因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双   作:一森 一輝

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当主の訓示

 当主玄魄斎は、天征の傍に立ち、その肩に触れた。

 

「うむ、うむ。見事な処断だのう、天征。刺客の苦しみが目に浮かぶような亡骸。これでそなたの関与を疑う者はいまい」

 

「ありがとうございます」

 

 天征は玄魄斎に褒められ、普段の様子とはかけ離れた落ち着いた振る舞いでもって、玄魄斎に目礼を返した。

 

 しかし玄魄斎にとってはいつものことなのか、しわくちゃの顔でつくる意地の悪い笑みで、教師の亡骸を見た。

 

「器用なものよなぁ。配下に命を投げ出させ、これを処断する。宗家の特権にして義務ではあるが……熟達が早い故、費やす命が少なく済んだ。節約できて助かるわい」

 

「……」

 

「よって、儂が命じた『朔斗への刺客』訓練を、終了とする。以後は配下の扱いを一任する故、任務などに際して、上手く差配せよ」

 

「ありがとうございます。承知いたしました」

 

 ひょっひょっ、と笑う玄魄斎に、天征は深く頭を下げる。玄魄斎は「にしても」と言う。

 

「天征、そなたは宗厳の言う通り、ひどく器用だのう。朔斗の生贄騒ぎを契機に目をかけ始めたが……普通数十年かける陰陽術の習得を一年半で済ませ、謀略の糸引きも完璧ときた」

 

「恐縮です、お爺様」

 

「よい、よい。特に先ほどの言繰り、見事であったぞ。処断する刺客から、『当主におなりください』などと、よく言わせたものよ。これで――――」

 

 玄魄斎の、天征の肩を掴む手に、力が入る。

 

「ようやく、朔斗に張り合えるだけの()()()が、整ったというところか」

 

「……!」

 

 天征は、痛みに体を強張らせる。だが、それ以上表に出す事はない。無表情のままに、ただ耐える。

 

 玄魄斎は言った。

 

「今宵の戦いで、分かったか? 天征。いかに朔斗が、いやさ、宗家が特別であるのか、ということが」

 

「はい。朔斗のシンプルな強さに、雛見の通常十人がかりで撃つような奥義の行使。どちらも、二人以外にはできないことでした」

 

 朔斗については、有名だから、細かい言及は避ける。シンプルにただ強い。しかも伸びしろがある。将来は恐ろしい術士になるだろう。

 

 だが、特別なのは朔斗だけではなかった。雛見は霊媒体質と言われていたが、実際は違った。単なる霊力過剰一つで、霊媒体質並みに妖魔に狙われやすくなっていたのだ。

 

 天征が述べると、玄魄斎は満足そうに頷いた。

 

「うむ、その通りよ。宗家とは、他の誰にもできないことをやってのけるから、宗家なのだ」

 

 そして、と玄魄斎は天征の顔を覗き込む。

 

「その意味では、天征、お前は実に凡庸よ。お前以外にはできぬ技を持たぬ。そんな様では、血のにじむような努力なくして宗家たることはできぬ」

 

「……はい」

 

 天征は、目を伏せて頷いた。それに「ふむ、不満そうだのう」と玄魄斎は言う。

 

「何が不服か申してみよ。自らの凡才か? それとも、儂からの評価か」

 

「自分の才能の程度は、仕方ありません。お爺様からの評価も、妥当だと思います」

 

「では、何が不満か」

 

「……不満など」

 

 天征は、目を伏せて否定する。しかし、玄魄斎は天征の目線を、確実に追っていた。

 

「ふむ、処断した配下への憐れみか。小手調べごときで、と思うておるな?」

 

「っ」

 

 天征は肩を跳ねさせ、動揺する。だが、玄魄斎は鷹揚に笑った。

 

「ひょっひょっひょっ! よい、よい。この程度で叱咤はせぬ。せぬが……青い、青いのう。青二才めが。その程度教えずとも掴んでいるものと思っていたが、説明せねばならんか」

 

 玄魄斎は高笑いをして、語る。

 

「大前提、命とは後生大事にすべきものではないのよ」

 

 しわくちゃの、妖怪のような顔で、玄魄斎は言う。

 

「生むよ増やせよと世は言うが、実のところ減らさねば増えぬのが人間という獣よ。戦争、飢餓、厄災。人がたくさん死ぬと、その度に人は増える。べびー、何だったかのう……」

 

「……ベビーブーム」

 

「そう! それよ。人間、適度に減らすのが肝要なのだ。危機で大勢死ぬから、増える。日本神話でも、イザナミが日に千人殺し、イザナギが千五百人産むであろう? それよ」

 

 ひょっひょっひょっ、と玄魄斎は笑う。それは、人間の生死に頓着しない、おぞましい妖魔の態度として、天征の目には映る。

 

 震える声で、天征は訴える。

 

「でも、何も小手調べで」

 

「何を躊躇う必要がある。宗家の小手調べぞ? 実に合理的ではないか」

 

 玄魄斎は指を一つ、二つと立てながら、効果を確かめる。

 

「朔斗は刺客との戦闘の中で研ぎ澄まされ、天征は謀略に奔走し術士として熟練する。宗家二人の熟達が分家の命で賄えるのなら、安い安い!」

 

 気味の悪い笑い声をあげる玄魄斎に、天征は口をつぐむ。そんな天征に、玄魄斎は告げる。

 

「『御陵宮に禁術なし』。これは、最初に教えた訓示であったな、天征」

 

「はい」

 

「どういう意味か、今一度言ってみよ」

 

