双星方舟〜翠玉を渡る詩〜   作:青瑠璃

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想定外

 

 早朝。

 俺は宿屋を出、シレモトスの北区の港に出ていた。

 港には、シャオトが作ったツギハギだらけの船が、まるで海かのように波打つ緑の湖に揺られながら停泊している。俺たちがこの船を修理したとはいえ、やはり向こう側には強烈な嵐のアーツが壁のように行く手を阻んでおり、出航したところで緑海の藻屑となるのが目に見えた。

 それでも、この緑の水面にはコンドゥアがはばいたり着水したり、穏やかな風が流れている。この島がとても、悪魔と呼ばれるスナタザに閉じ込められているとは思えないくらい平和だった。

 俺はそれらの景色を眺め、ここに来てから起きた様々なことを思い出していた。

「ソーンズ、またの名をイシドロ」

 そこに、機械的な言葉の羅列で声を掛けてきた人物がいた。振り向くと、白銀の髪のリーベリの女性が立っている。

「フィリオプシスか」

 俺が彼女の名前を呼ぶと、演算装置かのような動きで頷き、俺の傍らに立った。

「はい、フィリオプシスです」それからフィリオプシスは、こちらへ目を向けた。「今はなんと呼んだらよろしいですか?」

「どっちでもいい」

「なら、船長と呼ばせて頂きます」

 結局そうなのか、と俺は思いながら、彼女なりの人間らしさを失わないためのイタズラ心かと考えたら、許容範囲か。

 俺は緑海へと視線を投げた。フィリオプシスも同じく緑海を見据えた。この島に来た時に聞こえていた「助けて」のあの声は、今は聞こえない。

「フィリオプシスは、以前、石の声が聞こえていました」

「石……?」

 突然なんの話なのか、と俺はフィリオプシスを見やる。フィリオプシスは至って真面目といった様子で、話を続けた。

「源石の声です。一部のライン生命では、源石に声があるのかどうか、と論争されていました」

「それが、お前の中にあるチップと関係しているのか」

「……それについての回答は拒否します」フィリオプシスは淡々と言葉を返してきた。「ですが、言葉を発するのは、人だけではないとフィリオプシスは認識しています」

「俺の聞こえたこの声も、人ではないと言いたいのか?」

 俺がそう言うと、珍しく感情の揺らぎが顔に出たのか、一度瞬きをした。

「船長も、声が聞こえるんですか」

 そうだった。この声が聞こえた話は、誰にもしていなかったんだった。

「……ああ。誰かが、助けを求めている。あの水平線の境目にいるのか、壁のような嵐の中にいるのか、この海底の下にいるのか」

 こう話すと、なんとなくで流していたことが現実味を帯びてきたように俺の中で何度も反芻した。確かに俺は、あの声を聞いたのだ……誰かが助けを求めるような、悲痛な叫びが。

「「パパ」」

 そんな思考を巡らせていると、背後から二つの声が掛けられた。振り向くと、ココットとナギが立っている。

 二人は、宿にいなかった俺を心配していたというより、ただ迎えに来たという感じだった。

「……宿に戻るか」

 俺は我が子たちに声を掛ける。俺たちは、進まなければならない。この島を脱出するために、海へ向かうために……そしてもしかしたら、あの声の謎も解き明かされるかもしれないと、考えながら。

「ハルバラトが戻ってくるもんな」

「帰ろ」

 ココットとナギが俺の両脇に立って自然と手を繋ぐ。フィリオプシスが、優しく微笑んだ。

「不特定高難易度な出来事も、三人なら乗り越えられるでしょう」

 フィリオプシスならではの俺たちを送り出す言葉だったのだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、俺たちは宿屋に戻って待っていた。しかし、ハルバラトは、俺たちの元に戻っては来なかった。

 ココットとナギは待っていようと言い出したが、俺はすでに最悪な状態を想定していた。だから俺は、今の状況やこれから俺が何をしようとしているのか、という話をドクターに伝えて欲しいと、ココットとナギとは別行動を取っていた。

 ココットとナギがドクターと合流している間、俺はシレモトス城へと向かっていたのだ。

 その城に向かう途中、大通りが騒々しかった。見ると、王の騎士団だろうパリスグリーン色の鎧の騎士たちの、行列が出来ていたのである。

「この者はスナタザ様の怒りに触れたよそ者である! 今から王様の元で、このよそ者たちは厳正なる処罰を受ける! 道を開けよ!」

 その騎士団の先頭にいるリーダーがそう言いながら通りを歩いているものだから、まさか……と俺はよからぬ考えを浮かべながら列を覗き見た。何人もの騎士団員に挟まれるように枷と鎖で繋がれているのは、俺の想定範囲外の人物だった。

