真面目新訳第二章 おてんば姫の望見 おまけ   作:赤色ねんね

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(70) ミントスにて

そして、暗くなろうというところ、ミントスに到着した。結局、例の冒険者たちに会うことは無かった。進む方角が違ったのかも知れない。残念ではある。

行進速度の割に、息は整っている。不思議と心は静かだ。鍵は私の手の中にあると、信じて疑わない。そういう感覚。

宿の部屋のドアノブを掴む。

今の自分が一番静かだとわかる。

開けた。

「これは、ご無事で何よりです」

と、ベットに座り壁に上体を預けているクリフトが答えた。

「……」

思考が止まる。

私は一応、もっと最悪の事態も覚悟していて。

夢?

「誤解なさらぬように。私の身体は治っていません」

と、淡々とクリフトは話す。

「そんな、どういうこと! どうなってるの!?」

「いえ、偶然、旅の方に、良い方法を教わりました。微弱に回復呪文をかけ続けると、その時間だけ、具合が良くなります」

「そ、う?」

確かに、クリフトの顔はやつれている。呪文をかけ続ける? 睡眠中にそれはできないだろう。

「パデキア、入手されましたか」

「え、ええ! ブライは隣?」

と言った直後に、ブライが部屋に入ってくる。

「取ってきたわ。飲み方はこれ。用意しましょう」

「おお、まずはご無事で何より! ふむ、早速支度をしましょうぞ」

「手伝うわ」

用意に難しいことはなかった。コップを振って回し、冷まして。

「どう?」

「大丈夫です」

とクリフトに渡し、一口で飲み干す。

そしてクリフトは。

コップをじっと見ていた。

長い5秒。

彼は右の肩をわずかに上げてみた。

「これは、すごい、もう、治りました」

彼のほどけた顔を見た。

彼は自身の身体をまさぐり、ブライもクリフトの肩を触れ、おおと漏らしている。

ああ。

私は、やっと呼吸を思い出した。頭がふらつく。椅子に座っていては危ない気がして、床に座り込んだ。

「姫!?」

「平気。少し、一番楽な姿勢になりたい、いや、休みたい、いや、その前に、……スープなんて頂けない?」

「ただいま!」

としてブライが慌てて出ていく。

クリフトはベッドから出ようとして、それを制止した。

「私は大丈夫」

として立ち上がる。

「あなたも、まだ安静にしていなさい。私は一旦部屋に戻ります。また後で、話をしましょう。何があったのか、教えてあげる」

特別、話したいことがあるわけではなかった。ただ、彼は経緯が気になるだろうし、話題があるのは良い。

ゆっくり彼と過ごせる口実になる。私も冷静になれる。

今はやはり、多分、神経が高ぶっている。

張り詰めていたものがぽっかり無くなって、その周囲に妙な緊張だけ残っていて、なんだか落ち着かない。

クリフトはベッドの上で姿勢を正した。

「この度の件、私の命をお救いいただき、ありがとうございました。一生をかけてお返しする所存です」

「そう、なら一生かけて償わせてあげる」

と笑みを隠さず、私は部屋を出た。

一生をかけて。それは悪くないなと思い始めた。

「あ」

と声をかけられる。

聞き覚えのある、振りかえると、宿の通路そこには、マーニャが。

「あ」

こんなところで会うとは。やはり先にミントスに着いていたのか。

お礼を、お礼をしなくては。

しかし数秒、彼女の格好に驚いていると、

「クリフト、元気になった?」

と笑顔で問われた。

「え、ええ、はい、治ったようです」

「そう、良かった」

……違和感。

私とクリフトとの関係を知っている? クリフトの病状を知っている?

洞窟で会ったころにはそんな素振りは無かった。

その後知ったとして。

もし彼女らがパデキアを今も持っているなら、それを既にクリフトに使っているべきなのでは?

あるいは今パデキアは、使ってしまったなどでもう持っていない場合、私が治したことを、もう少し大きく反応するのでは?

これは考えすぎか?