「……『御陵宮は、倫理も人道も踏みにじり、力を蓄える。才能にかまけず、あらゆる術を用いる。そのために、御陵宮はいくらでも血を流し、命を費やす』」

 

「うむ。その通りよ」

 

 玄魄斎は何度か頷く。それから、天征の頭に触れる。

 

「御陵宮は、そうして日本異能者の長たり得ている。その尊き営みを、理解せねばならんぞ」

 

「はい……」

 

 天征は、震えるほど力を込めて、拳を握り締めていた。玄魄斎は、ひっひと笑う。

 

「悔しいか、天征。ならば力を蓄えよ。畢竟、力さえあればすべて許されるのだ。よくよく励めよ。お前には、御陵宮の才能がある」

 

 カツ、カツ、と玄魄斎は杖を突いて闇の奥へと進んでいく。天征は立ち上がり、その後を追って闇の中へと消えて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朔斗と一緒に帰宅して、雛見は自分の部屋に戻るなり、声にならない叫びを上げた。

 

「~~~~~~っ♡♡♡♡♡♡」

 

 ダッシュで両開きの神棚に駆け寄る。そして渾身の力で、扉を開けた。

 

 そこにあるのは、大量の朔斗の隠し撮り写真。あるいは勝手に作ったアクリルキーホルダーやぬいぐるみ。

 

 雛見はその内、一番大きな朔斗ぬいぐるみを抱きしめ、「キャ~~~♡♡♡」と叫んだ。

 

「今日っ! 今日供給多すぎです! 早朝にイジメから助けてもらって! 朝ごはん登校授業下校夜ご飯深夜の任務の大冒険!」

 

 荒い息を吐きながら、雛見は朔斗ぬいに激しく頬を擦りつける。

 

「お兄様ッ♡ お兄様、今日のわたくしの活躍はいかがでしたかっ♡ 雛見はものすごくっ! ものすごく頑張りました♡ お兄様に良いところを見せたくて♡」

 

 雛見は顔からぬいぐるみを剥がし、気持ち低い声でぬいぐるみにアテレコする。

 

「『ああ、今日の雛見はすごかったぞ。五行符でビーム撃った時は感動した』。本当ですか~~~???♡♡♡ うれしい~~~♡♡♡」

 

 キャー! と雛見はぬいぐるみに押し倒されるように背中から倒れる。といいつつ雛見は受け身が取れるので、そのままごろにゃんと朔斗ぬいと戯れる。

 

 雛見のドタバタの暴れっぷりに、僅かに障子が開いた。御使いの双子、宵子と暁子が隙間から雛見をチラとみて、沈黙の後、再びそっと戸を閉める。

 

 雛見は気付かなかったことにして、ひとしきりぬいぐるみを抱きしめながら布団の上をゴロゴロ転がり、それから「ふぅ……」と満足に息を吐いた。

 

「最っ……高の一日でした……♡ しかも明日からも、朝ご飯から夜ご飯までご一緒できるなんて……♡」

 

 うっとりしながら、雛見は目をつむる。

 

 思い出すのは、昔のこと。

 

 雛見は昔から気が弱くて、宗家筋の子供でありながら、度々ワルガキたちにイジメられていた。

 

 そんなとき、朔斗は必ず助けてくれた。本人は当然のように思っていたからか、ほとんどそのことを覚えていないようだったけど。

 

 でも、そんな変わらないそんな優しさが、この冷酷な御陵宮の宮の中で異質で、温かくて、愛おしかった。

 

「ああ、お兄様……♡」

 

 雛見は、静かにぬいぐるみを抱きしめる。

 

「雛見は、お兄様と一緒に過ごすために、とっても頑張ったのですよ……? 霊力がないと判明して、生贄騒動があったと知った時は、胸が張り裂けそうだったんですから……」

 

 それまでは、体調が良い日は許されていた朔斗との交流が、父、宗和の命にて許されなくなった。

 

『兄さん側の権力闘争が激しい。落ち着くまで、近づくのは禁止だよ』

 

 それは雛見の身を案ずるが故の命令だったが、雛見はそれが許せなかった。

 

 だから、努力した。病弱な身の上に甘んじることなく、着実に体を鍛え、自室で出来る程度の簡単な霊力操作を繰り返した。

 

 朔斗の暗殺騒ぎや冷遇を聞くたびに、雛見は涙に頬を濡らした。悲しむばかりの自分の身を呪った。その悔しさをバネに、日々を過ごしてきた。

 

 その努力のすべてが実った日。それが今日だった。朔斗の変わらない優しさに、渾身の力で応えられた。

 

「それでも、わたくし一人では、難しかったのですけれど……」

 

 目を半分閉じる。思い出すのは、朔斗以外の二人のこと。

 

 まず、キキ。気付けば朔斗の隣を陣取るようになった鬼神。朔斗に媚びる様は許しがたいが、しかし同時に、朔斗を雛見に代わって守り続けた功労者でもある。

 

 だから、雛見はキキとは融和的に振舞うつもりでいた。嫉妬は当然するが、仲良くやっていくに越した事はない。歴史に名を遺すほどの鬼神が朔斗を守っていると思えば、悪くない。

 

 一方で、天征。雛見は、あの飄々とした少年には、疑念の目を向けていた。

 

 表向きは朔斗と仲良くやっている。事情を考えれば、違和感があるくらい仲が良い。その違和感が、雛見に警戒を抱かせた。

 

「でも、ご安心くださいね、お兄様……」

 

 雛見は、完全に目を閉ざす。再び、朔斗のことを脳裏に浮かべる。

 

「何があっても、お兄様のことは、わたくしが守ります。そのために、努力してきたのですから……」

 

 呟きながら、雛見は静かに寝入っていく。

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