真面目新訳第二章 おてんば姫の望見 おまけ   作:赤色ねんね

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(43) サランにて

晴れているらしい。

今日はサランでの顔見せの日だ。

聖堂の正門あたり全体が会場となる。

昨日のうちに設営は終わっており、聖堂内に関しては静かなもの。

しかし雨にも似た、ざーっという音が遠くから聞こえる。

それが私の集中を邪魔する。原稿を見る目が滑る。今更見返しても、意味は無いかもしれない。

「はい、終わりました!」

とはコーネリアの台詞だ。

髪の結い付けをお願いしていた。久々のドレスも着るのを手伝って貰った。

……あなたもいつもは着させられる側でしょうに、鮮やかなもの。

鏡越しに自分と彼女を見る。

「ありがとう、完璧ね。これも戦闘服かと思えるくらい、引き締まる思いだわ」

「いえいえ、私ではこのくらいが精一杯です。遠くから見られる分なら、なんとか誤魔化せていますが」

それは、服ではなく髪に改善の余地があるということかな?

顔を左右に振って見てみるも、特に気になる点は無いが。後ろの、バレッタで髪を留めたところに誤魔化しがある?

「……サリーさんがいらっしゃればと思ってしまいますね、あ、申し訳ありません、なんでもありません」

今いない人がいてくれたら。それは王城の人全員に当てはまる。

もしいてくれれば、顔見せのイベントすら不要で、私は今頃どの大陸を回っていたか。

その空想は、もはや微笑みをもって迎えることができる。

「そうね、それはとっても素敵な状況ね」

まだそれは、その可能性は、私の手の内にあると信じている。

さて。今の私。

緊張にふさわしい装いになったと言える。なんとなく、少し落ち着いた。逃げるのはやめようか。

「少し早いですが、正門塔に行きます」

 

正門塔。

聖堂の正門の上に建てられた、二階構造の塔。

正門部を1階とするなら、塔は2階、3階、屋上からなる。

今朝はその屋上から、眼下の国民に話すというイベントだ。

当初は、正門塔ではなく、王城前だ、いや西の町外れのスペースだ、などと意見はあったが、メリットデメリットを洗い出した上で、ここに落ち着いた。

その塔3階部の共有スペース、テーブルと椅子三脚の組がふたつある、に行くと、すでにカイラス様がいらっしゃった。

教会のイベントであれば何重もの厳重な白装束のはずだが、彼は普段の黒一色の服を着ていた。「帽子を使い分ける」とのことだ。

コーネリアがカイラス様の正面の椅子を指す。その椅子にはシーツがかかっている。……シーツが無いと、ドレスのレースが椅子に引っ掛かって台無しになるのだ。その椅子に座る。

「カイラス様も、緊張なさるのですか?」

「当たり前よ。話すことが多すぎる。ま、主役らがここに早目に集まっていないと、心配する連中もいるからな」

として、周囲の人間の笑いを誘っていた。緊張しているようには見えず、普段のカイラス様だった。いつもの格好でもあることだし。

……彼にとって、着飾った私は見慣れたものだろうか? 多分イエス。ある意味、昔からの付き合いだ。だけど一方で、髪を近距離で見られてはならないという事項を思い出した。

いや、カイラス様ならいいか。今更、聖堂にいる人間に着飾ったところで──。

「おはようございます。今日もお美しいですね」

私はがばっと、凄い顔をしてクリフトの方を振り向いた。クリフトはその様子に2cmのけぞって、

「……何か?」

とだけ言った。

「クリフト。姫は緊張されている。構うな。放っておけ。目を合わすな」

「そうですか? そうは見えませんが。大丈夫でしょうか?」

「問題無いから行け」

「わかりました」

とクリフトは、最後に私を一目見て、屋上に上がっていった。

「なにか、あったのか?」

とカイラス様に聞かれる。

「いえ、多分、何も……」

「そう、か」

カイラス様は次の一言で閉めた。

「仲良いことで」

「仲良くはないです!」

「そうか」

 

その後の待機も長かったが、振り返ってしまうと何故かあっという間。理不尽だと思う。

時間、出番だ。カイラス様に続いて屋上へ。

屋上には即席ステージが作られており、その上に四段の階段で登る。先にカイラス様が登っており、その登場で沸いている最中の、正門下を見下ろす。

おおおお。

正門前の通りは川を越えても人だかりで、そこに垂直に交わる大通りも、あれは人が通れるスペースが残っていない。

皆が私を見ている? 後ずさりしたくなる。でもだめだ。コロシアムでは視線を落とすことも出来た。今はだめだ。彼らにしっかり応えないと。

最初のカイラス様のパートが始まる。増幅役であるプロンプターも付く。

挨拶。

改めて、状況の簡単な説明。そして、王代行の私について。

ああ大丈夫、何を最初口走るか覚えている。

カイラス様が1歩下がった。私が代わりに1歩。改めて皆の顔を見る。

いや、たくさんで、小さくて見えないけどね!

