朝。起きた。気分は良い。久々だ。
一点異常はあるが、我慢し、いつもの服に着替え、身支度を済ませた。
深呼吸して、扉を引いて、開ける。なんとなく、静かに、ゆっくりと。
顔を出してみた。通路際の椅子に座っているクリフトと目が合った。
「おは、よう?」
「おはよう、ございます?」
彼は驚いていた。私が出てこないとでも?
要望を一つ、切り出す。
「おなか、空いたのだけど」
「はい、今、用意させますので、お部屋で、施錠してお待ち下さい」
と言ってクリフトは通路脇の階段を急ぎ降りていく。
彼の座っていた椅子と、彼が読んでいた書類の三山が残されていた。
書類山の頂上の紙面を目で撫でてみる。作業報告書? 表紙に記載された作成者名は、私の知らない人のもの。
いやいや、部屋に入れと言われたので、大人しく従おう。
部屋で待機して数分。あと何分ほどかかりますという途中報告を扉越しに受けて。
そして結局その時間より早めに、食事トレイを受け取ることができた。
「話したいことがあるのだけど。あなたもどう?」
と、ついでにクリフトを私の部屋に誘う。
「私はすでに食事を済ませておりますので」
「中で座って聞いているだけで良いから」
「二人きりというのはできません」
「今更そんなこと言う!?」
旅をしていた頃は、部屋に二人きりということもあったでしょう。
「ここでは王女として扱いますので」
「あ、そう、なら」
と私は廊下に腰を落とし、トレイも床に置いた。
「姫……」
「私は気にしない」
「わかりました、では、部屋の中で」
という、小さな戦いには勝利した。
私はパンを食べ始めるも、クリフトは腕を組んでテーブルの上を睨んでいる。彼から私に話すことは無いようだ。あるいは、気を遣っている? 私から切り出すことにする。
「今後のことなのだけど」
「はい」
と彼は姿勢を正した。
「私は、この国の女王になろうと思うの」
「はい」
ん? この数時間かけた私の決断に対し、想像していたより反応が薄い。
「今私にできることはほとんど無いのだけど、それでも、私にしか出来ないことがあると思うの。変なことを言っているのだとしたら指摘して」
「いえ、私もそう思います」
張り合いが、無いな。
「……私にしかできないことって、何だと思う?」
「この国の象徴になることです」
同じ意味だとしても、私よりもずっとスマートな表現だった。
しかし一応、詰めておこう。
「カイラス様では不適?」
と彼の父の名前を挙げる。
「不適です。なにより本人がやりたがっていません」
「私だってやりたくないわよ」
「この国は、王と教皇の両輪で成っています。それはぶら下がる派閥も含めた話。それが教皇側に偏るのは、負担が大きいのでは」
「負担とは、カイラス様の? それとも国?」
「国です。具体的にどうなるかは私程度ではわかりませんが、良くない影響が出るのでは」
「派閥って? お互い仲悪いの?」
王の派閥と教皇の派閥。
「いがみ合いが派閥を作っているわけではありません。そもそも組織が異なりますし、あとは家の起源がどちらか、という程度と認識しています。しかし、片側がほぼ消失したという事例はありません。国王が不在の状態となれば、誰がどのように音頭を取り出すのか、なんとも言えないのでは」
「なるほどね」
仮に私が女王となる場合、教皇派だけでなく、残った国王派とも今後、うまく付き合っていかなければならない。
「従来の構造を保つためには、私が必要」
「おそらく」
とクリフトは言う。彼は教会関係者でありながら、王城のことも多少は知っているようだった。
彼が続ける。
「ただそういった政治とは別の話として、まず王城の運営人員がいないことが問題です」
「王城の人が消えたとなると、居住区含めて、150人程度かしら?」
「はい、137名、です」
「あまり深く確認してなかったけれど、本当に全員?」
「城に居住していた人間は例外無く、です」
「そう」
「その意味で例外としては、四人ほど、サランから王城に勤めていたものがおり、彼らはもちろん無事とのこと」
「どんな四人?」
