双星方舟〜翠玉を渡る詩〜   作:青瑠璃

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謁見室

 

 シレモトスの城は街の建物と同じ建材で出来ていて、それを石レンガの塀が囲っていた。塀と門の前には、パリスグリーン色の鎧を纏った騎士たちが門番として立っていたが、町長が何か言うよりハルバラトに目を向け、俺たちはどうぞとすんなり通された。

 そこで町長とは別れたが、ハルバラトが何者なのかはまだ不明瞭だった。

「お前は町長より偉いんだな」

 と俺が言うと、そんなことないよとハルバラトはこう返してきた。

「ボクは紙のお仕事は難しくて出来ないし、王様は町の皆のお話を纏めてくれているから、ボクはボクの出来ることをしているだけなんだよ」

「ハルバラトは偉いね」

 この話を聞いていたドクターがそう言うと、ハルバラトは嬉しそうに笑った。

「褒めてくれるのは嬉しいな♪ ボク、もっと頑張れるよ!」

 と話しながら跳ねるハルバラトは、本当にどこからどう見ても子どものように見えた。

「何か報酬でも受け取っているのか?」

 あの巨大な嵐を打ち消した力があるハルバラトが、まさかスナタザとやらからの攻撃を守るためだけに動いているとは思えなかったのだ。だから俺がそう聞くと、ハルバラトは緑色の瞳を大きく見開いて首を傾げたのだ。

「ほうしゅう? シレモトス金貨のこと? ボク、お金の計算は難しいから貰ってないよ」

 とハルバラトは答え、あの我慢強い副船長の昔のことを思い出した。痛みを誰にも訴えずに一人静かに耐えている彼女の姿が、ハルバラトと重なる気がした。

「お前……」

「お待ちしておりました、ハルバラト様、緑海の外からのお客様。こちらが謁見室でございます」

 堅苦しい振る舞いはヴィクトリアの兵士たちによく似ていた。執事のように見えるキャプリニーの紳士が、そう言って一つの大きな扉の前で待っていた。

「ありがとう」

 ドクターはこういった堅苦しい場所に慣れているのか、なんてことはないかのように受け答え、無駄に装飾された厚めの扉が開かれるのを待った。見るとココットとナギも、こういった場所での立ち振る舞いを知っているのか、顔つきが違うように見える。

 間もなく扉が開き切り、深緑のカーペットに黄金色の装飾が施された床が真っ直ぐと奥へ続いているのが見えてきた。奥には王座に腰掛ける人物がいる。恐らく彼が、この国の王様なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました、ハルバラト様。緑海の外からのお客人様方々も、どうぞそちらへ」

 髭を長く蓄えたウルサスの王様は、そう言って俺たちを王座と向かい合わせに並んでいる椅子に座るよう促した。椅子も無駄に豪華なパリスグリーンが輝く装飾が施されていたが、ハルバラトが座る用の小さな椅子はより細かいデザインが彫り込まれ、派手になっていた。

「突然の訪問で何も用意がなくて申し訳ない……」

 と王様は本当に申し訳なさそうな顔をしていたが、俺はこの国と協力関係を築く必要があるかどうか判断しなくてはいけないので、彼や周りを注意深く観察しなくてはいけなかった。

「私たちは、ハルバラトさんに案内をお願いしてここに来た、アーミヤと申します」とアーミヤが話し始めた。「こちらにいるのはドクターで、鉱石病の研究者なんです。その隣の方がエアースカーペさんで……」

 とアーミヤが紹介をし出した頃、俺は王座の奥にあるカーテンが揺れていることに気がついた。俺はココットとナギに目を向けた。

「奥のカーテンに誰かいる。警戒した方がいいだろう」

 と俺が小声で言うと、ココットとナギは小さく頷いた。二人の目つきが変わる。

「それで、こちらが赤子の揺り篭号の船長さんです」

 そうこうしている内に、アーミヤは俺の紹介までしてくれたようだ。俺はカーテンから目を逸らして会釈をする。王様はアーミヤが紹介している間、静かに話に耳を傾けているように見えた。偉人とか上に立つ者ならよくある顔つきである。もっとも、ドクターはそれとは違うのはよく知っているのだが。

