明くる朝。身支度を整え、泊まった小屋の前で待つ。小屋ごと貸し出す宿のようだった。宿とのやり取りは全てソレッタ王に任せていたので、細かいところまでは把握していない。
噂を思えば。
変わらず身軽な格好で、荷物袋一つだけ携えて、王が一人で来た。
「良い朝だな、いや、粗末な宿で本当に申し訳ないが」
「いえ、体力は回復できました。ありがとうございます、何から何まで」
「これで良いか? 中身を確認してくれ」
と、袋を渡される。
袋の中をちらっと見る。問題なさそうだ。
「はい、ありがとうございます」
「あなたのお口に合うかは、そろそろ考えないことにする」
「ええ、不要な配慮ですわ」
水と食料の調達をお願いしていた。……いや、だって、私はここの住人とコミュニケーションできないので。
「一つ、質問があるのだが」
「はい?」
「あなたがパデキアを入手できた場合、何と交換していただけるのだ?」
変なことを聞く。
「パデキアの根を頂きます」
「それは当然だ。そうではなく、そもそもパデキアは我が国の利益になりうるものだ。それ相応の返礼が必要だ」
「要りません」
面倒なので。
「いや、それでは示しがつかない」
その意見は、それはそれで理解できる。ならば。
「わたし、レナ・スタンフィードの趣味は、人助けです」
彼は瞬きしかしなかった。
「──人助けの経験を集めています。それで、余生でも満足して眠れるように。それを邪魔なさるおつもり?」
彼はククと笑いを漏らしながら地面を一度見た。
「君は、規格外だな。理解できないが、もう、そういうものとしか思えない、承知した、何も言うまい」
失礼にも思える物言いだが、レナ相手ならば問題ない。
「感謝します。では、またあとで」
「ああ、待っている」
そうして私は、ソレッタ王国を発ち、北、ミントスへの獣道を溯った。
五時間ほど走って。
昼食の休憩を取っている、彼らに会うことが出来た。
「は、は、どうも、ちょっとお話、良い、ですか?」
体力は残しているが、息が上がるのはどうしようもないと言える。
「なんだなんだ!? えっ、パデキア取ってきたのか?」
「そんな感じでは、なさそうね。あなたもここで食事はどう? 実はあなたのためのスープも」
「えっ!?」
いや、そうだ、このタイミングで私がパデキアを取ってきて引き換えしてくる可能性は低くなかったはずだ。
私はそれを苦笑で表現しつつ、その申し出を受けた。
「まず、偽名を使っていたことをどうか、お許しください。私の本当の名前は、アリーナ・サントハイムと申します」
「サントハイム」
と、少年ロイドが復唱する。
リフィルは目を見開いていた。傭兵クラウスの表情は変わらなかったが、
「サントハイム王国のものか」
とだけ言う。
「はい、国王は私の父です」
「ん? んん!? お姫様ってことかよ!?」
「ええ、はい」
「なんで!? なにやってるんだ!?」
「ロイド、落ち着こうよ。身分を明かしてくれたってことは、事情を話してくれるってことだよ」
「お、おう?」
さすがに全ては話せない。国家機密の事項として、世界を回る旅に出ているとだけ言った。改めて、私の同行者が体調を崩していることも言う。デザフェスの流れの占い師によりパデキアが提示されたことにして。そしてソレッタにて知ったことはそのまま共有する。干ばつでパデキアが無くなるも、国の南方にある保管庫に種が残っている可能性が高いこと。
「……王からは、私単独の探索は許可できないが、パーティーを組めば許可するかもしれない、と」
さて、ここから何と言おうかと一呼吸入れた。そこに、
「それ、俺達ってことだよな?」
と、ロイドが言う。
私は頷いて、ロイドは笑った。
「なんだなんだ、話は複雑かと思ったけど、あんたが王と話をつけてくれたおかげで、やることが単純でいいじゃないか、なぁ?」
いや、王への彼らの顔見せがまだ残っている。しかし、私の話し方はどうも、不安を先に煽るようなものだったと反省する。
