因習村の名家に転生し忌み子と捨てられた、異形の剣士の物理無双 作:一森 一輝
―――どこか遠くで、ヒョーッヒョーッという、鳥の鳴き声めいた音が響いた。
切り伏せた札が、効果を失って黒ずんでいく。すねこすりは吹っ飛んだ先から逞しい姿を失い、元のずんぐりむっくりとした姿に戻っていく。
「くっ! すねこすりが」
「さぁ! 最後はお前だけだ黒づくめ! 神妙にお縄に付け!」
俺は空中で反転し、隙なく黒づくめに大太刀を構える。以前先生を倒した時同様に、剣先を地面の下にもぐらせて。
黒づくめは、歯噛みをしつつも諦めない。
「まだまだッ! たった一つ手が失われたから何というのです! この程度で諦める私ではない! 天征様が嫡男の座につくためにも、お命もらい受ける!」
「俺はとっくに、嫡男くらい好きにしろって言ってんだよ! どいつもこいつも、俺の命にこだわりやがって!」
黒づくめの刺客は札を構え、俺と睨み合い一触即発の雰囲気だ。しかし俺の背後には、双子にすねこすりと、明らかに形勢が不利な状況にある。
だが、俺は警戒を解かない。争ったからには証言をさせるための生きた奴がいるし、術士が奥の手の一つも用意していないとは思わない。
だから、俺たちは睨み合ったまま均衡を保つ。深く呼吸し、お互いが仕掛けるタイミングを計る。
―――遠くで、ドドドド、と大きなモノが走る音がした気がした。だが、それどころではない俺たちは、それを気にもしなかった。
次の瞬間、黒づくめが反転する。
「来い、カラスたち! 変化術:黒豹!」
大量のカラスが地上に急降下してきたと思ったら、より集まって変化し、すねこすりより一回り小さい黒豹の姿になった。
黒づくめはその上に飛び乗り、颯爽と駆けていく。「はぁああっ!?」と俺は声を上げた。
「くっ、追いかけ、すねこすり?」
俺が走り出した横で、すねこすりが並走する。見ればいつの間にか、双子がすねこすりの上に乗っている。
「乗せて走ってくれるようですよ!」「朔斗様っ、乗っちゃって~!」
「助かる!」
俺がすねこすりに飛び乗ると、すねこすりは全力を出すかのように、更に加速した。
俺よりも速い足で、すねこすりは走る。前を行く黒づくめたちとの距離を、ぐんぐんと縮めていく。
―――不意に、地面に揺れを感じる。だがすねこすりが走る揺れに紛れて、気にもしない。
「これで終わりだッ! 黒づくめ!」
「くっ、ぐぅぅぅうう……! カラスよ! 敵を穿―――」
黒づくめが、俺たちに指さし、陰陽術を行使しようとする。俺が大太刀を構え、飛び掛かろうとする。
その、瞬間だった。
「いただきまぁす♡」
黒づくめが、黒豹が、横殴りに襲い来た巨躯の怪物に掴まれ、俺たちの眼前から掻き消えた。
「は?」
「くきゃうっ!」
すねこすりが、慌てて急ブレーキをかける。俺は双子が振り落とされないように、素早く二人を抱きかかえる。
そして止まった視線の先では、異形の妖怪が、黒づくめたちを握りつぶし、意地汚い笑いを浮かべていた。
「あはぁ♡ やったぁ、人間だぁ♡ こっちの猫は……なぁんだ、カラスの集合体かぁ。食べられるところ少ないし、いーらない」
黒豹が、まるで小動物のように投げ捨てられる。地面に強かに打ち付けられ、カラスたちの破片となって散らばった。
巨躯の怪物は、奇妙な姿をしていた。キメラのような、集合体めいた姿。それが、体長五メートルほどで、俺たちに背を向けて座っている。
「……暁子、あれ……」「う、うん。宵姉様……」
双子が、顔を青ざめさせて、お互いを呼び合う。「きゅるるる……」と俺たちを乗せるすねこすりが、全身を震わせている。
べき、ぼき、と怪物の向こうで、何かが折れるような音が響く。「ぎぃっ、ぎゃっ」と短い悲鳴が上がる。
そして静寂の中に、みじぃ、と肉を引き裂くような音と共に、「ギャァアアアアアア!」と高らかに悲鳴が上がった。
「いただきまぁ~す♡」
怪物が、俺たちにも見えるくらい高くに、腕を掲げる。その指先に、人間の足がぶらんと垂れさがっている。
それを、怪物は、ぺろりと口にした。
「う~ん♡ やっぱり人間はおいしいなぁ♡ 今日は良い日だなぁ♡ ぼくの庭で、人間を四人も獲れるだなんて♡」
俺は、怪物の全貌が、そこでやっと判別できるようになる。
