そして、暗くなろうというところ、ミントスに到着した。結局、例の冒険者たちに会うことは無かった。進む方角が違ったのかも知れない。残念ではある。
行進速度の割に、息は整っている。不思議と心は静かだ。鍵は私の手の中にあると、信じて疑わない。そういう感覚。
宿の部屋のドアノブを掴む。
今の自分が一番静かだとわかる。
開けた。
「これは、ご無事で何よりです」
と、ベットに座り壁に上体を預けているクリフトが答えた。
「……」
思考が止まる。
私は一応、もっと最悪の事態も覚悟していて。
夢?
「誤解なさらぬように。私の身体は治っていません」
と、淡々とクリフトは話す。
「そんな、どういうこと! どうなってるの!?」
「いえ、偶然、旅の方に、良い方法を教わりました。微弱に回復呪文をかけ続けると、その時間だけ、具合が良くなります」
「そ、う?」
確かに、クリフトの顔はやつれている。呪文をかけ続ける? 睡眠中にそれはできないだろう。
「パデキア、入手されましたか」
「え、ええ! ブライは隣?」
と言った直後に、ブライが部屋に入ってくる。
「取ってきたわ。飲み方はこれ。用意しましょう」
「おお、まずはご無事で何より! ふむ、早速支度をしましょうぞ」
「手伝うわ」
用意に難しいことはなかった。コップを振って回し、冷まして。
「どう?」
「大丈夫です」
とクリフトに渡し、一口で飲み干す。
そしてクリフトは。
コップをじっと見ていた。
長い5秒。
彼は右の肩をわずかに上げてみた。
「これは、すごい、もう、治りました」
彼のほどけた顔を見た。
彼は自身の身体をまさぐり、ブライもクリフトの肩を触れ、おおと漏らしている。
ああ。
私は、やっと呼吸を思い出した。頭がふらつく。椅子に座っていては危ない気がして、床に座り込んだ。
「姫!?」
「平気。少し、一番楽な姿勢になりたい、いや、休みたい、いや、その前に、……スープなんて頂けない?」
「ただいま!」
としてブライが慌てて出ていく。
クリフトはベッドから出ようとして、それを制止した。
「私は大丈夫」
として立ち上がる。
「あなたも、まだ安静にしていなさい。私は一旦部屋に戻ります。また後で、話をしましょう。何があったのか、教えてあげる」
特別、話したいことがあるわけではなかった。ただ、彼は経緯が気になるだろうし、話題があるのは良い。
ゆっくり彼と過ごせる口実になる。私も冷静になれる。
今はやはり、多分、神経が高ぶっている。
張り詰めていたものがぽっかり無くなって、その周囲に妙な緊張だけ残っていて、なんだか落ち着かない。
クリフトはベッドの上で姿勢を正した。
「この度の件、私の命をお救いいただき、ありがとうございました。一生をかけてお返しする所存です」
「そう、なら一生かけて償わせてあげる」
と笑みを隠さず、私は部屋を出た。
一生をかけて。それは悪くないなと思い始めた。
「あ」
と声をかけられる。
聞き覚えのある、振りかえると、宿の通路そこには、マーニャが。
「あ」
こんなところで会うとは。やはり先にミントスに着いていたのか。
お礼を、お礼をしなくては。
しかし数秒、彼女の格好に驚いていると、
「クリフト、元気になった?」
と笑顔で問われた。
「え、ええ、はい、治ったようです」
「そう、良かった」
……違和感。
私とクリフトとの関係を知っている? クリフトの病状を知っている?
洞窟で会ったころにはそんな素振りは無かった。
その後知ったとして。
もし彼女らがパデキアを今も持っているなら、それを既にクリフトに使っているべきなのでは?
あるいは今パデキアは、使ってしまったなどでもう持っていない場合、私が治したことを、もう少し大きく反応するのでは?
これは考えすぎか?
