真面目新訳第二章 おてんば姫の望見 おまけ   作:赤色ねんね

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(36.2) サランにて

聖堂の正門。

私の侍女だったコーネリアは、一人の従者を連れて私を待っていた。

「ごめんなさい、いろいろ忙しくて!」

言い訳をしないつもりでいたが、つい口から出てしまう。

彼女は私に近づき、手を取り、ご無事で何よりです、と俯く。

心配、させてしまったよね。

「あなたも無事で良かったわ」

「いえ、わたくしなど、本当に、今回のことは、なんと言えば良いか」

ああ。

彼女は王城の消えた人達を見ているのだ。私はすっかり、それを棚の上に上げ、見ない振りをしていた。しかし堂々と、それは継続する。

「そのことは良いの。今はやるべきことだらけで、まずはそれらに向き合っていかないとと、思っていたところ」

顔を上げたコーネリアの可愛らしい額に、しわが寄った。

それに対し、

「ありがとう」

とだけ返した。

さて、こうばかりもしていられない。

「あなたが訪ねて来た理由、聞いたのだけど、職員として働きたい? 私の侍女としてではなくて、ということよね?」

もし侍女としてであれば、それは断ろうと思う。あの穏やかな時間は、今の私が楽しむべきものではない。

しかし、

「はい、今、国の運営のために人が必要と伺っています! ぜひその一端を担わせてください! お父様の許可ももぎとってきました!」

と、目を見て正面から主張される。

「な、なるほど?」

こんな元気な人だったっけ。

コーネリアは商家スタンフィードの人間。

「1つの店舗を半年ほどですが、運営した経験があります! きっと、お役に立てるはず」

とのこと。強い。

あれは二日前だったか? カイラス様が人材不足を嘆いていらっしゃった。

これは、間違いなく、良い話だ。

「わかりました。カイラス様に掛け合ってみます。ああ、私はお飾りなので、あまり権限がないの、ごめんなさい」

「いえ、ありがとうございます!」

とコーネリアは頭を下げる。いや、私にとっても心強いことだ。

「とりあえず、そうね、カイラス様は今、地方定例に参加されているので、それが終わった後を見計らって、一緒に話をしに行きましょう。それまでは、では、私のやっていることを紹介しましょうか」

「はい」

ちらと、私は彼女の後ろの従者に目をやった。

「彼は?」

「私の護衛です、ですが、一旦帰らせて、また帰りに来てもらいます。そうですね、では十時に」

「五時で! 良いのではないかしら!?」

「わかり、ました、では、五時に」

従者は帰って行った。

十時って、もちろん夜よね!? 一応五時で業務一旦終了なのだけど!?

もちろんその後も個人作業する人はいる。私も。

しかし初日に、個人作業は無理だろう。一人では勝手がわからないはず。

普通はそうじゃないの? でも十時を指定? さすが、商会は、文化が違う!?

ちょっと待って、それとももしかして夜は、私との談笑時間を含めたということ? ちょっと、その時間を取る余裕は、無いかな……。

ということもあり、なぜ最初に十時と言ったのかは聞けなかった。

さて、カイラス様を捕まえるまでの、この合間時間。

「まだ少し時間があるから、まずは、私たちが聖堂をどう使っているか説明しようと思うの。いい?」

「はい!」

聖堂の中をコーネリアとマーテルと三人で歩く。

コーネリアが一言、「服、良く似合っておいでです」とほほ笑んでくれた。

「ありがとう! 動きやすくて、そしていろいろと気にしなくて良いのはとても気に入っているの!」と返す。

これは、町の古着屋で10ゴールドで購入したものだ。綿の白地ワンピースで、しかし草木を形どる大き目の刺繍複数が映えている。私の体より少し大きいので、体の線が出ないということが、立ち振る舞いを本当に楽にする。多少のほつれは許容しているので、どこにでも座ることができる! 本当に最高。

彼女は筆記用具を取り出していた。あまり雑談に時間を割くわけにはいかないな、と思う。

さて、まず本堂である、主礼拝堂。

「王城の事務室単位を維持するように区画を区切ってるの。ここは、そこ、左翼は業務統括庁で、右翼は、奥はちょっと違うけど、基本は財務庁。書類は、存在した場所単位でまとめています。例えば」

右手前テーブルにあった書類の束の先頭一枚を取り、最初のメモを音読する。

「財務庁室の、レイクの机上にあった書類群、ということ」

その一枚を戻す。

「あとは、そうね、どの部屋も共通なのだけど、部屋正面から見て縦の向きの書類が、王城に当時あった書類。一方で横向きのものが、ここのメンバが書いた書類。ああひとつ言い忘れたのだけど、今業務の半分が、当時の書類の読解よ。当時の王城がどういう風に回っていたのか、何をやっていたのか、恥ずかしながら、完璧には見えていないの。その解析を進めています。とにかく人手。スライム集いて王になる、ということね」

