真面目新訳第二章 おてんば姫の望見 おまけ   作:赤色ねんね

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(36) サランにて

とある朝。

珍しくすっきり起きた。

私は身支度を済ませ、聖堂内の私の寝室を出た。

「おはようございます!」

とは私の部屋の前を警備するマーテルだ。

「おはよう」

彼女と、1階の食堂へ向かう。

「昨夜は早く寝られましたか?」

「なんとか、やってみたけれど、意外と寝られたわ。これで十分──」

「毎日早く寝てください!」

「うーん?」

昨夜、早く寝るようにと彼女から注意を受けていた。日頃の消灯時間は彼女に筒抜けだ。

彼女はもう一人と交替制なのだが、そことの情報共有もぬかりがないらしい。

「……善処します」

「なんでしたらカイラス様に相談しますので」

「手厳しい」

カイラス様なら強制的に私から仕事を取り上げてきそうではある。

「おはよう」

「おはようございます!」

などと、通路ですれ違う人達に声をかけて食堂へ向かう。どちらかから言うともなく始まる朝の挨拶。良いものだ。それにすっかり慣れた。

この聖堂の人間は今、九割が聖職者と見習い、残り一割は、本当にいろいろだ。

すれ違う人達は朝食を食べ終えた組、そして私たちはこれから食べる組。遅番。

食堂がオーバーフローを起こしているので、早番、遅番に別れて朝食を取ることになっていた。

その早番か遅番かについては、皆は一週間交替だが、私やカイラス様は一日交替。

と、食堂に着く。

列に並び、皿を取る。パン、サラダ、野菜がごろりと入った、澄んだスープ。これは魚味かな、野菜やキノコの味かな。

鼻を近づけて香りを探る欲求を後の楽しみに取っておき、空いた席にマーテルと詰めて座る。

礼拝堂にあったテーブルを接続して長テーブルとしたもの、が三列。食堂内の人数は50人ほどが、余裕を持って分散できている。すぐに遅番全員が食堂に集まる。

そして9時の鐘を合図に、私の後ろの長テーブル、やや隅に座っていたカイラス様が立ち上がる。

あそこにいらっしゃるということは、今朝は早く食堂に到着されたということか。

「おはよう、諸君。食事と、皆に感謝を」

飾りっ気のない挨拶の後、彼はすぐその場に着席し、皆は祈りの言葉を捧げ、黙々と食事を開始する。

静かなもの。当初は居心地が悪かったが、もう慣れた。食事に集中し、楽しむ時間なのだ。

見なさい、あそこのニコニコとした子どもの顔を。仏頂面の大人もいるけど。と思ったらクリフトがあちらにいた。それは良いとして。

私が王城にいたころは、朝食は軽く、あまり楽しめるものではなく。朝食の次、ブランチと昼食は侍女のコーネリアと一緒で、会話を楽しんでいて。

夕食は大体お父様がご一緒。あれはあれで面倒だ。作法に気を張らなくてはいけなかったことだし。

一方で、この聖堂では気楽なもの。

と、最後の大きなポテトを、それ以上に大きな口で捕らえた。固くなく、崩れる程でも無い丁度良い食感だった。程よい甘さが口の中に広がる。

食事の余韻もたっぷり楽しんだ後で、食堂を後にした。

 