と、ドアが開く。声が漏れて聞こえたのか、クリフトが出てきた。

「おっ、良かったね」

「ど、どうもありがとうございます」

一つ。

どうしても思いついてしまった可能性があった。

「クリフト」

「はい?」

「あなた、今回、最善は尽くした?」

極めて間接的に聞いたつもりだったが、声色が自分でも驚くほど低かった。

彼は一度瞬きをして、

「結果は伴っています」

とだけ答えた。

「あ、な、た、ねぇぇぇえええ!!」

クリフトは!

彼らからパデキアを提供されて、それを断って、私を待ったということだ!

「お待ちください。症状の緩和は、できていました」

「呪文で!? 限度があるでしょう! それに、絶対、断言するわ、仮に緩和の手がなくとも、あなたなら絶対に私を待った!」

「それは、わかりません」

「絶対そう!!!」

本当にこの男は! どうして最後の最後で意見が合わないのか! あなたを助けようとどれだけ心を砕いたと!

「あなたの性根を矯正するまで、今回私が何を思ったか、一生言い続けますから!」

「覚悟しています」

そして言っていることもいちいち合わない!

今、百の言葉を投げ放つこともできるが、この男にはきっと届かない。もっと時間が必要だ。

ほんっとうに、もう! なんでよ!

と、そこで、後ろから小さな声が聞こえた。

あ、しまった、マーニャが後ろにいるんだった。

振り返って、ん?

マーニャが、二人?

同じ髪、同じスタイル、服こそ違って常識的だが、ただそれだけの違いの、マーニャが、先ほどのマーニャの隣に立っていた。

彼女の、目を見開き止まっている様は、多分私の写しだ。

彼女は、

「姉さん、ちょっと時間稼いで!」

と言って、慌てて奥の階段へ走って行った。

「え、ええ……?」

残され、よく事情を理解していないようなマーニャは、多分私の写しだ。

マーニャはおずおずと口を開く。

「ええっと? よくわからないけど、なんか私、やっちゃった?」

「いえ何も! すみません、お見苦しいところをお見せして」

私もなんだか混乱していて、果たして今何をしていた時間だったか。

あ、お礼をしなくては! クリフトを気にかけてもらったこと含めて!

「ソレッタでのパデキアの探索、ありがとうございました! さらにはこのクリフトを気にかけていただいたようで、感謝しきれません。彼が何か無礼な態度を取ったようですが、私の責任です、謝罪いたします」

「あ~、それは、私かぁ、いやそれって妹がやったことだから、全部あれに言って欲しいんだけど」

妹。先ほど階下に下りていった彼女か。すぐ引き返して来るような雰囲気だった。

「彼女がクリフトのために、パデキアを得ようと?」

「んー、多分ちょっと違う。なんだっけ、パデキアを取ることが、私達の運命を不確定にしている原因、とか何とか言ってた」

……よくわからない。

「パデキアを取ることが、原因?」

「えー? んー……」

そこに、どたどたと階下から足音が。

その妹さんと、もう一人、緑の髪とは珍しい、肩には掛からない程度の長髪の男性を後ろに連れていた。私と同じくらいの若さだろうか? 急いだようだ。

「ねえミネア、運命が不確定とかだっけ?」

「そんな話をしたの!? ええと、その話ですね、その、偶然クリフトさんの症状をここで知りまして、気になって2枚で占ってみたんです。そうすると、運命のアールと愚者、これは、運命が不定であると解釈しました。そして軽い気持ちで、私たちを絡めて、私たちが手助けしたらどうかと、占ったんですね。結果は、恋人のアールと月。これは私たちを巻き込んだ、運命が不定であるということと解釈しました。この時点ですでに巻き込まれている、緊急な状況とも言えました! それで、皆に無理言って、急いでソレッタに向かったんです」

占い? 彼らも巻きこんだ? 話は半分ほどしか理解できなかったが、その占いが正しいとする前提なら、私の気付かなかった、何かとんでもないこと、運命の危機が、予言されたとも聞こえた。