「はい」

おっと、カイラス様の例えをそのまま使ったが、失礼だったかも。

そして彼女はこの短い時間の間に、随分な分量のメモを取っていた。

うう、あまり、優先度の低いことは喋らないようにしよう……。

「書類を見るため束から抜く場合も作法があるのだけど、それは厳密には庁ごとにローカルルールがあるから、必要なときは聞くと良いわ」

「はい」

「では次に副礼拝堂に行きましょうか。そちら」

と、礼拝堂内のテーブル群を突っ切って右奥の出口へ進む。

と。

彼女に書類の向きを説明したせいか。

とある書類の束に混入した、中途半端な向きとなっている、2枚ほどの書類が気になった。

「少し待って」

と、その書類を抜いてみる。

アルファベット群が順番に横に並べられだけの、二枚。暗号表。

アルファベットをずらす数字分、一枚に対し一枚をずらすことで、ずらした先の文字がわかるというもの。

これ、お父様が使っていたもの、だと思うのだが。似ているだけ?

書類束の先頭を見る。財務長官の机の中か。ふぅん? まあいいか。向きを直しておこう。

「げっ」

という声がした。

声の方向、私たちが今部屋から出ようと向かっていた方向だ、そちらに目をやる。

カイラス様だった。それと司教長も。

げって、なんだろう、私に対して? それとも、コーネリア?

「それ、どこにあった?」

私が持っていた暗号表だった。

元の書類の束を指差して答える。

「ここ、ですけど」

しかし彼はその束先頭の一枚には興味が無さそうに、そちらには視線を移さず、バツが悪そうに、礼拝堂内に視線を漂わせた。そして、私を見た。

「すまん、それは俺が紛失したと思っていた書類で、本当はクラウスの私室にあってだな」

「なる、ほど?」

やはりお父様のものかと思ったのが最初。だけど?

「机の、上?」

「ああ。なんだろなとちょっと気になって持ち帰ったんだが、どこかへ行ってしまって、そこか、なんでまたそんなとこに」

「神隠し後?」

「ああ」

お父様の机の上? これは、出したままにして良い資料ではない。そうでないと、暗号文の対応をしていたことが推測可能になってしまう。これが机に出ているということは、それは暗号文処理中か解読中に限るべきだ。

待て待て。

他に、お父様の机の上には何があった?

書きかけの、紙と、筆?

あやふやだ。今、見に行かなくては。

「姫?」

少し沈思してしまっていた。

「私、これを戻しに王城へ行きます! ええと! この娘は期待の新人、私が保証します! 経営の経験あり、どこかアサインをお願いできますか!?」

「わ、わかった、良いか?」

とカイラス様は後ろに控えていた司教長に声を掛け、そして司教長の「わかりました」という言葉を聞き届け、私はコーネリアに、

「ごめんなさい、急用ができたのでこれで! 本当にごめんなさい!」

と言い、マーテルと足早に、聖堂を後にした。

「このまま、向かわれるのですね?」

「はい!」

マーテルのそれは、このまま走って王城まで向かうのか、という意味だった。この方が早い!

サランの街を走る。

街の皆への、私の正式な顔見せはまだだ。私だとばれないと信じて、あるいはばれたところで何もないと思い、ひたすら前を向き、駆ける。

「書類を王の部屋に戻すだけ、でしょうか!? 指示いただければ、私が代わりに、」

「いいえ、確かめたいことがあるの!」

具体的に何を確かめたいというものは無い。しかし、一度思いが至ってしまったこと、それに対して肯定でも否定でも良い、何か手がかりがあるはずと信じる。

城門前。警備するオリオンへ、入城する手続きを取る。

城は最低限の人数、よりも少ない人数である三名で、昼は警備している。

一名は城門、二名は城内を自由徘徊。

入城手続きとは、銅鑼で二名を城門前に呼び戻し、私たちの入場を伝えるというもの。

なお、退城時も銅鑼を鳴らす。鳴らす回数も決まっている。

そうして、マーテルと共に、王の執務室に着いた。マーテルは部屋の外で待つ。

私はまずお父様の机上を見た。転がった筆。椅子の正面に置かれた紙。白紙の手紙だった。これから書き始めるような。

無意識に目を紙面に近づける。目を見開く。手紙左上に小さく「、」だけが書かれていた。

これって、書き始めた瞬間にお父様が消えたと、解釈できない?

書き始めたら? 伝えようとしたら?

それは過去にあった。

お父様が夢を見て、それを長官に伝えようとしたら、声が出なくなった。

同じ、なのでは。

根拠は無い。でも私には、そうとしか思えない!

隣には、裏を向けた封筒が置かれている。それを表に返す。左上に赤いライン。

教会を通さずに急ぎで、何かを私に伝えようとしたのだ。

なら、なら!

