聖堂の正門。
私の侍女だったコーネリアは、一人の従者を連れて私を待っていた。
「ごめんなさい、いろいろ忙しくて!」
言い訳をしないつもりでいたが、つい口から出てしまう。
彼女は私に近づき、手を取り、ご無事で何よりです、と俯く。
心配、させてしまったよね。
「あなたも無事で良かったわ」
「いえ、わたくしなど、本当に、今回のことは、なんと言えば良いか」
ああ。
彼女は王城の消えた人達を見ているのだ。私はすっかり、それを棚の上に上げ、見ない振りをしていた。しかし堂々と、それは継続する。
「そのことは良いの。今はやるべきことだらけで、まずはそれらに向き合っていかないとと、思っていたところ」
顔を上げたコーネリアの可愛らしい額に、しわが寄った。
それに対し、
「ありがとう」
とだけ返した。
さて、こうばかりもしていられない。
「あなたが訪ねて来た理由、聞いたのだけど、職員として働きたい? 私の侍女としてではなくて、ということよね?」
もし侍女としてであれば、それは断ろうと思う。あの穏やかな時間は、今の私が楽しむべきものではない。
しかし、
「はい、今、国の運営のために人が必要と伺っています! ぜひその一端を担わせてください! お父様の許可ももぎとってきました!」
と、目を見て正面から主張される。
「な、なるほど?」
こんな元気な人だったっけ。
コーネリアは商家スタンフィードの人間。
「1つの店舗を半年ほどですが、運営した経験があります! きっと、お役に立てるはず」
とのこと。強い。
あれは二日前だったか? カイラス様が人材不足を嘆いていらっしゃった。
これは、間違いなく、良い話だ。
「わかりました。カイラス様に掛け合ってみます。ああ、私はお飾りなので、あまり権限がないの、ごめんなさい」
「いえ、ありがとうございます!」
とコーネリアは頭を下げる。いや、私にとっても心強いことだ。
「とりあえず、そうね、カイラス様は今、地方定例に参加されているので、それが終わった後を見計らって、一緒に話をしに行きましょう。それまでは、では、私のやっていることを紹介しましょうか」
「はい」
ちらと、私は彼女の後ろの従者に目をやった。
「彼は?」
「私の護衛です、ですが、一旦帰らせて、また帰りに来てもらいます。そうですね、では十時に」
「五時で! 良いのではないかしら!?」
「わかり、ました、では、五時に」
従者は帰って行った。
十時って、もちろん夜よね!? 一応五時で業務一旦終了なのだけど!?
もちろんその後も個人作業する人はいる。私も。
しかし初日に、個人作業は無理だろう。一人では勝手がわからないはず。
普通はそうじゃないの? でも十時を指定? さすが、商会は、文化が違う!?
ちょっと待って、それとももしかして夜は、私との談笑時間を含めたということ? ちょっと、その時間を取る余裕は、無いかな……。
ということもあり、なぜ最初に十時と言ったのかは聞けなかった。
さて、カイラス様を捕まえるまでの、この合間時間。
「まだ少し時間があるから、まずは、私たちが聖堂をどう使っているか説明しようと思うの。いい?」
「はい!」
聖堂の中をコーネリアとマーテルと三人で歩く。
コーネリアが一言、「服、良く似合っておいでです」とほほ笑んでくれた。
「ありがとう! 動きやすくて、そしていろいろと気にしなくて良いのはとても気に入っているの!」と返す。
これは、町の古着屋で10ゴールドで購入したものだ。綿の白地ワンピースで、しかし草木を形どる大き目の刺繍複数が映えている。私の体より少し大きいので、体の線が出ないということが、立ち振る舞いを本当に楽にする。多少のほつれは許容しているので、どこにでも座ることができる! 本当に最高。
彼女は筆記用具を取り出していた。あまり雑談に時間を割くわけにはいかないな、と思う。
さて、まず本堂である、主礼拝堂。
「王城の事務室単位を維持するように区画を区切ってるの。ここは、そこ、左翼は業務統括庁で、右翼は、奥はちょっと違うけど、基本は財務庁。書類は、存在した場所単位でまとめています。例えば」
右手前テーブルにあった書類の束の先頭一枚を取り、最初のメモを音読する。
「財務庁室の、レイクの机上にあった書類群、ということ」
その一枚を戻す。
「あとは、そうね、どの部屋も共通なのだけど、部屋正面から見て縦の向きの書類が、王城に当時あった書類。一方で横向きのものが、ここのメンバが書いた書類。ああひとつ言い忘れたのだけど、今業務の半分が、当時の書類の読解よ。当時の王城がどういう風に回っていたのか、何をやっていたのか、恥ずかしながら、完璧には見えていないの。その解析を進めています。とにかく人手。スライム集いて王になる、ということね」
「はい」
おっと、カイラス様の例えをそのまま使ったが、失礼だったかも。
そして彼女はこの短い時間の間に、随分な分量のメモを取っていた。
うう、あまり、優先度の低いことは喋らないようにしよう……。
「書類を見るため束から抜く場合も作法があるのだけど、それは厳密には庁ごとにローカルルールがあるから、必要なときは聞くと良いわ」
「はい」
「では次に副礼拝堂に行きましょうか。そちら」
と、礼拝堂内のテーブル群を突っ切って右奥の出口へ進む。
と。
彼女に書類の向きを説明したせいか。
とある書類の束に混入した、中途半端な向きとなっている、2枚ほどの書類が気になった。
「少し待って」
と、その書類を抜いてみる。
アルファベット群が順番に横に並べられだけの、二枚。暗号表。
アルファベットをずらす数字分、一枚に対し一枚をずらすことで、ずらした先の文字がわかるというもの。
これ、お父様が使っていたもの、だと思うのだが。似ているだけ?