食堂から私室までの道。私室での予定を思い浮かべながら歩く。

あの計画変更から、顔見せの原稿の再考をしなければ。

あとは、ずっと見る見ると言っていた、暫定法制議会の運営案にも目を通さないと。

いやいや、今インボックスを見ると、やるべきこと、後回しにしたことがまた無数に出てくるのだろうな、と気づく。げんなり。

と。テーマごとに脳みそが欲しくなる。

「げっ」

と、通路向こうから小さい声がした。

その声の主はすぐに十字路を曲がり、姿は見えない。

しかし声色で当たりはつく。

「先に私の部屋に行っていてくれる? すぐに行きます」

「はい」

とマーテルと別れ、一人になる。

と、このように聖堂の中では単独行動も許されている。

音のしないよう駆けて、彼を追いかける。姿はまだ捕捉できず。向こうも駆けている? いや、まだ諦めるのは早い。

階段だ。上か下か。

彼の職場は上。なら上か。いや。

前もこうして追いかけて、追いつくことが出来なかった。理屈ではないかもしれない。

例えばさらに上、逃げ場のない、屋上? 気まぐれでそちらに足を向けた。

屋上へ上りきって、階段を回り込んだ、陰の場所。

彼は壁にもたれながら座り、眼下の街を眺めていた。

「おはよう」

と私は声を掛け、彼が体を一瞬痙攣させたのを見た。ああ、足音を消していたんだった。

「なななななんですか!」

「逃げるから、つい」

彼の名前はビル。最初に城を抜け出して旅をする際にこのサランで出会った、聖堂の少年。私が出会った中で一番の、スラングの使い手だ。クリフトを慕っていたことを覚えている。

いや、聖堂の人達は皆敬い合っていることを、今の私は知っている。私はまだ仲間外れと言える。

それはいいや。

にしても、ここまで私を避ける人を、彼の他に知らない。興味があった。

「逃げてなど、いません」

「そう? 以前は口調に親しみがあったのだけど」

「なッ……! 無いでしょうそんなの!?」

「砕けた話し方というのは、親しみを表すと聞いたわ」

「その知識、絶対間違ってます……」

「私が王族だから?」

「そーですよ」

「別にいいのに」

「良くねぇでしょ!」

「あ、それ」

彼は初めて私の目を見た。

「あー、もう! マジ関わりたくねぇんだけど……!」

そして彼はうなだれた。やはり私は嫌われているようだ。ここは離れた方が良いのだろう。でも、でもこれだけ聞かせて!?

「ごめんなさい、その、なぜ、私を避けるのだけ、教えて欲しいのだけど」

「ああ!?」

睨まれる。

が、こちらも覚悟を決めている!

結局、彼はそれを盛大なため息で返した。

彼は街を見ながら言う。

「……変なことを言っちまったなって、はずいんだよ」

変なこと? はづい? はずい? 恥ずかしいということかな。

「変なことって?」

彼の言うことはある意味全て変であり、一体どれを指すのだろうかと。

「クリフトさんのこと! 好きになるなってやつだよ!」

好きに、なるな? 好きになるな? 全く覚えていない。

その私の心中は、顔に出たようだった。

「おまっ!? ひでぇな、俺だけかよ!」

「ごめんなさい! そんなこと言ってました?」

「もういい! ほんと、ろくなこと無いな関わってると!」

しかし、だ。また質問が湧いてくる。

会話がまだ成り立っている、はず。

「あの、好きになると、何が都合悪いのかしら?」

「いや、もう勝手に解釈してくれよ……」

「もしかしてあなた、クリフトのことが好──?」

「お前アホすぎるだろ」

違ったようだ。

しかし彼も、こうして段々と調子を取り戻してくれていることは嬉しい。

「私が好きだとして、あなたにどういう影響が? ただ私が想うだけでしょう?」

「いや、俺じゃなくてだな……、目標持ってる人の邪魔すんなってこと」

「邪魔? 好きだと邪魔をする?」

「近くに置きたくなるんじゃねーの? 事情なんか全部無視して」

「なる、ほど?」

うーん、ピンと来ない。

「お前、クリフトさんのこと、好きじゃねーな?」

「そうみたい」

「そうみたいって……」

「好きというものがよくわかっていないのだけど、そもそも好きってどういうことなの?」

「マジで俺に聞くな」

「他に聞ける人いないのだけど!」

彼は目を丸くした後、

「お前、もしかしてかわいそうな奴か」

と零した。どうかわいそうなのか分からないが、ある意味、そうなのだと同意できた。

頷く私に対して、彼はまた溜息で返す。

「好き……、一緒にいたくなる、みてぇな?」

「一緒にいるだけ?」

「知らんマジで! ……一緒に、なんかやりたいこととかあんだろ? 買い物とか散歩とか」

クリフトとは、買い物も、エンドールまで散策もしたが、やはりピンとこない。

それはやりたいことなのか?

