早朝、ソレッタを発ち、さらに南下、国の保管庫を目指す。日が暮れる前に着くかというところ。
ソレッタの南にアルテト山と呼ばれる山がそびえ立っている。麓にある天然の洞窟は、中の温度が通年氷点下近くまで下がり、何かと保存に良いとのことだ。その洞窟を整形・改築したものを保管庫と呼び、今回の目的地としている。パデキアの種自体も、冷温保存が必要とのこと。果たしてその保存が今でも有効なのか、か細い糸に思えてくる。私の第六感が働かないよう、深く考えないことにする。
そうして夕方には、山麓にある、無骨で大きな扉の前に到着した。保存庫の扉だ。山の切り立った壁に両開きの金属扉。山全体が巨大な城にも思えて、そうであれば扉は小さい。なんだか滑稽だ。
さて、解錠しなくては。褒められた作業ではないので、それを秘するため、皆には扉の前の私から距離を取ってもらう。
懐から盗賊の鍵を取り出す。よし、問題無く鍵穴に入る。それを刺し、ゆっくり回して、硬い、硬い、硬い、折れた。……枝が全て、根元から折れている。つばを飲み込む。扉をノックする。存外軽い音が返ってくる。これは厚さを意味する。とても破れそうにない。
中の鍵構造が固まっている? 扉に埋め込まれた鍵の部分に軽く掌底を放ってみる。こんなことで改善されるだろうか?
「リフィルさん!」と彼女を呼ぶ。
「どうしたの?」
「お願いが。中の金具が固まっているようで、ギラで暖めてもらえませんか?」
「あたた!? ええと、加減が全然わからないのだけど?」
「では私がストップと言うまで」
「わ、わかったわ……」
として、炙ってもらった。しかしそんなもの、当てずっぽうだ。状態が悪化しているかもしれない。やらずにはいられなかった。しかし多分、熱すぎても良くないだろう。
少しは冷まそうとしてそれまでの時間で、枝をできるだけ太いものに選別しておく。これが失敗してしまうと、まずい。
再度、鍵穴に入れる。回す、硬い、硬い、鍵を回そうとしながら、扉を掌底で強くノックし続ける。開いて。開いて。硬い。どうしてこんなに、か細いのか。汗が背中を濡らす。別にこれだけではない。パデキアは無事なのか、クリフトに間に合うのか、全て綱渡りだ。まだその一歩目? 楽になりたい楽になりたい楽になりたい。つい力が入った。動く!? そのまま鍵を捻り切った。音が出ていたかわからない。果たして、扉は動いた。
「ななな、何やってたんだ!?」
とロイドが駆け寄ってきた。
「は、はは、それは秘密だけど、開きました……」
私は座り込んで、枝が全て折れた鍵を持っていた。
「大丈夫? いける?」
とリフィルが聞いてくる。
日はもう落ちるが、保管庫に入るに昼も夜もない。このまま中を探索することになっていた。
「もちろん、行きましょう」
まだまだやることがある。私は立ち上がった。
さて、中だ。
隊列はさほど変わらず、ロイド、クラトス、リフィル、私。
松明係は前後、ロイドと私。
最初、扉を火炎で熱したことの影響かと思ったが、リフィルが、
「あまり、寒くないのね?」
と、こぼした。寒くないというよりも、まず外よりも暖かい。
「確かに、変ですね。壁に氷があって、ですけど、表面は溶けている。先ほどのリフィルさんの呪文の影響?」
「まさか、扉を挟んで、あの程度でこうは」
不安が大きくなる。パデキアの種は低温で保存されなければならない。ゴールまであといくつのハードルを無事越えなければならないのか。その数はぽこぽこと増えていっていないか? 早く、早く。
いや、氷の表面が溶けている程度ということは、その変化は起きてまだ時間が経っていないとも言える。
まだ、まだできることがあるかもしれない。
通路を進み、魔物3匹を倒し、広いスペースに出た頃には、ソレッタ王からもらった毛布がふさわしい温度になってきて、一つ安心。周囲の氷はやはり一部溶けてはいるが、この寒さでは、じきに固まるのでは? 手がかりも無く、先ほどの暖かさ含め、忘れることにした。
その広いスペースは天然の空間だった。大きな岩が複雑な段差を作り、空間の見通しを悪くしている。一見、崩落後の何かにも見えたが、氷の発生具合や、何年も経過しただろう人の足跡から、おそらく、昔からこの状態だったのだろう。
