真面目新訳第二章 おてんば姫の望見 おまけ   作:赤色ねんね

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(29) サランにて

朝。起きた。気分は良い。久々だ。

一点異常はあるが、我慢し、いつもの服に着替え、身支度を済ませた。

深呼吸して、扉を引いて、開ける。なんとなく、静かに、ゆっくりと。

顔を出してみた。通路際の椅子に座っているクリフトと目が合った。

「おは、よう?」

「おはよう、ございます?」

彼は驚いていた。私が出てこないとでも?

要望を一つ、切り出す。

「おなか、空いたのだけど」

「はい、今、用意させますので、お部屋で、施錠してお待ち下さい」

と言ってクリフトは通路脇の階段を急ぎ降りていく。

彼の座っていた椅子と、彼が読んでいた書類の三山が残されていた。

書類山の頂上の紙面を目で撫でてみる。作業報告書? 表紙に記載された作成者名は、私の知らない人のもの。

いやいや、部屋に入れと言われたので、大人しく従おう。

部屋で待機して数分。あと何分ほどかかりますという途中報告を扉越しに受けて。

そして結局その時間より早めに、食事トレイを受け取ることができた。

「話したいことがあるのだけど。あなたもどう?」

と、ついでにクリフトを私の部屋に誘う。

「私はすでに食事を済ませておりますので」

「中で座って聞いているだけで良いから」

「二人きりというのはできません」

「今更そんなこと言う!?」

旅をしていた頃は、部屋に二人きりということもあったでしょう。

「ここでは王女として扱いますので」

「あ、そう、なら」

と私は廊下に腰を落とし、トレイも床に置いた。

「姫……」

「私は気にしない」

「わかりました、では、部屋の中で」

という、小さな戦いには勝利した。

私はパンを食べ始めるも、クリフトは腕を組んでテーブルの上を睨んでいる。彼から私に話すことは無いようだ。あるいは、気を遣っている? 私から切り出すことにする。

「今後のことなのだけど」

「はい」

と彼は姿勢を正した。

「私は、この国の女王になろうと思うの」

「はい」

ん? この数時間かけた私の決断に対し、想像していたより反応が薄い。

「今私にできることはほとんど無いのだけど、それでも、私にしか出来ないことがあると思うの。変なことを言っているのだとしたら指摘して」

「いえ、私もそう思います」

張り合いが、無いな。

「……私にしかできないことって、何だと思う?」

「この国の象徴になることです」

同じ意味だとしても、私よりもずっとスマートな表現だった。

しかし一応、詰めておこう。

「カイラス様では不適?」

と彼の父の名前を挙げる。

「不適です。なにより本人がやりたがっていません」

「私だってやりたくないわよ」

「この国は、王と教皇の両輪で成っています。それはぶら下がる派閥も含めた話。それが教皇側に偏るのは、負担が大きいのでは」

「負担とは、カイラス様の? それとも国?」

「国です。具体的にどうなるかは私程度ではわかりませんが、良くない影響が出るのでは」

「派閥って? お互い仲悪いの?」

王の派閥と教皇の派閥。

「いがみ合いが派閥を作っているわけではありません。そもそも組織が異なりますし、あとは家の起源がどちらか、という程度と認識しています。しかし、片側がほぼ消失したという事例はありません。国王が不在の状態となれば、誰がどのように音頭を取り出すのか、なんとも言えないのでは」

「なるほどね」

仮に私が女王となる場合、教皇派だけでなく、残った国王派とも今後、うまく付き合っていかなければならない。

「従来の構造を保つためには、私が必要」

「おそらく」

とクリフトは言う。彼は教会関係者でありながら、王城のことも多少は知っているようだった。

彼が続ける。

「ただそういった政治とは別の話として、まず王城の運営人員がいないことが問題です」

「王城の人が消えたとなると、居住区含めて、150人程度かしら?」

「はい、137名、です」

「あまり深く確認してなかったけれど、本当に全員?」

「城に居住していた人間は例外無く、です」

「そう」

「その意味で例外としては、四人ほど、サランから王城に勤めていたものがおり、彼らはもちろん無事とのこと」

「どんな四人?」

「申し訳ありません、そこまでは。ただし、それほどあてには出来ない、とは聞きました」

「なるほど」

私の食事は終わっていた。

クリフトは結論づける。

「今後のことについては、是非私の父と相談されますように」

「今から行けるかしら」

「問題無いはずです。お伴します」

 