書類束の先頭を見る。財務長官の机の中か。ふぅん? まあいいか。向きを直しておこう。
「げっ」
という声がした。
声の方向、私たちが今部屋から出ようと向かっていた方向だ、そちらに目をやる。
カイラス様だった。それと司教長も。
げって、なんだろう、私に対して? それとも、コーネリア?
「それ、どこにあった?」
私が持っていた暗号表だった。
元の書類の束を指差して答える。
「ここ、ですけど」
しかし彼はその束先頭の一枚には興味が無さそうに、そちらには視線を移さず、バツが悪そうに、礼拝堂内に視線を漂わせた。そして、私を見た。
「すまん、それは俺が紛失したと思っていた書類で、本当はクラウスの私室にあってだな」
「なる、ほど?」
やはりお父様のものかと思ったのが最初。だけど?
「机の、上?」
「ああ。なんだろなとちょっと気になって持ち帰ったんだが、どこかへ行ってしまって、そこか、なんでまたそんなとこに」
「神隠し後?」
「ああ」
お父様の机の上? これは、出したままにして良い資料ではない。そうでないと、暗号文の対応をしていたことが推測可能になってしまう。これが机に出ているということは、それは暗号文処理中か解読中に限るべきだ。
待て待て。
他に、お父様の机の上には何があった?
書きかけの、紙と、筆?
あやふやだ。今、見に行かなくては。
「姫?」
少し沈思してしまっていた。
「私、これを戻しに王城へ行きます! ええと! この娘は期待の新人、私が保証します! 経営の経験あり、どこかアサインをお願いできますか!?」
「わ、わかった、良いか?」
とカイラス様は後ろに控えていた司教長に声を掛け、そして司教長の「わかりました」という言葉を聞き届け、私はコーネリアに、
「ごめんなさい、急用ができたのでこれで! 本当にごめんなさい!」
と言い、マーテルと足早に、聖堂を後にした。
「このまま、向かわれるのですね?」
「はい!」
マーテルのそれは、このまま走って王城まで向かうのか、という意味だった。この方が早い!
サランの街を走る。
街の皆への、私の正式な顔見せはまだだ。私だとばれないと信じて、あるいはばれたところで何もないと思い、ひたすら前を向き、駆ける。
「書類を王の部屋に戻すだけ、でしょうか!? 指示いただければ、私が代わりに、」
「いいえ、確かめたいことがあるの!」
具体的に何を確かめたいというものは無い。しかし、一度思いが至ってしまったこと、それに対して肯定でも否定でも良い、何か手がかりがあるはずと信じる。
城門前。警備するオリオンへ、入城する手続きを取る。
城は最低限の人数、よりも少ない人数である三名で、昼は警備している。
一名は城門、二名は城内を自由徘徊。
入城手続きとは、銅鑼で二名を城門前に呼び戻し、私たちの入場を伝えるというもの。
なお、退城時も銅鑼を鳴らす。鳴らす回数も決まっている。
そうして、マーテルと共に、王の執務室に着いた。マーテルは部屋の外で待つ。
私はまずお父様の机上を見た。転がった筆。椅子の正面に置かれた紙。白紙の手紙だった。これから書き始めるような。
無意識に目を紙面に近づける。目を見開く。手紙左上に小さく「、」だけが書かれていた。
これって、書き始めた瞬間にお父様が消えたと、解釈できない?
書き始めたら? 伝えようとしたら?
それは過去にあった。
お父様が夢を見て、それを長官に伝えようとしたら、声が出なくなった。
同じ、なのでは。
根拠は無い。でも私には、そうとしか思えない!
隣には、裏を向けた封筒が置かれている。それを表に返す。左上に赤いライン。
教会を通さずに急ぎで、何かを私に伝えようとしたのだ。
なら、なら!
私は任務の途中だった。地下の怪物を探す旅。それが、城の皆を元に戻すことに関係している!