「これは、少しやっかいだな」
とクラトスが口を開く。
「なるほど」
「ん? どういうことだ?」
「スペースが広すぎる。見渡しが効かん。敵の掃討はできないな」
クリフト、ブライとの三人で洞窟攻略の際も、スペースがあればそこに見える魔物を全て倒していた。
「でもどうせどこだって沸いて出てくるんだろ?」
「そうだ。それでも可能な限り退路を安全に保つのが定石だ。敵も弱くはない。それと、この音だ」
「音? 問題でもあるのか?」
遠くのどしゃぶりの雨のような音が途切れない。音は反響して低音が目立ち、その正体を掴みにくくしていた。
「おそらく壁の中を水が大量に流れている。壁や床の氷もそこから来ているのだろう」
「へ~、滑らないように気を付けないとな」
「そうではない。敵の接近音を捉えにくくなるということだ」
「ああ確かに。なるほどなー」
その広いスペースを多少探索するも、広すぎるため、全容把握よりも、今見えている枝葉の通路を探索することとなった。足跡はぽつぽつと、しかしどの方向にも見えて、探索を絞り込む材料にならない。地図も昔に紛失したとソレッタ王から聞いていたが、その損失を実感する。一つ一つ潰して行こう。
として、枝葉を三つ潰した。それら枝葉は通路自体が人工に掘られたもので、そしてそれも掘削された小部屋に繋がる。収納箱がいくつか設置されているが、無視する。パデキアは一番よく冷える部屋の中央にぽつんと置かれている、という情報があるためだ。それを言われた途端に、その部屋のイメージも浮かんできた。信じよう。
その三つ目の部屋で大休憩を取ることになった。部屋入口には扉もあり、野宿よりも安全だろうという判断だ。焚き木の都合、さすがに部屋が暖まるというので念のため、収納箱の中身をさっと確認する。衣類だった。儀式的な、あるいは歴史的な何か。
歴史? 明日も知れない私からすると、何だか笑ってしまった。
そして、大休憩の後、探索を再開。まず広いスペースに戻ってその周囲の壁沿いに、未踏破のところを確認していく。その広いスペース、スペースとは言ったが、瓦礫や倒れた氷柱やらのアップダウンはあって、見通せず、進みにくいのだが、更に下に潜れそうなスペースを発見した。それは、斜めよりはほぼ縦の、縦穴とも言える。岩や氷で自然に構築された足場が穴側面にあって、それらを利用して下っていくことが可能だ。踏みならされた、人が通った痕跡もある。この保管庫、というにはもう洞窟といった方が適切だが、その上下構造を早めに確定させるためにも、その穴に潜ってみることになった。とはいえ、ロイド達の持っていたロープの長さ30m。そこまでの探索となる。ロープを備えるという考えがあると初めて知った。彼らがそれを持っていて良かった。
……しかし、これは、滑る氷を避けたとしても、足場が崩れない保証はなく、足を取られないことを祈るしか。魔物が出たとしても、冷静に、
「のぅわぁぁあああ!」
あ、先導するロイドが滑った。しかしロープがあるため、
「けへっ」
あ、背中を打った。ロープから手を離した!?
穴に入る前、全員が松明を持つことにしていた。
「のぉぉぉおおお!!」
ロイドの持つ松明の明かりが、ロイドと共に穴を落ちていく。見る、見る。
「私、行きます!」
としてすぐに穴に跳んだ。今は私の松明が届いていない暗いところも、ロイドと共に落ちた松明のおかげで、足場が脳裏に焼き付いている。もちろん崩れない保証はないが、一つ一つ、跳び降りる。
その足場群に視線を集中していて気付くのが遅れたが、ロイドは穴の底で座り込んでいた。深さは25mもなさそうだ。
「ロイド、無事みたいです!!」
とは叫んでみたが、周囲の音のため果たして上に聞こえるか。私も底に到着。
「いてて、ぴりぴりする……」
とロイドは手のひらを見ながらつぶやいていた。
「大丈夫? 怪我は?」
「ああ、いや、大したことなさそうだ。いやぁ、離しちゃうもんだな」
と笑いながら、立ち上がって、服についた砂を払っていた。
周囲を確認する。これは、通路の途中の天井がぽっかりと開いていて、そこから二人で落ちてきた格好になる。
そして私達の左右に通路が続いていて、光、え? 誰!? クラトスかリフィルが別ルートで下ってきた?