猿の頭。狸の胴体。虎の手足。蛇の尾っぽ。
俺は、この妖怪を見たことがあった。まだ小学生にもなっていない頃。村に現れ、御陵宮の術士が大勢で対応した妖怪―――
奴は黒づくめを食い散らかし、気味の悪い猿の顔で、血まみれの口をニタァと笑わせながら振り返る。
「あっ、もう一人食べちゃった。でも、いっかぁ♡ だってほら、まだ三人も、美味しそうな子供がいることだしぃ♡」
「すねこすり! 逃げろッ!」
すねこすりが、一気に反転する。俺たちを乗せ、全力で走り出す。
「クソっ! 何だあいつ! 黒づくめが一瞬でやられたぞ!」
「……
「あれ以来姿を見せてなかったから、またどこか別の場所に移り住んだって聞いてたのにっ! まさか、禁足の森に棲みついてたなんて~!」
双子の説明を聞いて、俺もはっきりと思い出す。
鵺。討伐も封印もできず、水静村から追い出すことしかできなかった、異形の大妖怪。
宗家筋である叔父さん、宗和ですら撃退にとどまった、俺たちよりも遥かに格上の敵だ。
「あはははっ♡ 待ってよ、子供たちぃ♡ 優しく食べてあげるから、逃げないで~♡」
そう、猫なで声で俺たちを呼び止めながら、鵺は俺たちを追いかける。ドドドドと大きな足音を立てながら、その大柄な体で、確実に迫りくる。
気色悪い。おぞましい。恐ろしい。
妖怪を相手に、恐ろしさを覚えるなんて、人生で初めてだった。それくらい、鵺は今までの敵と比べて、異質だった。
「二人ともっ! 俺は鵺について詳しくない! 教えてくれ! 俺が奴と正面から戦ったら、どうなる!」
「確実に殺されます! 鵺に勝てる者など、御陵宮ではご当主様、次期当主様のお二人以外にいらっしゃいません!」
「なら、この場で俺たちにできることは何だ!」
「逃げることしかできないよ~! でも、すねこすりよりも、鵺の方が~……!」
暁子の言う通り、鵺はすねこすりよりも僅かに速い。いずれ追いつかれる。そういう速度で追ってくる。
対して、二人はどうか。宵子は俺の独断を阻止するように腕を掴み、暁子が俺に縋りついて震えている。
双子は、鵺の登場ただそれだけで、心を完全に折られていた。それだけ、かつて絶望的な被害をもたらしたのだろう。
すねこすりは、必死に走るばかり。心中はさておき、今は味方で居てくれそうだ。
では、俺は?
「……」
深呼吸をする。それから、様々な要素を、手段を、俺の脳内で組み上げる。
そして、言った。
「なら、逃げ切ろう。鵺の撃退に戦力が足りなくても、この場は生き残れば俺たちの勝ちだ。撃退されても人里に現れなかったのなら、どうせ結界とかで村には入れないんだろ?」
「そ、それは、その通りです。水静村は、鵺の事件以来、結界の強度を何倍にも上げ、この数年妖怪の侵入はほとんどございません」
「でも、どうするの~!? ぬっ、鵺、もう半分も距離を詰めてきて」
「そりゃあ、戦うしかないだろ」
俺は勇ましく笑う。大太刀を、鬼切丸を構える。
「倒せなくても、あいつの足を遅らせることならできる。俺たちにも、そのくらいの力はあるはずだ」
キキに頼れれば良かったのだろうが、妖力切れの妖怪というのは、本当に動けないものなのだ。例えるなら、三日三晩食事を取れてない人間くらい弱る。今回はアテにならない。
「お前らだってそうだろ? さっきの戦いで見せてくれた術、すごかったぜ。もう一度、力を合わせて、鵺から逃げ延びよう」
俺は、双子にニカッと笑いかけた。すると、双子は揃って、目を剥いて、僅かに頬を赤く染めた。
「……おズルい人。そんな言い方、あなた様には雛見様がいらっしゃるというのに」
「朔斗様は~! ホントに~! ホントにも~!」
「なっ、何だよ。じゃれてる余裕はないぞ、集中してくれ」
俺が釘を刺すと、二人揃って頬を膨らませ、俺をポカリと叩いた。
それから、双子は表情を引き締め、「ほらほら~♡ もうすぐだよ~♡ もうすぐ食べてあげるからねぇ~♡」と更に距離を詰める鵺を睨む。
「分かりましたわ、朔斗様。この命、我が陰陽術を、朔斗様にお預けいたします」
「だから、みんなで生きて帰ろ~! 約束だからね~っ!?」
「ああ、約束だ! 生きて帰るぞ!」
宵子と暁子が、それぞれに陰陽道具を構える。俺は深く、息を吸う。
そんな俺たちをあざ笑うように、鵺は猛烈な勢いで追い迫っていた。