「その、運命というのは、無事なんですか? 何かあったのですか? 無事にパデキアを取れた、というだけではなく?」

「それは、それは私にもわかりません、結局特にそんな、変なことは無かったと思います」

あれ、そうなんだ? 気にしなくていいことなのかな? 彼女、ミネアは続ける。

「今となっては、私の占いが未熟だったのか、私達も知らない何かが、自然に?誰かによって?解決されたのか、よくわかってません。一応、また占ってみるつもりです」

「そう、ですか」

気にしないことに、していいのかな。どちらにせよ、その占いのおかげでクリフトは助かったと思えた。

「ありがとうございました! おかげでこのクリフトが助かりました。なんとお礼をすればよいか」

「あの、そういう話はこの人とお願いしたく……」

と、ミネアは、ええ!?と言う緑髪の男性の背を押して、前に立たせた。

「どうも、初めまし、て」

と、その男性はぎこちなく笑った。

ミネアは、うちのリーダーです、と補足する。なるほど?

これでは、どこまで話が伝わっているかわからないので、丁寧に挨拶をする。

「私は、レナと言います。今回、パデキアの根のおかげで、私の、仲間、クリフトを救っていただきました。ありがとうございました!」

一礼。

「何か是非、お礼をと思うのですが」

「や、そういうのはいいんだけど」

と彼は後ろの妹の方をちらりと見た。

おそらく、彼らは私達に用がある雰囲気だ。しかしパデキアの種の件とは異なる何かのようで。であればなおさら、私の話はまだ終われない。

「では皆さんの旅の目的は!? なにかそれに寄与できればと」

礼を不要とする気持ちはよくわかる。しかしそれでは礼を述べたい側は困る。そんなことを今更感じる。

「目的……」

と彼は言葉を反復させて、

「デスピサロという男を探してる」

とだけさらっと言った。

デスピサロ? 私達と同じ、とは正しくない感想か。

「デスピサロ……、一か月以上前、エンドールの武術大会に参加していたのは知ってますか?」

「ああ、それね」

知っているようだった。私達にはその情報しか無い。

「どうして、彼を?」

何か目的が分かれば、情報を提供できるかもしれない、と思った。はやぶさの剣の情報がすぐに思いついたが、仲間にトルネコがいるのであれば、その情報に価値はなさそうだ。

「目的、ね」

気付けば、彼は笑顔を残しているが、後ろの姉妹の表情は落ちていた。

「俺のいた村が奴に焼かれてね、未練がましく追ってるところ」

村が、焼かれる? 何かの比喩、ではないよね?

「それは、村の人は、無事なの?」

私が以前封印した感情が他揺って漏れ出る。

「いや? 俺以外全滅」

と彼は事もなげに言った。

これ以上は、聞いてはいけない、はずなのに。

「遺体は、あった?」

「ああ。全部埋めたよ」

胃が蠕動し、思わず手を口に当てる。

……大丈夫だ。

それは、私が考えないようにしていたことだった。今もあり得る、サントハイムの真相の可能性の一つ。

この、目の前の少年は、なんというところに立っているのだ。

彼は不思議そうに私の顔を覗いていた。私の目には涙が溜まっていた。

「あなたは、それで、何を、復讐を望むの?」

私のこの質問。それは私への問いでもあった。ずっと避けてきた。流されるようにここまで来ていた。目の前のことをやるべきことと思って来た。人々を奪還できると盲信して。でもそれで? 奪還できなかったときのことは考えた?

私は、この感情は、もはやどこを指しているかわからない。私の望みとは? 振り返るに、ただ虚無だった。

「復讐じゃ、ないと思う」

初めて彼は、考えて言葉を押し出すようだった。

「では!?」

「納得したいから」

「なっ、とく?」

「そ。なんでそうなったのか、理解できないとは思うけど、せめて、知りたい。納得ってのは違うかも知れない。納得は多分できない。けど知りたい。とりあえずそれ。そうしたら、また何か、考えるだろ」