「申し訳ありません、そこまでは。ただし、それほどあてには出来ない、とは聞きました」
「なるほど」
私の食事は終わっていた。
クリフトは結論づける。
「今後のことについては、是非私の父と相談されますように」
「今から行けるかしら」
「問題無いはずです。お伴します」
聖堂。
再び、カイラス様の私室。
なお私が家出から帰還しているという話は、まだ周囲には伏せられているとのことだった。帽子を取り、隠していた髪を解放した。
「随分と寝坊なされたようだ」
「そう? 2時間くらいでしょう?」
「ははっ、そうだな」
前はブライがいたからだろうが、今はクリフトとカイラス様と私の三人。若干、カイラス様の軽さはいつも通りに戻っていたようだった。
私は大机前のソファに座り、カイラス様も個人椅子ではなく私の正面のソファに座る。クリフトは退出しようとする。
「あれ、いないの?」
と私が彼に聞き、
「私は、不要でしょう」
と彼は答える。
「そう?」
まあどちらでも良いが。
しかしカイラス様は、
「お前もここにいろ」
と命令していた。
ということで部屋には三人。
さて、私の役割上、私から切り出さないといけない、と決めていた。
「カイラス様。今まで、王代行を自発的にこなしていただき、ありがとうございました。この時から私がそれを引き継ぎます。その際の、何か注意事項があれば、教えていただきたいのですが?」
カイラス様は途中から半笑いを浮かべ、座りながら礼の形を取った。
「恐悦至極に存じます」
「もっとも、私はやりたくないので、そちらで継続いただいても全く構いませんが」
「死んでもごめんです、いや、死んだ時には是非承りましょう」
妙な言い回しに笑いがつられ、そのまま両者で2秒笑い合った。
「私が引き受けるのは構わないとして、その前提で聞きますが、私にその資格があるのでしょうか?」
「あなたしかいないと思うが、どういう懸念です?」
「父の治世で起きたトラブルです。その責任を取る、などと思いつきます」
「責任を取って一族が退く、と?」
「そう、求められるのかなと」
「あ~……」
カイラス様はとても嫌そうに、長い息を吐いて、続けた。
「王城でどうかは知らないが、少なくともうちじゃ、そういうことはない。退くなら代役が必要で、それが良しとなる理由が必要だ。今回の事件で引責するのなら、今回の事件が起きえない代役でなければならない。原因分析もせずにそれは断言できないだろう?」
そこまでは、考えているおらず、ただ私は小さく頷くだけだった。
「それだけじゃない、今回の事件以外の面でももちろん優れてなければならない。それで総合的に考えて良いとなる方に、次の仕事を任せるんだ。それも無く単に、責任とって辞めろというのは、よほど感情でしか考えられないやつか、辞めさせることで利益を得るやつだ」
「な、なるほど……」
深く考えていなかった私にずぶずふ突き刺さった。
「……失礼しました」
として、カイラス様の方が頭を下げた。
「嫌なことを思い出して、つい……。とにかく、あなたが成すべきだと考えている」
「いえ、こちらこそなんだか、申し訳ありません。ただ、私にできることは少ないと思うのだけど」
「そんなことはありませんよ?」
と、カイラス様は嫌な笑顔を見せた。
「こちらにピックアップしてる」
と彼は背後、机上を親指で指した。
そして立ち上がり、テーブルの上の、高さ1cmほどの書類の山を持って私の目の前に置いた。
彼は一枚目の表面を指でさっとなぞる。
「これがこの目次だ。優先度の高い順に並べている」
さっと目を通す。
「……まず、国内周知ね」
その他の項目は、税金、いや、もっと広く、お金の話ばかりだ。
カイラス様は紙面をめくる。
国内周知。
「実は五日前に、すでにサランの通達板には一報を周知している。これが写し」
通達板とは聞いたことが無かったが、想像はつく。サランの民衆向けの通達紙を掲示する場所なのだろう。
内容は……。
国王含む、城内の人が消失したこと、調査はしているが手がかりがないこと、城外活動しており無事だったオリオン第二番隊と教会とで連携し、暫定体制を検討中であること。
