「……ってことは、非信仰者エリアに行って、スナタザの情報を探すってこと?」
その後、俺はココットとナギと合流し、パプアリアから聞いた話だけでなく、ドクターたちの次の行動も話した。
「ああ、そのようだ。確かに、この島自体に恨んでいる誰かがいるなら、そのエリアにいる可能性もあるだろうからな」
ココットの言葉に俺がそう返すと、次はナギが話した。
「でも、不安だな……この島を覆うくらいのアーツを使う人なら、強いんだよね」
そうナギが呟いて俯いた。俺はそんな娘の肩に手を置いた。
「お前は強いんだから自信を持て」
それに俺もいる、と声を掛けると、ナギが少しだけ笑ったような気がした。
「パパ、ナギだけズルいぞ」
そこにココットが割り込んでくるので、俺は息子の方には頭を撫でてあげた。撫でやすいように耳が横に倒れるココットは、本当に甘え上手だ。
「お前たち、いつになったら親離れするんだ……」
と俺が言っても、双子たちは笑顔を返すばかりだ。俺が本心で言っていないことが分かるのだろう。
「それで、パパはどこに向かってるの?」
話題を変えるようにココットが聞いてきた。
「道の幅を計測している」
「「えっ」」
俺が即答すると、二人は息ぴったりに驚き、こちらを向いた。
「……冗談だ」俺はそんな二人の反応が面白くて笑いそうになりながら言った。「ハルバラトのいるところへ向かっている。今は農村エリアにいるみたいだな」
へぇ、そうなんだ、と言いながら俺の後をついてくるココットとナギ。時々俺が冗談を言うと、二人はいつも同じ反応をした。俺の本心は見抜くのに、冗談を信じてしまう彼らに親子の不思議さを感じる。コイツらはいつまで、俺のことを親として信じ続けるのだろうか。それともずっと、俺の言葉を信じ続けるのだろうか。
「ハルバラトに、外に出たいってお願いしに行くの?」
街の中を歩きながら、ナギがそう質問をしてきた。確かに、この島を出るにはハルバラトの力がないといけなさそうなのだが、色々と聞きたいこともあるのだ。
「そうだな。だが、聞きたいこともあって……」
その時だった。
ドォーン! という感覚が、俺の中に流れてきた。俺は急いで振り向くが、そこにあるのはシレモトスの街並みくらいしか見えず、この感覚が心相原質が察知した爆発音なのだと気づいた。数秒遅れてだが、ココットとナギも何かしらに気づいたみたいだ。
「なんか、嫌な感じがする……」
「金属がバラバラになったような」
とココットとナギも言っているところ、やはり彼らにも錬金術師としての才能はあるようだ。俺は来た道を引き返すべきと判断した。
「一旦戻ろう。船に何かあったかもしれない」
ココットとナギは頷いた。
引き返した時、見えてきたのは港に集まる人々の群れだった。
そして明らかにおかしな点が視界に映り込んだ。黒い煙だ。
「ロドス・ラズハの船が……!」
ココットが叫んだ。ナギは横で絶句したように口元を覆っている。
「とにかく行こう」
俺は走るスピードを早め、破壊されて黒い煙をあげているロドスの船へと急いだ。船のそばの桟橋には、船員たちとロドスの研究者たちが立ち尽くしたり座り込んだりしていた。
「何があった!!」
俺が彼らに問い詰めると、真っ先に答えたのはそこに座り込んでいるファビアンだった。
「船長!」ファビアンは勢いよく立ち上がった。「よく分からないんですが、いきなり変な男が襲ってきて……」
「ココット、避けて!」
話を聞き終わらない内に、ナギが鋭く叫んだ。狙われたのはココットだった。だが、ココットの反応も早かった。
「誰だよ、お前!!」
ココットの錬金術で一気に固めた金属が、襲ってきた誰かに反撃をした。だがソイツはまるで粉のように砕けながら攻撃をかわし、俺たちの前で静止した。
「緑海から来た愚かな者に、制裁を加えたまで……」
ソイツはドスの効いた低い声で俺たちの前に立った。俺は大声を張り上げて船員たちと研究者たちは下がれと命令をする。街の人たちも俺の声に驚いたように引き下がった。そうして、ソイツの前にいるのは、俺とココットとナギだけとなった。