「おやおや、まさかレナさん?」
とその光の、松明の主が言う。
「あれ? ……トルネコさん!?」
「いやぁ、奇遇ですなぁ! こんなところで!」
「それはこちらの台詞、です……!」
彼はもう一人を連れていて、誰?と思いながら、その向こうの同行者も、誰?と言っていて私は、
「彼はロイド。今、共に旅をしている仲間です。あと上に二人、合計四名でここを探索しているところです」
「ははぁ。こちら、彼女は、」
「マーニャ。よろしく。強いの?」
彼女は不機嫌そうで、最後の問いはトルネコに向けてのものだった。
「ええもちろん! 私なんかよりもよっぽど強いですよ!」
「マジでぇ!? よかった~~……」
と彼女は、両膝に手を当てて屈み、溜息を吐いていた。
ピンクストレートの明るい長髪が、この洞窟の中でも映える。ボリュームある毛皮のポンチョで上半身をしっかり包み、しかしその、下半身、何か履いているんだよねと心配になる、ポンチョから長い脚がスラリと伸びていた。
あ、ロイドが脚を凝視している。やっぱり心配になるよね?
俯いていた彼女が頭を上げたタイミングで、ロイドは視線を逸らした。私も。
「あなたたちも、まさかパデキアを?」
とトルネコに聞いてみる。
「ええ! ちょっとした人助けで、はい。まさか先に入った冒険者がレナさんたちだとは!」
ああ、クリフトやブライと一緒じゃないことは後で言っておかないと。
「あなたたちは、二人で?」
「まさかまさか。私達は五名です。途中、私達二人が滑り落ちてしまって別れてしまい、合流できないかと模索していたところです」
なるほど。
しかし2パーティーがここを探索していて、ここまでお互いに気付かないとは。
「この穴の上に仲間がいます。仲間と相談次第ですが、そちらの仲間の三人に会うまで、なんでしたらご一緒しましょうか?」
「ありがとうございます! 大変助かりますが、代わりに、保管庫入口まで送ってもらうというのは良いでしょうか? そこを、分断された際の集合場所にしていまして」
合流場所か、それは面白い。一度パーティーが分断されて反省でもしないと至らない発想に思えた。私達もそれは決めておいた方が良い、なるほど。
「わかりました、でしたら、そうしましょう」
としていると、上の穴からリフィルが下りてきた。
「……どちら様?」
さらに下りてきたクラトスと合わせ、自己紹介や入り口まで送り届けることの共有を済ませた。
そして入口へ。穴を登ることにマーニャからは不満が出たが、知らない道に賭けるよりはと、我慢してもらった。
保管庫である洞窟を出た。時刻は正午近く。明るさに目を慣らす。そういえば、洞窟に一泊というのは今まで無かったなと初めて気付いた。塔での一泊とは別の、地上の開放感だ。
外には馬車が留まっていて、トルネコらの所有物と聞く。なるほど、馬車か。外を進むとき、数名を休ませながら道中を進むことができそうだ、などと考えたが、いけない、私ひとりならいざ知らず、複数人で動くとなればもっと真面目に休憩を考えなくては。
久々の外ということで、私達も休憩を取るには良いタイミングではあったのだが、寝袋などは洞窟内の小部屋に置いてきてしまっている。次の目標地をその小部屋として、二人を残し、すぐに、再び私達は洞窟に潜った。
部屋での小休憩の後は、ロイドが先程落ちた縦穴の先を探索した。掘削された通路が若干複雑に分岐し、小部屋に繋がる。室温の低い場所を探した試行錯誤の掘削跡なのかも知れない。
三つの部屋を見つけて、トルネコの言っていた行き止まりも一応確認しつつ、しかしまだこの階に未踏破エリアが残っている。上階はトルネコの話と合わせてもまだ未踏破の場所はあったが、この今の階、下層は温度もさらに冷え、この層に探索を集中すべく、いっそ拠点をここの小部屋にしようと、いったん荷物を取りに、上層の小部屋に戻ったときだった。
「ふぃー、おつ、おや?」
とは入室先行したロイドの声。
彼は部屋の床に置かれた1枚のメモを見つけた。
「パデキアの種を見つけた、ソレッタ国に帰還する、トルネコ、って」
おお?