聖堂。

再び、カイラス様の私室。

なお私が家出から帰還しているという話は、まだ周囲には伏せられているとのことだった。帽子を取り、隠していた髪を解放した。

「随分と寝坊なされたようだ」

「そう? 2時間くらいでしょう?」

「ははっ、そうだな」

前はブライがいたからだろうが、今はクリフトとカイラス様と私の三人。若干、カイラス様の軽さはいつも通りに戻っていたようだった。

私は大机前のソファに座り、カイラス様も個人椅子ではなく私の正面のソファに座る。クリフトは退出しようとする。

「あれ、いないの?」

と私が彼に聞き、

「私は、不要でしょう」

と彼は答える。

「そう?」

まあどちらでも良いが。

しかしカイラス様は、

「お前もここにいろ」

と命令していた。

ということで部屋には三人。

さて、私の役割上、私から切り出さないといけない、と決めていた。

「カイラス様。今まで、王代行を自発的にこなしていただき、ありがとうございました。この時から私がそれを引き継ぎます。その際の、何か注意事項があれば、教えていただきたいのですが?」

カイラス様は途中から半笑いを浮かべ、座りながら礼の形を取った。

「恐悦至極に存じます」

「もっとも、私はやりたくないので、そちらで継続いただいても全く構いませんが」

「死んでもごめんです、いや、死んだ時には是非承りましょう」

妙な言い回しに笑いがつられ、そのまま両者で2秒笑い合った。

「私が引き受けるのは構わないとして、その前提で聞きますが、私にその資格があるのでしょうか?」

「あなたしかいないと思うが、どういう懸念です?」

「父の治世で起きたトラブルです。その責任を取る、などと思いつきます」

「責任を取って一族が退く、と?」

「そう、求められるのかなと」

「あ~……」

カイラス様はとても嫌そうに、長い息を吐いて、続けた。

「王城でどうかは知らないが、少なくともうちじゃ、そういうことはない。退くなら代役が必要で、それが良しとなる理由が必要だ。今回の事件で引責するのなら、今回の事件が起きえない代役でなければならない。原因分析もせずにそれは断言できないだろう?」

そこまでは、考えているおらず、ただ私は小さく頷くだけだった。

「それだけじゃない、今回の事件以外の面でももちろん優れてなければならない。それで総合的に考えて良いとなる方に、次の仕事を任せるんだ。それも無く単に、責任とって辞めろというのは、よほど感情でしか考えられないやつか、辞めさせることで利益を得るやつだ」

