「これが……海なんでしょうか、フアナさん」
落ち着いた頃、船員たちは赤子の揺り篭号から降りて緑の液体が広がる景色を不思議そうに眺めていた。それは、フアナにそう聞いたティーチも同じ気持ちのようだ。
「海だと答えたいけれど……色々と海とは違う点があるね」とフアナは答えている。「まず、潮の香りがしないんだよ。そして何より波がなくて穏やか。まるでこれは海というより、湖だよ」
「緑の湖があるのか」
俺が聞くと、フアナがこちらを一瞥した。
「緑の湖の話は聞いたことがないよ。ただ……昔、緑の海域があったって話は聞いたことがある」フアナは話し続けた。「海が干上がった今、緑の海域だけ残った説はあるね。そういうのは、坊やのソレ(心相原質)で分かるんじゃないのかい」
「毒ではないが、飲み水にはならない」
俺はそう答えて緑の海域へ視線を投げた。
先程通過してきた嵐とは全くの無縁かのような快晴な空を、波一つもない緑の液体がまるで鏡のように反射していた。確かに、本物の海とは違う。なぜならシーボーンの気配が全くしないからだ。
「見て、パパ。この液体、なんか細かい塵みたいなのが混ざってる」
薬学研究の血が騒いだのか、錬金術師の部屋にある試験管で早速緑の液体を掬って来たココットが俺にそう言って中身を見せてきた。
「確かに混ざっているな……」
俺は試験管を受け取り、自分の目で緑の液体を確認してみる。植物の葉を細かくしたように見えるが、その塵のどれもが焦げて真っ黒なのが気になった。
「ううっ……」
そして、嵐でかなり揺れた赤子の揺り篭号で船酔いをした新人が、岸辺で座り込んでバケツにしがみついていた。隣ではナギが背中を撫でて介抱している。
「今回はかなり揺れたからね……大丈夫大丈夫」
とナギは声を掛けていたが、嘔吐の止まらない新人はイライラしていた。
「何が……大丈夫なものか……! うっ、気持ち悪い……海賊がこんなになるなんて知らなかった……」
ミュエルにとっては初めての船酔いだったか。激しい嵐だったし、そうなるのも無理はない。
「ココット、ロドスと連絡を取ってくれ」俺はココットに視線を戻しながら言った。「緑の海を発見したと」
「分かった!」
ココットは船に向かって通信機を取りに行った。この会話を聞いていたナギが立ち上がった。
「ドクター、来るかな?」
とナギが俺に聞いてきた。
「どうだか。だが、ここの海域についてはロドスも調査したいはずだ。ロドスには研究者が多くいるからな」
俺がそう答えると、ナギが少し嬉しそうな顔をしていたのが見えた。ココットとナギにとって、ロドスのドクターは里親みたいなものだ。会えるかもしれないと思うだけで頬の筋肉が緩むのは当然か。
「あなたの人脈には常々感謝だね」
そこに水を差して来たのはフアナだ。ロドスは俺の人脈じゃない。ドクターの人脈だ。
だが俺も、会いたいと思っていたのは本当だ。