なぜか、確信だった。
私は気が抜けて、そのままお父様の椅子に体を置く。
天井を見、息を吐いた。
なんだか、楽になった。
王代行としてやるべきことはたくさんあった。
しかし、なんだか息苦しかった。見て見ぬ振りをしていた。
でも、良いのだ。
王城を元に戻す。それは願って良いことだし、それは私が全身全霊をもって取り組んで良いことなのだ。
無意識に、ずっとそれを願っていた。良いのだ。
ああ。じんわり来た。
……いや、まだ気を緩めるには早い、早すぎる。
直近私が何をすべきか。このままもう少し、考えよう。
それは暫くして、マーテルの控えめなノックで中断された。
「姫様? まだ時間掛かりますでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい」
いったん部屋の外に出て、外に居たマーテルと話す。
嘘は今用意した。
「一つ発見があったわ」
「はい?」
「宝物庫が解錠できるかもしれない」
「そう、ですか」
宝物庫とは国宝を保管する場所。
国の流動資産に関するものは国庫に保管されており、そちらは盗賊の鍵で解錠済み。一方で宝物庫は鍵が特殊で、まだ解錠できていなかった。
今すぐに宝物庫の中身が欲しいということは無い。それがそのまま、このマーテルの反応につながる。
ただ、この城の中で唯一中を検めていない空間でもある。
「ただし、その解錠方法は少し特別で、申し訳ないのだけどオリオンは、一時間、この城から退去してほしいの」
「は、い、かしこまりました。退去とは、城門前で待機すれば良いでしょうか?」
「城から100mは離れて欲しい。離れてさえいれば、城門前でも裏でも良いわ」
「かしこまりました。一度そう配置してから、姫様は入城なさいますか」
「そうします」
として、私は城内のオリオンが全員出たことを確認し、私一人で城内に戻った。
さて、お父様の部屋で一人。
宝物庫の話は、嘘だ。城から全員を遠ざける必要があった。何が起こるかわからないため。
では、教皇カイラス様宛に、手紙を書こう。
決心はついている。
やらないという選択肢は、無い。
文面は先ほど、ある程度考えてある。
『カイラス様』
筆先が紙面に触れたときが一番緊張したが、特に異変は無い。
このくらいは良い、ということか。
──。
先日の、城内の人間が消えた件です。手ががりに気付きました。
先月、王の声が出なくなった件をご存じでしょうか?
王が見た予知夢の内容を長官に話そうとして、それを話す直前に、声が出なくなったと聞きます。
その後声が回復した王は、その予知夢の調査を私だけに依頼されました。
世界中を回る必要のあるその調査は、まだ着手し始めただけで、今私がここに居るように、調査は今止まっている状態です。
そして今回、王は姿を消すその瞬間、私に手紙を書こうとしていたことがわかりました。
同じく、おそらく予知夢に関する手紙ではと考えました。
今回の城内の人が消えた件も、あの予知夢と関係しているものと考えます。
復興作業を投げ出すようになって申し訳ありませんが、どうか、私に国を離れ、調査を再開させていただけないでしょうか?
なおこの件の性質上、全てをお話しできないことに、ご留意いただければと思います。本当に、申し訳ありません。
書き切った。
周囲に異変は見られない。
いや、単に私が感知できないだけで、城ごと異世界に飛ばされているかもしれない。そんな自分の突拍子もない発想に苦笑した。それでお父様達に会えるって?
さて、最後に署名が残っている。ふと、アリーナではなく、レナ名義で書いても良いと気付いた。
文面をさっと見直す。うん、お父様ではなく王と表現している。
あの冒険に戻るのだ。レナ・スタンフィードと最後に記した。
あ! やはり違うのでは?
今までの冒険をアリーナとして改めて引き継ぐべきだったのでは!?
もう書いてしまったので、仕方が無い。
なんだか、覚悟が浅く見える気がする。
署名がどっちだなんて、どうでも良い後悔だった。
城の外に出た。マーテルらと話す。
「解錠、試してみたけれど、だめだったわ。後でカイラス様が様子を見に来られると思いますが、それは気にせず、今から普段の警備に戻ってください」
マーテル個別には、
「では戻りましょうか」
として、サランの大聖堂へ戻った。
聖堂ではカイラス様の私室で彼を捕まえることが出来た。出来れば本日中に、王城の王の書斎へ行き、机前の手紙を見るよう依頼した。見るのは一人で。
とても不審がられたが、こちらも本気だ。カイラス様はすぐに聖堂を立たれた。
手紙はここで手渡しても良かったが、渡すということが伝達開始と見なされると、サラン一帯がどうにかなるのでは、などと考えてしまった。
正直、何がセーフラインかはわからない。こちらにとって必要最低限な範囲を見定め、踏み込むしかない。