「ハルバラト様、こちらに」
城を出ると、パリスグリーン色の鎧に身を纏った騎士がハルバラトを見慣れない生き物が引く荷車に案内する。
ハルバラトにずっと振り回されている俺たちだったが、ハルバラトは何も気にする様子なく、王様が用意した荷車に向かった。荷車を引いている生き物は、毛の具合から駄獣に見えるが、耳の大きさから跳獣にも見える、陸では見たことのない生き物だった。それに足が長い。俺の解釈では、駄跳獣といったところだった。
「パプアリア様の護衛を務めます、シレモトス王国騎士団長、エナレーンです」俺のそばにいるパプアリアの元に来たのも、パリスグリーン色の鎧を身につけた女騎士だった。「パプアリア様に何かしたら容赦なく斬るからな、よそ者」
エナレーンは俺に最大級の警戒を見せたが、そんなに大事な娘ならもっと大切にするべきだろう、と俺は思った。パプアリアは俺の手を握ってきた。
「そんな言い方しないで、エナレーン。この人はいい人だよ」
まさかこんなにいきなり手を握られるとは思っていなかったので俺は驚いたが、エナレーンにそう訴えるパプアリアは子どもながら威厳を漂わせる目つきだった。この子ども、自分が人の上に立つ人間であることは分かっているんだ。彼女は、ハルバラトと同じく、大人も子どもも平等であるべきと気づいているのでは……。
「しかし、パプアリア様。彼らはよそ者で非信仰者です。油断は出来ません」
だが、エナレーンは態度を変えないようだ。パリスグリーン色の兜に覆われた彼女の顔までは確認出来ないが、かなり険しい表情をしているだろうことが伺えた。
「エナレーンは後ろの獣車に乗って。私はこの船長さんと獣車に乗るわ」
「俺と……?」
パプアリアの唐突な発言に俺は困惑し、つい助けを求めたくなってココットとナギを見やった。二人は、しかし笑顔を浮かべるだけで一緒に行ってきなよ、と言うかのような表情をするばかりだ。
「さ、行きましょ、船長さん」
「なぜ俺と……」
「いいから、お願いっ」
パプアリアが俺を一瞬だけ見上げた切なげな眼差しに、俺は断る理由を見失った。コイツは俺にだけ何か言おうとしている。それはきっと、よそ者である俺たちの、丁度よさそうな人物にしか言えないようなことなのだと思った。
とはいえそれはドクターが向いているのでは、と俺は考えたが、あの防護服のロドスのトップはパプアリアを引き止める様子はない。アーミヤはこっちに来ようとしてはいたが、ドクターがそれを止めている。俺はこの状況を受け入れるしかないようだ。
エナレーンもついては来ず、間もなく俺はパプアリアに手を引かれるまま獣車に乗った。中は思ったより広く、俺たちが乗ってもまだゆとりがあるくらいだった。横のガラスのない窓を見ると他の人たちも後ろの獣車に案内されて次々と乗り込んでいる。数分もしない内に、獣車は走り出した。
駄跳獣の足音が蹄の音を打ち鳴らし、横の景色が流れ始めた。シレモトスは緑海に囲まれている島のせいか湿度がそこそこあり、窓からは爽やかな風が吹き抜けてきた。緑海の手前は塩海だというのに、こんなにも気候が変わるものなのかと俺は関心する。
「シレモトスはとても長い歴史がある国でね、ハルバラトから色々聞いたの」とパプアリアは窓を眺めながら話した。「緑海の外は砂だらけの海があるんでしょう? 昔は青い水でいっぱいの海だったんだって!」
と無邪気そうに話す彼女は実に子どもらしかった。立場上大人のように振る舞わなくてはいけなかったのだろうが、俺はドクターみたいに辛抱強くはなかった。
「それより、俺に話したいことはなんだ」
俺がはっきりと問い詰めると、途端にパプアリアの顔から子どもらしい表情は消えて俯いた。パプアリアは窓から離れ、姿勢を正した。
「……ここの国、ちょっとおかしいでしょ。みんながみんな、ハルバラトのことを信仰している」パプアリアは静かに話し続ける。「ハルバラトは長生きってだけで、一人の人間であることには変わらないの。私は、ハルバラトを自由の身にしたいの」
それは、シレモトスに来てから薄々と気づいていたことだった。ハルバラトがどうして子どもに見える姿なのかとか、どうしてシレモトスを守っているのかとか、俺には分からない。だが、パプアリアの言いたいことは分かった。
「俺にハルバラトを自由にさせろと?」
と俺が聞くと、パプアリアは素早く俺を見上げた。ガラス玉のような透き通った瞳は、どこかナギの髪の色に似ている気がした。
「スナタザを、倒して欲しいの」
パプアリアからの思わぬ発言に、俺はかなり動揺してしまったらしく、心相原質が溢れて周囲にいくつかを球体状に放出してしまった。パプアリアはそれに驚いて小さく悲鳴をあげた。
「きゃっ、何それっ!」
すぐには駄跳獣を操縦している従者に心配されないように口を抑えたパプアリア。俺は落ち着こうとしながら宙に浮かんだ銀色の球体を片付けた。
「すまない、心相原質は俺の感情で乱れるところがあってな」
まだ心の鍛錬がなってないな、と俺は握って消した銀色の球体を見つめる。だが、さすが王女の身分というべきか、パプアリアも冷静になるのが早かった。
「心相原質……聞いたことはないけど、緑海の外には色々な不思議なものがあるのね」
とパプアリアはもう大人な顔をしていた。
「いや、これは元々海にあった錬金術だ。お前の城にも、奇妙な形をした物が置いてあったりしていないか」
