真面目新訳第二章 おてんば姫の望見 おまけ   作:赤色ねんね

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(44) フレノールにて

翌日、フレノールへは、サランから海路で。

二年使われていなかった王城所有の船をなんとかメンテし、船商会の船員も融通してもらいながらという、極めて暫定的な移動手段だった。

とはいえ、海路、特に帆船というものは、面白かった。以前の私ではその面白さは分からなかっただろう。風上の目的地にどうやって向かうか知ってる?

叡智を持って進む船。もうちょっと精神的に余裕があるときに、また楽しみたいもの。

フレノールに夕方到着し、そして翌朝となる。フレノールでの顔見せだ。

 

今回宿となった、旧領主邸。以前も私たちが宿泊し、誘拐事件が起こった場所でもある。この宿は街の中心に存在するが、その周辺は建物群がそれほど密集しているわけでもない。そして宿は高台ともなっている。ここから聴衆に話しかけることになっていた。

そうは聞いていたが。実際に舞台に立ってみると。

通路を埋め尽くす人。通路、狭かったか。複数の家の屋根には、上に人が登っているのだけど……。サランでの聴衆の数よりも多いのでは? 少なくとも密度はこちらが上だ。こんな会場で、申し訳ないな。警備兵と時間があれば、郊外で新たに会場を設けたところだが。

仕方が無いか。

顔見せイベント、やることは同じだ。

そして。

結局、トラブル無く。

サランの時と同じように、終わらせることができた。

 

翌朝。

公にはこの時間私達は、旧領主邸を発つことになっていた。

姫が身支度を済ませるのを見届ける。

姫。姫役の彼女。

「完璧ね」

と私は言った。

彼女の支度を手伝うコーネリアも、何度も頷く。

「ありがとう、ございます……」

と姫役が赤面する。

いえ、貴方に言った訳ではないのだけど、という若干のすれ違いに、私達二人はふふと反応してしまう。

姫役の彼女。メイと言った。

以前まさにここの宿で、私であると誤解され誘拐された、巡業中の女役者。

彼女らはあの誘拐から解放後、まずオリオン手配の元サランへ移り、そこから陸路で再度フレノールへ向かい、そこからひっそりと国外へ出る予定だった。そのフレノールへの道中、王城へ急ぎ戻るオリオン二番隊ロノフらと遭遇。そこでロノフは、「恩返ししたいのなら王城に来い」とだけ言って別れたらしい。後で彼に聞いたが、万が一には姫の代わり、とは考えがあったと。

とまあ、そうしてメイたちは再度サランに戻り、ロノフと共に聖堂に接触し、カイラス様が交渉。私、アリーナは必ずサランに来る、それまでの代役をお願いできないか?と。それは承諾されるも、その準備が整うより、私のサランへの到着が早かった。代役の機会は無くなった。それでその話は終わるはずだった。

しかしその後、改めて、私の離脱が計画されるようになって。フレノールで顔見せ後、そこからサランへの私の帰還も国としてはイベントの一つとなる。カイラス様がふと提案した策だった。

「代役、立ててみるか」

それで、こんなことになってしまうだなんて。

彼女は髪を茶色に染め、毛先を軽く巻く。立ち振る舞いはサランで教授済み。

遠くから見られる分には大丈夫だろう、多分! 私、そんなに洗練されていないし! ……それを考えるのはよそう。

身支度は整った。

「大丈夫ですか?」

と彼女に聞く。

「はい、夢のようです」

それは、誤解なのでは? 彼女はこれから、地味な移動をこなしてもらうだけだ。そこに、何か良いことがある?

今彼女が来ているドレスは、今だけ彼女が着られるものか? 違う、すでに彼女のものだ。なにか彼女のメリットにならないかと、彼女にドレスを作って譲る約束となっている。サイズが少し大きいでしょうに、ごめんなさい。

今整えた身支度だって、本来は姫お付きのメイドがやるべきこと。普段は身支度される側の二人でなんとか今回整えてはみたが、本当に完璧かと言われてしまうと。

そんな経験、夢のようなとは比喩しないのでは? 言わない方がいいかな?