と、ドアが開く。声が漏れて聞こえたのか、クリフトが出てきた。
「おっ、良かったね」
「ど、どうもありがとうございます」
一つ。
どうしても思いついてしまった可能性があった。
「クリフト」
「はい?」
「あなた、今回、最善は尽くした?」
極めて間接的に聞いたつもりだったが、声色が自分でも驚くほど低かった。
彼は一度瞬きをして、
「結果は伴っています」
とだけ答えた。
「あ、な、た、ねぇぇぇえええ!!」
クリフトは!
彼らからパデキアを提供されて、それを断って、私を待ったということだ!
「お待ちください。症状の緩和は、できていました」
「呪文で!? 限度があるでしょう! それに、絶対、断言するわ、仮に緩和の手がなくとも、あなたなら絶対に私を待った!」
「それは、わかりません」
「絶対そう!!!」
本当にこの男は! どうして最後の最後で意見が合わないのか! あなたを助けようとどれだけ心を砕いたと!
「あなたの性根を矯正するまで、今回私が何を思ったか、一生言い続けますから!」
「覚悟しています」
そして言っていることもいちいち合わない!
今、百の言葉を投げ放つこともできるが、この男にはきっと届かない。もっと時間が必要だ。
ほんっとうに、もう! なんでよ!
と、そこで、後ろから小さな声が聞こえた。
あ、しまった、マーニャが後ろにいるんだった。
振り返って、ん?
マーニャが、二人?
同じ髪、同じスタイル、服こそ違って常識的だが、ただそれだけの違いの、マーニャが、先ほどのマーニャの隣に立っていた。
彼女の、目を見開き止まっている様は、多分私の写しだ。
彼女は、
「姉さん、ちょっと時間稼いで!」
と言って、慌てて奥の階段へ走って行った。
「え、ええ……?」
残され、よく事情を理解していないようなマーニャは、多分私の写しだ。
マーニャはおずおずと口を開く。
「ええっと? よくわからないけど、なんか私、やっちゃった?」
「いえ何も! すみません、お見苦しいところをお見せして」
私もなんだか混乱していて、果たして今何をしていた時間だったか。
あ、お礼をしなくては! クリフトを気にかけてもらったこと含めて!
「ソレッタでのパデキアの探索、ありがとうございました! さらにはこのクリフトを気にかけていただいたようで、感謝しきれません。彼が何か無礼な態度を取ったようですが、私の責任です、謝罪いたします」
「あ~、それは、私かぁ、いやそれって妹がやったことだから、全部あれに言って欲しいんだけど」
妹。先ほど階下に下りていった彼女か。すぐ引き返して来るような雰囲気だった。
「彼女がクリフトのために、パデキアを得ようと?」
「んー、多分ちょっと違う。なんだっけ、パデキアを取ることが、私達の運命を不確定にしている原因、とか何とか言ってた」
……よくわからない。
「パデキアを取ることが、原因?」
「えー? んー……」
そこに、どたどたと階下から足音が。
その妹さんと、もう一人、緑の髪とは珍しい、肩には掛からない程度の長髪の男性を後ろに連れていた。私と同じくらいの若さだろうか? 急いだようだ。
「ねえミネア、運命が不確定とかだっけ?」
「そんな話をしたの!? ええと、その話ですね、その、偶然クリフトさんの症状をここで知りまして、気になって2枚で占ってみたんです。そうすると、運命のアールと愚者、これは、運命が不定であると解釈しました。そして軽い気持ちで、私たちを絡めて、私たちが手助けしたらどうかと、占ったんですね。結果は、恋人のアールと月。これは私たちを巻き込んだ、運命が不定であるということと解釈しました。この時点ですでに巻き込まれている、緊急な状況とも言えました! それで、皆に無理言って、急いでソレッタに向かったんです」
占い? 彼らも巻きこんだ? 話は半分ほどしか理解できなかったが、その占いが正しいとする前提なら、私の気付かなかった、何かとんでもないこと、運命の危機が、予言されたとも聞こえた。
「その、運命というのは、無事なんですか? 何かあったのですか? 無事にパデキアを取れた、というだけではなく?」
「それは、それは私にもわかりません、結局特にそんな、変なことは無かったと思います」
あれ、そうなんだ? 気にしなくていいことなのかな? 彼女、ミネアは続ける。
「今となっては、私の占いが未熟だったのか、私達も知らない何かが、自然に?誰かによって?解決されたのか、よくわかってません。一応、また占ってみるつもりです」
「そう、ですか」
気にしないことに、していいのかな。どちらにせよ、その占いのおかげでクリフトは助かったと思えた。
「ありがとうございました! おかげでこのクリフトが助かりました。なんとお礼をすればよいか」
「あの、そういう話はこの人とお願いしたく……」
と、ミネアは、ええ!?と言う緑髪の男性の背を押して、前に立たせた。
「どうも、初めまし、て」
と、その男性はぎこちなく笑った。
ミネアは、うちのリーダーです、と補足する。なるほど?
