可能な限り早急に。王が先程おっしゃった、パデキアの探索。何が障害なのですか?」

「それか。南の保管庫の話はしたな。封印された理由はただ一つ、中から強力な魔物が出現するようになったためだと記録に残っている。内部もかなりの広さだ。つまり、探索は容易ではない」

「問題ありません、では私がパデキアを取ってきましょう」

「話を聞いていたのか!? 一人でなど、いやそもそも、あなたはどうやって一人でここまで、ミントスからか、来たのだ?」

「魔物ですか? ミントスから陸路で、もちろん一人で、蹴散らしてここまで参りました」

正面に立ち塞がった敵以外は戦う時間も惜しいと、つまり逃げてきたが、それは黙っていよう。

「であってもだ! 探索隊が必要な他、そもそも入口の扉の鍵が、紛失してしまっていてだな、」

「開けます」

「なに?」

と彼は、テーブルに落としていた視線を私に向ける。

「開けます」

と私は、胸元に手を置いて言った。

彼は何か言おうとし、私はそれを遮った。

「私一人が試してみるだけです。失敗したときには諦めます。それまでです。よろしいですか?」

彼は冷静に私を見据え、

「しかし探索は許可できない」

と断言する。はて、他にも障害が?

「なぜでしょう?」

「一国の姫を、我が保管庫で亡くすわけにはいかぬ、絶対に」

ああ、そういうこと。

いくつか反論が思い浮かぶ。どれが一番適切だろうか。

「私は今、レナ・スタンフィードという偽名で旅をしています」

それで?という目で見てくる。

「……一か月ほど前にエンドールで行われた武術大会はご存じですか? 優勝したのは私です」

「それは、またそれは驚くことだが、結論は変わらない。人ではなく魔物相手、それも洞窟内での戦闘となれば、求められる強さは別だろう」

正論だ。となると、頭の片隅には、王代行として要請する手段や、私に万一のことがあっても責任を求めない宣言書を書く手段もあった。しかしそれらの手は、多分取るべきではないと感じる。

その一方で、私が身分を最初明かさなければ良かったのかもとも思ってしまったが、いやそれも、私ならば絶対に取らない手段だっただろうと結論づける。

息を深くつく。

ではこの次策は、3日ほどのロスになるだろうか、ねえクリフト?

「では、私の仲間があと一日でここに到着します。その、合わせて総勢四名で、保管庫探索をするというのはいかがですか? 一名は傭兵で、腕は確かです」

それほど嘘ではない。

彼は眉間に皺を寄せ、私の頭の上を睨んだ。

「……見た上で、判断しよう」

「ありがとうございます!」

彼は溜息一つした。

「私がまるで悪者のようだ」

それは、端から見れば小娘をいじめているように見えるということ?

「いえ、そのようなことは。私の身を案じてくださること、光栄に存じますわ?」

「あなたが王族であることを、何度も忘れそうになる」

「それは、本当に、」

あなたもね。

 

ソレッタ南の保管庫について他にも情報をもらって、その後は、王が紹介する宿で一泊となった。その宿のグレードの低さを、とても謝られた。王族が事前に泊まると分かれば、清掃し用意する小屋があったらしい。しかし今からの用意は時間がかかる、そして用意するとなると私が王族であると公になる。丁重にお断りした。

明日もやることがある。私は早めに、硬い寝台に身を載せた。

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