私は任務の途中だった。地下の怪物を探す旅。それが、城の皆を元に戻すことに関係している!

なぜか、確信だった。

私は気が抜けて、そのままお父様の椅子に体を置く。

天井を見、息を吐いた。

なんだか、楽になった。

王代行としてやるべきことはたくさんあった。

しかし、なんだか息苦しかった。見て見ぬ振りをしていた。

でも、良いのだ。

王城を元に戻す。それは願って良いことだし、それは私が全身全霊をもって取り組んで良いことなのだ。

無意識に、ずっとそれを願っていた。良いのだ。

ああ。じんわり来た。

……いや、まだ気を緩めるには早い、早すぎる。

直近私が何をすべきか。このままもう少し、考えよう。

 

それは暫くして、マーテルの控えめなノックで中断された。

「姫様? まだ時間掛かりますでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい」

いったん部屋の外に出て、外に居たマーテルと話す。

嘘は今用意した。

「一つ発見があったわ」

「はい?」

「宝物庫が解錠できるかもしれない」

「そう、ですか」

宝物庫とは国宝を保管する場所。

国の流動資産に関するものは国庫に保管されており、そちらは盗賊の鍵で解錠済み。一方で宝物庫は鍵が特殊で、まだ解錠できていなかった。

今すぐに宝物庫の中身が欲しいということは無い。それがそのまま、このマーテルの反応につながる。

ただ、この城の中で唯一中を検めていない空間でもある。

「ただし、その解錠方法は少し特別で、申し訳ないのだけどオリオンは、一時間、この城から退去してほしいの」

「は、い、かしこまりました。退去とは、城門前で待機すれば良いでしょうか?」

「城から100mは離れて欲しい。離れてさえいれば、城門前でも裏でも良いわ」

「かしこまりました。一度そう配置してから、姫様は入城なさいますか」

「そうします」

として、私は城内のオリオンが全員出たことを確認し、私一人で城内に戻った。

 

さて、お父様の部屋で一人。

宝物庫の話は、嘘だ。城から全員を遠ざける必要があった。何が起こるかわからないため。

では、教皇カイラス様宛に、手紙を書こう。

決心はついている。

やらないという選択肢は、無い。

文面は先ほど、ある程度考えてある。

『カイラス様』

筆先が紙面に触れたときが一番緊張したが、特に異変は無い。

このくらいは良い、ということか。

 

──。

先日の、城内の人間が消えた件です。手ががりに気付きました。

先月、王の声が出なくなった件をご存じでしょうか?

王が見た予知夢の内容を長官に話そうとして、それを話す直前に、声が出なくなったと聞きます。

その後声が回復した王は、その予知夢の調査を私だけに依頼されました。

世界中を回る必要のあるその調査は、まだ着手し始めただけで、今私がここに居るように、調査は今止まっている状態です。

そして今回、王は姿を消すその瞬間、私に手紙を書こうとしていたことがわかりました。

同じく、おそらく予知夢に関する手紙ではと考えました。

今回の城内の人が消えた件も、あの予知夢と関係しているものと考えます。

復興作業を投げ出すようになって申し訳ありませんが、どうか、私に国を離れ、調査を再開させていただけないでしょうか?

なおこの件の性質上、全てをお話しできないことに、ご留意いただければと思います。本当に、申し訳ありません。

 

書き切った。

周囲に異変は見られない。

いや、単に私が感知できないだけで、城ごと異世界に飛ばされているかもしれない。そんな自分の突拍子もない発想に苦笑した。それでお父様達に会えるって?

さて、最後に署名が残っている。ふと、アリーナではなく、レナ名義で書いても良いと気付いた。

文面をさっと見直す。うん、お父様ではなく王と表現している。

あの冒険に戻るのだ。レナ・スタンフィードと最後に記した。

あ! やはり違うのでは?

今までの冒険をアリーナとして改めて引き継ぐべきだったのでは!?

もう書いてしまったので、仕方が無い。

なんだか、覚悟が浅く見える気がする。

署名がどっちだなんて、どうでも良い後悔だった。

 

城の外に出た。マーテルらと話す。

「解錠、試してみたけれど、だめだったわ。後でカイラス様が様子を見に来られると思いますが、それは気にせず、今から普段の警備に戻ってください」

マーテル個別には、

「では戻りましょうか」

として、サランの大聖堂へ戻った。

 

聖堂ではカイラス様の私室で彼を捕まえることが出来た。出来れば本日中に、王城の王の書斎へ行き、机前の手紙を見るよう依頼した。見るのは一人で。

とても不審がられたが、こちらも本気だ。カイラス様はすぐに聖堂を立たれた。

手紙はここで手渡しても良かったが、渡すということが伝達開始と見なされると、サラン一帯がどうにかなるのでは、などと考えてしまった。

正直、何がセーフラインかはわからない。こちらにとって必要最低限な範囲を見定め、踏み込むしかない。

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