これでは、どこまで話が伝わっているかわからないので、丁寧に挨拶をする。
「私は、レナと言います。今回、パデキアの根のおかげで、私の、仲間、クリフトを救っていただきました。ありがとうございました!」
一礼。
「何か是非、お礼をと思うのですが」
「や、そういうのはいいんだけど」
と彼は後ろの妹の方をちらりと見た。
おそらく、彼らは私達に用がある雰囲気だ。しかしパデキアの種の件とは異なる何かのようで。であればなおさら、私の話はまだ終われない。
「では皆さんの旅の目的は!? なにかそれに寄与できればと」
礼を不要とする気持ちはよくわかる。しかしそれでは礼を述べたい側は困る。そんなことを今更感じる。
「目的……」
と彼は言葉を反復させて、
「デスピサロという男を探してる」
とだけさらっと言った。
デスピサロ? 私達と同じ、とは正しくない感想か。
「デスピサロ……、一か月以上前、エンドールの武術大会に参加していたのは知ってますか?」
「ああ、それね」
知っているようだった。私達にはその情報しか無い。
「どうして、彼を?」
何か目的が分かれば、情報を提供できるかもしれない、と思った。はやぶさの剣の情報がすぐに思いついたが、仲間にトルネコがいるのであれば、その情報に価値はなさそうだ。
「目的、ね」
気付けば、彼は笑顔を残しているが、後ろの姉妹の表情は落ちていた。
「俺のいた村が奴に焼かれてね、未練がましく追ってるところ」
村が、焼かれる? 何かの比喩、ではないよね?
「それは、村の人は、無事なの?」
私が以前封印した感情が他揺って漏れ出る。
「いや? 俺以外全滅」
と彼は事もなげに言った。
これ以上は、聞いてはいけない、はずなのに。
「遺体は、あった?」
「ああ。全部埋めたよ」
胃が蠕動し、思わず手を口に当てる。
……大丈夫だ。
それは、私が考えないようにしていたことだった。今もあり得る、サントハイムの真相の可能性の一つ。
この、目の前の少年は、なんというところに立っているのだ。
彼は不思議そうに私の顔を覗いていた。私の目には涙が溜まっていた。
「あなたは、それで、何を、復讐を望むの?」
私のこの質問。それは私への問いでもあった。ずっと避けてきた。流されるようにここまで来ていた。目の前のことをやるべきことと思って来た。人々を奪還できると盲信して。でもそれで? 奪還できなかったときのことは考えた?