うーん?

うーん。

もう、この話題はいいか。

ビルの懸念は多分理解できたことだし、そしてその懸念は全く見当違いとわかったことだし。

それはビルにも伝わっているようで、

「あー良かった、クリフトさんと結婚とかって話になんなくて」

と吐き捨てた。

けっこん?

「結婚? それこそ、メリットが何も無いでしょう?」

「はいはいおっしゃるとーりで」

私にとって、サントハイム王国にとって、結婚とは重要なイベントだ。次の王が決まるのはおまけ。一番の効果は、他勢力を取り込める好機ということ。

国に多大な利益を呼び込みうる神器。クリフトと結婚するというのは、その神器を海に放り投げるようなものだ。

無益でしかない。考えるまでもない。考えたこともない。

でも、今、油断し、一瞬考えてしまった。メリットが無いことは完全に無視した上で、それでももし、結婚したとしたら?

彼が王?

死ぬまで一緒?

政務も一緒に執り行うのだろう、例えば今の、法制議会立ち上げのように。

政務だけじゃない。

生活が一緒。

部屋も一緒?

寝台も一緒!?

ちょっと待って、子どもができたり!?

成人まで成長を共に見守って。

そして一緒に余生を過ごしたり。

なんでなんで!

なんで彼の微笑んでいる絵が何通りも浮かぶのだ! 似合わない!

何年も一緒に居れば、そういう彼も楽しめる? なんでなんでなんで!?

問い詰めないと気が済まない。

頭の中が全方面に一気に蒸発した。

遅かった。止められなかった。

これは、時間をかけないと、元に戻らない。

「おい?」

戻り切ってないのに話しかけないで!

「あああああぁありえない! なんなの!」

「えええぇぇぇ、何が? 結婚?」

「もう良いです、失礼しますっ!」

と地面へ目を見開き叫ぶように、その場を後にした。

背後からは

「えぇぇ……?」

という声がかろうじて耳に届いていた。

 

何かを考えないようにする、それは得意だ。

思考の内、そのベクトルが少しでもその方向に向いたものを片っ端から停止させていけば良い。

1、2、3つ停止させた。

4、8、16、停止させた。問題は無い。

私室前に到着する。

「遅かったですね?」

と、部屋前で待機していたマーテルに声を掛けられる。

「少し、雑談を楽しんでいました。では、午前の業務に取りかかります」

私は完璧な微笑を返した。

「はい」

私室に入る。

人と話していると、雑念が発生しなくて良い。以前は侍女コーネリアと雑談を、その位置づけにしてしまっていたこともある。

まあ良い。

今はそんな時間も無いし、雑談相手が居るわけでもない。しかし。

そう考えたことが、呼び水になってしまったのかも知れない。数分後に訪問者があった。

「姫様、お取り込み中に申し訳ありません」

私室を訪問したのは、聖堂所属、かつオニオン所属のカインだった。

今の時間、彼は確か、聖堂の門番を担当していたように思う。

「構いませんが、何用ですか?」

門番ということは、聖堂の外で何かあった?

「面会希望の方が来ています。コーネリアという女性ですが」

「え!?」

私の侍女。

うっ、と思ってしまった。いや、嬉しいのだけど!

行方不明のリストに彼女が入っていないのは確認していた。

彼女向けに一応、私の無事を書いた手紙は用意しようとしていた。

しかし、そもそも手紙の出し方を知らないし、サランとフレノールのどちらの家に出せば良いかも知らないし、何を伝えたいかも決めかね、先延ばしにしていた。

今の案では、また落ち着いたら一緒の時をまた楽しみましょう、という文末だったはず。それは、何が言いたい文章なのか!

先生相手には、「急用につき帰国しました、申し訳ありません」という簡単な手紙で済んだが、コーネリア相手では、なんだか、悩んだ。

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