彼女は続ける。

「お力になれること、とても嬉しいです!」

「……今回はオリオンがついています。必ず無事に、終わらせます」

「はい、ありがとうございます!」

彼女の明るさに、助けられる。ただでさえこの宿だ、誘拐のことを思い出さずにはいられないでしょうに。

「こちらこそ、ありがとう」

私の旅のために。私の国のために。

 

身支度を済ませたことを言いに、隣の部屋へ。

そこにはオリオン隊員が複数名待機していて。そしてオリオン第二隊長、ロノフがいる。

今となっては唯一の隊長だ。

「準備が整いました。行けます」

と伝える。

「かしこまりました」

オリオンの中では背は小さい方で、体調を心配したくなる程の色白で、やや長い黒の前髪を左右に分け、全く似合わないちょびひげを口に乗せている。目は細く無愛想。丁寧ではある。

彼、ロノフは唯一、これから始まる私の旅に反対していた。

私の身に何かあっては国が途絶えると。

以前の誘拐事件での協力といい、オーボンヌ教会での通行証の件といい、根拠なく、協力的な人なのかと思っていた。

いや、しかし彼の懸念はもっともだ。

どう説得すれば良かったか。彼には、一切の機密事項を話さないという選択肢を取った。私の旅を強行するという、つまり彼の反対意見を無視した格好になる。しかしこうして尽くしてくれる。今、それがどうしても後ろめたく思えてしまう。

私は彼に何も約束できない。

「なんとか、手がかりを探してきます。その間、国をよろしくお願いします」

それだけしか言えない。

彼は跪く。

「承知しました」

何を考えているのかはわからない。でも、ありがとう。何としても報いなければ。

 

「おっ」

宿の廊下で、カイラス様に会った。カイラス様もここに宿泊している。頭の上には教皇冠。出発の用意ができているらしい。

「今まで、本当に、ありがとうございました。父に代わって、お礼申し上げます」

「ふっ。クラウス本人から聞くから不要だ」

おお、こんな場で呼び捨てだ。

そんな私の気持ちが表情に出てしまう。

「ははっ、俺が隠居するよりも、クラウス様が戻られる方が早い気がするぜ」

と彼は吐き捨てた。

それは、私が神隠しを解決するのが早いというよりは、彼が王代行をやめにくくなっている、という意味に捉えた。

フレノール貴族との昨夜の話し合いがうまくいってないのかも。

「ま、なんとかするさ」

とカイラス様は笑って見せた。私は、何か言おうとして、何も言えなくて。

「姫様の準備はできたか?」

と聞かれたので、はいとしか答えられなかった。

「そうか。なら1階で待機しておくか。貴方も、重い任務だろうが、健闘を祈る」

肩をぱんと叩かれた。

「……はい! そちらも、よろしくお願いします!」

勢いでそう、言葉が出た。

 

あとは、例の部屋へ。

「お疲れ様」

部屋に入って、ブライとクリフトにそう言った。彼らは私のノックをきっかけに、跪いていたようだ。

「姫はこれから出発されます。私は単なる商家の娘。ほらほら、顔を上げて」

二人、しぶしぶ顔を上げてくれる。

「私とばれてはいけないから、こういう場でも徹底してレナと扱ってもらっても良いかも」

「クローズドな場では、その気遣いは不要でしょう」

レナと扱うことを、気遣いと言うか、この男は。……まあ、好きにしなさい。

深く、一呼吸。

姫様業はまた今度。

「さて、ではまず、計画、聞かせてくれる?」

「はい……、あの、それは?」

私の腰に備え付けた、新しい武器を指してクリフトは言う。

ふふふ。

このフレノールの宿宛てに、予めテンペから送られた品だった。

私は説明を始めると、クリフトは、もう大丈夫ですと遮ってきた。なんでよ!?

「道中で伺います、まずは計画を」

クリフトは丁寧にまとめられた書類を示した。

むむむ。新調したベルトの話もできなかった。

しかし、今から始まる旅の計画か、確かに重要だ。

途中聞こえる外からの歓声を背景に、今後の予定を詰めていった。

 

夜。

宿の裏口から外へ出る。

辺りは静まりかえっている。朝、昼が異常すぎたと言える。

クリフトを先頭に、宿裏口の階段を降りて、小路へ。そこでクリフトは、右手を斜め下に下ろし、突然止まった。止まれということ。

ん、なに?

小路の先に、マントで身を覆った子供がいた。これってまさか。

「こんばんは、お姫様」

そう、子供は言った。クリフトは抜刀。ブライも周囲を警戒する。

「いや、何もする気は無い。少し不思議に思って張ってただけだ」

両手を挙げるその子供は至って冷静だった。きっと彼は、このフレノールでの以前の姫誘拐に関わった人間!

背も小さいし、声も高い、丸い帽子を被っている。10才くらいの男の子という印象。

「一つ、質問しても良いだろうか?」

しかし口調は子供のものではない。クリフトは答えなかったが、手を下ろした。

「なぜ、あの娘を助けた?」

これは、私への質問だった。

な、ぜ? え、今更言われても覚えていないのだが! 反応のない私に対し、クリフトがこちらを一度伺った。

えええ?

なぜ誘拐から助けたか。

自分のことのように思ったから? いや、ブライ、クリフトがいて、そして私ならば誘拐などされない。自分のこととはおそらく思っていない。

自分が原因だと思ったから? いや、城を抜け出したことが広まったわけでもない、私が城を抜け出さずとも起きたであろう事件だ。

王の責務でもない。

では何?

