翌朝。さすが、良い宿は気持ちよく起きられる。宿の中で朝食も出る。
食堂で丁度食べ終わったところ、私への来客があるとこのことで、ロビーに三人で向かうと、そこにはツォルンがいた。
「や! 久しぶり」
武術大会で私に付随したスタッフだった人だ。
「お久しぶりです。カザフ様のお使いですか?」
「うん、そんなとこ、だけど……」
彼の兵装を初めて見た。軽装に槍か。うーん頼りない印象だ。彼は戸惑いつつ、
「なんか口調が」
おっと、間違えた! 彼は続ける。
「昨日は王と会食だったって? 口調残ってるんじゃない?」
「それ! 緊張して、ほんと大変だった」
彼は破顔した。
「だよね! 王と会食なんて! 何を話すんだろうってみんな話題にしてた! ……で、どんな話を?」
「ええ……? 私の出身の話とか、鍛錬内容とか?」
「召し抱えるって話とか?」
「え? 私を? いえ、全くそんなことは」
「なんだぁ~、そうなのかー」
私が王に会ったという話、やはり城の中の動きは、ある程度は筒抜けになってしまうようだ。王の配慮のおかげで、アリーナではなくレナとして、この程度の噂で済んでいるとも言える。
こういうところ、学ばないとなぁ。
彼は言う。
「てっきり城勤めになるのかと思ってた」
いや、絶対にない。
「僕からも言っておこうか!?」
そうなるの!?
「いや、そんな気は無いので、気持ちだけもらっておく。……やりたいことがあるの」
「それって、なにさ?」
「世界を、見て回りたい」
これは本心だった。
「そっか……。その後、気持ちが残っていたら、またエンドールに来るといいよ。王は結構面白がって人を取るから」
面白がって? 面白がって人を取るのは良いことなのか? それが強大国家の秘密か?
そういった雑談の後、彼は封筒一つ渡し、去って行った。
「武術大会関係者ですか」
とはクリフト。
「そ。わたし専属のスタッフ」
「心を奪われるのがお見事で」
「冗談」
彼と話していると、珍獣として面白がられているようで、居心地が悪い。対等ではない。私の隣には、対等な人が立って欲しいもの。
と、隣のクリフトの顔をちらっと覗き見た。
ど~~~なんだ!? そうなのか?
すぐにその問いを飲み込み、腹の奥深くへと
さて、宿屋のクリフトらの部屋に戻る。
封筒には20ページほどの書類が入っていた。エンドールに集まった、各地のなんらかの異変の情報を集めたものだ。
「手分けしますか」
と床に座ったクリフトが言う。
「うーん、結局全てに私は目を通すけど」
と言いながら、ベットに腰掛けている私は、7ページほどを残してクリフトらに渡した。
目を通す。終われば各自の書類を回して。
読んだ。
「うーん……」
「いかがでしたかな?」
「あまり、ピンとは来なかったかな……」
そもそも文章だけ読んでピンと来るかも賭けだ。果たしてこの曖昧な私の感覚をどこまで信じて良いやら。
「イムルの誘拐事件」
と、クリフトが事件を挙げる。
魔物が人間の子数名をさらった事件。
「それは、私の勘以前に、あれが誘拐という言葉で収まるのか……」
あれとはもちろんサントハイムの神隠し事件のこと。
「そう、ですね、かなりの飛躍は感じられます」
ブライが口を開く。
「キングレオ就航断絶の件は、いかがですかな? 押してでも我々がこれから参る価値があるか、どうか」
「う、うーん、本当に、勘だけど」
と私は続ける。
「キングレオに行けなくなったことで、安心してしまっている自分がいるの。直近の選択肢が減ったと。確かに以前はキングレオが気になったけど、今の感触はそれ」
書類からは、他に気になったことは無かった、一点を除いて。
「東の開通路の話、ないね?」
「あくまでも国外の情報のまとめ、のようですね」
私がエンドール城で王と接見していた間。クリフトとブライは街で補給がてら、情報収集に当たっていた。そこで得られた情報。
エンドール東に、国外へ繋がる地下通路ができたという。それは川を地下でくぐり、川の向こう、東のブランカ王国へ繋がるという。これを、一人の商人が成したというのだから驚く。一体どんな代物なのかと、三人でも話していた。とても興味深い。
それは、私の勘が、そこを指している、ような?
……こんな観光気分が、拠り所となる私の勘を塗りつぶしていたとしたら? しかし、迷うのが一番良くない、はずだ。
結論は出た。
その通路を抜け、ブランカ王国から東進し大陸に沿って南下し、港町コナンベリーを目指す。
翌朝。
エンドールを発った。平野を進み、東の川に当たったところで、かかっている橋を渡る。
橋は真新しい。ここが落ちてフレノールからの定期便が止まったのかな?などと話した。
その後、獣道じみた道に誘導されるまま林に入って、抜け、さらに東の川、あるいは既に海とも言える、開けた場所に出た。
海の向こう、対岸まで、わからないけれど、1kmくらいはあるのでは?