ここは裁判所の管轄外だ。もしかしたらこの時代に現存している錬金術の何かはあるのではと俺は聞いてみたが、返ってきたのは分からない、だった。
「この国はもう何百年以上も前から、ハルバラトの信仰を高めるために書物の所持が禁止されているの。だからこの国の歴史やおとぎ話はみんな口伝えとか、詩人さんが語っているだけ」
「書物の所持が禁止……?」
俺はパプアリアの言葉を繰り返した。それは妙な信仰だと思ったからだ。宗教なんて全く関与しなかった俺からしてもおかしな話に見えた。
「だから私が知っているのは、スナタザを倒す方法が地下にあるってことだけ」パプアリアは浮かない顔のまま話を続けた。「それがどこの地下かも分からないし、この話が本当なのかどうかも分からない。だけど、私はハルバラトを自由にしてあげたいの。ハルバラトはなんでも出来るんだから、きっと緑海の外に出て、色んなものを見に行くべきなのよ!」
「……ハルバラトは外に出たいと言っているのか?」
俺は肝心のハルバラトの意思を知らなかったのでパプアリアにそう訊ねた。案の定、ハルバラトからそんな話を聞いたことはないらしく、パプアリアの言葉はだんだんと先細った。
「それは、その……ハルバラトからは、そんな話は聞いたことないけど……」
「だろうな」
俺は一人頷き、ハルバラトの言葉を色々と思い出してみる。彼は一言も、誰かや国を守ることに嫌悪感を抱いている言葉を吐かなかった。それはまさしく、人というより、実在するかも怪しい神そのもののように見えた。神が本当に、あのような姿と心なら多くが救われるのだろうが。
「俺は海に向かう途中でこの国に行き着いた。その海に向かうために必要なら、スナタザのことは倒すかもしれない」
と俺が言うと、パプアリアはぱっと明るい顔になってこちらを見つめた。喜怒哀楽が激しいところはココットみたいだ。本来、子どもというのはそうあるべきなのだろうが。
「だったら……」
「だが、報酬は?」
俺は子どもに対しては冷ややかに聞こえるだろうことを問い掛けた。パプアリアは俺の言葉に酷く動揺と驚愕した顔を見せたが、次には下を向き、手首にある黄金で出来たブレスレットを撫でた。それは、ハルバラトの左手首にもあったもので、正面側に赤い宝石がはめられているものだった。
「スナタザを倒したら、これをあげるわ。これは王家代々から伝わるもので、大切な人に渡すものとして脈々と受け継がれた秘宝なの」
とパプアリアは言い、さすがに俺は意地悪なことを言わせてしまっただろうかと考えた。だが、俺たちは海賊で、慈善活動をしているロドスとは違う。
「……大事なものじゃないのか」
俺は自分の発言に矛盾を感じながらもそう聞かざるを得なかった。俺はそのブレスレットが、錬金術で作られた何かだと気づいていた。
「ハルバラトが自由になるのなら、なんだって払うわ」
パプアリアが真っ直ぐに俺を見つめる。彼女の覚悟は俺が想像しているより強いもののようだ。だが俺が彼女に要求したいのは、そういう物ではなかった。
「そういうことは容易く言うな、パプアリア」俺は言った。「俺が要求するのは、赤子の揺り篭号との協力関係を結ぶ契約だ。お前がその権限を得た時でいい」
これを聞いたパプアリアは、元々大きい目を更に大きく見開いて驚きを隠せない様子だった。しかし、すぐには気を取り直して、パプアリアは深く頷いた。
「……分かったわ、船長さん」
やはり彼女の声は、年齢より大人びている。
「俺からも質問していいか」
一つ気になることがあり、今度は俺から話を振ってみた。パプアリアは一度瞬きをした。
「何かしら?」
「なぜこの話を俺にしたんだ?」
見ず知らずの、しかも愛想も振舞った覚えもないし口数も多かった訳でもないのに、なぜ俺だったのか疑問だった。
するとパプアリアは小さく笑った。笑うとパプアリアはうんと幼く見えた。
「ふふ、私だって少しくらい魔法の力が見えるのよ?」とパプアリアはイタズラっぽく言った。「船長さんの魔法が優しかったから……じゃ、答えにならないかしら?」
「俺の魔法……?」
シレモトスでいう「魔法」はアーツのことだというのは知っていたが、俺にあるのは錬金で出来た心相原質があるだけだ。謁見室にいた時はその力を使ってはいなかったはずだが……パプアリアはそれ以上語らず、もう少しで着くわよ、と別の話をし出した。
俺は心相原質で周りを警戒してみたが、そこにあるのはどこにでもあるような平和で穏やかな街があるだけだった。どうやらこの先に、真っ白な祭壇らしきものがあるようだ。
あとがき
駄跳獣なんてワードは捏造です。本当は馬車とかにしたかったのですが、原作に馬がいるのか怪しかったので、シレモトス内で進化した駄獣に似た何か、という生き物として登場させました
まさか漢字にすると「ダチョウ」というような読み方になるとは思っていなかったのですが、足が長く馬のような蹄がある、恐らくその生き物に似た生き物だと思います
実際、地球上のどこかでも、人がなんかの仕事のためにある島に馬を連れてきた話があり、その馬が野生化して独自の進化をしていたという話があったはずです。なので緑海に囲まれたシレモトスに住む動物も、独特な進化をするだろうということで駄跳獣、そして駄跳獣が引く荷車を獣車、ということにしました。強引だったでしょうかw
ではまだまだお話は続きますので、良かったら次のページへどうぞ