「ここよ」
リーナに案内されたのは、そこそこ立派な豪邸の家だった。
「ここ、リーナの家なのか?」
とココットが聞けば、リーナは首を振って答えた。
「ううん、ここはシャオトの家」
そう説明しながら、リーナは躊躇うことなく豪邸へと進んでいく。俺たちは彼女について行った。
「……花が沢山咲いてる」
とナギが呟いた通り、豪邸の前庭はあちこちで花や草が生えていた。もうしばらく手入れはしていないようで、かろうじて出入口の周辺だけがレンガの道で通れるようになっていた。レンガの隙間からは雑草が生えている。
「驚いたでしょ。スラム街に行き来するシャオトが、こんな家に住んでて」豪邸に入る前に、リーナは俺たちにそう言った。「シャオトの一家は、海がずっと広かった頃、周辺の街と取り引きをする有名な商人だったんだって。私は詳しくは知らないけど、船に乗ってたって話。そこに錬金術師もいたそうよ」
それからリーナはしゃがみ込み、そこにあった何も植えられていない植木鉢をひっくり返した。そこに一本の鍵がある。
「私はシャオトと幼なじみで、何かあった時のためにって鍵の場所を聞いていたの」
そしてリーナは、ようやく家の鍵を開けた。
中は先程まで人が使っていた形跡はあるが、どれも古く、色あせたものばかりだった。高い天井には蜘蛛の巣が張ってあり、床の絨毯は随分ボロボロだ。新しい洗濯物が階段の手すりにぶら下がっているところに生活感はあった。
「こっちよ」
リーナは地下へ続く階段に案内した。リーナはこの家のことをよく知っているようで、手探りだけで電気を点けると、黒ずんだ木の扉が見えた。
「ここだけ古い……」
と俺が言うと、リーナはこちらを振り向いた。
「シャオトの祖父は若い頃、地下に拠点を作っていたみたい。今はその上に豪邸があるけど。信じられない話だけど、船をそのまま地下に埋めているらしいよ」
「船を地下に? どうしてそんなことを」
これはココットが聞いた。だがリーナは目を逸らして口を閉ざした。
「隠れる必要があったんだよ。ココット、祭壇にあった文字を覚えてる?」そこにナギが言葉を挟んだ。「ハルバラトの生きてきた時代から考えると、何百年も前から守護神はいた。そして、石碑に書いてあった禁止されていたことを考えると……」
ナギはそれ以上言葉を続けなかった。だが賢いココットにはもうどういうことか分かったみたいだ。リーナは、もう一本の鍵を手に取って木の扉を開けた。静か過ぎる地下では、うるさいくらい軋んだ。
「そう、あなたたちの想像通り」リーナは話し始めた。「ここは、シャオトの祖父がずっと隠し続けていた場所……禁断の書庫よ」
そうしてリーナは、地下の電気を点けた。するとその先に広がっていたのは大量の本。至るところに棚があり、所狭しと本が並んでいたのだ。壁の骨組みを見る限り、本当に船丸ごと地下に埋め立てたらしい。
「まぁ、シャオトのおじぃさんの知り合いに錬金術師がいたなら、船を地下に埋めるのは不思議じゃないけど」とココットが周りを見ながら書庫へ入って行く。「どれもこれも古い本ばかりだ。うーん、読めない文字もあるな……」
「パパ、こっちは歴史書だよ」
ナギに袖を引かれて見やれば、確かに歴史書がズラリと並んでいた。そこには、錬金術師についての書物もいくつかあった。
「こんなに本が残っているとは……」
俺は一冊の本を手に取りながら呟いた。イベリアでは、錬金術師についての話は口伝ですら途絶えてしまっていた。その理由がシレモトスにもあるのだとしたら……俺はある一つの合点に結びついた。
「守護神は、シレモトスにいる全員に歴史書の所持を禁じたのか」
俺が言うと、リーナは伏せ目がちに頷いた。
「そうよ」
「けど、ハルバラトがそんな指示出すとは……」
ココットは言いかけて口を噤む。ココットも気づいたようだ。
「ハルバラトは、古代サルカズ語が読めないって言ってた……」とナギが代わりに話し続けた。「そうなると、シレモトスの決まりを作ったのは……?」
問いかけのようにナギは俺の方を見つめる。俺は深く頷いた。
「スナタザだろう。恐らく歴史書に、スナタザにとって不都合なことが書かれているんだ」
と俺は答えたが、まだ分からないことがあった。ならなぜ今は、ハルバラトが守護神なのか……それも、この書庫から分かるのかもしれない。俺は心相原質を起動させた。リーナは唐突に現れた銀色の球体に酷く驚いた。
「わっ?! な、何よ、それ……」
「心相原質だ」と答えながら、俺は心相原質を糸状に飛ばして書庫にあるありとあらゆる本へ伸ばした。「錬金術で出来たコンパスだ。使用者の探し物を見つけ出すのに便利な道具だ」
他にも使い方はあるが、説明も面倒だったので俺はそれだけリーナに伝えた。リーナは信じ難い様子だったが、最終的には「錬金術師は船を地面に埋めるくらいなのだからそれくらい不思議なことはするのだろう」と納得していた。
それから俺は、心相原質に集中することにした。心相原質は同時に大量の情報を持ち帰って来るが、この程度の処理はさほど難しくなかった。ココットとナギはそれぞれ興味のある本を手に取ったりして中身を読んでいるようだ。ココットは錬金術師の本を、ナギは古い植物図鑑……二人らしくて思わず笑みが零れてしまう。