「ええと、ちょっと待って、まず、姫様、わたしたちのことは何と王にご説明を?」
とはリフィル。
「私の仲間、とだけ」
この言葉に、ロイドと、それとクラトスも、少し笑った。
「ああ、それと、私はレナと呼んでください。身分を隠して旅をしているところです」
「言葉遣いなんてわからないからさ、普通に喋るっていうのでいいんだよな、レナ?」
「はい」
リフィルは目をつぶり唸っていた。
「ロイドが言葉遣いを学ぶ機会ではあるけど、それが不自然すぎては却って失礼か!」
結論が出たようだ。
ロイドは嬉しそうで。
「よし! この話もみんな、乗るだろ? 乗るも何も、やることは変わらないしな!」
「うん!」
「ええ」
「ああ」
賛同してもらって、ほっとする。いや確かに、彼らにとってやることはさほど変わっていない。だけど、
「ありがとう」
と、沸いてきた言葉を口に出し。
彼らの笑顔をまた見た。
ソレッタを目指して彼らと南下しながら、やるべき事詳細を共有する。その道中、魔物も出る。連繫が取れているだろう彼らに基本任せる形で、私は後方をサポートする役で戦闘をこなす。
例えば今回の魔物は、飛行するネズミのエビルハムスター二体と、巨大ニワトリのドードー鳥二体。
まず前衛のロイドとクラトスがドードー鳥に当たる。ロイドは左右の手それぞれに剣を持ち、剣舞のように連続攻撃を放つ。私から見て、やはり最終形は剣舞だと思うのだが、ロイドの場合は美しさが圧倒的に不足している。後先考えず、しかし楽しそうに剣を振るう。原石のような剣捌きだ。
一方で傭兵クラトスは両手剣の使い手で、じわじわと場を支配しようとする。ロイドが相手する敵含め、全体の敵の位置や距離を誘導しているように見える。
そしてそこで生まれた隙を突くのが後方組、リフィルとコレットだ。リフィルはエビルハムスターをギラやベギラマで仕留める。コレットは漏れた敵をヒャド、あるいはブーメランで足止めをする。
リフィルは回復もこなす。パーティの怪我を確認次第、回復呪文が放たれる。
……クリフトなら、なかなかの確度で怪我を予測し、怪我のタイミングと回復実効のタイミングを合わせていた。それは、特筆すべき技だったのかも。クリフトは剣術よりもサポートに特化させた方が良いかもしれない。
代わりに私が彼の分まで敵を倒せばよいことだ。あるいは、ロイドとクラトスのように、前衛が複数人いればそういった方法を選択しやすい。
うん、パーティーの人数が増えると面白い。作戦というものが効いてくる。
クリフトに、私の考えた作戦を提案してみたいな。作戦名、私に任せて、か。
おっと、私の方にもドードー鳥の三体目が、側面やや後方から、茂みを分けて向かってきていた。
「ドードー鳥三体目、五時の方向! 私行きます」
ちなみに彼らは自分で対応できないときだけ声出しをする。他の人の集中を乱さないため? 別段私は何も言われていないので、自分のやり方として、共有できることは共有するとしよう。
さて、ドードー鳥。突進し足爪で攻撃してくるという単純な敵で、足を避けて懐に入って正拳一撃で終わる相手だ。
敵の踵には爪がないので、こうやって、こう。
そして一撃の後はまず迅速に持ち場に戻って、戦況を確認する。私の相手含むドードー鳥は三体全て丁度消滅したところ、最後のエビルハムスターがリフィルの炎で焼かれるところだった。
「よし、討伐完了!」
とロイドは二刀を回転させた後、鞘に収めた。確かに、敵の気配は無くなった。
「お疲れ、みんな~」
「怪我している人はいない?」
「問題無い」
「俺も無傷だぜ!」
「私も、大丈夫です」
と、ロイドと目が合った。
「あんまり見る余裕ないんだけどさ、レナって、強くないか?」
「レナさん、すごいよ! ドードー鳥を一撃だったよ!?」
「いち、げき!? あのデカいのをか? すげー!!」
でかい? 強い? 硬い? 大きい?
