双星方舟〜翠玉を渡る詩〜   作:青瑠璃

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シレモトス書舘

 

「スナタザを倒す本を探しているんだ」

 シレモトス書館に入るなり、受け付けにいる司書にハルバラトがそう言うと、かなり動揺した顔を返されていた。

「あの、スナタザ様を倒す方法は、ハルバラト様が一番ご存知かと……」

 と司書に言われているのを傍目に、俺は心相原質でシレモトス書館を調べてみる。目的はシレモトスの歴史書。ハルバラトが生きてきた年数から、この島は海が枯れる前から実在していたと推測出来るので歴史も相当長いと考えられるのだが……ない。児童書や図鑑、小説の類などはあるのに、この書館に歴史書というものが一冊もないのだ。

 俺がここに突っ立ったまま何をしているのか分かるのか、ココットとナギがこっちに目を向けてきた。それから二人は俺のことを邪魔しないようにか、ハルバラトを連れて書館の奥へと本を探しに行った。

 俺は思案する。確か、ココットとナギがあの石碑を読み上げた時、奇妙なことも書かれていると言っていたはずだ。

 

ハルバラト様に敬意を払うこと

ハルバラト様の言うことは必ず守ること

ハルバラト様に貢ぎ物を忘れないこと

……

シレモトス書館から本を借りたら返すこと

 

(なぜあの祭壇にわざわざ本のことが書いてあったんだ……?)

 俺は考えたが、答えは分からなかった。なら試してみるしかないのではないか。俺は三人がいる方へ向かった。

「これは、図鑑?」

 そこには、本を開いてハルバラトに訊いているココットの姿があった。

「うん、そうだよ! ボク、コンドゥアが好きなんだ! お空も飛べるし、焼いても美味しい!」

 静かな本棚と本棚の間で、楽しげに話すハルバラトの声が聞こえた。誰もそんな大きな声で喋ったりはしていないが、ハルバラトだから許されているのだろう。

「コンドゥアって何?」

 これはナギだ。

「コンドゥアは、緑海にやって来る鳥さんだよ。シレモトスのコンドゥア料理はとても美味しいんだ!」

 と説明するハルバラトの手元には、開かれた本があった。そのページには、足の長い羽獣が描かれている。獣車を引いていた駄跳獣によく似ているが、広げた翼の大きさは猛禽類を越える長さがあるようだ。そんな鳥は緑海を渡った時には見かけなかったが……。

「その図鑑を借りよう」

 俺は言った。ハルバラトはやったぁと素直に喜んだが、ココットとナギは不思議そうな顔をしていた。

「でもパパ、これはただの図鑑……」

「パパにも考えがあるんじゃない?」

 ココットとナギには、この書館で歴史書を探すという話をしていた。だが俺の思いつきで、図鑑を借りたかったのだ。

「ココット、ナギ、図鑑借りちゃダメなの?」

 困惑している二人に、ハルバラトがそう訊いた。二人は慌てたように取り繕った。

「いやいや、そんなことないと思うぜ!」

「ううん、図鑑借りよう」

 ココットとナギも最終的には同意してくれて、俺たちは手続きをしてその図鑑を借りることにした。

「……返すことになればいいがな」

 俺が独り言を呟くと、ハルバラトがこちらを覗き込んだ。

「船長さん、何か言った?」

「いや、なんでもない」

 俺たちは一旦外に出、今夜の宿を探すことにした。ドクターと共にいるとまたスナタザに襲撃され、周りを危険に晒す可能性があったからだ。だがそれは同時に、俺だけではなく、ココットやナギを巻き込むことにもなる。

 街を歩きながらココットとナギを見やった。二人は俺の視線に気づくものの、根掘り葉掘り聞くような彼らではなかった。思えば彼らが子どもの頃からそうであった。口数が少ないのは俺に似たのか、それとも、いくら親子でも遠慮は忘れていないということか……。

「あ、宿屋さんならボクいいところ知ってるよ!」図鑑を開きながらハルバラトが声をあげる。「ボク、案内するね! ほら、こっちこっち!」

 とハルバラトが向かうのはなぜか狭い裏路地の方。

「ハルバラト、そんなところに宿屋があるのか?」

 ハルバラトの道案内に不審感を抱いたココットが聞く。

「こっちの方が近道なんだよ!」

 と無邪気そうに裏路地へ駆けていくハルバラトに俺はなぜか違和感があると思った。

「近道なら……行こう、パパ」

 ナギも何かに気づいたのか困惑していたが、俺の手を引いて裏路地へ向かう。だが、その裏路地は歩いても歩いてもうっすらと暗く、宿屋どころか店一つも見かけない狭い通路だった。

「おい、ハルバラト……」

 俺がとうとう声を掛けた時だった。

「掛かったな!!」

 上空から声が降ってきた。

 瞬時に反応出来たのは俺とハルバラトだった。わずかにハルバラトが早かったかもしれない。

「スナタザだ!」

 ハルバラトはそう言いながら空へと腕を突き出し、翠玉色の術攻撃が上からの奇襲を防いだ。

 俺は心相原質を飛ばしてその姿を具現化しようと試みた。それは呆気なく空間に現れた。

 黒いローブに深々とフードを被った男……港で見たスナタザの姿と全く同じであった。

「やはり貴様から消さなくてはな……」

 スナタザはそう口を開き、手を前に出して何かをしようとしていた。俺は素早くココットとナギを見やる。二人は防御姿勢を取っていたが立て直しており、すぐに次の行動が取れるようにしていた。

