因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
秋の掃除任務
学校で暗殺騒ぎが起こってから、一年とちょっと。小学五年生の秋になった。
去年の夏、先生に襲われた一幕以来、俺は暗殺者を向けられることがなくなっていた。
理由は分からないが、天征陣営の人間も、暗殺チームのエースとやらが撃退されて、思うところがあったのだろう。
天征にその話をしたら「ああ、オレから『もうやんなくていいぞ』って言っといた!」と笑っていた。「それで終わるんなら、さっさと言えよこの野郎!」とシメておいた。
ともかく、そう言う意味では、人間関係の殺伐からは、少し遠ざかれた一年だったかな、という感想だ。
では何もなかったかと言えば、決してそんなことはなかった。
というのも、俺たちはその一件以来、任務を与えれば対処可能な術士として
つまる話。
「昨日の任務大変だったのじゃ~……」
休日の朝、キキが俺に背後から抱き着き、無限にダル絡みしていた。
ぐでー、ともたれかかり、小さな声で呻いている。俺はご飯を口に運びながら、「はいはい」と頭を撫でる。
「お疲れ様だったな。大入道デカかったもんな、あいつ。俺が足を斬ろうとすると、器用に避けるし」
「そうなのじゃ~……その所為で、黒雷を数回撃つ羽目になった……お蔭で妖気がすっからかんじゃあ~」
大入道。昨日の任務で討伐した妖怪だ。強くはないがデカく、やたら面倒だった。
暗殺騒ぎはなくなったが、霊力ゼロによる冷遇は継続中だ。こういう、嫌な任務が集中して俺に押し付けられる傾向にあるのが、この一年だったと言っていい。
もっとも、昔に比べたらずっと待遇はマシになってはいた。
最近は俺派の人が、通りすがりに「朔斗様、おやつをどうぞ」とプロテインバーをくれたりするようになったので、何だかんだ俺も可愛がられているな、と思うなど。
俺は肩を竦めて、キキを労う。
「お疲れ様。今日の任務はほとんど雑用だし、寝てていいから」
「のじゃ~……♡」
ずでー、と滑り落ちてから、もそもそ動いて、キキは俺のあぐらに頭を乗せて、沈黙する。かと思いきや、静かに寝息を立て始める。
朝のキキが一番ダメだな。シャッキリしてるの夜くらいだこいつ。それでなくとも、妖力切れでまともに動けないのだろうが。
……昨日は戦場でキキが腰砕けになって大変だった。影にも戻れないほどだったから、背負って帰ってきたのだ。妖力切れとは恐ろしい。
「あらあら、キキ様ったら」
クスクスと雛見が笑う。それから、楚々とした所作で朝食を食べる。
雛見の部屋での、朝食の席だった。
去年のあれ以来、俺は結局、毎日雛見の食事をお世話してもらっていた。
暗殺騒ぎはなくなったのだが、雛見が「それでも、わたくしのところが一番安全でござますよ……?」と寂しがるので、断れなかったのだ。
結果、俺は朝夜と雛見の部屋で入り浸る生活を送っている。寝る時間よりも早く部屋に帰ろうとすると、雛見は無言で服を引っ張るので、帰れないのだ。
「ごちそうさま」「ごちそうさまでした」
二人で食べ終えると、双子が現れ、「お粗末様でございました」「お片付けいたします」と食事を片付けていく。
この一年で顔を合わせる機会は増えたが、まだよく分からないのが、この双子だった。
宵子、暁子。白いおかっぱに黒メッシュが宵子で、黒いおかっぱに白メッシュが暁子。俺が覚えられたのは、そのくらいだ。あとは舌っ足らずが成長してなくなったとか?
