因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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雛見の五行符

 無事四人再集合した俺たちは、廊下を進んでいた。

 

 先頭を歩く俺は、耳を澄ませて何か情報がないかと探る。だが、ほとんど音が聞こえない。

 

 だが、急に前方の教室の中で、ピチャ、と水音が立った。

 

「少し、分かってきた」

 

 俺が言うと同時に、教室がガララと開く。海パンにスイムキャップを被った、真っ青な少年が、水浸しで現れる。

 

「寒いよぉおお……! 苦しいよぉ……! ごぽっ、ゴポポポッ」

 

 少年は水を吐く。震える体で、俺たちに近寄ってくる。

 

「あいつ、現れるまでまったく音が聞こえなかった。ザコ妖怪たちは、この異界が生み出してるんだ。元々いたワケじゃない」

 

「となると、探すのには向いているかもしれぬな」

 

「そうだな。けど生憎、異界の主らしい音は聞こえない」

 

 俺とキキが同時に前に飛び出す。キキの紫電が、俺の鬼切丸が、同時にプールで溺死した少年霊をねじ伏せた。

 

「ぎゃっ」

 

 溺死霊が祓われる。雛見が「ま、またたく間に……!」と驚き、天征が「やるねぇお二人さん」と口笛を吹く。

 

「で、どうしたもんかなって思ってるんだけど、意見ある奴いないか?」

 

 俺が肩に鬼切丸を乗せると、三人が思案顔になる。

 

「ふぅむ……どうしたものか。異界と言っても、ここまで閉じ込めに集中したものは珍しいしのう」

 

「そうなのか? キキ」

 

「うむ。普通異界は、単に主たる妖魔の住処にすぎぬ。マヨヒガというじゃろう? 妖魔たちが寄り集まり住まう家が、本来の異界の姿なのじゃ」

 

 キキの話を聞いて、天征が口を開く。

 

「そう考えると、この異界は妙なところが多いかもな。主はいる気配がなくて、作りも閉じ込め特化。ザコ妖怪たちは、元々いた奴というよりは、この異界によって作られたような」

 

「……そういえば、襲ってくる妖怪は、学校の七不思議らしいものが多いですね……?」

 

 雛見の指摘に、「確かに多いな」と俺は頷く。

 

 すると、雛見は続けた。

 

「わたくし、何というか、この異界には特別な意図があるように思えてならないのです。普通の姿から離れた様には、作り手の考えがある、と」

 

「確かに、それは俺も感じてた」

 

「その点で不審に思っているのが、二つございまして」

 

 雛見は、左手で袖を押さえて、右手の指を二つ立てる。

 

「一つは、ここには廊下があり、教室があります。これらは無数にあるものです。しかし、一つだけしか見つかっていない設備があること」

 

 そしてもう一つ、と雛見は言う。

 

「学校の七不思議、ときいて真っ先に思い出す妖怪を、わたくしはまだ見ておりません。もしかしたら、偶然ではないのかも、と考えていて」

 

 俺は、何となく察しがついた。人体模型よりも、プールで溺死した少年の幽霊よりも、有名な七不思議。

 

 雛見は、提案した。

 

「―――トイレの花子さん。わたくしが一度だけ見かけたトイレで、彼女を呼び出す儀式をすれば、何か分かるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?」

 

 

 

 

 

 トイレの花子さん、とは、学校の七不思議でも最も有名な怪談だ。

 

 誰もいないトイレで、特別なやり方で花子さんを呼ぶと現れる。おかっぱ頭に赤いスカートを履いた少女の幽霊だ。

 

 学校の校舎3階のトイレで、3番目の扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と言うと、個室から「はい」と返事がくる。

 

 そしてその扉を開けると、赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれる、というのが、トイレの花子さんの概要になる。

 

「確かに、トイレはここ一つだったな」

 

 俺たち四人は雛見の案内に従って、雛見が見かけたというトイレに集まっていた。

 

 雛見の推測に従うように、女子トイレ。四つ並ぶ個室トイレの三番目前に、俺たちは立つ。

 

 キキは言った。

 

「少し考えたが、もしかすると、約定を用いて異界を変容させたのかもしれぬな」

 

「約定ってどこかで聞いたな」

 

「約定というのは、術に影響を及ぼす等価交換のことぞ。主様の宿業もまた約定の一つなのだから、覚えておくのじゃ」

 

 キキが俺を嗜めつつ続ける。

 

「通常、主は異界の中にいる。じゃが、異界から脱出する方法を中に残す代わりに、主は異界から抜け出すことができる。この等価交換は約定の特徴じゃ」

 

「となれば、ヒントに気付いた雛見のお手柄だな」

 

「そ、そんな……お兄様の微力になれば、それ以上のことはございませんので」

 

 俺が褒めると、雛見は照れ照れだ。俺は微笑みつつ「早速やってみようか」と言った。

 

 ノックを、三回。それから、問う。

 

「花子さんいらっしゃいますか?」

 

「……はい……」

 

 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。今まで感じなかった気配が、急に扉越しに現れる。

 

 扉を開けると、トイレに引きずり込まれるというが―――

 

「ええい、ままよっ!」

 

 俺は扉を開ける。すると、おかっぱに赤いスカートを履いた少女が、ニンマリと笑って立っていた。

 

「正解、見つけられてよかったね」

 

 花子さんが、空中に溶けるように消える。と同時に俺たちは全員、トイレの中から伸びてきた長い腕に掴まれ、瞬時にトイレの中に吸い込まれる。

 

「んぐっ、ぐっ、ぐぉおおっ!?」

 