「な、なるほど……」

深く考えていなかった私にずぶずふ突き刺さった。

「……失礼しました」

として、カイラス様の方が頭を下げた。

「嫌なことを思い出して、つい……。とにかく、あなたが成すべきだと考えている」

「いえ、こちらこそなんだか、申し訳ありません。ただ、私にできることは少ないと思うのだけど」

「そんなことはありませんよ?」

と、カイラス様は嫌な笑顔を見せた。

「こちらにピックアップしてる」

と彼は背後、机上を親指で指した。

そして立ち上がり、テーブルの上の、高さ1cmほどの書類の山を持って私の目の前に置いた。

彼は一枚目の表面を指でさっとなぞる。

「これがこの目次だ。優先度の高い順に並べている」

さっと目を通す。

「……まず、国内周知ね」

その他の項目は、税金、いや、もっと広く、お金の話ばかりだ。

カイラス様は紙面をめくる。

国内周知。

「実は五日前に、すでにサランの通達板には一報を周知している。これが写し」

通達板とは聞いたことが無かったが、想像はつく。サランの民衆向けの通達紙を掲示する場所なのだろう。

内容は……。

国王含む、城内の人が消失したこと、調査はしているが手がかりがないこと、城外活動しており無事だったオリオン第二番隊と教会とで連携し、暫定体制を検討中であること。

なるほど。

現状の状況だけでも一報を周知しようというもの。

「となると今回は、私が来たことだけでも、一報する価値あり、ということでしょうか」

「そうだな。なぜ姫は城にいたはずが無事だったんだ、という疑問は持たせない方が良いが」

「なるほ、ど?」

「何が起きてるんだとこちらに問い合わせる連中がいるとな、正直面倒だ」

「なるほど」

「お忍び旅行から丁度ご帰還、で良いだろう」

「はい」

「武術大会から優勝をひっさげ凱旋、でも良いが」

「絶対やめて」

余分すぎる。

「わかった」

とカイラス様は楽しそうだった。武術大会のことを言ったのはクリフト!?という私の視線をクリフトは、合わせること無く無視した。

「俺の方で通達は手配しとこう。昼くらいには出す」

「手伝ってくれるの?」

これまで切り出すことはできなかったが、今後、全く手伝ってもらえないことも少しは覚悟していた。

「あー、トップになるのはごめんだが、俺達教会を使ってくれる分には良い。いいだろ?」

「ありがとうございます。では遠慮なく」

私のいる意味が肩書きだけになってしまうなと一瞬思ったが、思い返すとそれも事実その通りでしかない。

「他の件もざっと見てみたいので、この件、ひとまず以上で良い?」

「待った。1つ、重要なことがあるんだが」

「なに?」

またニヤリとするカイラス様に少しの不安を感じつつ。

「通達板に出すだけでは不足と、俺なら感じる」 

「なるほど、まさか?」

「実際に国民へ、姫が出向いての顔見せ、だろう、やはり?」

「うぅ……」

ゆくゆくはあるだろう私の女王の即位式は覚悟していたが、想像よりもずっと早いタイミングのイベントとなりそうだ。

「私の顔なんか誰も知らないけどね」

「であっても、やるべきだ」

実質意味が無いとしても、儀式として、重視しなければならないのだろう。

そういうものに身を捧げると、決めていた。

「わかったわ。それもすぐ?」

「いや、それは次の話次第だな」

として、カイラス様はページを2、3枚めくった。

「予算……」

と私は、見出しに含まれる二文字を読んだ。

予算が足りないという話?

違った。

「これから何をするかって話だ」

予算大日程?

予算大日程。

カイラス様は話を続ける。

「今、ほぼ教会の人間で、最低限かと思われる作業を分担している。暫定体制だな。これを長期化するつもりは無い。どういうスコープで、どういう人員計画で、どう予算を約束して進めていくか、考えなけりゃいかんってのがこれだ」

む、難しい話……。

「あなた様が、この国をどうしたいのかってことだ」

いや、考えたことも無かった。

「仮に従来通りの水準を目指すとすると、その先が無い。また従来と言っても、当時だって課題はあったはずで、そこに目をつむるのは不健全だ。この検討は、急ぎとも言えるし、急ぎじゃないとも言える。常に考えていかなければならん問題だ。そして俺みたいな部外者が決めて良い話でもなく、今日に至っている」

どうあるべきかカイラス様の意見を最初聞きたかったが、聞きにくくなってしまう。

そして従来通りという淡い願いは真っ正面から否定された。あるべき否定だ。

いや、そこに挑むという選択肢すらある。ただしそれは、もう少し私の中で整理してから。

ただ漠然と抱いていた気持ちは、それは、ここで出そうと思った。

「従来の状態が戻ってくれば良いと思っていました。でもそれは、」

言葉に出すことに躊躇したが、

「皆が戻ってこない限りは不可能。そんな絵空事だと気づきました。そしてそれを期待して良い立場ではない、今の私は」

カイラス様は目をつむって微笑んだ。

「そうだな。正直言うと俺も似た気持ちで、クラウスを待ったり、あなたを待ったりだ」

カイラス様の受けていた重圧が少し理解できた、気がした。

か細い立場だ。

「できる限り協力する。なんとかしよう」

「はい」

多分、後ろのクリフトも頷いているのだろう。

次、三番目、直近の資金のあて、などなど。

休憩を挟みながらも、それらの共有は夕食の時間までかかった。

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