私は、この感情は、もはやどこを指しているかわからない。私の望みとは? 振り返るに、ただ虚無だった。
「復讐じゃ、ないと思う」
初めて彼は、考えて言葉を押し出すようだった。
「では!?」
「納得したいから」
「なっ、とく?」
「そ。なんでそうなったのか、理解できないとは思うけど、せめて、知りたい。納得ってのは違うかも知れない。納得は多分できない。けど知りたい。とりあえずそれ。そうしたら、また何か、考えるだろ」
と彼は、吐き捨てるようでもあった。
多分、彼は難しいことを言っていない。でも他でもない私にとっては、目から鱗のような粒が落ちた。
私も知りたい。見なかったことにもできない。もっと前向きに、知った先にどうするかを今保留してよいのかな。
私は不安だった。避けてきた。
なんだかとても、今、一つの指針を得られた気分。なにしろ彼がそうしているのだ。
……そうか。
純粋に知ることを、当面の望みとしよう。
「一つ、謝罪を」
「ん?」
「私の自己紹介、やり直してもよろしいですか?」
「……え? えっと?」
「よろしいですか?」
「は、はい、どうぞ」
深呼吸した。
「レナは偽名です、私は、アリーナ・サントハイム。武術大会の数日前に、王城の人間が全員消失しました。今なら直観します、それはデスピサロが関係しているのだと」
クリフト、ごめんなさい、これは嘘。私の直観はデスピサロであるともないとも言っていない。
これは私の意志。何が起きたか知りたい、そこに至る経路は無数にあるだろう。そのうちの一つを私は今選択した。大したことでは無い。私は続ける。
「そのデスピサロを探す旅、私達も同行させていただけないでしょうか? きっとお役に立ちます」
彼は驚いたように少しだけ目を見開いた、そして、
「うん、じゃあ、こちらこそ、お願いしようかな」
と言った。
その笑顔に私も返した。
と。
彼の背中をバシバシとマーニャの妹が叩く。
「サントハイム!!」
「うん、サントハイム、が何?」
「王女様ってことです!」
「あれ? サントハイム……、えっ!?」
とんでもない勢いで振り返り、顔を凝視される。何を、期待されているのか? 真偽?
「いえ、その通り、です……」
「そう、なんだ……? あれ、じゃあレナ、武術大会優勝者というのは?」
「いえ、それも私です、偽名で」
「ど、どゆこと?」
な、なにを聞かれているのかわからない。
言葉を出せずにいると、
「君、面白いな……」
と彼は漏らした。そして、
「夕食、食べた?」
と唐突に聞いてきた。
「いえ……?」
「よし! じゃあ、外じゃない方がいいな、マーニャさんたちの部屋広かったよね?」
「え゛」
「片付けお願い、そこでみんなで、送別会に歓迎会つけちゃいます、ええと、三人?」
と、聞かれたのは私だ、私達の人数だ、こくこくと頷く。
「じゃ、あとは、トルネコさん探して買い出しするか。えーと、今30分くらいだよね? 次の鐘あたりで開始ということで! そこの部屋だよね、呼びに行きます」
私は頷くしかできなかった。
「よし! ではまた!」
として、彼らはワーギャーして嵐のように去って行った。
深呼吸を一つした。ここにはクリフトと二人。
「お疲れではないので?」
とクリフトが聞いてくる。
「いえ、何と言えば良いか、いろいろあったと思うのだけど、全て、消え去ったわ……」
そうとしか言えなかった。
「向こうも何か私達に話があったようで、それが一番気になるかな……。あなたこそ、体調大丈夫?」
「すっかり治ってしまったので、あとは、睡眠欲と、食欲が少々」
私はつい、ふふと笑ってしまった。
「あなたも、無理しないように。……勝手にいろいろと決めてしまったけれど、良かったかしら?」
「姫の直観なのでしょう?」
「んー……」
と、面と向かって言われると、だめだ、否定も肯定もできなかった。
すると、
「わかりました」
とだけ彼は返した。
そう、と私は最初思って、いやいや彼は何を考えているか分からないのだ、として、
「何がわかったの?」
と聞いた。
「姫がわからないということがわかりました」
なるほど、それは、それはそうだ。
私も丁度、あなたにそれを再認識したところ。
とは言わなかった。
「ああ、ブライが軽食を持ってくるんだった。まあ、仕方が無い、だけど、遅いわね、こちらの部屋で待つことにするわ」
「そうですか」
「あなたも、せめて30分、休んでおくように」
「はい、姫も」
「はーい」
と言いながら、お互い隣のドアを開け、同時に閉めた。