「スナタザとか処罰とか何?! 俺はドクターとソーンズを探しに来ただけなんだって!」

 白い髪に赤いメッシュがあるリーベリの男……。

「エリジウム……」

 まさか、どうしてここに? 疑問ばかりが浮かんだが、騎士団員に捕まっているのはエリジウムだけではなかった。

「おい、離せって! オレサマはサイレンスとフィリオプシスを探しに来ただけなんだって!」

「イフリータ、今は落ち着くべきだ。まずは話し合い……それからあとのことを考えよう」

「む〜、サリアがそう言うなら……」

 あの二人のことも俺は顔見知りであった。このことを早くドクターにも伝えなくてはと思ったが、俺には俺の目的があった。引き返していたら間に合わなくなる可能性が……そこで俺は、思いついた。

 このままあの騎士団たちの列について行こう。

 ならば俺の目的のために手っ取り早く近づける。俺はそう考えたのだ。

 俺は騎士団の列に近づき、エリジウムにだけ分かるようなハンドサインを出してみる。やはりエリジウムは人の群れの中から俺に気づいたようだが、普段とは考えられないくらい小さく誰にもバレないように応答しただけだった。これで俺が近くにいることは気づいただろう。それから俺は、これからの自分の行動を思案する。予想外の展開だったが、俺の中ではエリジウムたちを助けない選択肢はない。

 とはいえ俺は、レッドみたいに気配を消して隠密行動をすることが得意な訳ではない。なら俺のやり方を通すしかないだろう。俺は、エリジウムたちがいる騎士団の列がシレモトス城の正門に近づいた時、堂々と割り込んだ。

「お前たち! ソイツらは俺たちの仲間だ!」

 俺が船長として活動していないのはそんなに経ってないのに、こうして声を張り上げるのは久々な気がした。すぐに騎士団のリーダーらしき人物が前に出てきた。

「何者だ……って、お前はまさか、よそ者の……」

「俺たちの仲間を解放してくれ。ソイツらは俺の大事な仲間だ」

 と俺が言うと、騎士団のリーダーは戸惑った様子を見せた。声を聞く限り、エナレーンではないようだ。

「王様の決定を聞いてから決める。お前も来るがいい」

 リーダーはとうとうそう言い、俺は騎士団の列と並んで城に入ることに成功した。だが、俺の疑問は消えなかった。

「王様の決定より、ハルバラトの決定力の方が強いだろう。ハルバラトはどこに行ったんだ」

 俺の言い方に、守護神を呼び捨てするなんて、と言葉を吐かれたが気にはしなかった。俺はじっと騎士団のリーダーを見据える。観念したように彼はこう答えた。

「ハルバラト様は従者と共に祭壇へ向かった。よそ者のお前には分からないだろうが、祭壇の儀式はこの島では大切なことだ」

 なるほど、それなら、と俺は心相原質を外に飛ばして城の奥へと進んだ。俺たちは、先日見た景色と変わらない王の謁見の間にやって来た。そこにある王座には、黒い髪に黒い髭を伸ばしたパナディガンが座っていた。

「話なら聞いている。スナタザ様の嵐を切り抜け、ハルバラト様のお力を使わずにシレモトスに侵入したそうだな」パナディガンは捕らわれているエリジウムたちに目を向け、それから俺の方を見やった。「お前は……お前は、ハルバラト様の許可を得ているよそ者だ。まさか、そこにいるよそ者と知り合いか何かだというのか?」

「ああ、その通りだ。彼らを解放してくれ」

 俺は単刀直入に言った。パナディガンは困惑したように見えた。

「だが……古来より、侵入者は厳正なる処罰を与えるのが習わし……お前はハルバラト様からの許可を得ているから自由行動を許可しているものの、そっちのよそ者はスナタザ様の嵐を無理矢理切り抜けた者。これからこのシレモトスの秩序を乱す危険性がある人物は──」

 パナディガンは躊躇しているように見えた。このウルサスの男、厳格なだけで悪人ではない。それは初めて会った時から分かったことだ。そして、コイツには決断力がないということも。

「シャオトはどこだ」

「何……?」

 俺の無礼な質問に、近くにいる騎士がなんて口の聞き方をするんだと前に出てきたが、パナディガンはそれを制止させた。

「誰のことだ」

「お前が、禁断の書の所持の疑いで捕らえた青年だ。シャオトに会わせてくれ」

 何もかも決断が遅いならまずはシャオトに会おう。俺はそう考えたのだ。

「あの者の調査はまだ終わっていない。今頃地下の牢屋に……」

 パナディガンが言いかけた時だった。

「王様!!」謁見の間の扉が勢いよく開いた。「報告します! シレモトス上空に、巨大な岩が接近しています! ただ今ハルバラト様に救援を求めていますが、王様にも報告を……」

 上空に巨大な岩……?

