双星方舟〜翠玉を渡る詩〜   作:青瑠璃

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シレモトス

 

 それ以降は、至って穏やかな……静か過ぎる緑の湖を船は進み続けた。塩海ですら波が立つというのに、この湖がそれといった波飛沫すら上げないのが不気味だ。

 やがて船の前方には、ハルバラトが言っていたような翠玉色の建物が並ぶ街が見えてきた。灰白色の壁材で出来た建物はイベリアを彷彿とさせるが、翠玉色の装飾や屋根が目立つ街はどこか異国感を漂わせていた。

「すごーい! あれがシレモトス?」

 お喋りなココットはすっかりハルバラトと仲良くなったのか、だんだんと近くなっていく街を眺めながら彼にそう訊いていた。

「うん、そうだよ! みんないい人たちだから、紹介するね!」

 とハルバラトは答えているが、港からチラホラと見える人々は歓迎的ではなさそうだった。

「嫌な予感がするな……」

 あの状況、何度も見てきた、と思いながら俺は一人呟いたが、ハルバラトは全く気にしておらず、船縁に近づいては町の人たちに大きく手を振った。

「おーい、みんな〜! 緑海の外から来た人だよ! 紹介するねー!」

 そんなハルバラトを見るや否や、町の人たちの反応が途端に変わった。

「ハルバラト様だ!」

「ハルバラト様、お帰りなさい!」

「その大きな船は、一体……?」

「スナタザ様のお怒りに触れないだろうか……」

 俺はため息をつき、後ろにいるココットとナギを振り向いた。双子たちは小さく頷くだけだった。一方ドクターは、これから起こるだろうことが想像出来るのか、なぜか微笑を浮かべていた。

「さて、新しく来た街に、どういう対応をされるのかな」

 こういうところがあるから、ロドスの人間はいつもドクターに手を焼くのだろう。

「護衛から離れるなよ」

 俺はそう言ってドクターの護衛をしているコータスの親子を一瞥した。自分がどう動いたらいいか、その親子もよく分かっているみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船を港に停めると、そこにいた若者たちがロープで杭に結ぶ手伝いはしてくれたが、表情はまちまちだった。

「ハルバラト様!」

 船を降りると、ハルバラトに向かってフェリーンの老人が人々の群れから出てきた。老人の顔からは焦りや困惑が見えたが、ハルバラトはそれが分からないのかにこやかな笑みを浮かべていた。

「町長さん、こんにちは! 紹介するね!」とハルバラトは話し始める。「この人はドクターで、こっちの人はアーミヤなんだって! こっちは船長さんで、ココットとナギはボクの友達なんだよ!」

 とハルバラトが紹介しているのを聞きながら、いつの間に友達になったんだ、と我が子らに目を向けた。ココットとナギからは優しい笑顔を返されるだけで何も言ってはこない。コミュニケーション能力が、俺に似なくて良かったとどうでもいいことを考える。この双子たちは、言葉足らずで処刑されそうになることもないのだろうな。

「あの、町長さん。この国の王様とお話がしたいのですが……」

 とアーミヤが話し始めたのを横目に、俺は何かを感じて視線を遠くに投げた。だがそこに広がるのは半透明の緑の液体に満たされた湖があるだけで、誰かがいたようには見えない。

 

 

──助けて。

 

 

「……?」

「パパ、どうしたの?」

 ココットに肩をそっと叩かれて俺は湖から視線を逸らした。港はそれなりに喧騒に揉まれていて、先程の声がその中から聞こえたものという可能性もある。だが、あの声は……。

「ココット、何か聞こえたか?」

 俺は念の為にココットに聞いてみた。ココットは俺と並んで湖の方を見やった。

「うーん、聞こえてくるっていうと、風の音と……水の音くらいだけど」

「そうか」

 俺はもう一度耳を澄ませてみたが、確かにココットの言う通り、風と水の音が聞こえるばかりだ。

「何かあったの?」

 ナギも近づいてきて俺の顔を覗き込む。俺はナギにも声が聞こえるかと質問をしようとしてやめた。心相原質の影響で、俺は人より多くの声を聞き取りやすいのだろうと気づいたからだ。湖側に人がいるようには見えないが、誰かが溺れている様子もないので、きっと町のどこかの声と勘違いしたのだと思うことにした。

「ね、船長さんも来るよね?」

 腕を強めに引かれて振り向くと、そこにはハルバラトがいた。なんの話をしていたのかと訊ねると、どうやらハルバラトは俺と一緒にこの国の王様と謁見したいらしい。

「俺は……」

 王に会いに行くのは俺の仕事だろうか、と疑問に思ったが、ドクターが近づいてこう言うのだ。

「ハルバラトにすっかり懐かれたみたいだね。良かったら、一緒に行かないかい?」

 懐かれた……コイツに何かした覚えはなかったが、拒否する理由は思いつかない。それに、ここでシレモトスと協力関係が結べたら将来のイベリアに何か貢献出来るかもしれない。俺はそう思うことにし、ココットとナギに目を向けた。

「パパが行くならついて行くよ」

「わたしも」

 ココットとナギが何をするにも俺について行きたがるのは、今に始まった訳ではない。

「分かった」

 俺がそう答えると、ハルバラトが飛び跳ねて喜び、ドクターも満足そうに笑んだ。

「なら行こうか」

 ドクターは言い、アーミヤと護衛たちに声を掛けると、ハルバラトと町長を先頭に歩き出した。

 ロドスの研究者たちは周辺を調査してくるとのことで、船の番は俺の船員たちに任せることにした。ミュエルが何か言いたげだったが、何も言ってはこなかったから気にしないことにする。

「船のことは任せて下さい!」

 とファビアンは言った。

「間違って湖に落ちるなよ」

 半分冗談で言葉を返すと、そんなに信用ないですか、とファビアンに言われた。そんなことはない。俺は、ファビアンに適当に錬金した金属を渡して置いた。

「これをお前に渡して置く。何かあったら、俺たちが気づく」

 俺はドクターの後ろをついて行くココットとナギを一瞥した。すると、こちらの視線に気づいて俺は双子たちと目が合った。

「パパ〜、早く早く!」

「行こ!」

 と二人が呼んでいる。

「ココットとナギが呼んでますよ、船長」

 ファビアンに促され、俺は目を伏せた。

「ああ」

 俺は、渡した錬金をファビアンがしっかり握ったのを見、双子たちの方へ向かった。金属の変化に関しては錬金術師が真っ先に気づくだろう。それはココットとナギにも通じるはずだ。

 港から離れてもまだ遠くで見える緑の湖を振り返ったが、やはりあの声は聞こえてはこなかった。俺の勘違いだといいが……まぁいい。いつか分かるかもしれないからな。

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