少しして、カイラス様が私の部屋を訪問してきた。彼の第一声は、
「あなたは、俺を隠居させる気ないな?」
という溜息交じりのものだった。でもそこに笑顔も含まれていたので。はい、ごめんなさい、と、笑顔で答えてみた。
彼は現在、王国運営の中枢を実質担っており、教皇の権限を遙かに超えて動いてくれている。それが本人としては、お気に召さないようだ。
めんどーだ、と。権限を持ち過ぎだ、と。無用の火種になる、と。
周囲へは、半年ほどしたら隠居したいと漏らしていた。本人はいつもの軽い調子だが、冗談ではないと思う。
そこは、ごめんなさい。
場所をカイラス様の私室に移す。
「で、何が必要だ? 時間、人、もの、金くらいか?」
現象について質問が無いことが有難い。
「時間……。期間は、目的達成の詳細がまだ見えていないので、期間だけ先に決めるイメージなのだけど。例えば、半年?」
と顔色をうかがってみる。
カイラス様の反応は軽いものだった。
「なら、定冠式には帰るというところか」
定冠式。恒例年初のイベントだ。そうか、それも私がやるのか。
「はい」
「まあ、いいんじゃないか? あとは?」
とすんなり受け入れてもらえた。
「人は、クリフトにブライ」
「だけか。少ないな、が、そういう事情か」
「はい、申し訳ありません……。ものは、特には。資金は、それも、どうとでもなります」
道々の魔物撃退で稼ぐことができる。そのお金で十分というのは経験上わかっていた。
「なるほど? 言うことは無いな。あとは、いつ発つのか、それまで何をするか、だ。1週間は待てるのか?」
「そのつもりです。フレノールで発つ、のはいかがです?」
「わかった、丁度いいか、それで行くと」
1週間後、サランやフレノールで現況を国民に説明するというイベントが、すでに予定されていた。
通称、顔見せ。国民への私の顔見せイベントという意味。
恥ずかしくて、避けられるなら避けたいイベントだが、避けてもいられない。重要とのことだし。
そのイベントのためにカイラス様含め私たちはフレノールまで行脚するため、そこで別れ、私たち三人は調査任務に就くという話になった。
「大日程は、どうする? 半年とは微妙だが」
「少し、変えようと思います」
「はは、大変だな」
それは来週の原稿にも関わってくる。
「あとはその調査、俺は良いとして、ロノフが何と言うかだな」
ん? どうしてロノフの話? それは私の表情に出たらしく。
「今、彼は姫の配下だとしても、それとは別の話として、王家を守るという使命はあるだろう。反対されてもおかしくない」
「なるほど……」
彼はオリオン第二番隊長。第一隊が無い現在は、オリオン実質トップ。
騎士団再編の件で何度か最近話したけれど、質問には答えてくれるが、それ以上のことを口に出してくれず、感情も出さず淡々としていて、何を考えているか読めない人、という印象だ。
「その説得は姫に任せるとして──」
という声で意識を引き戻された。
「一応、業務の引き継ぎするか。今行けるか? 大体はわかっているつもりだが」
と溜息交じりにカイラス様は言った。
「はい……」
それは、申し訳ないな。私はいくつか仕事を任されていたので。
「そういえば、この件は、極秘だな? 今の時点では引き継ぎの話を聞けるのは俺だけか」
「はい、それが良いかと」
「あなたがいない間、どういう話にすれば良い?」
「それは、聖堂に対しては、何かの業務で外に出ていると。対外的には、聖堂にいる、と」
カイラス様は背を椅子に預けた。
「まあ、悪くないか。方々に書いて貰っていた書状は代筆だな。騙るかどうかは、ケースバイケースか」
「私、書き損じた手紙をいくつか残してるわ! 参考になるかも」
「筆跡の真似か」
彼は悪い笑みを浮かべた。
「頼む。書状作成はそうするとして、あと引継ぎとしては、法制議会立ち上げと、オリオン再編成と、宝物庫活用、だったか」
「はい」
それらは、私が主導することになっていた業務だ。それぞれの現状を彼に説明する。何もできていないな……。
「ま、どれも優先度低めだな、こちらでおいおい続きを考えるとするか」
「はい、ごめんなさい……」
