双星方舟〜翠玉を渡る詩〜   作:青瑠璃

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聖浄の祭壇

 

 街から緑海が見渡せる高台には、真っ白なガゼボが建っていた。どうやらそれが、祭壇のようだ。

「ハルバラト様!」

「おお、ハルバラト様がいらっしゃったぞ……」

「ハルバラト様だわ……!」

 獣車から降りると、周りにいた街の人たちはそう口々に言いながら目の前を避けていく。先頭を歩くのはハルバラトで、白い羽飾りを纏った従者のミーシャが止めようとしているにも関わらず、手を伸ばしてくる街の人たちに丁寧に握手をしたりハイタッチを交わしたりしていた。

「ハルバラトって、やっぱこの国じゃ一番偉い人なんだな」

 俺の隣には、早足で駆けて寄ってきたココットが並んでそう言った。次にはナギも近づいてきてこう言う。

「ハルバラトは優しいから、みんなの人気者なんだね」

 俺はその二人の言葉に頷きを返しながら、ハルバラトの後ろをついて行くパプアリアを見やった。獣車でパプアリアが俺に言った言葉を頭の中で繰り返す。スナタザを倒すことは、俺もこの旅で必要ならやるかもしれない。だが、その後はどうなるのだろうか。パプアリアは本当に俺の約束を果たすかどうか、そして、スナタザが倒れたことで本当にハルバラトは自由の身となるのかどうか、と思考を巡らせる。

 ゆっくりと進みながら、ハルバラトは祭壇に続く階段にようやく辿り着いた。その階段の周りには街の人は一人も立ち入らず、背中から多くの視線を感じた。もしかして階段から祭壇の方は、宗教ではよくある聖域とかと呼ばれるものではないかと考えたが、立ち止まるとハルバラトに呼ばれるので、俺はドクターたちと共に階段を上がった。階段は、よく磨かれた大理石で出来ているようだ。

 長い階段を上がっている途中から、ドクターは俺たち一行の最後尾で息切れをしていた。その横をアーミヤが支えるように寄り添い、後ろでは護衛の親子がついている。なので自然と俺たちはハルバラト、パプアリアの後ろにいる形となっていた。

 祭壇は、八本の柱でドーム状の屋根を支えている白い建材で出来ていた。階段と違って大理石ではないところ、祭壇は大理石を掘り出す技術が発展するより前からあるものだろうということを思わせた。何度も修復箇所がある。相当古いものだろう。

 祭壇の奥には四角く削られた石碑があり、そこに何かが書かれていたがなんの文字なのか俺には分からなかった。書体的には古代文字にも見えるが……それをよく見る前にハルバラトが前に出て、祭壇の中心で膝をついて座り込んだ。

 この国の祈りの儀式がどういうものか知らないが、ハルバラトが両手を前に出して水平に重ねたのを見、それが彼と初めて会った時にしていた挨拶と同じ仕草だと俺は思い出した。あれは、祈りの動作と同じものだったのか。

「聖なる大地と大いなる空よ、ボクに偉大な力を、人々を守る優しい力を」

 ハルバラトは膝をついたまま、まるで石碑に向かって祝詞をあげているようにも見えた。だが俺の感覚はより細かいものが見えていた。ハルバラトから淡い緑色のミストが無数に集まり、それらが彼の背中で翼を描いて霧散する……ハルバラトと初めて会った時に見た翼と同じ形と模様をしていて、俺は思わず息を飲んだ。

「……パパ、心相原質が出てる」

 ココットに小声で言われて俺はすぐに溢れた心相原質から出てきた銀色の浮遊物を仕舞った。見えただけで何を動揺しているのだろう。俺は深呼吸をしてハルバラトをもう一度見た時には、もう彼の祈りの儀式は終わっていて、ミストで出来た翼ももう消えていた。

