双星方舟〜翠玉を渡る詩〜   作:青瑠璃

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過去

 

 翌日。

 俺たちはロドスの船を直し、船の中で一晩過ごしたのち、ドクターらとは別行動をすることにした。

 その道中、俺たちの前を歩くハルバラトは、シレモトスの南側に位置する農村エリアに向かっていた。

「ボクはこの畑のずっとずっと奥のお家で生まれたんだ」ハルバラトはのどかなあぜ道を歩きながら話した。「もうずっと昔の話だから、どんどん忘れているんだけど……」

 そうしてハルバラトは、農村エリアと隣接している防風林に足を止めた。そこには、人が住んでいたような面影は一つもない。

「ここは?」

 黙り込んだハルバラトに代わり、俺の隣にいたココットが訊ねた。それをナギが肘でつついた。どちらかというとココットの方がやや無神経なところがあった。俺の悪いところが似てしまった気がする。

「ここにね、ボクのお家があったの」ハルバラトはようやく口を開いた。「建物はスナタザに壊されちゃったけど、今でもこの辺りの人は大事な場所としてお祈りに来てくれる人もいるんだよ。ほら、ここ」

 とハルバラトが指す方向には薄汚れた白い建材で出来た小さな祠のようなものがあった。そこには緑色の器に水が入ったものと、何本かの花が供えられていた。

「……お前が神になる前は、誰が神だったんだ?」

 俺は核心となることをハルバラトに聞いた。ハルバラトは、祠を見つめたのち、首を振った。

「今までも、そうボクに聞いてきた人はいたんだ。でも……ボクも覚えていなくて」それからハルバラトは俺を振り向いた。「でも、船長さんがそう聞くのって、ボクが前の神様のことを覚えていないから、スナタザが襲ってきたってことなんでしょう?」

「……」

 俺は言葉を返さなかった。最初に会った時とは違う静かな目をしたハルバラトを見つめ、コイツはただの無邪気な子どものフリをしている訳ではないのだと悟る。ハルバラトは俺の回答を気にしなかったようにさらに話し続けた。

「パプアリアがあんなに機嫌が悪かったのも、ボクが覚えていないからだよね」とハルバラトは言う。「パプアリアに何度も言われたんだ。ボクはなんでも出来るんだから、シレモトスを守り続ける神様じゃなくていいんだよって」

 そう言い終えるとハルバラトはその場にしゃがみ込み、顔を覆った。

「ボクは何者だったの? だんだん怖くなってくるんだ……ボクはどうして、シレモトスを守っていたんだっけ?」

 ハルバラトは、怯えていた。

 俺はそんな彼になんて声を掛けるか迷ったが、その出番は必要ではなかった。

「自分のことが分からなくなるのが、普通の人間なんだよ」ナギがそっと、ハルバラトの肩に手を添えた。「ハルバラトは神様じゃなくて、人間なんだよ。それが分かっただけで良かった」

「ボクが……人間……?」

 ハルバラトがナギを見やる。ナギは小さく頷いた。

 ハルバラトはナギを見つめ、立ち尽くしたままのココットを見上げ、それから俺の目を見て祠へと視線を戻す。そしてハルバラトはしばらく考えたのち、何か決心したように立ち上がった。

「ボク、スナタザを倒すよ」ハルバラトは俺たちに向き直ってハッキリとそう言い切った。「いつも、許してあげるべきだと思ってトドメまでは刺したことがなかったんだ。でも、それじゃあボクはずっとここの神様で居続けないといけないし……ボク、緑海の外のずっとずっと先の方まで行きたい!」

 ハルバラトの目は真剣そのものだった。それは、いつかの俺の決断によく似ていた。

 ココットとナギが、俺に目を向ける。

 俺は、目を伏せた。

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り舵いっぱい、全速前進〜♪

 

 ココットとナギが、ハルバラトと手を繋ぎながら海賊の歌を口にする。赤子の揺り篭号ではもはや定番ともなるその海賊の歌は、自由な俺たちを象徴するかのようだった。

「歌を聴いていると、楽しくなるね♪」

 ハルバラトは双子たちの間で楽しそうに何度も跳ねた。子ども程度の腕力でフラつく双子たちではないが、俺にはハルバラトの内なる力が視えていた。緑色をしたミストのようなものがハルバラトを包んでいるのは、俺の気のせいではない。

「あ、見えてきた!」ハルバラトが向こうに見えてきた大きな建物を目で指した。「あれがシレモトス書館だよ!」

 シレモトス書館。それはハルバラトの祭壇の石碑に書いてあった「図書館」のようなものらしい。俺はそこで、ある情報を探そうとしていた。

「ハルバラト様……!」そこに街の人が駆けつけてきた。「ハルバラト様が、どうしてよそ者と一緒に……手を繋ぐという畏れ多いことを……」

 俺は三人の後方にいたが、街の人の態度から何かされるのではないかと警戒のために剣の柄に手を置く。双子たちが多少の嫌味で感情的にならないのは知ってはいるが、これでも親である俺が落ち着くはずがなかった。

 だが、双子たちが何か言うより早く、ハルバラトの意思はしっかりとしていて。

「おはよう、ヴェレン。ボクね、スナタザを倒すんだ」とハルバラトはいつもの口調で続ける。「だからそのために、書館に行ってスナタザを倒す方法を調べに行くんだよ。船長さんたちが手伝ってくれるって!」

 ハルバラトは無邪気な子どもみたいな笑顔でそう答えた。

「そう、ですか。それは……失礼しました、ハルバラト様……」

 と街の人が引き下がったのを良しと見、ハルバラトは双子たちと両手を繋いだまま書館へと向かう。俺はその三人の後について行きながら、戸惑う街の人の顔を一瞥した。見ると周りの街の人々も、俺たちを怪しむように、畏れるように距離を取っているようだ。

 こんな景色も、いつかは忘れられていくのかもしれない。

 俺はそう思いながら、書館へと入って行った。

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