双星方舟〜翠玉を渡る詩〜   作:青瑠璃

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錬金術師

 

「海路はしばらく大丈夫そうだねぇ、船長」

 船首側に向かうと、舵輪を任せていた副船長……フアナが話し掛けてきた。

「何かあったら俺が対応する」

 と俺が答えると、それは信じてるさ、とフアナは足元にいた塩鱗獣のネネを肩に乗せた。

 俺は後ろの船員たちを一瞥した。船員たちはそれぞれの仕事を始めて忙しなく動き回ったり、雑談を交わしたりしている。

 フアナのそばには大抵傍らにはネネの他にティーチがいるものだが、彼女は今は新人たちの教育で忙しくしているようだ。

 そんな中にいるナギも、初顔の船員たちとは上手くやっているみたいである。まぁ、急に足を掴むような落ち着かない奴がいたらナギが倍返しにするだろうからそこは安心だが。

「良かったじゃないか、ここに来てくれて、あなたの女」

「あんたも言うのか」

 フアナがそんなことを言い出し、俺は言葉を返した。フアナはイタズラめいた顔を浮かべる。そうか、ナギの茶目っぽい笑顔はフアナから学んだのか。

「ハハハ、どう見たってナギはあなたの女よ」

 フアナは悪びる様子もなく笑った。ナギは何度かこの赤子の揺り篭号に来ていたが、その度に新人たちが噂をするのだ。ナギは船長の女なのだと。

「……いずれ分かるだろう」

 俺はそう言って海に視線を投げた。俺とナギの関係は遅かれ早かれ新人たちにも伝わるだろう。だから気にする程でもなかったのだ。

「鱗獣の群れだ!」

 間もなく、予想していた通りの見張りの声が響いた。海面が大きくいくつも凹み出したのだ。あの大きさはかなりの数だろうということが目視でも分かる。俺は迎え撃とうとしたが、真っ先に船から飛び出した人物がいた。

「あ、ココットが行ったならすぐ片付くな」

 船員たちが口々にそう言い始め慌てるのをやめる。最近は大体こんな感じである。ココットはかなり実力が高いのだ。

 俺も動くのをやめてココットの様子を見守った。かつて俺が振るっていた武器にそっくりな剣を持ったココットは、海面から飛び出した一頭の鱗獣に向かって大きく跳ねた。

 ココットは生物学についても知識が豊かであった。それもあのロドスとドクターのおかげだろう。鱗獣の頑丈過ぎる骨の隙間をまるで一目だけで見抜いているかのように剣を振り下ろしたココットは、正確に呼吸孔を貫いた。それだけで息絶える程弱い生き物ではないが、あとで追いついた船員たちが処理を始めたのでしばらくは食糧に困らなさそうだと、俺は倒された鱗獣の重さを心相原質で測った。

 やがてその鱗獣を船に繋ぎ始めたところでココットが甲板に戻ってきた。俺はココットの頭を撫でた。

「よくやった。正確な動きだったな」

「えへへ、父さんのおかげだよ」

 二十歳になった息子は、俺のいつも通りの定型文に変わらず喜んでいる。なぜなら彼のループスの耳と尻尾が忙しなく動いているからだ。少し、甘やかし過ぎただろうか。

「船長とココットがいれば、この船も安泰だな!」

「仲良いな〜、あの親子」

 船員たちはループスの耳がある彼を、割とすんなり「船長の息子」と認識したものだった。なのになぜ、ナギは「船長の女」となるのか……心相原質でも分からないことはあるらしい、なんて俺はどうでもいいことを考える。

「取り舵いっぱいにしてくれ。鱗獣の群れを迂回する」

 俺はフアナにそう指示を出し、海面から見えるはずもない鱗獣の群れの動きを予測した。この群れの数を横切っても構わないが、今日はナギが来たばかりだから辞めて置こう。

「間もなく西から風が吹く! 野郎共、ロープを引け! 帆で風を受けるんだ!」

 帆の指示は船員たちに大声で伝え、それぞれが定位置についたのを俺は確認した。フアナも言われた通り、舵輪を取り舵に回している。あとは風を待つだけだ。

「いいよなぁ、それ。オレ、絶対風とか読めないし」

 主に戦闘の仕事を任せているココットは、俺の隣に来て右腕を目で指した。俺の右腕は心相原質というコンパスに覆われていて、知り得たい情報は大抵コイツで入手可能であった。

「もし俺に何かあった時は、この右腕から心相原質を取り出して自分のものにすることだな」

 と俺が話すと、ココットは心底嫌そうに眉間に皺を寄せるのだ。

「やめろよ、父さん、そんな話するの」

 そうココットは言うが、俺は割と本気だ。

「風だ!!」

 そうこうしている内に俺の予想通り風が吹き、帆が膨らんだ。

 船員たちはしっかりとロープを握っている。予想通りだと俺は満足した途端、トラブルが起きた。

「鱗獣がこっちに突っ込んでくる!」

 俺は反対側の船縁に駆けつけながら叫んだ。俺の突拍子もない発言に皆が困惑しているのは分かるが、心相原質が間違った試しがない。海面の下に、確かに群れからはぐれてパニックになった鱗獣が海を泳ぎながらこちらに向かっているのだ!