 もがく間もなくトイレの中に入りこむ。水、暗闇。一瞬の苦しさを超えると光が見えてきて、俺たちは投げ出された。

 

「うぐぉおおおっ!? ゲホッ! ゲホゲホゲホッ!」

 

 気づけば俺たちは、全身びしょ濡れでトイレの中に倒れていた。顔を拭い「おいっ! みんな大丈夫か!」と声をかける。

 

「ゲホッ! く、脱出手段とはいえ、手玉に取られたのが口惜しい……!」

 

「けほっ。お、お兄様、わたくしは大丈夫で、けほっ」

 

「ゲホゴホッ! ははははっ! トイレの中が出口かよ! おもろっ」

 

 三人ともむせているものの、どうやら無事のようだった。俺はほっとしてから、立ち上がって周囲を確認する。

 

 ここもやはり、トイレのようだった。びしょ濡れのまま出ると、見慣れた廊下。実物の校舎の中に戻ってきたのだ、と気付く。

 

 そして同時に感じ取る、一つの気配。

 

「急々如律令!」

 

「シッ!」

 

 投げつけられた札を、素早く鬼切丸で一閃する。

 

 俺は敵の攻撃を無力化し、睨みつけて相対した。

 

「妙な罰掃除だと思ったら、そもそもアンタは俺の命が狙いだったってワケか、先生!」

 

 そこに立っていたのは、新任の陰陽術教師だった。昼間に俺たちに陰陽術を教えていた、女教師だ。

 

 とするなら、異界という見立ては間違っていたらしい。異界ではなく、結界術。特殊なルールの敷かれた結界の中に、俺たちは閉じ込められていたのだ。

 

 先生が、目を伏せて言う。

 

「ごめんなさい。朔斗様に恨みはございませんが―――消えていただきます」

 

 先生が人差し指、中指を揃えて、俺の頭上を指さす。

 

「悪行罰示、七不思議:音楽室のピアノ」

 

 天井に五芒星が現れる。そこから、音楽室に置かれている、数百キロありそうなピアノが出現する。

 

 悪行罰示。式神の呼び出し方の一つだ。特に、すでに存在する妖怪や悪霊を調伏し、それを呼び出すときに、『悪行罰示、○○(式神名)』と特定の式神を呼び出す。

 

「はっ? ―――これしき」

 

「鳴りなさい、『音楽室のピアノ』」

 

 先生の命令と同時、ピアノが轟音の旋律をかき鳴らし、俺を音によってスタンさせる。

 

「ガッ、ぁッ!」

 

 全身が、見えない力で押しつぶされるようだった。今までに受けたことのない感覚で、立ち上がることができない。

 

「宿業で体が丈夫とはいえ、まだあなたは発展途上。高い霊力を込めれば、全盛期とは程遠い鬼神も、まとめてスタンさせられる」

 

 俺はその場にうずくまりながら、横を見る。俺以外の三人、特にキキも同様に、今の音でスタンさせられたらしい。

 

「あとは、ピアノの重量で圧し潰せば終わり。異界から脱出した達成感は、大きな隙になってくれましたね」

 

 先生は指をピアノに向ける。

 

「冥途の土産に、お伝えします。私は御陵宮における『術士殺し』チームのエースが一人。私を引きずり出すほどの暗闘を、そのお歳で成し遂げたことに、敬意を」

 

 そして先生は、指を下ろした。

 

「ご冥福を祈ります、朔斗様」

 

 ピアノは浮遊を止め、俺に落下する―――

 

 直前で、叫ぶ者がいた。

 

「急々ッ、如律令!」

 

 声の元を見る。そこでは雛見が、持ってきた辞書みたいな量の札を、全部丸ごと投げていた。

 

 膨大な陰陽術の奔流が、俺の頭上のピアノを粉々に打ち砕く。ピアノを超えて、学校の屋根が吹き飛んだ。

 

「なッ――――」

 

 先生が瞠目し、驚きに硬直する。

 

 その隙を突いて、俺は自分の舌を噛んで、スタンを解除した。

 

「オラァッ!」

 

「ッ! 火壁!」

 

 鬼切丸の一閃。だが、先生が放った火壁に刀が阻まれる。

 

 クソ、防御は間に合わないと読み違えた。俺は鬼切丸が火壁を透過するように切り替え、距離を取るように飛び退る。火壁は地面に落ちるよりも前に消え散った。

 

「お兄様っ、大丈夫ですか!」

 

「ああっ! 雛見のお蔭で死なずに済んだ!」

 

「~~~っ! はい!」

 

 俺の礼に、雛見はぶるぶるっと体を震わせ、心底嬉しそうに頷いた。

 

 先生が言う。

 

「今の一撃……。なるほど、雛見様の膨大すぎる霊力が、想定を超える防御耐性になりましたか。宗家筋はやはり恐ろしいですね。天才しかいないのだから」

 

 しかし、と先生は言う。

 

「それでも、私は数多の術士を殺してきた身。いかに才能豊かだからといって、小学生に負けるつもりはありません」

 

 ―――悪行罰示、七不思議、急々如律令。

 

 先生の言葉と同時に、先生の周囲に、七不思議の怪異たちが姿を現す。

 

 一方、俺たちにも、キキ、天征が合流してくる。

 

「抜かったわ。このまま主様に、恥ずかしいところばかり見られるワケには行かぬぞ」

 

「あーうるさかった。よし、じゃあ四人でVS先生としゃれこもうぜ」

 

 俺たち四人と、七体の式神を従える先生。

 

 夜の学校で、殺し合いが始まった。

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