「反応はいいようだな……さすが、我が嵐を無断で切り抜けただけはある……」ソイツは話し続ける。「だがお前たちは、信仰深いシレモトスの脅威となる可能性が高い……だからワタシが自ら手を下しに来たという訳だ」
ソイツはそう言いながら手中に禍々しいアーツの力を溜め込む。黒く変色した髪をしたソイツは、一見人型をした男性に見えた。黒いローブにフードを深々と被っていて顔はよく見えないが、その影から緑褐色の目が光っているようだ。
「お前がスナタザか」
俺は後ろのナギを庇いながらそう問い詰めた。ナギが怖がって俺の袖を掴んできたからだ。
「そうだとしたら何だ?」
ソイツは自分が何者であるか分かっても一切気にしないという態度で俺たちを睨みつけてきた。
「気をつけろ──っ?!」
俺が二人に注意を促す間もなく、スナタザは突如飛び上がった。
俺はその動きを感知した瞬間、スナタザは人間ではない、となぜかそう思った。それはまるで掴みどころのない霧のような形となり、上空から攻撃を仕掛けてきたのだ……!
「伏せろ!」
俺は心相原質を複数飛ばしてスナタザからの攻撃を全て防いだ。俺の命令に即座に反応が出来る二人は言った通りに伏せていて無傷だが、油断は出来ない。
「ほお! それは珍しいものを持っているな……」スナタザは再び俺たちの前で人の姿となって語る。「ますます貴様らを危険分子として真っ先に消さなくてはならなくなったが」
コイツは何者なんだ……心相原質で調べてみるも、モヤがかかったようにサーチが妨害されている。コイツは心相原質がなんなのか知っていて、情報を取られないように防護しているのだろう。強烈なアーツだ。
それか、コイツが人間ではない何かか。
「船を壊した分は払ってもらう!!」
俺が思案している刹那、ココットが錬金術で生成した剣でスナタザに斬りかかっていた。
「面白い技だが、甘いな」
だがスナタザはそこから微塵も動かずに片手だけでココットの剣を止めた。普通なら皮膚の硬い鱗獣に負傷をさせられる一撃が、スナタザの前だと無効化するというのか……?
いや、違う。
「お前の動きは読めた!」
俺は心相原質を飛ばし、スナタザを覆っているミストのようなものを断ち切ろうとした。しかしそれを読まれたのかスナタザはココットを吹き飛ばすなり大きく跳ねてかわし、次に狙ってきたのは俺の後ろにいたナギであった。
「ナギ!」
ココットもそれには気づいたらしい。吹き飛ばされて地面に落下する直前、ココットはナギに向かって錬金術で出来た武器を放り投げた。
幼少期から共にいて戦場に出ていた彼らの戦闘方法は、目を見張るものがあった。双子ならではの戦法といってもいいだろう。
ナギはココットの呼び掛けにすぐさま反応し、投げ渡された武器を寸分の狂いなく受け取って襲い掛かるスナタザに応戦した。俺はそんな彼女に心相原質を飛ばして防御力と火力の補佐をし、ナギはなんとかスナタザを振り払った。
「小賢しい技を……なら貴様から……!」
スナタザは苛立ちを見せ、標的を俺に変えた。俺は腰の剣に手を乗せた。この状況なら居合切りしかないだろう──。
「アーミヤ!」
「はい、ドクター」
聞き慣れた二つの声。直後には黒い術攻撃が俺の視界に映り、スナタザを覆った……。
「大丈夫か!」
そして飛び出して来たのはドクターだった。ドクターの前には黒い術攻撃を放ったのだろうアーミヤもいる。
「あなたが、スナタザさんですね」
決して大きくないアーミヤの声が、静まり返る戦場に響いた。
スナタザは「体を霧散させて」アーミヤの攻撃をすり抜け、無傷でそこに立っていた。あのような体をした人間を、少なくとも俺は見たことがなかった。味方が駆けつけてくれたとはいえ、警戒を緩めることは出来ない。
「次から次へとワタシを阻もうと、我が力の前では無意味だ!」
スナタザは両腕を広げた。何かするつもりなのだろう。俺は身構え、スナタザの次の行動を待った。
「まずは貴様からだ!」
「ドクター!」
スナタザは明らかにドクターへと矛先へ向けた。確かに、この戦場に立つ者の中で一番戦闘力のないのはドクターだ。だが、同時にスナタザは俺たちの動きを牽制するようドス黒い緑色をした術攻撃が一斉に放たれ、ドクターの元へ駆けつけることは出来ない……!