「上空に今日な岩? それはどういう比喩表現だ。もっと具体的に……」

 パナディガンは焦った様子で立ち上がった。だが俺は気づいていた。それが比喩表現なんかではないことを。

「いえ、比喩表現ではありません……本当に、空を覆う程大きな岩が接近しているのです!」報告を続ける騎士の声に緊迫感が走る。「例えるなら、そう……おとぎ話にあるような、隕石です! この島目掛けて落下を続けているのです!」

「ねぇ、それってさ」捕らわれの身であるエリジウムがとうとう口を開いた。「天災、なんじゃない?」

 その言葉に、俺だけでなく、エリジウムの後方にいるサリアとイフリータも同意を示した。だが周りにいる騎士団員やパナディガンは、天災自体知らないみたいな顔をした。

「テンサイ……? それはなんだ?」と言うなり、パナディガンの目つきは険しくなる。「まさか、スナタザ様の魔法を無断で切り抜けたお前たちよそ者のせいで、厄災が来たというのか……?!」

「いや、だから! そこの騎士団長にも話したけど、俺たちが来た時には嵐なんてなかったんだって! スナザタだが魔法だかよく知らないけど、今はみんなを避難させた方がいいって!」

 エリジウムが枷に拘束されたまま暴れた。かなり頑丈な枷のようだ。

 だが、エリジウムから気になることも聞けた。

「エリジウム、さっきなんて言った?」

 俺はエリジウムの言葉をもう一度確認したくて訊ねた。

「だから、避難させた方がいいって……」

 エリジウムはとぼけた顔をしながらそう答える。

「違う。もっと前だ」

 俺が確認したいのは、そのことではない。

「嵐がなかったって話?」

 エリジウムがハッキリとそう言った瞬間、俺の中で最悪な事態が安易に想像出来た。

 俺は困惑する騎士団員からパナディガンへと視線を移す。反応を見る限り、この島にいる人間は「天災」自体知らなかった。テラにいる住民たちが天災を知らないはずがないと思っていたが……その天災を知らないこと、そして、今さっきエリジウムが言った発言から、ある推測が俺の中で導き出された。

「スナタザは倒したらいけなかったんだ……」

 それは想定外だった。無意識下に抱いていた俺の先入観が、その可能性すら見もしていなかった。

「エリジウム、皆を避難させてくれ」と言いながら俺は心相原質で、エリジウムたちを縛る枷を壊した。「北区の港に船がある。そこにはドクターもいる。ココットとナギも共にいるから、必要な船の分も作って貰えるはずだ」

「え、でもソーンズは……」

 エリジウムは自分の手が自由になったのを確認しながら俺に聞いた。見ると、サリアとイフリータも枷が壊れていることに気づいたようだ。

「俺は行くところがある。確かめたいこともあるからな」その時、心相原質が何を察知した。「全員、右側に寄れ!! 地下から何かが飛び出してくるぞ!!!!」

 俺は声を張り上げた。状況がよく分からない騎士たちも、俺の声に驚いたのと同時にほぼ本能的に広間の右側へ走ってきた。さすが、戦闘経験のある人間たちだ。反応は早かった。

 ドドォ……!

 直後、床から緑色の尖った鉱石が飛び出してきた。俺はすぐさま、飛び散る破片が騎士団員やエリジウムたちに当たらないように心相原質を張り巡らせた。とりあえず、全員無事のようだ。地上から突き出た緑の鉱石以外は。

「なんだ、アレは……鉱石病の原因となるものか……?」

 周りが慌てふためく中、冷静だったのはサリアだった。サリアは注意深く、緑の鉱石を観察している。

「いや、アレは鉱石病の原因となるものではない……」俺は答え、サリアの腕にしがみついているイフリータを見やる。「確かお前は術師だったな。アレを燃やしたらどうなるか見せてくれるか」

「おい、イフリータを妙なことに巻き込むな!」

 イフリータが答えるより早く、サリアが庇うように前に出た。確か彼女は、イフリータの保護者のような存在だったはずだ。我が子を守りたくなるのは、俺も分かる。

「恐らく、あの鉱石は燃やした程度では爆発しない。俺の心相原質だと火力が足りないからな。一気に術攻撃を与えた場合、鉱石がどうなるか反応を見たいんだ」

 俺は自分の考えを話した。今はあの鉱石の正体を知る必要があったからだ。

「それ見てどうするんだ……?」

 サリアが警戒深げに俺に訊ねた。俺の答えは一言だけだ。

「スナタザが今までどうやって天災を防いでいたか知るためだ」

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