 今こちら側には俺を含めて四人いる。この数ならいけるだろう。この四人の中ではココットが火力がある。火力だけならハルバラトの方が遥かに上だろうが、俺たちは守りが甘い。ハルバラトには守りに徹して貰った方がいいだろうと俺は判断した。

「ハルバラト、スナタザの攻撃から守ってくれ!」

「分かった!」

 俺の命令に素直に返事をしたハルバラトは、スナタザからの更なる攻撃を防いだ。その隙に俺はココット、ナギ、ハルバラトへと心相原質を糸状に繋げ、攻撃の準備を始める。

「何をしようとしている!」

 通常の人間ならばこの心相原質の糸を見破る者はほぼいないが、スナタザは気づいたらしい。俺たちを繋げた心相原質を断ち切ろうとスナタザは攻撃を仕掛けてきたが、これは物理や術攻撃で途切れるものではない。

「ココット、ナギ! 囲め!」

 俺と十年近くも一緒にいたココットとナギなら、この命令が何を意味するか分かったはずだ。ハルバラトは立ち尽くしていたが、今は説明をしている余裕はない。

「「分かった!!」」

 双子たちは息ぴったりに返事をし、スナタザに攻撃を仕掛けながら配置につく。この心相原質は囲った相手のステータス値を下げ、同時に術攻撃を与えるのが俺のやり方でもあった。

 だが俺の声を聞いたことで、スナタザは囲まれるのはマズイと察したのだろう。建物の壁から壁へと跳ねて心相原質の範囲から逃れようとする。俺はスナタザの行動を一瞬でも不能にしようと剣を引き抜いた。その時だった。

「きゃっ……!」

 スナタザの攻撃で、ナギは足元を掬われた。

「ナギ!」

 ココットが叫んだ。わずかにナギが隙を見せたのだ。それをスナタザは見逃さなかった。

「コイツから先にやってやる!」

 スナタザがナギに突撃していった。俺は方向転換してナギを助けようとする。狙うのは人に見えるソレではない。スナタザの周りを覆っている緑のミストだ。

「はぁ……っ!」

 俺は渾身の力で剣を突き出した。その瞬間、スナタザは自身の体を塵状に変えて直撃を避けた……がダメージは与えられたらしい。スナタザの頬に切り傷が出来、赤い血が飛び散った。

「船長さんすごい!」

 とハルバラトは言ったが、同時に掴みどころのない粉塵のようになってスナタザは跡形もなく消えてしまった。追撃は出来なくはないが、今は体勢を整えることが大事だ。

「ごめんなさい、パパ……」

 形勢を変えたのは自分のせいだと思うのか、ナギが謝ってきた。俺は、ナギの周りにある不思議なミストを心相原質で確認する。彼女の周りに広がるミストに、悪い変化はないようだ。

「いや、お前のせいではない。あとで詳細を話す」俺は言い、実は書館に行く前から尾行していて物陰に隠れている誰かの方へ振り向いた。「俺たちを尾行しているお前は誰だ。書館に行く前からついて来ていただろう」

「え、やっぱオレたちつけられていたのか?」

 ココットも気づいていたようだ。ナギは何も言わずに俺の後ろに隠れたが、その目は尾行者のいる方を向いている。

「え、誰かついて来ていたの?」

 ハルバラトがそう言っているところ、彼はそこまで感知能力は高くないのかもしれない。もしくは、いつも人に囲まれ過ぎていて気にしていなかったか……。

「あ、やっぱりバレてたっスか〜」路地裏の雑多に置かれた物から、誰かがゆっくりと出てきた。「俺はシャオト。怪しい人物じゃないっスから、安心して欲しいんスけど……」

「ずっとつけて来て怪しい人物ではないとどう信じたらいいんだ」

 俺は後ろに、ココットとナギとハルバラトを庇いながら問い詰めた。答えによっては斬りかかるつもりで。

「待って待って、そんな顔しないで下さいっス!」とシャオトとやらが言う。「俺が持っているのはこの笛だけっスから! よそ者がどんな人なのか観察していただけで、本当は、このシレモトスを変えたいって思ってるだけッス!」

「シレモトスを……?」

 俺は茶髪の青年を注意深く観察してみる。確かに武器らしきものはなく、彼が手にしている横笛も武器を隠している様子はない。それに、なぜか足を怪我している。スナタザは全く、アイツに手出しはしていないはずなのに。

「ナギ、軟膏の花はあるか?」

「え、あるけど……」

「手当てをする」俺はシャオトに近づいた。「シャオト、まずはそこに座ってくれ。足の手当てをしよう」

「えっ、よそ者の俺になんでそんなことを?」

 急に俺が態度を変えたからだろう。シャオトは困惑していた。

「ドクターのせいかもな」

「え……?」

 俺はこれ以上なんて答えたらいいか分からないので、そう言ってシャオトのズボンを捲り、ナギから受け取った軟膏の花から成分を取り出す。この花はアーロンの町から持ってきたものだが、俺も船員たちも花の名前までは知らないので、皆「ナギの花」と呼んでいた。

「船長さんは優しいんだよ♪」

 この国の守護神ともなるハルバラトもそんな感じだし、シャオトの怪我の手当てくらいはしても大丈夫そうだ。まぁ、俺ならダメだと言われても手当てはしただろうがな。

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