夜。
遮るものが何もない昼間の塩海は生を奪うような枯れた暑さが襲うが、それは夜になっても死と隣り合わせであることには変わりなかった。
船にライトを点けて航行しても構わないが、何より船員たちの健康管理にも気をつけなければならない俺は、一面がせり上がった崖のそばに赤子の揺り篭号を停泊させ、テントを張ることにした。船員たちを休ませるのだ。
「それにしても、ナギちゃんが船長の娘とはなぁ」
「確かにさ、ココットくんからは自分は双子だとは聞いていたけど……」
「ツルギって名前じゃあ、男か女か分からないもんなぁ」
少し離れたところで焚き火を囲う船員たちがそんな会話をしていた。
ツルギ……そう。ナギは、かつてロドスでは「ツルギ」というコードネームを使っていた。ドクターにも幼少期からツルギと呼ばれていたらしいから、今更どう呼ばれても気にしていないだろうが、俺がここでは「イシドロ」と名乗っていることから、彼女も「ナギ」と名乗ることにしたようだ。
「また同じ話されてるなぁ」
俺の傍らにいるココットがそう呟く。船員たちが、ナギは本当に船長の娘なのかとか、ツルギという名前が女だったのかと話をするのはココットもだいぶ聞き慣れたようだ。ココットもかつては「マホガニー」というコードネームを持っていたが、ナギと同じ理由で、ここでは「ココット」と名乗っているのである。
「錬金術師は珍しいからな。目の前でああやって見せられたら、俺の娘だと認めざるを得ないのだろう」
珍しいから、という言い方はしてみせたが、果たしてこのテラに、あと何人の錬金術師が今も生きているのだろうと俺は考えを巡らせる。少なくとも、百年以上前から生きているフアナですら錬金術師を見つけるのに苦労していたのだから、相当数は少ないのだと思われた。
「それよりお前はもう少し焚き火の方に行け。風邪を引くだろう」
俺は少し冷たくココットに言い放ってみた。俺のいるところは船員たちが囲む焚き火より離れていてその暖気はほんのわずかしか届いていない。その俺の隣にいるココットだって寒いだろうに、大体いつも傍らにいる息子のことが……正直心配だった。
だがココットは陽気に笑って、
「そんなこと言うなよ、パパ。オレは父さんのそばがいたくてここにいるんだからさ」
と言うのだ。
俺は小さく息を吐きながら、この息子は本当に反抗期がないなと改めて今までのことを思った。一定期間の記憶がない俺を父と慕い、ロドスの研究室で下らない発明をしていたのがもはや懐かしい。
「パパ」
色々と思い出していると、繊細そうな声に呼び掛けられた。俺をパパと呼ぶのはココット以外には彼女しかいない。ナギだ。
「どうした、ナギ」
俺が応じると、ナギは腰に巻いたポーチから一つの金属を取り出した。それはナギの手の平に隠れる小さな大きさだったのに、彼女が一つ手間を掛けるとたちまち大きな球体となった。
「これは?」
俺はその球体型金属を受け取りながら訊ねると、ナギは目の前でしゃがんで答えた。
「みんなにプレゼントしてるの。これからお世話になりますって」とナギはオレンジがかった黄色い瞳で俺を見据えた。「パパには特別な錬金だよ?」
「……ありがとう」
一見よくある(といっても、テラから見たらかなり希少な)錬金で出来た金属だったが、俺はナギ特有の錬金術を忘れた訳ではない。その考えを読んだのか、ナギは嬉しそうに小さく笑った。すると、ナギがもう一つ取り出した錬金金属から一つの植物が生え出したのだ。
「あ、ココットにプレゼントする錬金は植物が生えちゃった!」
と言うナギの錬金は、必ずといっていい程「植物」が生えるのが特徴だった。かつて誰かに教わった錬金術の話には、植物が生える錬金があったとは聞いたことがないので、恐らくナギはレッドの特殊なアーツを引き継いでいるのだろうと推測はしている。ナギの周りを守るように浮いている大量の粒子物質が、彼女の錬金に変わった特徴を出していた。
「それ、オレのなのか?」
ココットが植物の生えた錬金を指してナギに聞いた。ナギは頷いたが、もう一回作り直してくると言ってココットに渡そうとしなかった。だがココットはその錬金を普通に取り上げて(互いに力も入れていなかったのだろうが)これはオレが貰うと言ったのだ。
「ナギの作ったものはなんでも大事にする。この植物だって、役に立つものだろ?」
ココットはナギにそう聞く。彼らは血を分けた双子のはずで、ほとんどの時間を共に過ごして嫌になることもあるだろうに、ケンカをしているのを見たこともなかった。だがそれは、ハーフとして生まれてきて、互いを理解して支え合えるのは、自分たち双子だからということを、幼少期から自覚していたからだろうか。
「うん、それは食用の葉が生えてくるの。ビタミンだけじゃなくて、鉄分も取れる」
気を取り直したナギが、ココットに渡した錬金から生えている植物の芽について説明を始めた。ナギは十年間、ほとんどの時間をロドスで過ごしていたが、それは医療についてだけではなく、薬草や植物についての知識を身につけている期間でもあったのだ。だからナギは、自分の錬金に生えてくる植物についても詳しい。ちなみにだが、赤子の揺り篭号が至る所に植物が生えているのも、ナギの錬金影響である。
「あ、あの、すみません!」
家族三人で語り合っていたところに一人の船員が近寄って来た。最近赤子の揺り篭号にやって来たばかりの新人、ミュエルだ。
「三人のお話は、街にいた時からよく聞いていました! よ、良ければ、焚き火の近くでお話を聞かせて頂けませんか!」
とミュエルはやや口早にそう言ってきた。
話すことなんて何も、と俺は思ったが、ココットとナギは誰に似たんだかお人好しだ。愛想のいい笑顔を浮かべてミュエルに優しく受け答えた。
「おー、オレのことでいいなら話すぜ!」
「うん、お話しよ」
そして俺から離れて行ったので、新人の相手は彼らに任せることにした。これも学びの一環となるだろう、お互いに。
俺は彼らを遠巻きに眺めながら、配られた塩鱗ガルムを口に含んだ。雲一つない夜空に無数の星が瞬いていた。いつかドクターに言われたことがあったな。君は、星を引き連れた海賊になったんだね、と。