因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
学校の校門をくぐると、気付けば周囲の空間が、学校の廊下に切り変わっていた。
「っ!?」
「ほう、中はこうなっておったか」
まるで一瞬意識を失っていたのかと疑うほど、環境が変化している。
しかも確認するに、廊下は奥を見通せないほど長くなっている。異界。なるほど、キキの見立ては正しかったらしい。
「出口はない、か」
「妖魔を払うまでは出られぬじゃろうな」
「その前に合流だ。天征はともかく、雛見が心配だし」
俺は目を閉じ、耳を澄ませる。宿業を抱くこの体は、感覚にも優れている。
そうしていると、離れた場所で雛見の声が聞こえた気がした。俺はそちらに視線を向ける。
「下の階、あっちの方だ。走るぞ、キキ」
「うむ、行こうか主様」
同時に駆けだす。俺とキキの身体能力はほぼ互角。少なくとも、走力は完全に同じだ。
廊下を素早く駆けていると、不意に道の先で、教室の扉が開いた。そこから、人体模型が歩みだしてくる。
「ニセモノの体はやだよぉぉおお……本物の体が欲しいよぉぉおお……」
内蔵と筋肉を露出させたデザインの人体模型が、不気味に俺たちを見た。そして目をギラつかせ、走り出す。
「いいなぁぁぁああ本物の体ぁぁああ! ちょうだいぃぃいちょうだいぃぃいいい!」
俺たちに襲い掛かってくる人体模型。それに俺たちは―――
「本物になったからって、どうにもならんだろお前ッ」
「ザコ妖怪が。襲う相手を考えよッ!」
俺の拳が、キキの跳躍キックが放たれ、瞬時に人体模型はバラバラに砕け散った。
俺たちは速度を下げずに駆け抜ける。そうしながら、言葉を交わす。
「キキ! 今のは!」
「少なくとも、この異界の主ではないはずじゃ!」
それだけ分かれば十分。俺たちはそのままの速度でひた走る。
問題は、廊下をいくら走っても、下の階に繋がる階段が現れないことだった。延々と出口のない廊下が続くばかり。
「ここだっ!」
俺がズザザと立ち止ると、キキも同様に足を止めた。耳を澄ませる。この下で、雛見の声が聞こえる。
「クソ! 雛見はこの下だ! でも階段もなかったぞ、どうすれば……ッ!」
俺は歯噛みする。脳裏によぎるのは、前世の死に際のこと。
俺は死にたくない。死ぬのはとてもつらいことだと知っているから。
だが同時に、身内が死ぬのもまっぴらごめんだ。
死にゆく中で眺めた、家族たちの死に様。生き残ってもみんなはもういないんだ、と実感させられたあの時間を、俺は二度と味わいたくない。
だから俺は、必死になって考える。下り階段はない。だが確実に雛見は下にいる。どうすれば雛見の下に駆けつけられる!
すると、キキはニヤリと笑い、「主様は人間の思考に囚われておるな」と腕を回す。
「っ? どういうことだよ、キキ」
「人間は、特にここ最近の人間は、建物を頑強で絶対的で、到底壊せないものと思うておる。実際、家というのは最も身近な結界で、強い妖魔でも侵せないことも多い」
じゃがな、とキキは笑う。
「じゃがな、主様よ。その考えは間違いじゃ。古くより我ら鬼は――――」
キキの腕に、バチバチと電気が走る。ブルブルと腕は震え、力が蓄えられていく。
「家々をなぎ倒し、人と争っていたのじゃからなァッ!」
キキが、拳を振り下ろす。そして、紫電が走った。
「うぉぉおおおっ!?」
キキの拳が、紫電が、俺たちの足元を、地面を打ち砕く。
木材が弾け飛び、紫電の中に黒焦げ、朽ちていく。骨組みがバラバラになって破綻する。俺たちは地面を失って落ちる。
その、下。
そこには、今にも複数の妖魔に襲われそうな雛見が、涙ながらに身を固めていた。
「主様ッ!」
「おう!」
キキが投げ渡してきた大太刀を受けとる。俺はその柄を握って、妖怪目がけて振りかぶる。