「面舵だ、フアナ!」

「はいよっ」

 俺は鱗獣の動きを予想しながらフアナに指示を出し、船員たちを振り向いた。船員たちは鱗獣が突っ込んでくる時どうしたらいいか分かっていて、握っていたロープを離して安全な場所に逃げていた……一人を除いて。

「おい、ファビアン! ロープを離してこっちに来い!」

 と船員の一人がファビアンを呼んでいたが、彼は聞こえていないみたいだった。

「こ、今度こそロープを離さないぞ、離さないぞ!」

「チッ……」

 思わず舌打ちをしながら俺は急いでファビアンのところに行こうとしたが、あと一歩届かなかった。

 ドドォ……! と砂と塩を巻きあげながら海面から飛び出してきた鱗獣は、赤子の揺り篭号の甲板ギリギリを通過していった。そこでようやくファビアンは事の重大さに気づいたようだが、彼が驚いている顔をよく見えもしないまま鱗獣の影に隠れた。

 そのまま飛び上がった鱗獣は再び海へと潜り込んで行ったが、ファビアンの姿は甲板にはなかった。

「ファビアンが海に投げ出されているぞ!」

 船員の誰かが叫び、俺が船縁に半身を乗り上げると、たった今鱗獣が潜った海面が渦潮と化し、そこへと吸い込まれるようにファビアンがもがいていた。あのままでは溺れてしまうだろう。俺は腰の剣を握って助けに行こうとしたが、それよりも素早いのが彼女だった。

「助ける!」

 そう言ってナイフを数本投げたのは、他でもない、ナギである。

「ナギちゃん、なんでナイフをファビアンに向かって投げているんだ!」

 なんてナギをよく知らない船員がそう言ったが、俺は彼女がどうしてナイフを投げたか知っていた。俺は、彼女が前に指を突き出したのを見た。

「大丈夫! わたし……」そう言いながら指で指揮をすると、ナギの投げたナイフはたちまち流体金属へと形を変えた。「錬金術師だから!」

「「ええっ!?!?」」

 驚く船員たちを横目に、ナギはナイフだった流体金属を操ってファビアンの元へ向かわせた。次にはソリのような形に凝固させ、ファビアンを掬い上げる。ああ、流体金属の取り扱いは上出来のようだ。

「パパ、どうしよう! 重くて上がらない……!」

 ナギは困ったように俺の方に助けを求めた。周りのガヤがまた更に驚いたのが少々うるさいが、まぁいい。ナギも錬金術師としての才能はかなりあるが、ただ、再び固形金属に戻した時に手を使わずに持ち上げることは苦手であった。持ち上げるくらいなら手を使った方がいいくらいナギは力もあるのだが。

「分かった、大丈夫だ」

 俺が手をかざすと、ファビアンを救出した金属のソリは宙へと浮かび、それをそのまま船の甲板へと引き寄せた。無論、そこにいるココットも俺の息子だからある程度の錬金術は心得ているが、鱗獣の狩りの時は使わないように命令をしている。また苦情を言われたら困るからな。

「はぁ〜、ありがとうぅう、ナギちゃん〜」

 ファビアンはそう礼を言いながらナギの両手を取った。ナギは嬉しそうに笑って、また周りにある植物たちが急成長する。

「へへ、無事で良かった……」

 とナギはファビアンに言うが、そこにココットが割り込むのがいつもの日常となっていた。

「船長も助けたんだから、船長にも礼を言うんだぞ、ファビアン」

「お、そうだったな! ……ありがとうございます、船長!」

 ナギともココットとも仲良くしているファビアンは俺の中では好印象なのだが、たまにああいったトラブルを起こす天才でもあったから船員たちの苦情の元ともなっていた。

「そ、れ、よ、り! ファビアンがロープから手を離さないのが悪いんだろ!」

「もうこの船に来て何年のやることだよ……」

 これは、ファビアンにまた強化版健康体操を命令することになりそうだ。

 

 

 

 







あとがき

ソーンズくんの二人称が3つあることに気づいて。まず、ドクターやエリジウムに対しては「お前」、目上の人であろう先生や老人には「あなた」、そして恐らく自分と近い人物だろう人、または子どもに対しては「あんた」と言っていたような気がしています(解釈不一致だったらすまん)

では、年上だろうけど身分的には下である副船長のフアナはなんて呼ぶのか?とちょっと疑問でした。イベストでは「あんた」って言ってたんですけどね、過去と今では変わるのかなぁと思いながらも、このお話では「あんた」と呼ぶことにしました

そういうことなので、今回はこのまま、フアナのことは「あんた」呼びで貫こう思います。よろしくお願いいたします

あ、それと、赤子の揺り篭号に錨があるのかどうかまでは確認出来ていません()完全なる私の妄想捏造なのであしからず

まぁ、砂の海を渡るために骨と皮で出来た軽い船なら、風に飛ばされないようにありそうなんですがどうなんでしょうねぇ

では続きを、どうぞ
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