なるほど。
現状の状況だけでも一報を周知しようというもの。
「となると今回は、私が来たことだけでも、一報する価値あり、ということでしょうか」
「そうだな。なぜ姫は城にいたはずが無事だったんだ、という疑問は持たせない方が良いが」
「なるほ、ど?」
「何が起きてるんだとこちらに問い合わせる連中がいるとな、正直面倒だ」
「なるほど」
「お忍び旅行から丁度ご帰還、で良いだろう」
「はい」
「武術大会から優勝をひっさげ凱旋、でも良いが」
「絶対やめて」
余分すぎる。
「わかった」
とカイラス様は楽しそうだった。武術大会のことを言ったのはクリフト!?という私の視線をクリフトは、合わせること無く無視した。
「俺の方で通達は手配しとこう。昼くらいには出す」
「手伝ってくれるの?」
これまで切り出すことはできなかったが、今後、全く手伝ってもらえないことも少しは覚悟していた。
「あー、トップになるのはごめんだが、俺達教会を使ってくれる分には良い。いいだろ?」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
私のいる意味が肩書きだけになってしまうなと一瞬思ったが、思い返すとそれも事実その通りでしかない。
「他の件もざっと見てみたいので、この件、ひとまず以上で良い?」
「待った。1つ、重要なことがあるんだが」
「なに?」
またニヤリとするカイラス様に少しの不安を感じつつ。
「通達板に出すだけでは不足と、俺なら感じる」
「なるほど、まさか?」
「実際に国民へ、姫が出向いての顔見せ、だろう、やはり?」
「うぅ……」
ゆくゆくはあるだろう私の女王の即位式は覚悟していたが、想像よりもずっと早いタイミングのイベントとなりそうだ。
「私の顔なんか誰も知らないけどね」
「であっても、やるべきだ」
実質意味が無いとしても、儀式として、重視しなければならないのだろう。
そういうものに身を捧げると、決めていた。
「わかったわ。それもすぐ?」
「いや、それは次の話次第だな」
として、カイラス様はページを2、3枚めくった。
「予算……」
と私は、見出しに含まれる二文字を読んだ。
予算が足りないという話?
違った。
「これから何をするかって話だ」
予算大日程?
予算大日程。
カイラス様は話を続ける。
「今、ほぼ教会の人間で、最低限かと思われる作業を分担している。暫定体制だな。これを長期化するつもりは無い。どういうスコープで、どういう人員計画で、どう予算を約束して進めていくか、考えなけりゃいかんってのがこれだ」
む、難しい話……。
「あなた様が、この国をどうしたいのかってことだ」
いや、考えたことも無かった。
「仮に従来通りの水準を目指すとすると、その先が無い。また従来と言っても、当時だって課題はあったはずで、そこに目をつむるのは不健全だ。この検討は、急ぎとも言えるし、急ぎじゃないとも言える。常に考えていかなければならん問題だ。そして俺みたいな部外者が決めて良い話でもなく、今日に至っている」
どうあるべきかカイラス様の意見を最初聞きたかったが、聞きにくくなってしまう。
そして従来通りという淡い願いは真っ正面から否定された。あるべき否定だ。
いや、そこに挑むという選択肢すらある。ただしそれは、もう少し私の中で整理してから。
ただ漠然と抱いていた気持ちは、それは、ここで出そうと思った。
「従来の状態が戻ってくれば良いと思っていました。でもそれは、」
言葉に出すことに躊躇したが、
「皆が戻ってこない限りは不可能。そんな絵空事だと気づきました。そしてそれを期待して良い立場ではない、今の私は」
カイラス様は目をつむって微笑んだ。
「そうだな。正直言うと俺も似た気持ちで、クラウスを待ったり、あなたを待ったりだ」
カイラス様の受けていた重圧が少し理解できた、気がした。
か細い立場だ。
「できる限り協力する。なんとかしよう」
「はい」
多分、後ろのクリフトも頷いているのだろう。
次、三番目、直近の資金のあて、などなど。
休憩を挟みながらも、それらの共有は夕食の時間までかかった。