南下を再開しながらも、年下組との話は続く。
「その爪で心臓を一突きって感じか?」
「いやロイド、それ、使ってなかったですよね?」
と屈託なくコレットは聞いてくる。
それとは、剣爪のこと。
「そうですね、これで」
これとは、素手のこと。
「……」
ロイドの時が止まって見えた。
「それって、呪文か、何かか?」
「まさか。魔物の心臓がありそうな場所に、魔石がありますよね。それを砕くイメージです」
「ええ……? 剣なら、たまに魔石に届いて、会心の手応えってあるけど、拳でってかー!? に、握り潰すのか、魔石を……?」
「押し潰すイメージだけど……」
だめだ、全然伝わっていないという表情だ。次の小休憩のときに体感してもらうか。
そうして、その機会がやってきた。
林の中でもやや広いスペースで、小休憩が始まって。
「ロイドさん。先程の話ですが、私の打撃、体感してみます?」
とロイドに話しかける。
「おお? お、おう。別に呼び捨てでいいけどな……」
「すみません」
敬称をつけない相手は王城の身内だけで良いかと、思い始めている。
ロイドに直立してもらう。さて、胸だと直接的すぎる。では。彼の左腕に拳を当てる。その延長線上には彼の心臓だ。
「行きます……、こう!」
「のうわぁぁあ!?」
と、彼は綺麗に吹っ飛んで地面に倒れ込んだ。
コレットは笑いながら、
「すごいねぇ! どうだった?」
とロイドに聞く。彼は急いで起き上がる。
「いやいや! なんだこれ!? 心臓がびりびりする、なんだ、すごいな! すごい技だ」
言葉では表現出来ない何かを知ってくれたようで、なにやら、むず痒くなる。
「すごい飛んでいったね!」
「いや! あれは半分以上は俺が跳んたんだんだよ、ヤバいと思って。これ、見るより受けた方が絶対面白いぞ」
「へぇ~!」
コレット相手には、できないな。
戦闘中、彼女は左肩をかばうようにブーメランを投げる。痛々しく見えた。
それと、ロイドの体裁きはセンスがある。受けが上手い。他の技も受けてもらいたくなる、いや、やらないけど。
「いやすごいな、この通りなら、魔物は一撃ってことだろ? 今は何考えて修練してるんだ?」
ロイドからはとても懐かれている印象。それを好ましく思っている私がいた。彼は他人と線引きせず、本当に心から私を尊敬しているように感じる。そして何か自身の成長に繋がらないかと模索している。そうでなければ、こんな質問は来ないだろう。
「さっきのは通しと呼ぶんですが、今見せたように、相手が止まっていないとこんなに上手くはいかないです。実践ではどう狙うと思います?」
「相手の動きを予測する?」
「そう。けどそれだけでは受動的過ぎる時があって」
「ん? なら、相手を誘導する、とかか?」
「もう1歩、具体的に」
「えぇ、具体的にぃ? 一撃目を避けさせて動きを誘導」
「もっと直接的に」
「……直接、直接? 一撃目を当てて、相手を硬直させる?」
「もっと」
彼はどんどん顔をしかめる。
「いや、もうさすがに、わからないな」
「二撃目が正拳なら……。動かないで」
私は彼に正拳を当てるポーズを取った後、すたすたと回り込む。
「一撃目は逆の向きの正拳」
として、逆側、彼の背中から当てるポーズを取る。
「二人でってことか?」
「まさか。一人です。これは極端な例でしたが、」
彼の背中を左拳で、お腹を右拳で挟む。
「こういうことでもあります」
「一人で? できるのかこれ?」
「時間差はあります、そして、完全にこれである必要はなく、近しいことでも十分。目まぐるしく状況が変わる戦闘において、その瞬間その瞬間でベストを尽くそうとすると、これに近い機会が出てきます。一撃目が、二撃目の威力を上げるような。そして実際、この組み合わせが一番、会心の一撃に繋がりますね。これが、私が最近考えているテーマ」