そんな開けた場所に不自然に、地下行きの、石造りの階段がぽっかり穴を開けていた。存外広い入り口だ。これも真新しい。
そばに立て札、ブランカに続く地下通路、とある。これだ。
恐る恐る中へ入る。中は左右に備え付けられた松明で明るい。土の匂いが濃厚だ。
長い下り階段の先。とても広々とした部屋に出る。そこには衛兵が一人控えていて。ここはブランカへの通路であること、この部屋で休憩も可能なことなど案内を受けた。
そして部屋には通路口がもう一つあり、その通路を進み曲がり角の先、広い通路が真っ直ぐ、奥がどのあたりか見えないほど遠く、伸びていた。床は石畳。
この通路、上に川、よね? これを、人が作った。
いや、今まで見てきたどのダンジョンも人が作ったものだろう。しかし作成されて日が浅いということで、より強く意識してしまう、のかもしれない。こんなことが、可能なものなのか。
サントハイム王国と別の国を、この様に繋げたらどうなるか、などと考えた。
と。
その長い通路の違和に気付く。いや、大したことではないのだが。道幅が途中のとある箇所から明らかに狭くなっている。5mくらいあった幅が、片側へ、3mない程に押しつぶされている。その差の2m幅の終点は、まるで通路を掘っている途中であるかのように整形途中で放置されていた。
ふうん、拡張工事中? クリフトがそこで足を止めて、
「一つ、良いですか?」
と聞いてきた。クリフトへ振り返り、先を無言で促す。表情が、青い?
「そこ、もともとは広めに掘削するはずが、途中から掘削幅を狭めたように見えます」
なるほど? そういう解釈もある。しかし、それが一体?
「……可能性としては、このまま掘り進めば海を掘り当ててしまうと気付いて、通路を狭めた可能性があります」
あ、何を気にしているかわかった。クリフトは続ける。
「先ほどの衛兵に、そこの経緯を聞きに戻るというのはいかがでしょう」
戻ると言っても少しの距離だ、あなた一人で戻ったらと思ったが。
「……いいよ?」
として、皆で戻る。戻りながら、私は通路の天井を見る。
彼はこの通路を進むことについて、安心できる材料が欲しいのだ。危機一髪な状態なのではないかと。
まあ、確かに。この上に川がある。変に濡れてる壁面がないか、探してしまうも、問題は見つからない。
隣を歩くブライと目が合う。彼は眉を上げながら目を伏せた。かわいいものでしょう、そう言っているように見えた。同感。一応は私達の心配をしているとも言えることだし。
衛兵の話を聞き。掘削の経緯はわからないとのことで。私達は、通路を走り抜けることを決めたのだった。
楽しかった。
一本道の通路を抜け、階段を上り、外に出た。呼吸がしやすくなる。そう、緑の匂いはこんな感じだった。林の中だ。
伐採された広いスペースに、私たちが出てきた通路口があった。そこから林の奥に伸びる道も、最近整備されたような小綺麗な印象を受ける。
少しの休憩の後、その道を進む。
すぐに平野に出た。道はそこで無くなったが、正面遠くに見える城を目指せば良かった。
ブランカ王国。
遠くからでは、城壁の低さがよくわかる。その街の中にさらに砦があるような、不思議な城だなと思って歩みを進めた。
ブランカ城についたのは丁度昼頃。
宿を予約し、その後は昼食のため近くの酒場へ。
暖かい昼食を取りながら、クリフトが隣のテーブルに声を掛ける。
「お話よろしいですか? 人を探しておりまして」
とそのテーブルに銀貨を3枚置く。テーブルの三人は色めき立つ。
ちなみに、初対面の相手へ何か依頼する際は丁寧語が良いらしい。私がそれをやろうとすると、自分の元の口調に引っ張られそうで、難しそうだ……。
「私達はエンドール王国から、人捜しの依頼を受けて動いています。デスピサロという男を知ってますか?」
「ああ! 聞いたことあるな、武術大会で決勝不戦敗ってやつだろ?」
「鍛錬のために各地の洞窟を転々としていると聞きました。近くの洞窟の情報ありませんか?」
「洞窟……デスピサロがどこにいるなんて知らんし、洞窟……? ここの近くなら、エンドールへの洞窟、しっかしそこじゃ鍛錬できるもんじゃねぇな!」
「我々はそちらから来たので、そこは確認済みです」
「そうか? なら東の方となると、そっち方向でいうなら、砂漠入り口のボブの宿があるだろ。そのさらに東にちんけな地下遺跡があるとは聞いたな」
「なるほど、初耳です、ありがとうございます。人里から離れた場所ですね」
「そーだな。宿から半日は離れてるな」
エンドールから、このようなやり方の情報収集をしていた。
本当に探しているのは、人里近くにある洞窟だ。そのくらいしか手掛かりを持っていない。しかしそれでは人に尋ねる際の説得力がない。洞窟を見つけては探検に勤しむ
そこで、アイデアはすんなり出た。人捜しとしよう。それならば、当てもなく転々と世界を回る理由としやすい。
そして、それほど拘りもなかったが、デスピサロの名前は気軽に使わせてもらう。会えたら会えたで、話をしてみたくもあることだし。
実際、この聞き方はなかなか役に立った。
「どうです?」
とクリフトは私達のテーブルに戻ってくる。あのテーブルの話はここからでも聞くことが出来た。
今の話にあった遺跡、私達が立ち寄るべきなのかを聞いているのだ。
「人里から離れているなら、ね」
おそらく、違う。
「どうも、ここではめぼしい情報はなさそうだの。東進し、砂漠を渡ることになりそうですな」
「そうね」
結局、ブランカでは有力な情報が得られなかった。
次の日の朝に、東を目指して発った。