と彼は、吐き捨てるようでもあった。

多分、彼は難しいことを言っていない。でも他でもない私にとっては、目から鱗のような粒が落ちた。

私も知りたい。見なかったことにもできない。もっと前向きに、知った先にどうするかを今保留してよいのかな。

私は不安だった。避けてきた。

なんだかとても、今、一つの指針を得られた気分。なにしろ彼がそうしているのだ。

……そうか。

純粋に知ることを、当面の望みとしよう。

「一つ、謝罪を」

「ん?」

「私の自己紹介、やり直してもよろしいですか?」

「……え? えっと?」

「よろしいですか?」

「は、はい、どうぞ」

深呼吸した。

「レナは偽名です、私は、アリーナ・サントハイム。武術大会の数日前に、王城の人間が全員消失しました。今なら直観します、それはデスピサロが関係しているのだと」

クリフト、ごめんなさい、これは嘘。私の直観はデスピサロであるともないとも言っていない。

これは私の意志。何が起きたか知りたい、そこに至る経路は無数にあるだろう。そのうちの一つを私は今選択した。大したことでは無い。私は続ける。

「そのデスピサロを探す旅、私達も同行させていただけないでしょうか? きっとお役に立ちます」

彼は驚いたように少しだけ目を見開いた、そして、

「うん、じゃあ、こちらこそ、お願いしようかな」

と言った。

その笑顔に私も返した。

と。

彼の背中をバシバシとマーニャの妹が叩く。

「サントハイム!!」

「うん、サントハイム、が何?」

「王女様ってことです!」

「あれ? サントハイム……、えっ!?」

とんでもない勢いで振り返り、顔を凝視される。何を、期待されているのか? 真偽?

「いえ、その通り、です……」

「そう、なんだ……? あれ、じゃあレナ、武術大会優勝者というのは?」

「いえ、それも私です、偽名で」

「ど、どゆこと?」

な、なにを聞かれているのかわからない。

言葉を出せずにいると、

「君、面白いな……」

と彼は漏らした。そして、

「夕食、食べた?」

と唐突に聞いてきた。

「いえ……?」

「よし! じゃあ、外じゃない方がいいな、マーニャさんたちの部屋広かったよね?」

「え゛」

「片付けお願い、そこでみんなで、送別会に歓迎会つけちゃいます、ええと、三人?」

と、聞かれたのは私だ、私達の人数だ、こくこくと頷く。

「じゃ、あとは、トルネコさん探して買い出しするか。えーと、今30分くらいだよね? 次の鐘あたりで開始ということで! そこの部屋だよね、呼びに行きます」

私は頷くしかできなかった。

「よし! ではまた!」

として、彼らはワーギャーして嵐のように去って行った。

 

深呼吸を一つした。ここにはクリフトと二人。

「お疲れではないので?」

とクリフトが聞いてくる。

「いえ、何と言えば良いか、いろいろあったと思うのだけど、全て、消え去ったわ……」

そうとしか言えなかった。

「向こうも何か私達に話があったようで、それが一番気になるかな……。あなたこそ、体調大丈夫?」

「すっかり治ってしまったので、あとは、睡眠欲と、食欲が少々」

私はつい、ふふと笑ってしまった。

「あなたも、無理しないように。……勝手にいろいろと決めてしまったけれど、良かったかしら?」

「姫の直観なのでしょう?」

「んー……」

と、面と向かって言われると、だめだ、否定も肯定もできなかった。

すると、

「わかりました」

とだけ彼は返した。

そう、と私は最初思って、いやいや彼は何を考えているか分からないのだ、として、

「何がわかったの?」

と聞いた。

「姫がわからないということがわかりました」

なるほど、それは、それはそうだ。

私も丁度、あなたにそれを再認識したところ。

とは言わなかった。

「ああ、ブライが軽食を持ってくるんだった。まあ、仕方が無い、だけど、遅いわね、こちらの部屋で待つことにするわ」

「そうですか」

「あなたも、せめて30分、休んでおくように」

「はい、姫も」

「はーい」

と言いながら、お互い隣のドアを開け、同時に閉めた。




冒険の書はここで終わっています。
どうぞあなたが再開を。

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