「私はパナディガン・シレモトス。シレモトスが王政となってから、私は十二代目の王だ」

 アーミヤが俺たちのことを紹介し終えると、今度は王様がパナディガンと名乗った。それからシレモトスの歴史やらなんやらとパナディガンが語り始めた時に、ようやくカーテンの裏にいた何かが見えた。

 小さな手だった。

 俺はついその手を注視してしまい、とうとう手の主が顔を出したのだ。

 透き通ったガラス玉の瞳をした、子どもだった。

「ハルバラト!」

 昔、ナギもそんな繊細そうな、高い声をしていた。ガラス玉の瞳の少女はそう声を発しながらカーテンの裏から飛び出し、真っ先にハルバラトの元へ向かおうとした。

「あ、パプアリアちゃん!」

 ハルバラトは椅子から飛び下りてその少女の方へ駆けつけようとしたが、そこを割り込む一つの声が響いた。

「パプアリア!」パナディガンの声だった。「ハルバラト様のことを呼び捨てしてはいけないぞ、パプアリア。未来の女王がそのような振る舞いだと、将来どれだけの民に不安を与えるか……」

 どうやらその少女、パプアリアはパナディガンの娘らしい。パプアリアはパナディガンに叱られ、酷く落ち込んだ様子だった。

「ごめんなさい……」

 俺は下を向くパプアリアを見、胸の奥で何かがざわついた。この気持ちがなんなのか分からず、なぜか俺はココットとナギに目を向けていた。二人からは不思議そうな目を返されただけだった。

「失礼します」

 そこに、従者らしい人物が謁見室に入ってきた。

 見るとその従者は、ハルバラトと同じような白い服に緑のラインが入った羽飾りの多い格好をしていた。ハルバラトの部下のような存在なのだろうか?

「あ、ミーサ!」

 パプアリアが何も言わずに後ずさりしたのをハルバラトは心底残念そうな顔はしていたが、ミーサと呼ばれたその人物がやって来るなりすぐに笑顔になって振り向いた。素直に顔に出やすいハルバラトは、実に子どもらしい一面であった。

「謁見中に申し訳ございません、ハルバラト様、王様……」とミーサは恭しく膝をついては、胸の前で両手を水平に重ねた。「そろそろお祈りの時間なのですが、お姿がお見えにならなかったのでここまで探しに来た次第でございます」

 お祈り……?

 各国にはそれぞれ特有の文化があるとはいえ、数百年生きた子どもとか、王よりも偉人とするハルバラトという存在に、俺はますます違和感を抱き始めていた。

「あ、そうだった!」しかしハルバラトは、俺の思考に全く勘づく様子もなく、思い出したかのように目を見開いてこちらに目配せをした。「ボク、シレモトスを守るために一日に一回お祈りしてるんだ! みんなも見に来て欲しいな!」

 そうしてハルバラトはドクター、アーミヤ、そして俺の手を触れて「お祈り」の話をした。特にココットとナギはなんでも興味を持つので見に行きたいと言い、そこで落ち込んでいるパプアリアにも声を掛けに行った。その彼の行動を見ていると、ハルバラトはパプアリアの気持ちが分からない訳ではない気がした。ハルバラトの前では誰もが平等なのだ。大人の事情も子どもの事情も、ハルバラトの前では無意味なのだと。

 ハルバラトのそんな言動に気圧されたのか、パナディガンも押し黙っているし。

「どうしようか?」

 ドクターが、防護ヘルメットの黒いバイザーの向こうにある目で俺を見つめた。俺はなんとなく、そこに立ち尽くしたままのパプアリアに視線を投げた。

「彼女を連れて行ってもいいか?」

 俺はドクターからパナディガンに目を向けた。パナディガンは困惑した様子だったが、どうやら王様よりハルバラトの権限の方が強いらしいし、最終的には許可が下りた。パプアリアは俺の唐突な提案に困惑していたが、年齢の割に大人びている子どもを見るのは、ここが初めてではなかったし気にならなかった。

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