まだ多くの謎に包まれている……という目で追っていると、不意にキキとは反対の膝に重みを感じて、視線を下ろす。
するとそこでは、雛見がキキと同じく膝枕していた。
「……雛見?」
「うふふっ、キキ様の真似です♡」
ちょっと恥ずかしさをにじませつつも、悪戯っぽく笑ってごまかす雛見。
この一年で、雛見も随分俺に懐いたものだ、と思いながら、俺は雛見の頭を撫でる。
当初はキキが俺に甘えると、ちょっと不機嫌になるところのあった雛見だったが、最近は対抗して甘えてくるようになった。
キキより先に出会ったのに、キキに取られたような気持ちだったのだろうか、とよく分からないまま推察している。
ま、不機嫌になられるよりは、素直に甘えられた方がずっといい。
俺は二人を同時に撫でながら、開いた障子の先に積もる枯れ葉の山を見て「ふぁああ」とあくびをした。
「秋になって、過ごしやすくなったなぁ……」
夏は過ぎ去り、秋になった。風は涼しく、朝から昼寝がしたい気分だ。
あとは、休日にもかかわらず任務を押し付けられていなければ、完璧だったのだが。
御陵宮における任務とは、絶対の義務である。
術士に分類される人間は、毎朝必ずカラスの式神から今日の任務が言い渡される。これは休みの日でも同様で、任務と学校の休みが重なることは稀だったりする。
『カーッ! 本日は本家北殿最奥脇の、地下三階を掃除すべし! 特に、部屋中央に刺さる杭は必ず引き抜き、処理すべし!』
今朝、昨日の疲れでぐっすり寝ていたところに、耳元に大音量でそんなことを聞かされたもんだから、俺は飛び起きたものだ。
カギを顔に放り投げられ、素早くキャッチする俺に、カラスの式はこう続けた。
『もっとも、霊力ゼロでは苦労するだろうが、術士として任務を受けられるのだから本望と思うこと! 児童の癖に無駄に筋肉を蓄えて、宿業だからとぐげっ!?』
それを聞いた直後、俺はカラスの式を素早く鷲掴みにして「任務が終わったら、術士特定して分からせてやっから覚悟しろ」と紐で縛って押し入れに放り込んだ。
そして、今である。
「ここかぁ……?」
本家北殿最奥脇。ほとんど来たこともないし、人通りもほとんどない、本家の中でも異質な場所。
俺は、鍵付きの扉で封ぜられた階段を開け、その暗がりにうすら寒い気持ちになりながら、足を一歩踏み出した。
装備はバケツに入れた掃除用具一式と、念のため出しておいた鬼切丸。キキは、今日はお疲れなので、そっとしておくつもりだ。
かなり暗いが、電灯は要らなかった。宿業があれば、よほどの闇の中でも、俺の目は見通せる。
「雛見から、霊力を込め済のいつでも水に変換可能な札も貰ったし。いざ、お掃除!」
気合を入れ直して、俺は階段を下りていく。ペースを上げ、地下一階、地下二階と下がる。
そして、地下三階。何だか鉄臭さを覚えながら、その部屋に入った。
そこにあったのは、赤黒い汚れのこびり付いた、不気味な一室だった。
「……何だここ」
中央には、指定通り錆びた杭。掃除して、これを抜けば今日の任務は終了だ。
終了だそうだが……。
「この、まぁまぁ広い部屋を一人で掃除……?」
式のカラスが言っていたことを理解する。確かにこれは、式神という名の人手が欲しくなる。
「……嫌がらせ任務だな、これは」
適材適所という概念を逆行している。いや、宿業があるから、ガチでやれば普通の人よりは早いが、それなら擬人式(人型の紙が人間大に膨らんで仕事する)をばらまいた方がいい。
俺はため息を吐く。完全に嫌がらせ目的の任務って偶にあるんだよな。でも、嫌だからと断ることもできないし。
「んで、強調されてたこの杭な」
近づいて確認する。やはり赤黒く汚れていて、どんな意匠が施されているか分からない。
「……仕方ない。とりあえず杭を抜いて、雛見に泣きついて擬人式をいくつか貰ってきての作業だな」
俺は掃除用具を置き、杭に触れる。力を入れる。
すると、すぽんっ、と抜けた。
「うぉっと」
俺はバランスを取って、転ばないように注意。それから、杭をまじまじ見て、「っていうか、結局この杭何なんだ?」と呟きながら、杭の刺さっていた穴を見た。
穴は、深すぎる闇が、その向こうにあった。濃縮され切った蠢く妖気が、俺の肌を粟立てていく。
「……あー、なるほど」
俺は杭を落としながら、呟く。
「久々だから、油断してた。これ、完全に罠に嵌めて、殺しにかかる奴だ」
穴から、大量の妖怪が噴出する。俺は素早く大太刀・鬼切丸を取って、鞘から抜き放った。