「本当に、アンタたちは親子なんだね」何を見てそう思ったのか、リーナがそう言い始めた。「アンタたちを見てるとそう思うよ。なんていうか……互いのことを思い合ってる感じ、素敵な親子って感じがするわ」
そう言うリーナの目には、憂いが含まれているような気がした。俺は彼女からココット、ナギへと視線を移す。俺は今まで、自分が父親らしいことをしたと思ったことがなかった。だがココットとナギは満足そうに微笑んで俺のところに戻ってきた。
「自慢のパパなんだ。カッコイイだろ?」
「パパ、優しいよ」
この双子たちは恥ずかしげもなく俺のことを自慢してくる。悪い気もしないが、反抗期もないまま二十歳になったコイツらを、ちょっと不安に思ったり。
「いいから探し物に集中しろ」
「「はーい」」
俺が少し冷ややかに言い放っても、ココットとナギはクスクス笑って顔を見合うばかりだった。
「そんな冷たいこと言われてるのに、どうして笑っていられるのよ?」
とリーナが言い、確かに傍から見たら俺がただ冷たくしているように見えるのだろうと思った。だがココットは、明るく笑ってこう言うのだ。
「冷たい言い方してるかもだけど、ただ照れ隠ししてるだけなんだよ」
次にはナギも頷いて言葉を続ける。
「パパは手を繋いでくれるし、一緒に寝てくれる。優しいことは知ってるから」
怒ってる訳じゃないんだよ、と。
「おい、勘違いされるような言い方するな」
なんでわざわざそんな言い方したんだとナギを見やれば、特段変わった様子のない娘の顔がそこにあって、
「もう一緒に寝てくれないの?」
懇願するような言い方をしてきて困った。だが、俺が黙り込んだのも面白いのか、ナギが小さく笑った。どうやら俺を揶揄っているようだ。
「ったく、俺を揶揄うな」
と俺はナギの額を軽く小突くと、彼女はイタズラっぽく笑った。
「ふふっ」
そうしてナギが笑うと、レッドによく似てるなぁと俺は思い出す。そしていつものように、ココットが割り込んできた。
「俺もオデコ突いてよ」
「いつになったら親離れするんだか」
そう言いながらも俺はココットの額も小突いてやる。ココットも満足そうに笑った。コイツらの笑顔を見ていると、自然とこっちも笑顔になってくる。
「そう……それがきっと、親子なのね」
横でリーナが呟いているのが聞こえた。その目は陰っていて、親に対して何か暗い気持ちを抱いているように見えた。俺も六年間は子育ての経験がないからなんとも言えないが、自分が幼少期だった時のことを思うと、必ず親子が十年以上も共にいるのは、珍しいのだと思う。
「それよりパパ。もう目的の本は見つけているんじゃないのか?」
ココットが気持ちを切り替えたかのように聞いてきた。この程度の広さの部屋ならもう目的の本は見つけていたが、双子たちの会話に付き合ったところ、俺も冷酷ではないのだろうと思う。
「目的の本かどうかは分からないが、気になる本がある」と俺は答えながら部屋の奥に進んだ。「これだ」
と俺が手に取ったのは、焦げている古い本だった。焦げていて題名の解読も不可能になっていたが、背表紙は無事だった。それは、俺は見たことがある名前だった。
「……錬金術の流派の名前だ」
「「え」」
ココットとナギは息ぴったりに反応を示して俺のところに近寄ってくる。二人には錬金術について教え込んだから、この流派についても知っているだろう。この流派は、錬金術師の中では珍しく「奇抜な」錬金術を採用しなかった者たちの名前だった。そこら辺の量産型製品に合わせ、綺麗な、整った、ごくありふれた錬金術で物を作り、見る者が見ない限り錬金術品であることを見抜くことが難しかった流派だった。
俺はページを捲った。ページには知っている錬金術品がいくつも載っていたが、ところどころ継ぎ接ぎしたページもあり、俺は少し驚いた。まさかこの部屋と繋がりのある錬金術師はこの流派の人間で、シレモトス内で閉じ込められたあとも新たな錬金術品を作り出していたのではないか、ということが容易に想定出来たからだ。
「これは……」そして俺は、あるページで手が止まった。「ココット、ナギ」
俺は開いたページを双子たちに見せた。双子たちはすぐにそのページを覗き込み、息揃えて同じことを言った。
「「ハルバラトが左手首に身につけていたものだ」」
やはり彼らもすぐに分かったようだ。最初は気づかなかった。だが、パプアリアも同じものを手首につけていたのを見て、あとで気づいたのだ。
「……守護神避け、とだけ書いてあるな」
そのページには、赤い宝石が嵌め込まれた黄金色のブレスレットが描かれていた。絵の下には「守護神避け」という一言だけが書かれている。
「守護神避けって……ハルバラトのこと?」
とココットは首を傾げたが、ナギは別のことを言った。
「もしかして、スナタザのこと……?」
そうかもしれない。俺は頷いた。
「どういうことかよく分からないけど……」そこにリーナが不安げに言葉を発した。「そのボロボロな本が、スナタザを倒す手掛かりってことなの?」
俺はリーナへ振り向いた。
「確証はないが、試すしかないだろう」
他の本も探してはみたが、めぼしい物はなさそうだ。俺はココットとナギへ目を向けたが、彼らも反対してくる様子はない。そもそも、コイツらが反対したのはロドスを離れる前の時くらいで……いや、今は過去を振り返っている場合ではない。
「とにかく、明日、ハルバラトが帰ってくるのを待とう」
話はそれからだ。