「なるほど、なるほどな~、ムズい、剣で応用がちょっと思い浮かばないけど、そうだなぁ、二刀でハサミのように斬る? いや、それじゃ意味ないよな。……うん、面白そうだ、ちょっと考えてみるよ」
「はい、応援してます」
彼が参考にするにはかなり細かい話になってしまったし、実際、剣での応用が可能かもわからないが、楽しかったのでついそこまで話してしまった。
と、一つ質問した。
「クラトスさんからは剣を教わらないの?」
「あ~、スタイルが違うからなぁ。でもたまにダメ出ししてくるな。嫌みっぽく言ってくるんだけど、多分合ってるんだよな~」
「そう」
彼、クラトスの力量はなんとも言えない。必要最低限の力で、パーティーが機能することを確かめているような印象がある。これは戦闘の話ではないが、サランにて私が王代行の頃のプロジェクトでの、教皇カイラス様の振る舞いを思い出す。自分のできることをあえて人に任せる。組織の成長を促しているようにも思えた。
まあ、このパーティーについて、私が口を挟むことではなさそうだ。
と、このように、このチームの中では私はある程度うまくやれていると思っている。私の素性について質問も少なく、それは気を遣われているとも思う。しかし今、共通の目的があるのだ。そこに疑いはないし、不安もない。
そういえば、意外にも焦りはない。この四人での行軍速度に自分は不満を持つかと思っていたが、それはゼロではないが、大した問題では無かった。やはり一人では無理を通すことになる。洞窟探索となるとなおさら。このパーティーは正直、二名も多いのだ、クリフト、ブライの三人パーティーよりも可能なことが多い。それを楽しんでいる自分もいる。いや、あの三人パーティーに持ち帰りたい、試したい事項もできた。楽しみにしよう。焦らず。
そして予定通り、12時間掛からずに、私はソレッタ再訪となった。
国(村?)のどこに行くべきか少し悩んでしまったが、こっちだろう、とクラトスが先導する。来たことがあるとのこと。先導の先、村の奥、確かに他の家よりも一回り大きな家があった。家の前でクラトスが振り返る。
「……あなたが前に出た方がよいな」
「そうですね。では皆さん、打ち合わせた通りに」
結論、その家は確かに王の住居だったが不在で、使用人の誘導で、村の中、王のいる場所へと向かう。
王は、国の外れでクワを持って土を掘り返していた。
「ご無事でなによりだ」
と汗を拭う。国王の、業務なのか、それが……。
「ご協力のおかげです。では早速ですが」
「ああ」
王は私の仲間達を一瞥した。
「二人、剣士だな。剣を抜いて構えてもらえるか」
「は、はい!」
とはロイド。クラトスと共に剣を構える。
王はすぐに、
「わかった。保管庫探索を許可しよう」
と言う。
何を見ての判断なのかはわからないが、ほっとする。彼らの素性含めて、目こぼしされているのだろうと、根拠なく思った。
ロイドが得意そうな顔を隠せずにいる。後でクラトスが釘を刺してくれると良いが。
王は続ける。
「四人で探索すると聞いたが?」
「はい、彼女以外の四人です」
とコレットを指す。
「そうか。あとは鍵だが、探したのだが見つからず、もう探すあてがない状況だが、構わないか?」
「はい、もちろん」
「そうか」
彼は何か考えているようだった。
口を開く。
「お節介ながら、四人二泊分の野営装備を用意させてもらった。今日の宿、小屋二つもだ。五人宿泊も可能だ。使ってくれるな?」
「ありがとうございます! 是非に」
ここに泊まらずすぐに発つ選択肢も思いついたが、パーティーの皆にも、ソレッタ王にもそれは良くない。折角用意してもらったことだし、何より、危なげに見せない礼儀が必要だ。
早朝出発予定として、男女二小屋に別れ、泊まることとなった。