船員たちに「嵐へ突っ込む」と伝えると、それぞれ表情はまちまちだった。
期待に満ちた船員もいれば不安そうな顔をする者、新人船員に至ってはどういうことなのかと首を傾げたり、余計に心配したりと色んな奴らがいた。
「安心しろ。俺がいる限り、お前たちを船から振り落としはしない」
嵐を切り抜けるルートはすでに算出済みだ。あとは向かうだけ。
俺が嵐の話をしても落ち着いているのは、フアナやティーチだけでなく、俺よりも長く海賊をやっているベテラン船員だった。そんな中でもまだ経験の浅いココットとナギは一段と落ち着いていて、なんならあの双子たち、楽しげに笑ってどうでもいいような会話を交わしている。ベテラン船員たちも相当だが、あの双子もかなり肝が据わっている。
「嵐に突っ込むなら、ココットに作ってもらった素振り用の武器をちゃんと仕舞わないとな」
「お前、またココットの錬金物を貰ったのか。どうなっても知らないぞ」
「ナイフの修理はナギちゃんにしてもらったから安心さ」
という船員たちの会話も聞こえてきた。船員たちが話している通り、ココットとナギにはそれぞれ錬金に個性があった。ココットの錬金は感情によって形が崩れやすく、何かの修理を頼む時は、大抵感情の乱れが低いナギが錬金をしていた。アイツのようにココットの錬金を好む奴もいるが、ナギはナギで修理を頼まれたら断らないから体調の方が心配だ。
「前方に嵐が見えてきたぞー!!」
間もなく、見張りの船員が声をあげる。俺は舵輪の方に向かった。
「このまま前進するぞ! 帆を畳め!」
「「イエッサー!!」」
と俺は船員たちに命令を出し、帆が畳まれていくのを見た。すぐにはココットとナギが、呼んでもいなかったのに近づいてきた。
「ココットはジェット機に燃料を入れてきてくれ」俺はココットにそう指示を出し、ナギには別の命令を言い渡す。「ナギは船員たちのそばにいてやってくれ。どうせ何人か船酔いする」
「「分かった」」
双子は息ぴったりにそう返事をし、言われた仕事をしに向かった。そういえばあの二人は、赤子の揺り篭号に来てすぐの時もあまり船酔いをしなかった。多少は具合悪そうな時はあったが……子どもの頃から相当色んな経験をしたらしい。
「嵐にどんどん近づいています!」
船首側にいる船員がそう叫んだ。頬を撫でる風がますます強くなり、砂と塩と塵が船の至る所でぶつかっては騒々しくなってきた。俺は舵輪を握っているティーチの方に向かった。
「代わってくれ」
「はいよ」
ティーチはすぐに避け、俺は舵輪を握る。この嵐を切り抜けるルートはもう頭に叩き込んでいる。それに俺には、コイツ(心相原質)がある。嵐の隙間を進むのだ。
その時、わずかに船が浮いた感覚がした。ココットがジェット機に燃料を投入したのだ。船は勢いよく嵐へ飛び込んだ。俺は舵輪を回した。
頭上と左右では激しい風の音に揉まれ、船員たちの騒ぎ声が聞こえなくなるくらいだった。大丈夫だ。俺には見えている。この嵐を抜けるルートが……!
直後、船のルートの先にわずかな岩がせり出していることに気づいた。その岩を避けることは簡単だが、避けると左右の嵐にもみくちゃにされるのは想像が容易かった。なら破壊するしかない。俺は邪魔な岩に向かって錬金術を飛ばした。岩はあっさりと壊れたが、衝撃で赤子の揺り篭号は大きく跳ねた……。
「ふ、船が、飛んでる! 赤子の揺り篭号が飛んでる……!!」
船員の誰かがそう叫んだ時には、俺たちはすでに嵐を切り抜けたあとだった。短い間見えなかった太陽の光が眩しい。だがよく眺めている余裕はなかった。
「衝撃に備えろ!」
俺は船員たちに命令を叫んだ。甲板にいる船員たちは掴めるところを掴んだようだ。あとはこの船の着地点だが……。
「あれは、海なのか……?!」
宙を浮かんでいる数瞬、船員の誰かが目の前に見えたものを「海」と呼んだ。俺はそんなことよりまずは船を無事に着地させなくてはいけなかったので、あの二人を呼んだ。
「ココット、ナギ! こっちに来い!」
「おう!」
「うん!」
反応のいい双子はすぐに俺の傍らに駆けつけてきた。俺は握っていた金属を二つに分けてココットとナギに渡した。
「流体金属にして崖と船を繋いでくれ。落下速度を下げるんだ」
「「分かった!」」
俺たちの船は飛び上がった衝撃で、目の前にあった崖から落下しようとしていた。こんなに飛び上がるとは想定外だった。だがなんとかなる。ここに錬金術師の人手があって助かった。
「行くよ、ナギ!」
「うん!」
ココットとナギは渡した金属を流体にさせながら膨張させ、言った通りに崖と船を繋いで大きな爪のような形を作った。船はかなり揺れたが、衝撃が和らげられるならなんでもいい。
「で、でも落下が止まんねぇよ!」
と船員は慌てたが、目的は落下を止めることではない。ゆっくりと落ちていけばいい……そうしてタイミングをズラせば、もうじき……。
ドドォ……!!!!
船の真下から更なる衝撃が突き上げた。落下した崖下には運がいいのかなんなのか、地下から空気が噴き出す噴出口があったのだ。船は間もなくもう一度飛び、ココットとナギは命令を出す前には錬金した金属を小さくしていた。
「アハハ、まさか赤子の揺り篭号がこんなに空を飛ぶとは思わなかったよ」
経験の多い女海賊は時に恐ろしい。最初から立っていたところからほとんど動いていないフアナがそう笑っていた。
「フアナさん、大丈夫ですか?」
ティーチが身を屈めながら聞いていたが、どうせ大丈夫だろう。
「私は大丈夫さ。だけどこの船、今度はどこに着地するんだい?」
フアナはティーチから俺に視線を向けた。俺は舵輪を握ったまま、前方に見える緑の水溜まりへ目を向けた。
「あの噴出口から三十度の角度で弧を描くように飛んでいる。間もなくあの水溜まりへ着水する」
俺が答えた時には赤子の揺り篭号は緑の液体へ着水した。毒ではないことは分かってはいたが、この緑の液体が海なのか水溜まりなのかどうかは俺には分からなかった。とにかく全員が無事なのは確認出来た。調査はあとでもいいだろう。