しかしその直後、二つの駆けつける誰かが心相原質で分かった。次には、バチバチという迸る音と空気が一気に冷えてくる感覚がした。
「遅いっ」
「凍てつけ!」
俺たちはスナタザの攻撃をかわすしかなかったが、咄嗟に動けないドクターはどうなるだろうかと目を上げた先に、突如現れた電撃と氷のドームがドス黒い緑の攻撃を守っていて安心した。見るとドクターの背後には、あのコータスの親子がいる。
「ありがとう、エアース、スノーグ」
とドクターが護衛の親子たちに言っている。戦いの場に備えて、ずっと護衛と一緒に行動をしていたみたいだ。
しかし、それはスナタザを逃がしてしまうきっかけにもなってしまった。俺は警戒態勢を解き、スナタザが先程までいた空間を見やる。
「逃げられたな」
と俺が呟いた頃にはスナタザの気配がないと皆も気づき始め、ドクターが駆けつけてきた。
「みんな、大丈夫かいっ?!」
ドクターはそう言って俺たちの様子を確認する。俺は、答えるよりココットとナギを見やった。
「俺は大丈夫だぜ、ドクター」
「うん、わたしも大丈夫」
ココットとナギが代わりに答えてくれたので、俺は何も言わずに緑海へ視線を投げた。
「船、壊れてしまいましたね……」
俺のことをどう見たのか、アーミヤが話しかけてきた。俺は緑海から煙を上げて破壊されている船へと視線を移した。これだけ壊れているのに船員たちが全員無事なのは不幸中の幸いだ。
「この程度なら直せる。ココット、ナギ」
「「は〜い」」
俺が呼ぶと、戦闘時の目つきとは全く違う幼い目をしてココットとナギがそばまで近寄ってきた。俺はドクターに一旦目を向ける。
「俺たちの錬金術で直していいか、ドクター? 薬草や食用植物が生えてくるおまけ付きだが」
「それは構わないけど……直した途端にまた来るのは厄介だよね」
とドクターは言っていたが、俺はそれは杞憂だと考えた。
「いや、恐らく船は大丈夫だ」俺は自分の考えを話す。「スナタザは、この中で誰が一番厄介な人物か判断材料を探しているように見えた。アイツは俺たちが錬金術師だということが分かっただろう。次に狙うのなら俺たちだ」
次々と狙いの標的を変えたスナタザの攻撃方法を見て俺が推測したことだった。ドクターがどう見たか判断を仰ぐためにも、俺はそう言った。
ドクターは、深く頷いた。
「……そうかもしれないね」
やはりドクターも気づいたようである。
なら次の行動を、と俺が言いかけた時に一つの声が割り込んできた。
「ドクター! 船長さん!」白い髪をした少年、ハルバラトだった。「スナタザが襲って来たんでしょ? ごめんなさい、みんなのことを守れなくて……」
「ハルバラトのせいじゃないよ」
「うん、ハルバラトは悪くない」
落ち込みながら走り寄ってくるハルバラトにココットとナギはそう声を掛けたが、彼の顔が明るくなることはなかった。
「だって、ボクはシレモトスの守護神なのに、スナタザがドクターたちの船を壊しちゃったのを守れなかったから……」
守護神、か。彼は何年も何百年も、島民たちに崇められてきたからこそそれが当然と思うようになったのだろう。
「船はなんとかなる。だが、お前にいくつか聞きたいことがある」俺はハルバラトに言った。「お前はいつから、この島の神になっていたんだ?」
「……え?」
丸く見開いたハルバラトの翠玉色の瞳が、俺をじっと見上げた。