「何気にしてんだ? もともと優先度は高くなかっただろう。それに物事が予定通りに行かないことはよくある。ま、王城の目標管理と比べて教会のは緩いだろうが」
うーん、そう言われても、私から見たら、やるべきことができなかったわけで。
「業務が人に付いていると思うな、組織に付いている。で、あなたはそれらの仕事の代わりに、より大きな仕事に就くというわけだ。責任重大だな? そっちの方で悩んでくれ」
「う……、それは、その通りね」
「だろ?」
とカイラス様は、責任をお手玉のように扱う。
クリフトとブライを聖堂の屋上に呼び寄せた。……他に良い場所が思い浮かばず。
「この三人で、また旅をしようと思います!」
「……これからですか?」
とクリフト。
「いえ、1週間後ね」
「姫と私は、フレノールですよね?」
ブライはフレノールまでの顔見せは同行しない計画であった、当初は。
「フレノールから出発となります。ブライもフレノールに来てもらいます」
「……御意」
「また、しかし、なぜ?」
私は簡潔に、以前のお父様の不調と、今回姿を消す前に私へ手紙を書こうとしていたことの関連を説明した。
クリフトの眉間にしわが寄った。
「表面上辻褄は合いますが、期待できるかと言うと。それに賭けると言うことですね。それとも姫様の、予知?」
「いいえ。ただ、私がやるべきと思った」
これは予知であると、嘘をつく選択肢もあっただろうが、この二人に噓はつきたくなかった。
「それで十分と存じます」
とブライが助け船を出す。
「そう? それとも、私がこう思ったこと自体が、予知?」
と聞いてみる。
「さて。それがしの分かる話ではございませぬが。ただ、王はこのような時にこそ、頼りになる方でしたな」
皮肉にも取れるが、違う、ここでは、わたしを肯定した表現だと思った。その子である私ならばということ。笑みが出た。
「見ていなさい」
「御意」
「しかし、水を差すようで申し訳ありませんが、怪物を見つけて何が出来るという話はありますね。深入りすれば我々も消される可能性があります、今この瞬間も」
あまり考えたくなかったことをクリフトは言ってくる。
「それは……、その通りね……」
その私の言葉は時間稼ぎでしかなく、ゆっくり言い終わっても、何も他に言葉が出てこなかった。
ブライが口を開いた。
「王なれば、問題ございますまい」
えっ!? 私の判断をそこまで評価する? 調査の旅に出ることになんとなく自信はあるけれど、その道中の無事までは正直、自信は、無い。
自信のある振りをしたほうが良い?
その一瞬の動揺はブライに伝わった。
「姫が、ではございませぬぞ?」
「えっ」
「王が予知し、姫に調査を依頼なさった。王はこういう時、誤りませぬ。調査継続なさるべきじゃ。王がそうおっしゃったのであれば、その方が得と、すでに出ておる」
唖然としてしまった。
そう、か。この状況でも、お父様にすがって良いのか。姿は無いのに。
ふふ、全く。頼りになる。
その暖かいものでまた、つい笑みがこぼれた。
「では世界を回る計画を立てないといけませんね。計画その他、私の方で用意しておきます」
「半分埋まれば、まず儂に見せよ。お主は宿の場所に頓着せぬからな」
「かしこまりました、こちらでも考慮してみますが、是非よろしくお願いします。姫、調査期間はどれほどですか?」
「半年、つまり年末まで、と一旦区切ったわ」
「なるほど……、まあ良いところでしょう。計画もそれに合わせます」
「お願い」
と、話のきりが良く、三人、数秒間顔を見合った。
「また、お願いします」
と改めて言ってみた。
二人は深々と頭を下げた。
「あ、クリフト。法制議会とオリオン再編成の話は、もう私たち無しになったので」
「承知しました。とは言え、今までの情報はまとめて残しておくべきと思いますが」
「そうね。あと一週間でできることもあるでしょう。ではまた、それぞれの定例の時間で話しましょう」
「はい」
それでその場は解散となった。
意外と。クリフトとは普段通り話せた。
いや、そうでなくては。
一対一でなければ問題ないのかも。ゼロスの墓の前で遭遇しない様にしなければ。
そしてあっという間に、サランでの顔見せの日が来た。