「ね、見てた? これがボクのお祈りの儀式!」

 ハルバラトは俺たちを振り向くなり屈託のない笑顔でそう言った。俺が何か言うよりも早く、ココットのお喋りが先だった。

「ああ、見てたよ、ハルバラト! なんていうかその、すっごく神聖な感じだった!」

 そんなココットの語彙力が低下したような感想でも、ハルバラトは嬉しそうだった。

「わぁい、ココットがそう言ってくれて嬉しい!」それからハルバラトはナギの方に向かって、「ナギは? どう思った?」

 と聞いた。ナギも優しく笑って頷く。

「とても綺麗だった。ハルバラトは、優しい」

「わーい!」

 ハルバラトはナギの感想にも大喜びしたところで、ようやくドクターが階段を登り切った。

「はぁ、はぁ……この階段、とても長いね……あれ? お祈りの儀式は?」

「あれ、ドクターさんにアーミヤたち! まだ来てなかったんだ!」

 どうやらハルバラトはドクターたちが来ていなかったことに気づいていなかったみたいだ。もう終わったよ〜と説明するハルバラトに、ドクターは本当に残念そうな様子だった。

「ま、まぁ、聖浄の儀式は毎日やるようですし、明日また見せて貰いましょう? ドクター」

 とアーミヤがドクターにフォローしている頃には、ハルバラトの興味は黙って立ち尽くしたままのパプアリアへ向いていた。

「パプアリアはどう思った?」

 ハルバラトは無邪気な目でパプアリアに聞いていた。パプアリアの顔は決して明るくはなかった。パプアリアの横につかず離れずいるエナレーンが俺の方を睨んでいるような気もしたが構わないことにする。きっと、獣車で何を話していたのか俺に聞きたいのだろうと思った。

「……私、先に帰るわ」

 パプアリアはハルバラトに何も答えずに踵を返した。エナレーンがついて行ったから道中は安全だろうが、ハルバラトはきょとんと彼女の背中を見つめて、なぜ先に帰ってしまうのか分からないといった感じだった。

「パプアリア、体調が悪かったのかな……?」

 とハルバラトが呟いている。

「あ、見ろよ、ナギ。この石碑、古代サルカズ語だ」

 そんな時、この空気感を知ってか知らずか、いつの間にかココットが祭壇の石碑を調べていた。ココットに呼ばれてナギもそちらに近づき石碑を調べる。ナギもその石碑の文字を見て頷いた。

「本当だ……パパ、これ古代サルカズ語だよ」

 そうナギに言われてその石碑の文字を見てみるが、俺は古代サルカズ語は全く読めなかった。この双子たちは十年以上前、あることがきっかけで古代サルカズ語を学ぶ機会があったのだ。

「ココット、ナギ、文字が読めるの?」

 ハルバラトが石碑に近づいて二人に訊く。そこにドクターが歩み寄って行った。

「ココットとナギは、友達を通して古代サルカズ語を学んでいてね。……ハルバラトは、古代サルカズ語を知っているのかい?」

 とドクターが聞くとハルバラトは首を振った。

「ううん、ボク文字が読めないから、この石に文字が書いてあるってことも知らなかったよ」

 とハルバラトは答えたのだ。

「へぇ、そうなんだね……」

 ドクターはそう相槌を打っていたが、恐らくドクターも俺と同じことに違和感を抱いているのだろう。ハルバラトが読めない文字がなぜ祭壇に刻まれているのか、この祭壇はいつから建てられ、誰がなんの目的で建てたのか……知れば知る程深まる謎に、少なくとも俺はおかしいと思ってしまうのだ。

「ココット、ナギ、そこにはなんて書いてあるんだ?」

 俺は双子たちに訊ねてみた。すると珍しいことに、いつもはココットが先に話し出すのに、今回はナギから話し始めたのである。

「ざっと読んだ感じは、ハルバラト様を崇めなさいって書いてあるよ。ハルバラト様の崇め方とか、この祭壇の方向を見ながらお辞儀をしなさい、とか」

「なるほどな……」

 と俺はナギからココットへ目を向ける。ココットは俺の視線に気づいて渋々といった様子でこう答えた。

「言い回しが古くて難しいんだけど、簡略するとこうだな」

 そして、ココットは石碑の文字を読み上げた。

 

 

 

ハルバラト様に敬意を払うこと

 

ハルバラト様の言うことは必ず守ること

 

ハルバラト様に貢ぎ物を忘れないこと

 

朝、食事を取る前にハルバラト様の祭壇に向かって祈りを捧げること

 

緑海を渡ってシレモトスから離れないこと

 

緑海で漁をする時は王様とハルバラト様からの許可を取ること

 

シレモトス書館から本を借りたら返すこと

 

ありとあらゆる書物を隠してはならないこと

 

これらを守らない者には厄災からの罰が降りかかるであろう

 

非信仰者はハルバラト様の御加護を受けられなくなるだろう

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