でも、見ようとする。歓声はすっかり止んでいた。

「ご機嫌よう、皆様」

静寂がそのまま、私への注目を示す。

「私はアリーナ・サントハイム。この度、王代行の役目に、就きました。よろしく、お願いします」

角度10度のお辞儀を2秒。そして顔を上げて。

「先程、カイラス様から、ありましたように、王城は、前代未聞の事態に、遭遇しています」

少し落ち着いてきた。視線を定める余裕が出てくる。

「当面は、サラン大聖堂を、臨時の府として、そして私が、王の代行として、諸事務めます」

遠くに視線を送る余裕も。

「まずは、方針です。一年、規模を抑えた、王城運営をしながら、この事態の原因調査を、継続します。その一年以内に、人々を、奪還します」

ああ、じわりと始まったざわめきが大きくなる。収まる? 最大十秒待つ。

結局、こんな脳天気な方針になってしまった。私がいないときの話を多少具体的に準備することで、これは許してもらえた。

お、ざわめきが収まった。

「……王城運営規模を、抑える代わり、年末の税徴収は無しと、させていただきます」

おお、ここでも、小さくないざわめきが。すぐ収まった。

「次回の徴収は来年の末、その額も、何割か減免予定です。よろしくお願いします」

角度10度のお辞儀を2秒。

よし。顔を上げて、

「では、細かい計画を、カイラス様よりお願いします」

終わったぁぁぁああああ!!

たった数百文字でしかない出番だが、なぜこんな簡単なことで緊張するのか。

文字数だけでは語れないか。姿勢、目線、スピード、抑揚。全て気を遣っていた。

お父様は演説時、どれほど心血を注がれているのか。少量かも知れないし、多量かもしれない。こういう話、したいわね。

カイラス様は説明を続けている。私もまだ下がったわけではない。油断はできない。前に添えた両手の存在を再確認する。ふぅ。

カイラス様。本来教皇ともあろう人が、説明係になるものではない。

しかしこの重要な、仕切り直しのイベント。これを見た人は。王政と独立していた教会が、ついに前例を破るのかと期待するものがいるかもしれない。

そこに嫉妬するものがいるかもしれない。そこにおもねるものがいるかもしれない。余計な憶測、余計な期待、余計な権力が生まれる。彼は、それらを引き連れて隠居し、抑え込む覚悟だ。

本当に、面倒な世界。しかし私だってそれに心中する覚悟だ。いや、覚悟、だった。

今の私は、そういった面倒なことを全て押しつける相手を取り戻そうとしている。お父様。

おっとまた意識を別の方向に飛ばしてしまっていた。

カイラス様の説明は、最後の法案のパートに入っていた。本来は、仮の法の位置づけ定義をした上で、ここでその仮法を紹介するはずが、法の案レベルになってしまった。

これは私ができなかった仕事だ。この後悔は、しばらく引きずりそう。

「この度の周知事項は以上だ。誰も彼も、勝手が違うことばかりだが、よろしく頼む。それでは解散!」

私は最後のおじぎをする。

終わった。

屋上から二階へ下がるカイラス様について行く途中、

「俺の話は聞いてたか?」

と話しかけられる。

「それは、もちろんです」

もちろん、多少は。

その私の表情を見て、また前を向き、

「ああいうときも集中して聞くように。部下が離反するときは、ああいう場で予定外のことを言うもんだ」

「えっ!?」

カイラス様は声を出して笑っていた。

三階の共有スペースに着く。そのテーブルの椅子にどかっと座り、息を吐くカイラス様。私も対面に腰をかけながら、

「お疲れ様です、ありがとうございました」

と改めて声をかける。

「これっきりに、して欲しいものだが。あ~、まだ10時か!」

彼は少しの秒、額に手を当て、うなだれてテーブルの表面を見ていたが、顔を上げ、

「とはいえ、名実共にもう、あなたが王代行だな。俺が何をやってもあなたの責任だ」とニヤリとした。

「あら? 説明者の責任を背負っていただきますよ?」

「いらねー!!」

と彼はテーブルに突っ伏した。そこへ、

「お疲れ様でした」

とクリフトがやってきた。それは私も対象に入った言葉だ。

「ありがと」

とだけ返してみた。

「お二人とも、見事なものでした」

「私は何もしてないようなものだけど」

「いーや? 揺れず、涼しげで、見事なもんだった。俺を見事に子分扱いだ」

「はい」

「……どゆこと?」

「本番に強いんだな」

よくわからない指摘だが、多分褒められている。

「放心状態がかえって良いのかも?」

と当てずっぽうなコメントをしてみる。

「あるある」

「え? カイラス様も、そんなことがあります?」

そうは見えず、想像もできない。

「ま、放心とまでは言わないだろうが、その場で脳が働かなくても、体が口が、一通り動けるようにはする。覚えさせる。あなたのリハーサルもそういう狙いがある」

私のリハーサル。これまで、カイラス様の前に立って、暗記した台詞を披露するという機会が三度あった。

あの機会が設けられたおかげで、嫌でも暗記しなくてはならないなと感じていたが、私の想定していた暗記のレベルよりも、一段深い暗記のことをカイラス様は私に植え付けようとされていたようで。

考えて出せるようではまだ足りないと。なるほどね。

「またリハーサル、お願いしようかしら」

「ああ、どんと来い」

半分冗談で言ってみたが、これは、やろうか。

同じく、次はフレノールでの顔見せまで、あと二日。

同じことの繰り返しとはいえ、油断してはいけない。

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