皆で顔を見合わせる。
そうか、先に、見つかったのか。この可能性はあまり考えていなかった。
トルネコの言葉は信用できた。
これは、ハードルを一つクリアしたということ。着実に。
息が一つ出た。
「では、戻りますか」
と私は言った。
逸る気持ちを抑えながら、すぐにソレッタへ向かう。
「ちょっと俺、先に走って行っていいか?」
と、ソレッタに近づいた時にロイドが提案してきた。
それ、私が提案しようとしてずっと迷っていた台詞だ!
「いや、」
とクラトスが否定する。
「皆で走れば良いだろう」
それ、私が思いつかなかった展開! 悔しい。
そうしてソレッタに到着した。
王の家への道中に、利用した宿の小屋がある。
走るスピードが上がる、ロイドのせいだろう。
彼女は宿の前にいた。
「コレット!」
「ロイド~~!!」
二人は両腕で抱きしめ合う、あ、ロイドが倒された。
「いて、痛ぇ! ちょ、ちょっと重たいって!」
「すぐ治ったよ! ありがとう~!!」
どうやら、彼らは大丈夫そうだ。そうか、良かった。
もういいかな。
「では私はここで」
「待て」
クラトスだ。
「ここまで来れたのはあなたのおかげだと認識している。感謝する」
リフィルが何度も頷く。
「いや、私は何も」
「そんなことはありません! 保管庫の扉を開けたのは貴方、あの五人パーティーを助けたのは私達、つまりあなたです。あなたがいなければどうなっていたか」
そう、なのかな? よくわからない。
私は別に、先にパデキアを取得されて、それほどショックは受けていない。今は、一刻も早くクリフトに届けたいと思うだけだ。ただそれが終わった後、私はできることをやったのだと、自分が自信を持てれば良いとは思う。そのための材料を今もらっている。
「ありがとう」
クラトスと目が合う。
「あなた、意外とパーティのことを気にかけているのね?」
彼は30度視線をずらした。
「私の仕事がやりやすくなる分には良いだろう」
「そうね」
ふふ。これ以上の言及はやめておこう。
「では、私はこれで!」
と、ロイド、コレットにも聞こえるように言った。
ロイドは下敷きになりながらも、手を振って、
「ありがとう! すげー楽しかった!」
と答えた。
コレットは立ち上がって、私にお辞儀をし、
「ありがとうございました!」
と言った。
私は何もしてない、という気持ちが強くなったが、それもやめておこう。
私はロイド、コレットの方を向きながら、手を振りながら、走り抜けた。
ソレッタ王の家にて。
「無事でなによりだ。話は聞いたか?」
「別の冒険者が種を入手したということは!」
「ああ。薬となる根もすでに取れている。持って行くだろう?」
「はい」
「これだ。飲み方の書いたメモも入っている」
小さい袋を受け取り、中を見る。
確かに、根と、紙。
紙に目を通す。
「漬かるよう切り刻むのは問題無い?」
「ああ」
「飲ませる煮汁の温度は?」
「飲める温度ならば熱くても、冷めていても良い」
「なるほど、ありがとうございます」
紙と袋をカバンにしまった。
「こちらこそ、感謝する。扉を開けたのはあなただろう。冒険者は貴方に助けられたとも言っていた」
「いえ、王も含めた、皆の協力あってのことです。その、冒険者は今?」
「根を得次第、すぐに出ていった。そうか、足止めしておけば良かったか」
「いえ、それには及びません」
「まず、ミントスまでの道を北上しているだろう。あなたならば追いつくのでは」
「そうだと良いです」
可能ならば彼らに一言、お礼がしたい。
「あとは、あなたにとってもそれに価値があればと、願っている」
彼は私がパデキアを入れたカバンを指した。いや、そこは揺らがない。
「ありがとうございます」
と、私はカバンを撫でた。
「謝礼は受け取ってもらえないとのことだったが、一人二日分の物資くらいは良いだろう?」
と、袋をくれた。
「ありがとうございます!」
これは、お願いしておけば良かったと道中気付いた事項だった。
「あとは、もう、あなたを引き留めるのは罪だな」
「申し訳ありませんが、お礼はまた後日ということで!」
「いらん。私の趣味の範囲内だ」
と彼は笑いながら、奥の部屋に消えていった。
私は一礼して、家を後に、駆けた。
逸るな逸るな、確実に、行こう。