民を守るというオリオンの責務を代行した?

しっくり来ない。思考が発散気味だ。

そんな逡巡に10秒近く使ってしまい、さらにはそれはとうとう、子供に遮られてしまった。

「もういい。理由は無いということか」

その口調は疑問ではなく断定だった。彼は続ける。

「あなたは謎だな。影武者を使い、そして旅装でこれから、どこに行くのか」

これも疑問の口調では無く、彼は己に問いかけているようでもあった。彼の体は左の小路を向いた。

「もう会うことは無いだろうが、楽しみにしている」

と残し、そのまま左の小路に消えていった。

何を楽しみに!?

私の視線に気付いたクリフトは、

「大丈夫そうですね。行きますか」

とだけ言った。

それだけ!?

「もしかして、この可能性に気付いてた?」

「まあ、そうですね、知らぬ人は騙せるでしょうが、姫とメイを両方知っている人間からすると、昨日の姫と、宿を出発される姫とを見て違和感を覚えても不思議ではないと」

「なるほどね、それは考えてなかった」

「レナ様には、集中すべきこともありましたので」

あ、レナ様。数週間ぶりに聞いた呼び名。

……。

はっ。何を緩んでいるのだ私は。

旅の始まり。フレノールを出るまでは油断できない。

夜の街中を三人、静かに縫っていく。外までの門が見えた。

ふと。

「どうして、私はメイを助けたんだろう?」

と零した。歩いている間、ずっと答えは出ていなかった。

これは私の問題。二人は答えあぐねているようだった。

「私、あのとき何か言ってた?」

「誘拐事件の時ですよね? ……いえ、おそらく、特段は」

「気にならなかった!?」

私のことはどう見えたのだろうと。

「いえ。テンペのこともありましたので」

あれも同じことか。とりあえず人助けに走ったと。何か、誤解されている気もする。

「私は別に、人助けしたいわけじゃない、と思う」

先ほどまで歩いて思っていたことを、語り出す。

クリフトとブライは静かに聞く。

「国には様々な理由で困っている人が、たくさんいる。国が救うべきと思う。漏れはある。それは徐々に無くしていければとは思う。でも、私がそのルートとは別に、旅の中で、見たものにだけ手を差し伸べるのは、違うと思う。不公平だと思う。私が注力すべきは国。今でこそ王代行の役目は投げ捨ててきたとは言え、今も私はそうありたい」

……二人から異論は無い。この考えは正しい? でも。

「でも!」

言葉が止まらない。

「見捨てるなんてできる!? 絶対私その日眠れないわ! 絶対一生覚えてる! この気持ち悪さ! 想像するだけでこう! 絶対無理!」

包みたかったオブラートはどこか行ってしまった。クリフトは足を止め、私もそれに倣う。

長い2秒ほどの沈黙。

耐えられず、

「……感謝や見返りが欲しいわけではないと、思う。変じゃない? 私」

クリフトは私を見た。

「それで良いと思いますが」

ええっ!?

「せ、せめて、せめてもうちょっと言葉を頂戴」

「そう、ですね」

とクリフトは目を泳がせたが、私をまた見て、

「人を助ける理由が欲しいのですか?」

「欲しいというのも変だけど、理由は無いとだめなのでは」

「国は理由が無ければ動くべきではない、ということですか?」

「それは、そうね」

「なるほど……」

とクリフトは三秒、勿体ぶって、

「どちらも理由は無くて良いのでは」

と答え、私は眉を寄せた。

彼は続ける。

「理由があるべきというのは、良い意味で理想です。だからこそ、それで覆えない箇所が出てくる。人の生き死にはどうしても合理的に扱えません。それを悩まれているのは、……健全です」

「悩んでいることが、良い?」

と言われても。

「少なくとも魅力的に映ります」

……はい?

「私も一生を賭して、レナ様をお守りしたくなります、理由も無く」

「あの、なんだか話が」

「国が理屈で動くことで統制は取れやすくなるかもしれませんが、それは、国が魅力的であることとは別です」

話が戻ったような、戻ってないような。

「クリフト、そろそろ」

とブライが助け船を出してくれる。

「失礼しました、先を急ぎましょう」

な、なんだか、なんだかまた別の悩みの種を植え付けられた気がする!

門まで歩く間、クリフトは視線を前に向けたまま、

「理由ですが、あの時彼に答えるなら、別の良い答え方があったかと」

「何?」

「何のことでしょうと、答えるのが良いかと。姫が素性を」

「あっ!」

大きな声が出てしまった、手で口を覆っても遅い、微かな反響が私を襲う。

「……素性を、明かす必要はありませんので」

と、クリフトは丁寧に締めた。

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