「吹き、飛べぇッ!」
一閃。
忍び寄っていた妖魔たちが、瞬時に全員、胴を一薙ぎにされて倒れ伏す。
「おっ、お兄様っ」
雛見が震えながら俺に抱き着いてくる。俺はそれを抱きとめて、「よしよし、よく無事でいてくれた」とその背中を撫でた。
「わっ、わたくしっ、こ、校門に入った途端、ここにいてっ。だ、誰も来なくて……っ」
「ああ、分かってる。俺たちも同じだ」
雛見は全身震えていて、相当の恐怖の中にいたらしい。落ち着くまでは、こうしていてやろう。
俺が倒し漏らした妖怪をキキが素早く片付け、俺に抱き留められる雛見を見て「むぅ……」と頬を膨らませている。俺は苦笑だ。
そこで、上から「おっ?」と声がして見上げると、そこには俺たちが作った穴を見下ろす、天征の姿があった。
「ほぉ~流石だな、床をぶち破って移動したか。やるなぁ朔斗」
よっ、と軽い調子で、天征は飛び降りてくる。宿業もなしにこのくらいの身体能力を見せるのは、流石の才能というところか。
「俺じゃねぇよ、キキがやったんだ」
「ふぅん? ま、どっちでもいいけどよ」
天征は伸びをして、飄々と言った。
「いやぁ、罰掃除にしては中々ハードな展開になってきたな」
「平気な顔しやがってよ」
「いやいや、オレだってちゃんと焦ってんだぜ? 見るか? もう脇汗びっしょり」
「乾いてるぞ」
「ほれほれ」
「押し付けてくるな」
乾いた脇を押し付けようとしてくる天征を押しのける。すると天征は俺と肩を組み、「で、どうするよ」と俺に聞いてきた。
「あのなぁ……まぁいいか。じゃあ一回整理しよう。キキ、ここまでで分かってることについて、みんなに解説してやってくれ」
「うむ。では僭越ながら、わらわが掴んだ情報を開陳するぞ」
キキが適当な机に腰掛け、話し出す。
「まず、ここは異界じゃろう。人間の結界術に似た妖術に、そういうものがある。そして異界の中には、必ず主がおるものよ。とはいえ、異界にしては妙じゃが……」
「つまり、ここには犯人がいるってことか?」
俺の問いに、「うむ」とキキは頷いた。
「異界は、主を破ることで開かれる。であれば、探し出し滅ぼすまで」
「あるいは結界術を修めてれば違うがな。この中で結界術を使える人~」
天征が手を上げて促すも、俺はもちろん無理だし、雛見も困惑の表情だ。
「とまぁ、こんな具合だ。大人しく主を探して倒すのが良いだろうな」
天征は結論を出し、俺に肩組みしていた腕を外して教室の入り口に向かった。
「問題は、その主探しをどうするかってとこか? 朔斗、何か良い案ないか? 雛見を見つけたのはお前だろ」
「俺だけど……耳を澄ませただけだぞ」
「宿業、知っちゃいたがすげーな……」
天征がドン引きしている。何だか理不尽な気持ちになる。
その時、気付いた。
「天征! 後ろ!」
「お?」
天征の背後。そこに、妖怪が立っていた。二宮金次郎像のような奴が、腕を振りかぶっている。
だが、天征は隙だらけ。このままでは天征がやられる。そう、とっさに飛び出しかけた。
次の瞬間、天征は無数の札を手に持ち、自分の背後にばらまいた。
「急々如律令」
天征の背後に木の壁が出来上がる。金次郎像の攻撃は木の壁に阻まれる。
その木の壁に、天征は一枚、札を、五行符を貼りつけ、余裕そうに言った。
「もいっちょ、ほいっ」
火。
木壁が、火を宿して爆発的に燃え上がる。放たれた爆風の衝撃が金次郎像を吹き飛ばし、バラバラに砕いてしまう。
「ふぅー焦った焦った。朔斗、教えてくれてサンキューな」
天征はニッと笑う。俺たちは目を丸くして、天征を見つめる。
「……天征、多分そうだろうなって思ってたけど、お前結構強いな?」
「そんなこたねぇさ。だが、ちょっとばかし器用かもな」
天征はそう言って、やはり飄々としているのだった。